第十九話 アイテム整理で検証 その一
商業都市アルダートン、一般区の南門付近にある宿屋〈旅鳥の止まり木〉。
ゴブリン掃討作戦が終わった日の夕方頃にこの街へと戻ってきた自分たちは、代表のAランク冒険者が達成報告をした後、報酬をもらってすぐに宿屋に帰った。
作戦完遂の報酬はFランク冒険者としての基本報酬が一人あたり銀貨十二枚とのことだったが、乱戦で助けた冒険者が自分の活躍を報告してくれたらしく、自分たち二人組パーティーは特別報酬が上乗せされて大銀貨六枚も支払われる。
グリィ殿は「人助けしたのはオースさんなんだから私は基本報酬だけでいいっす!」と言っていたが、自分はパーティーリーダーの権限で均等な分配を定めると、申し訳なさそうな顔をする彼女に大銀貨三枚を押し付けた。
宿に帰るとグリィ殿はまだ疲れが残っていたようですぐに自身の部屋に戻って行ったが、自分はこの世界に来て最初の二日間でいきなり飲まず食わずの睡眠とらずで検証をしていた男だ……夜通しずっと緊張を強いられる状況が続いていたとはいえ、作戦の前に仮眠もとれて、終わた後もベッドなどではないがぐっすり眠れたので活動に支障はない……いつも通り日課の素振りなどをしてから身体を拭いて寝る。
そして次の日もいつも通り早朝に目が覚めたので、もちろん体操やジョギングなどを済ませてから朝食を食べた……今回のゴブリン討伐のように環境も生活リズムも変わってしまう状況の時は仕方ないが、いつ何時どんな検証が舞い込んでくるか分からない……スキルの成長上限を確認する目的も大事だが、色々な状況に対応できるように己を鍛えると言う意味でもこの日課は大事だろう。
「はぁ~……毎日温かい食事が食べられるってのは良い事っすね~」
「うむ、身体づくりや頭の回転のためにも、朝から健康な食事がとれるのは良い事だ」
ストロベリーブロンドの髪に寝ぐせをつけて、気の抜けた幸せそうな顔をしているグリィ殿と一緒に食べているのはいつもの安い方の朝食セット。
基本的にはオートミールと水を鍋で温めてお粥状にしたものの上にドライフルーツが乗っているだけのシンプルなもので、その上に追加で乗っているものが日によってナッツだったり、バナナだったりする。
ナッツやバナナでも植物性たんぱく質が摂れるので栄養素的には問題ないかもしれないが、水ではなく豆乳で調理したり、味付けも少量の塩だけではなく、ココナッツパウダーやシナモンパウダー、メープルシロップやピーナッツバターを加えてもより美味しくなると思う……まぁ、元の世界でも歴史的に世間に広まるのが遅かった豆乳が、この世界で果たして一般的なレベルで普及しているのかは謎だが。
「それで、今日は普通に冒険者ギルドで何かの依頼を受けるっすかね?」
「いや、今日から一週間は休暇にしようと思う」
「へ? 休暇っすか……?」
「ゴブリンの討伐作戦に参加して多めの収入が入ったので、それくらい休みを設けてもいいだろう?」
冒険者の働き方としては、下位冒険者は基本的に休みなし、上位冒険者は長期依頼でガンガン稼いで月に一度まとめて休みを取る、というスタイルが主流だとフランツ殿から聞いたのだが、下位冒険者だって休みがあっても良いと思うのだ……元の世界でブラックと呼ばれる部類のゲーム業界で休みなく働き倒れた自分がそんなことを言っても説得力はないかもしれないが……。
「まぁ、私としては初めての大規模作戦で緊張した精神的な疲れがまだ少し残ってるんで、休みなのは素直にありがたいっすけど……今までその日の食費を稼ぐのに精一杯で休みとか無かったんで、急に言われても何をしていいか分からないっすねぇ……」
「その気持ちはよく分かるぞグリィ殿……しかし、だからこそ息抜きの仕方も学んでおいた方がいいと思うのだ……自分は少しやりたいことがあるから別行動させてもらうが、休日が終わればはまた依頼を受けるし、ゴブリンの魔石を換金した代金の半分も渡す……折角の休みだ、掃討作戦の報酬を使い切る気持ちで好きに遊んでみるというのはどうだろう?」
「はっ……そういえば生活費以外にお金を使っていいんっすよね……! おぉー、何だかテンション上がってきたっす! 私、がんばって休暇をエンジョイするっす!!」
「……うむ、頑張ってくれ」
そうして自分たちはその日から一週間を休みにして、各自で自由行動とすることに決めた……宿屋の代金は一か月分がまとめて払ってあるし、大銀貨が三枚もあれば食費を除いてもそれなりに遊べるだろう。
環境が違えば水準や価値観が変わるのは分かっているが、この世界で生活してグリィ殿やフランツ殿と話したりしていると、自分は元の世界で、世界基準ではましな生活を送っていたんだと痛感させられる……だからといって今の文明での検証が終わる前に自ら産業革命などを起こそうとは思わないが、せめて自分のパーティーはブラック企業と言われないような活動をしたいものだ。
そんなことを考えながらウキウキと街へ出かけていくグリィ殿の背中を見送ると、焦らずゆっくりと朝食を食べ終えてから、自分も休日を満喫しようと宿を出た。
自分が休日にやること……? それはもちろん……検証だ。
「ふむ……なるほど……よし」
「とりあえず冒険者ギルドの解体所に行って、持ってる屍を自分の手で全て解体しよう」
♢ ♢ ♢
商業都市アルダートン商業区、東通りの中ほどにある冒険者ギルドの裏手に、冒険者が狩ってきた獣や魔物をプロの解体師がいくらかの手数料で綺麗に解体してくれる解体所がある。
手数料はそんなに大した額ではないので、素材をなるべく無駄にせず解体して出来るだけ高い額で買い取ってもらうためにも、狩ってきた獲物は出来るだけ捌かずに解体所に持ち込みたいというのが冒険者の共通認識ではあるのだが、収納魔法が使えない冒険者パーティーが殆どなので、質より量だと言って自身で獣を解体して高く売れる皮だけをたくさん持ち帰り、嵩張る割に高く売れない肉はその場で食べるか置いてくるという冒険者も多い。
依頼すれば冒険者ギルドと契約している収納魔法持ちの〈荷運び〉を雇ってパーティーに加えて連れて行ったり、魔物の討伐をした後で冒険者ギルドに素材回収依頼を出すことも出来るが、雇の〈荷運び〉は戦闘が出来ないので守りながら行動しないといけなかったり、素材回収依頼は二度手間になる上に高かったりするので、それらの労力と見合うような大物を討伐するときでない限り滅多に活用されないらしい。
そのため駆け出しの冒険者たちの多くは暫く先輩冒険者のパーティーに入って冒険のノウハウと一緒に解体のやり方学んだり、解体所で授業料を払って基本的な解体を習ったりするそうだ。
そして……。
「このバカもぉぉおおおん!!!!!」
―― ゴツンッ ――
「痛いぞ親方……」
「誰が粉々に切り刻めと言った! さっき皮の剥ぎ方から部位の分解まで丁寧に教えただろうが!!」
「うむ、親方の説明はとても分かりやすく、一回聞いただけで覚えられたぞ?」
「覚えられてねぇだろうが!!! 目の前にある原型の無いミンチを見てからもう一度言ってみやがれ!!!」
自分も折角教えてもらえるなら教えてもらおうと、持っている獣の素材を整理するついでに解体所でそれら解体方法を習っている……少し前に貴重らしいサーベルタイガーを卸した事があり、今回も色々と貴重な素材を持ってきたと言うことで、解体所で一番偉い親方が直々に教えてくれることになったのはありがたいのだが、自分は先ほどからゲンコツを喰らってばかりである。
全く解体せずに完了報告をしたり、血抜きや洗浄をせずに解体を始めようとしたり、内臓を取り除くことなく真二つにしてみたり……そして今回はどこまで小さく出来るか検証してみたのだが、親方はその検証結果がお気に召さないらしい……ふむ……それならとっておきの秘策を披露しよう。
「親方、これならどうだ?」
「おぉー……これは……薄く切られた肉で見事なバラの花が作られて……って、そうじゃねぇ普通に解体しやがれ!!」
―― ゴツンッ ――
「痛いぞ親方……」
「はぁー、お前……授業料を払ってる上に持ち込みの素材だから大目に見てやってるが、務め希望の新人だったら速攻でクビにしてるぞ? 何体分の素材を無駄にしてやがる」
「まだ三桁はいってないだろう?」
―― ゴツンッ ――
「二桁いってれば十分だバカ者!!」
その後も自分は親方に怒られながら深夜まで作業して、次の日も、その次の日も解体所に通った……解体は思ったよりも非常に時間のかかる作業で、獣とゴブリン合わせて千体を超える屍を全て自分の手で解体するのは一週間かけても不可能だと初日で判断し、自分は検証に必要な分だけを解体して、残りは量が量だけに高くなったが手数料を払って解体所の方々にお願いする。
想像を超える解体依頼に親方は解体の得意な冒険者も助っ人に雇うと解体所をフル稼働させて千体の屍に挑み、それらが全て解体されたのは五日後の夜だった……親方はその間も自分に解体の方法を教えてくれて、三日目になんとか【解体】スキルを獲得すると、そこからは自分も手際よく猛スピードで獣やゴブリンを解体していった。
実際はタイムアタック検証をしていたのだが、解体所の職員たちはそんな自分の完璧を目指す努力に刺激されたらしく、後半は熱気の高まった彼らの手によってスピードが上がり、初日に計算で出したより一日早く全ての解体が終わって大量の獣素材や魔石を手に入れた。
ちなみに最初の検証で出来上がってしまった売り物にならないミンチ肉も、時間経過が無く食べ物が傷まない挙動の亜空間倉庫に保存しておけば問題ないので、後で自分で食べる用のハンバーグにでも使うとしよう。
スキルを獲得する前の慣れない作業でビリビリに破けてしまった毛皮も、大きな面積を必要とする革製品には活用できないが細い革紐などにすれば使えるし、粉々に砕いてしまった骨や爪も毒や薬の調合で使う分には全く問題ない……検証もしっかりしたが、だからと言って生き物の命を無駄にすることもしないのだ。
まぁ、だからといって親方が怒らない理由にはならなかったようではあるが……。
「親方のおかげでしっかりと覚えられたぞ、感謝する」
「うるせぇ! 最後の方は一番弟子よりも上手くできていたが、こっちは職業柄お前の手によってどれほどの損害が出たか勘定しちまって頭が痛ぇよチクショウ! 二度と面見せるんじゃねぇ!!」
「うーむ、解体方法を迷うような魔物を討伐したときはまた来るぞ?」
「ふんっ! またゲンコツをもらいたいなら勝手にしやがれっ……弟子たちにも良い刺激になるようだしな」
そう言うと親方は「帰れ帰れ」と言いながらシッシと手を払い、自分を解体所から追い出した……自分は授業料を払っていたとはいえ五日も自分の検証に付き合ってくれた親方に改めて頭を下げてから宿屋に帰った。
休暇中の自分の目的はアイテム整理……明日から二日はアドーレ婆さんの薬屋に行き持っている素材をすぐに使える薬に変えよう。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【掃除】:掃除の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる <NEW!>
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【料理】:複数の材料を使って高い効果の料理を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
▼アイテム一覧
〈一人用テント×1〉〈調理道具×1〉〈食器×2〉〈布×20〉〈ロープ×7〉〈杖×1〉
〈村人の服×1〉〈盗賊の服×4〉〈麻袋×5〉〈水袋×5〉〈毛布×5〉〈松明×8〉〈火口箱×1〉
〈水×97,000〉〈枯れ枝×650〉〈小石×1,800〉
〈治癒草×12〉〈上治癒草×35〉〈毒草×100〉〈解毒草×28〉〈解熱草×49〉
〈鎮痛草×29〉〈鎮静草×20〉〈緩下草×30〉〈猛毒茸×30〉〈麻痺茸×30〉
〈幻覚茸×10〉〈止瀉根×29〉〈強壮根×29〉〈劇毒根×10〉〈抗病根×10〉
〈スライムの粘液×3,284〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×900〉〈獣生肉(上)×1000〉〈鶏生肉×250〉
〈生皮×550〉〈上質な生皮×197〉〈皮屑×18〉〈獣の骨×747〉〈骨粉×18〉
〈獣の爪×285〉〈獣の牙×285〉〈鹿角×50〉〈山羊角×50〉〈羽毛×50〉
〈鹿鞭×50〉〈熊胆×30〉〈虎脛骨×15〉〈虎目×15〉
〈魔石(極小)×90〉〈棍棒×300〉
〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈ショートソード×1〉〈槍×1〉〈メイス×1〉
〈ボロ皮鎧×1〉
〈大銀貨×2〉〈銀貨×6〉〈大銅貨×5〉〈銅貨×7〉