挿話 ソメール教国でのお話 その三
本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。
ソメール教国、教都。
街のいたるところに、氷の柱を生成する魔道具や、水の霧を散布する魔道具が設置されており、熱帯気候なこの国らしく、夏の暑さへの対策はしっかりされているが、それでも、殆ど真上にある太陽から降り注ぐ日差しは、街の中を駆けまわる者たちの体力を確実に奪っていた。
人が活発に動き回っていてもおかしくない時間帯であるにもかかわらず、駆け回っている騎士や兵士を除く街の住人の姿は見えず、殆どの建物がその戸を固く閉じている。
現在、この街は、ソメール教国が始まって以来の厳戒態勢で、住民は外出を禁じられ、外壁に囲われた街の出口は全て封鎖されており、ターゲットを捕獲しようと、あちらこちらで騎士や兵士が走り回っている。
彼らのターゲットは、昨日、この街へとやってきた、ひとつの冒険者パーティー。
教皇から御触れも出ている他、騎士が民衆に対して伝達している言葉としては、勇者を語る賊が、亜人を引き連れて、この国を崩壊させにきた。という内容。
そんなことを言われている冒険者パーティーというのは、もちろん、オースが率いる〈世界の探究者〉だが、彼らが掲げる戦争の終結という目標が、この国のトップである教皇と違っている以上、お触れの内容としては的外れというわけでもないのだろう。
「はぁ……はぁ……そっちに行ったぞ!」
「くそっ……姉ちゃん、今度はこっちだ! 急いで!」
「わ、分かってるわよ! はぁ……はぁ……もう、何でこんなことに!」
大通りから外れた、入り組んだ路地の中、その冒険者パーティーの中でも比較的加入時期の遅いメンバーであり、追われている理由の一つである亜人にも該当する、二人のハーフドワーフが、騎士に追われながら、息を切らしている。
これが純粋な戦闘であれば、追ってきている騎士が数人まとめてかかってきても勝利をつかみ取れるであろう二人だが、間合いを一瞬で詰められる瞬発力や、重い戦鎚を振り回す筋力があっても、それを何時間も維持できるほどの体力があるかと言われると、その点に関してはそこまで自身が無かった。
本来であれば、他にも何人か仲間がいるため、体力の消耗なども分散できるところだが、残念ながら、今この場には、ロシーとカイ、その二人しかいない。
事の発端は、今朝、泊っていた宿屋で、二人がまだ各自の部屋で休んでいたころ……。
ドアをドンドンと乱暴に叩く音で起こされて、まだ覚醒しきっていない頭のまま、不機嫌に扉を開けると、「緊急招集だ、さっさとグリィ嬢の部屋に集まれ!」とだけ言って立ち去る、偉そうな人物がおり、寝起きの不機嫌さをさらに加速させるところから始まった。
彼の行動は人の感情を無視しているが、結果としては、二人の姉貴分であるアーリーが優しく丁寧に起こして回るよりも時間の節約になっただろう。
二人の不機嫌さを朝から最高潮に導いた人物は、言わずもがな、冒険者パーティーの加入時期としては二人の同期に当たる、ヴィーコ・カルボーニその人だが、その後も、彼の人の意見など聞かない、どこまでも効率的に、ただ最善の結果だけを求める行動は続くこととなる。
この宿屋に泊まる仲間がグリィの部屋に集まると、その全員が起こされる原因でもあった、この国の王子と、この冒険者パーティーのリーダー二人組からの連絡について口早に説明された。
そして、既に追手は宿屋の前まで到達しており、ヴィーコの指示でアーリーが宿屋の出入り口を粘着ポーションで塞いだので、今は何とか建物内に踏み込まれていないが、もうこの話を共有する時間すらも惜しいほどに切羽詰まっている状況とのこと。
彼はそこまで説明すると、息つく間もなく、今後の動きを指示し始める。
分担としては、突破力のあるグリィを先頭に、アーリー、ロシー、カイの四人が、先行して箱舟へと向かい、範囲抑止力のあるカヤと、近接も魔法もそれなりに使えて応用力のあるヴィーコの二人が、宿屋に残ってこの場に大勢集まっている騎士を足止めするというもの。
その提案に対して、アーリーも足止めなら自身も役に立つと申し出るが、ヴィーコは、「この場で混ざりものは足手まといにしかならない」と冷たく言い放ち、しかし、いつもならそこでさらに反論してもおかしくはなさそうなアーリーは、悔しそうに了承した。
おそらく、冒険者パーティーの中で、ヴィーコと同程度に頭の回転の速い彼女は、もし自分たちが捕まった場合、人間であり貴族でもあるヴィーコやカヤなら、手荒な真似はされないだろうが、ハーフである自分やロシー、カイは、捕まれば処刑もありえるだろうという考えにまで辿り着いたのだろう。
ヴィーコが、そんな彼女を見て、「最後の砦は任せる」と言い、アーリーが、ハッとしたような表情をしてから、強く頷いたのは、どんな共通認識があったのか、その時の他のメンバーには分からなかった。
だが……。
その後、逃がされた四人の前に、別の騎士団が立ちふさがり、今度はグリィが残って足止めをして、自分たちも一緒に戦うと叫ぶロシーやカイを引っ張って逃げたアーリーの前にも、再び別の騎士団が立ちふさがった時、二人は察した……このことを言っていたのだと。
アーリーは、ロシーとカイがそれを察して抵抗しようとしてもなお、いや、だからこそ、駄々をこねる二人を突き飛ばし、彼女と二人の間にポーションを投げつけて、氷の柱を発生させた。
その後も連続で投げられたポーションによって生成された氷の柱は、道いっぱいにまで広がると、それはロシーとカイの二人と、アーリーとを分断する、高く分厚い氷の壁となった。
それでも、ロシーとカイが本気で戦鎚を振り下ろせば、壊せるであろう……いや、それで壊れてしまうほどの足止めしかできないであろう、氷の壁……。
二人は、その壁の向こうで、背を向け、いくつものポーションを構え、「さっさと箱舟に行って助けを呼んできてくれると、お姉ちゃんとしては助かるんだけど?」と言った彼女の言葉に背中を押され、拭いきれない涙を拭いながら、走り出した……。
そして、現在……。
「きゃっ……!」
ドサッ、と、石畳の隙間に足を取られて、ロシーが転ぶ。
「姉ちゃん!!」
「いたぞ! 囲め!」
カイが立ち止まり、戻ろうとするところに、騎士の怒声が響き渡る。
「カイ! アタシのことはいいから行きなさい!」
「嫌だ! 姉ちゃんも一緒に行くんだ!」
しかしカイはそれを無視して姉の元へ駆け寄る。
「わがまま言わないで、弟なら言うこと聞きなさいよ!」
「双子に姉も弟も関係ないっていつも言ってるだろ!」
「だけど……!」
言うことを聞かない弟に手を引かれながら、姉は立ち上がる。
「それに……」
「え……?」
「いっぺんに、二人も姉ちゃんと別れるなんて、オレには無理だよ……」
「……カイ」
しかし、姉を助け起こした彼は、決して勇敢な戦士の表情ではなく、ひとりの、ただの幼い弟という表情をしていた……。
ガチャガチャと、足音に合わせて擦れる金属鎧の音と共に、そんなやり取りをしていた二人を、ソメール教国の騎士たちが無慈悲に取り囲む。
ロシーとカイは、互いに背中を合わせ、戦鎚を構えるが、その表情に、覇気は感じられなかった。
指揮官役の一人の号令で、何人かの騎士が二人に攻撃を仕掛ける……。
他の国の騎士とは異なり、扱う武器が両手剣などではなく片手のメイスということで、リーチとしては両手持ちの戦鎚の方に分があるが、振れるスピードなども加味すると、総合的な殺傷力に大きな差があるわけでは無い。
そして、本格的な戦闘訓練はこの冒険に出てから始めた、成人になったばかりの二人に対して、相手は、長い時をかけて訓練を重ねてきたプロの大人たちだ。
それでも、種族特有の筋力と瞬発力で、その動きが初見の騎士を驚かせ、何人かは構えた盾ごと殴り飛ばし、ノックアウトすることが出来たが、数の暴力には敵わない……。
死角から的確に攻撃を繰り出してきた騎士のメイスに対して、重い戦鎚でのガードが間に合わず、何とか戦鎚を手放して両手をクロスさせることで、ミスリル合金の腕当てで受けとめることは出来たが、その衝撃をもろに受けたせいで吹き飛ばされる。
これも双子故にだろうか……別々に戦っていてのにもかかわらず、同じタイミングで攻撃をもらったらしい彼らは、陣の中央に、逆さに向かい合うような形で倒れた。
「姉ちゃん……オレたち、どうなっちゃうのかな」
「あはは、そうね……グリィとかカヤなら大丈夫だと思うけど、アーリーやアタシたちが無事に帰れる保証はないわね……」
「……そう……だよな」
仰向けに寝転がる二人に対して、騎士たちはじりじりと近づき、その囲いの輪を狭めていく……。
盾やメイスを構えている騎士たちの中に、手錠やロープを構えている騎士も見受けられるため、おそらく、現時点では生け捕りにしようとしているのだろう。
……生け捕りにした後、どのような処分が待っているのかは分からないが。
「……」
「……」
二人に、もう、戦える気力は残っていないのだろう。
優しい表情をした姉が、顔の前に手を差し出すと、弟はその手を掴み、二人で手をつなぐ……。
「こんなことになるなら、あいつの言う通り、さっさとジェラード王国に帰っておけばよかったわね……」
ロシーは、己の運命を諦めたように目を瞑り、そう呟く……。
カイも何も言わず、同じように目を瞑る……。
そして、もう反撃は無いと……そう判断した隊長格の騎士が、メイスを掲げて、二人を捕えるための号令を……。
「ふんっ、だから言っただろ」
「ぐあっ!」
どこからともなく、偉そうな声で、偉そうな言葉が聞こえたかと思うと、号令を発しようとしていた隊長格の騎士が風の魔法に飛ばされて、一人だけ乗っていた馬から落とされた。
「「え……?」」
瞑っていた目を開けると、そこには、同じ冒険者パーティーの証でもある、二人と同じようなデザインのミスリル合金の鎧に身を包み、ミスリル合金の細剣を構えた男。
その男は、さらに続けて周囲の騎士たちを風の魔法で吹き飛ばすと、それを耐えた魔法耐性の高い騎士を素早い細剣の連撃で圧倒し、止めとばかりに細剣の先から水の塊を放出して吹き飛ばした……。
「ヴィーコ兄ちゃん!!」
二人のピンチに駆けつけたのは、他でもない、最近彼らと心の距離が離れていた、ジェラード王国、カルボーニ公爵家の長男だった。
元々それなりに慕っていたカイは、今までの冷たい言葉を忘れ、やっぱり自分たちを助けに来てくれるような良い人だったんだと思いなおし、目の光を取り戻して彼の名前を呼ぶ。
その間も彼は、土魔法で壁を作って足止めをして、火魔法で集団を牽制しながら、風魔法や水魔法、細剣をもって、次々に騎士を倒していく。
「ア、アンタ……そんなに強かったの? 訓練の時、アタシたちと互角だったじゃない」
「ふんっ、訓練の時は魔法禁止だっただろう? ボクは本来、魔法と剣術を両方使って戦うスタイルだ、解禁されれば公爵家の名に恥じぬ戦いくらいできるさ……まぁ、化け物ばかりのパーティーだと影が薄いがな」
確かに、彼の戦闘は、近接戦闘力ではグリィに劣り、魔法戦闘力でもカヤに劣り、総合戦闘力ではオースの足元に及ばないだろう。
だが、彼自身がそう言っているように、一般的な騎士のレベルで考えれば、公爵家の長男として誇っていいほどの実力は持っている上に、指揮能力も踏まえれば、おそらくこの化け物ぞろいのパーティーの一員としても恥ずかしくない力がある。
しかし……。
「だがっ……なっ……!」
ヴィーコは、だんだんと持ち直してきた騎士たちと戦闘を続けながら、背中越しに、ロシーやカイに話しかける。
幾ら強くても、一人でこの数を抑えるのには無理がある……一度広げられた騎士の輪は、連携の取れた動きで、また徐々に狭まってくる。
「たとえ魔法が封じられたとしてもっ……お前たちはっ……訓練でボクと互角に戦えていたんだっ……!」
「だからっ……自信を持て! 誇りを持て! お前たちは、ボクの所属する冒険者パーティーの仲間でっ……!」
「ボクが仕える、ジェラード王国の、誇り高き戦士だろう!!」
「「っ……!!」」
その時になって、二人は、ヴィーコに対する誤解に気づいた……。
彼は別に、急に冷たくなったりしていなかった……。
混ざりものという差別表現をしながらも、きっと、彼らの事を差別的な目では見ていなかった……。
最初から、どこまでも真っすぐに、他のその他大勢と変わらない、自分が守るべき国民の一人として見ていて、純粋に二人の身を案じていたのだ……。
そして、今、守るべき国民ではなく、共に戦う仲間として認めてくれた……。
「ほら、いつまで寝ているつもりだ! 仲間なら仕事をしろ! ロシー! カイ!」
そう彼らの名前を呼びながら、やっと振り返った彼の顔は、偉そうながらも、いつもよりどこか優しい顔をしていた……。
「ええ!」「おう!」
落ちていた戦鎚を再び構えるロシーとカイの瞳には、光が戻っていた……。