挿話 王都でのお話 その二
本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。
ジェラード王国、王都の王宮内にある執務室。
入り口に立つ衛兵に扉を開けさせて入って来たオーギュスタン・ジェラード国王は、何も言わずとも羽織っていたマントを脱がしてコートハンガーへ掛けてくれる従者を視線だけで下がらせると、部屋の奥にある重厚な執務机と同じように見事な意匠が施された執務椅子ではなく、普段は来客時に使用する座り心地の良い革張りのソファに腰を下ろした……。
「お疲れ様でございます……陛下」
「はぁ……本当に疲れるわい……あの国はもう少し落ち着いた国にならんものか……」
ソファに身を沈めながら重いため息をつくそんなひどく疲れた様子の国王の見た宰相のセザールは、部屋の外に待機する従者に紅茶を淹れるよう指示を出すと、つい先ほど行われた謁見の内容を思い出す……。
「グラヴィーナ帝国の第一王子……野心溢れる鋭い目をしておられましたね」
「代々ドワーフが継いできた国を力で征服した人間が親なら、子供もそう育つだろう」
今日、ジェラード国王の元に訪れたのは、グラヴィーナ帝国の第一王子、テオドール・ゲーバーだった……〈七剣〉の異名を持つ彼は七種の剣を自在に操ると有名で、武力主義の帝国の中でも父である帝王に並ぶ強さを持っている人物だと言われている。
そんな彼が言うには、先日、帝国で王座をかけて王位継承権を持つ者が主体となって戦う武道大会が行われる予定だったが、勝てる自信が無かったらしい第三王子が決闘の当日に逃亡を図り、現在、このジェラード王国に潜伏している可能性が高いとのこと。
このまま一年が過ぎれば第三王子は行方不明という扱いで他の参加者だけで執り行う予定ではあるが、正室が生んだ唯一の男子であるため継承順位的には第三王子が一位であるらしく、決まった後にそれを盾に文句を言われては敵わないということで、ジェラード王国にも捜索を手伝ってもらいたいと協力を願いに来たのだ。
「協力しなくてもいいが、その場合は大規模な捜索隊を派遣することを許して欲しい、でしたか……口調こそ小さな頼み事といった風でしたが、その実態はあからさまな強要……」
「その通り……騎士団や冒険者を使って他国の王子を探したところで、我が国にはグラヴィーナ帝国に小さな恩を売れる程度のメリットしかないが、だからと言って他国の駒を大量に招き入れる事など出来るはずが無いだろう……」
「いっそ『お前の国の騎士団を使って全力で捜索しろ』とでも言ってくれれば、それ相応の対価を要求して引き受けることもできたのでしょうが……テオドール王子……その力はどうやら武力だけではないようですな……」
「全くだ……あのバカ息子も少しは見習ってくれないものか……」
―― コンコン ――
そうして、二人が帝国からの断れない依頼を引き受けはしたもののどう対応しようかと
と話していると、執務室のドアが部屋の外に立つ衛兵にノックされた。
「陛下、ヴェルンヘル様がお見えになられました」
「噂をすれば、か……通せ」
衛兵に開けられたドアから入ってきたのは、先日発見されたゴブリンを掃討するために派遣していた第三騎士団を率いる第三王子のヴェルンヘル・ジェラード。
彼はいつも通りのヤンチャな笑顔で執務室に入ってくると、入り口で立ち止まることも敬礼することもなく緩やかな足取りで国王の座るソファの前に立った。
「親父ー、戻ったぜー!」
「はぁ……このバカ息子が……せめて最初の挨拶くらい頑張ろうとせんかい」
国王は噂の息子の登場にしかめっ面を向け、自国の第一、第二王子、先ほど謁見の間で礼儀正しいながらも堂々と王族らしい振る舞いをしていた他国の王子を思い浮かべ、同じ王族でありながら何故こいつだけこうなのだと嘆き、もう一度ため息をつく……。
執務室には国王の他に宰相のセザールしかいないので誰も咎めないが、ここに教育係や第三王子の従者がいれば、その平民的な態度に対してグチグチと説教が始まっていただろう。
「そんなことより聞いてくれよ、今回の作戦は結構大変だったんだって」
「……まぁよい……して、何か予定外の事でも起こったか?」
そして第三王子は父親である国王に、ゴブリン掃討作戦を終えた冒険者や騎士団からの報告を従者がまとめた内容を話す……最初の調査報告では多くても二百匹に届かない程度の規模だと聞いていたが、戦闘が終わってみると実際にはその倍の数が潜んでいたこと……ゴブリンの潜んでいたのは確かに入り口こそ洞窟だったが、その奥は古代遺跡のような場所に繋がっていたこと……そして……。
「あと、冒険者のお付きの料理人が作るスープが意外とうまかったな!」
「はぁ……心底どうでもよい話だが、冒険者付の料理人……? 貴族でもない冒険者が料理人を連れて作戦に参加するわけが無いだろう……おそらくそやつも冒険者だ」
「うーん、そうだったかぁ? 他の冒険者と違って鎧とか身に着けてなかったし、栄養のバランスがどうのって、うちの料理長みたいなことを言ってたんだけどなぁ……」
「えーい知らん! そんなことは本当にどうだってよい! それよりも冒険者の被害状況などもっと別に報告することがあるだろう!」
「分かった、分かったって! えーと確か……」
冒険者の被害は、怪我人こそ出たものの死者は無し……半分以上が低ランク冒険者で構成され、なおかつゴブリンの規模が戦闘に参加した冒険者の倍ほどいたことを考えると奇跡とも思える被害の少なさだった。
「アルダートンには近衛騎士と同等の実力を持つSランク冒険者や、お前の第三騎士団くらい戦えるAランク冒険者パーティーがいるとは聞いていたが、思っていたよりも優秀なようだな……」
「いや、Aランク冒険者のパーティーはいたみたいだけどSランク冒険者は今回の作戦には参加していないらしいぜ? 活躍したのはそのAランク冒険者たちと、王都の上位ランク冒険者、あとは向こうのCランク冒険者組だって言ってたな……」
「ほう? Sランク冒険者無しで殆ど被害なしとは、ギルドは開拓済みの土地に随分と優秀な戦力を残していたのだな……それで、ゴブリンの亡骸の処理もしっかり終わらせてきたんだろうな?」
「そうそう聞いてくれよ、それも凄いんだって……」
冒険者の報告によれば、アルダートンの冒険者ギルドに所属するFランク冒険者に王宮魔術師に匹敵する収納魔法を使える少年がいて、流石に全ての洞窟を回ることはしなかったが広間にあったゴブリンの亡骸は全部持ち帰ったとのことだった……おかげで焼却処分を冒険者たちだけで終わらせられる規模になったので、後処理は彼らに任せて騎士団は早々に引き上げる事に決まる。
「はぁ……流石にそれは報告を聞き違えているだろう? 三百匹のゴブリンを一人で収納できるFランク冒険者がいたのではなく、三百匹のゴブリンを手分けして持ち帰れるほど数多くの収納魔法持ちFランク冒険者がいたのではないか?」
「そんなことないって、きっとアルダートンにやばい奴がいるんだって!」
「……まぁ後で文官からの報告書も見るからよい……それで、遺跡には何人ほど残してきたのだ? 第三騎士団は人数が少ないから遺跡の守護任務は辛かろう……すぐに同じ数の第一騎士団を向かわせて交代させる……」
「あ……」
「おい! まさか発見した遺跡を封鎖せずにそのまま帰って来たというのか!?」
まだ神が人族に手を貸していた時代の古代遺跡が見つかったとなれば、そこには先祖が残したがらなかった戦争の火種になる技術や知識が眠っている可能性がある……なので一般的には王国直属の調査員が大まかな操作を終わらせてから、他のトレジャーハンターを名乗る冒険者たちに解放される決まりとなっていた。
しかし封鎖しなければ冒険者はおろか盗賊も自由に出入りできるし、またゴブリンでなくとも狂暴な獣や魔物が済みついてしまう可能性がある。
「……じゃ、報告は終わった事だし俺は部屋に……」
「待てい! セザール! すぐに第一騎士団に連絡して遺跡に駐在班を向かわせろ! あとこいつを教育係のところに送っておけ!」
「御意」
「ちょ……待ってくれ親父! 俺、作戦に出向いて疲れてるから後に……」
重大な失態に気づいた国王は、それ以上の詳しい報告はあとで文官にまとめられた資料を見ることにして、すぐに遺跡の封鎖に取り掛かり、そして慌ただしく動くことになった原因である第三王子に王族や貴族、騎士の起こすべき行動を再教育するべく、しばらく外出を控えさせて教育係の指導を受けさせることに決めた。
「ふぅ……全く、成長のためを思い二度手間になる報告をやらせているが……いつまでたっても上手くならないどころか、騎士団の成すべき基本的なこともままならないとは……」
「お疲れ様でございます……陛下」
「セザールにも苦労を掛けるな……しかし、あいつは部下からの信頼を得る才能と、槍の腕だけは素晴らしいのだ……王位継承はありえないとしても、騎士団での仕事くらいはこのまま頑張ってほしいものだな……」
「私も誠そう思います……」
そうして国王は三男の行く末を案じ、そういえば、と、直前まで話していた帝国の王子捜索依頼を彼に任せようかと考える……。
決闘が怖くて自国から逃げ出したグラヴィーナ王国の第三王子と、戦いばかり優秀で他のことがさっぱりなジェラード王国の第三王子……正反対ながらも、どちらも王を悩ませる問題児で三男だ……もしかしたら何かの拍子に偶然の出会いがあるかもしれない。
「いや……無いか……」
国王はそう呟きながらも宰相のセザールに第三騎士団を帝国の王子捜索に充てる事を伝え、それと同時に冒険者ギルドにも依頼を出しておくように告げる。
第三騎士団は、それを率いる第三王子と気が合う連中が集まった細かいことが苦手な戦闘バカ集団ではあるが、騎士団は騎士団である……成果を上げられるとは思えないが、国として動いているという帝国に向けた体裁のためだけにその役目についてもらい、実際の捜索は冒険者ギルドに任せることにしよう。
国王はそんな自分の考えに満足すると、やるだけ無駄だと思われる厄介な依頼のことは頭の片隅に押しやり、丁度届いた従者が淹れた紅茶を一口飲み、本来やらなければいけない仕事へと気持ちを切り替えた……。
※2020/08/29 文章の表現を少し変更。(ストーリーに影響はありません)