挿話 ロシーの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
アタシはロシー、成人したての、ハーフドワーフのレディーよ。
成人するまでは、双子の弟、カイと一緒に、アルダートンで鍛冶屋〈輝白の鎚〉をやってるトルド師匠のところで、鍛冶の勉強をしながら働いてて……成人になった年、つまり今年から、幼馴染のアーリーと一緒に王都の学校に通い始めたんだけど……。
本当なら今も王立学校の職人学科で鍛冶師とか彫金師とかの勉強をしているはずが、なんか色々あって、冒険者みたいなことをしながら、ついに、本来ならハーフドワーフであるアタシじゃ絶対に入れないソメール教国の教都なんていうところまで来ちゃった。
最初は、なんか戦争が始まる影響とかで、学校で勉強したかった鍛冶の授業とかが無くなって、地下の遺跡だか何だかに閉じ込められて、よく分からない探し物をさせられ続けるのが退屈そうだったし、外で冒険する方が面白そうだからとか、正直、遊び半分な気持ちで皆についてきた……いや、今もそうかな。
実際に、幼馴染のアーリーとか、学校で知り合ってこの旅でお友達になったグリィとかカヤと一緒に冒険するのは楽しかったし、旅の中で色々なものを見て、今まで知らなかった色々なことが知れて、絶対に、遺跡に閉じ込められているより有意義な時間が過ごせてるとも思うし。
でも、ソメール教国にまで付いてくるのは……なんか、ちょっとした意地とかも、あったかもしれないわね。
日数にしてみれば全然長くないんだろうけど、それでも色んなところを旅する間、女の子たちとはもちろんだけど、冒険で魔物とか悪い奴に合った時のために戦い方を教えてくれるオースとかアクセルとも仲良くなって……。
オースはちょっと何考えてるかよく分からないけど、アクセルは、アタシが遊び半分で参加してた、戦争を止めるって目標に、すごい真剣で……。
せっかく仲良くなった皆が、この先の旅でも頑張るのに、アタシだけここで別れて、皆のことを手伝えないって……そう考えたら、なんだか悔しくって……。
正直、今でも、戦争とかあんまり実感ないし、別に、自分に被害が無くて、他の誰かが解決してくれるなら、それでもいいって感じなんだけど……アタシは、世界のためとかじゃなくって、仲良くなった友達のために一緒に頑張りたいって思ってる。
思ってるんだけど……。
—— カラカラカラ ——
旅の間に使ったどの馬車よりも揺れが少ない、買っても借りても高そうな馬車の中で、窓からちょっとだけ顔を覗かせて、前を走ってる同じ形の馬車を眺める。
今、前の馬車に乗ってるのは、グリィと、あいつ……。
オースも乗ってたはずだけど、まぁ、オースがいつの間にか一人でどっかに行って、一人で変なことをやってるのはいつものことだから、それは別にいいとして……問題はあいつ……ヴィーコのやつだ。
ジェラード王国の公爵家だか何だか知らないけど、いっつも偉そうに、人のことを見下して、人の心が無いんじゃないかってくらい、堂々と真っすぐ、人の心を傷つけるようなことを言うやつ……。
それでも、別に嘘やデタラメを言ってるわけじゃないし……旅の間にオースとかアクセルに教わってた戦い方の訓練に一緒に参加してたし……。
ダルラン領の領都では、街の人たちを助けるためにって、アタシに頭を下げたりなんかして、大雨の中、街の騎士に指示を出しながら、自分でも魔法で洪水から街とか街の人たちを守ってて……ちょっと……ほんのちょっとだけ、カッコいいなとも思ったのに……。
そんな風に、一緒に力を合わせて街の人たちのために働いたのも忘れちゃったのか、人間のためには働くけど、まざりもののことはどうでもいいのか……今更、迷惑だとか、帰れとか、そんなことを言われるなんて思わなかった……。
カイもきっと、もう友達になれたと思ってたんだと思う……いつも、騒がしいくらい元気なのに、あれからずっと落ち込んでる。
ああもう! 今思い出してもムカムカするっ!
もう仲間になれたと思ったのに……口は悪いけど、別に心まで悪い奴じゃないのかもって思ってたのに……。
「ロシー」
「ん? アーリー、なに?」
「あんな奴の事、いつまでも気にしてても、こっちが疲れるだけよ」
「……うん、分かってる」
「カイも、男の子なんだから、ちょっと人に悪口言われたくらいで凹まないの」
「え? いやっ、べ、べつに、オレは凹んでなんかねぇし! それに、男の子とかいうな! オレはもう立派な大人だ!」
「そう? 落ち込んでるなら昔みたいに膝枕して頭をヨシヨシしてあげようかと思ったんだけど」
「ちょ、カヤの姉ちゃんもいるんだから、そんな昔の話を持ち出さなくていいだろ! あの時はまだ子供だったんだ! 今はそんなの、必要ないし!」
「えー、そうなのー? じゃあカイの代わりにアタシがしてもらおっかなー」
「いいわよ、こっちにいらっしゃい」
「わーい、お姉ちゃん大好きー」
「うんうん、ロシーは良い子だねー、よしよしよしー」
「へ、へんっ! 全く、姉ちゃんはいつまでたってもお子様だな!」
「……羨ましい?」
「う、羨ましくなんてないやいっ!」
「ふふふ、皆さん、本当に仲良しですね」
揺れがそんなに気にならない、高そうな馬車の中で、アーリーの細めの太ももに頭を乗せて、頭を撫でられながら、弟のカイをからかう。
アーリーも一緒に、ヴィーコのやつに、アタシたちと同じことを言われたはずだけど、アタシやカイと違ってあんまり気にしてないみたい。
本当は気にしてて、隠しているのかもしれないけど、それでも、アタシ達よりも隠すのがうまい分、やっぱり何だか、ちょっと大人な感じがする。
歳は一つしか違わないはずなんだけど、やっぱり昔から「お姉ちゃん」って感じなのよね。
弟のカイも、本当のお姉ちゃんであるアタシよりも、昔っからアーリーに「お姉ちゃんお姉ちゃん」って甘えてたし……まぁ、今はちょっと別の気持ちもあるみたいだけど。
うん……やっぱり、この旅も楽しかったし、学ぶことも多かったけど、アタシはこうしてアーリーとかカイと一緒に、のんびり遊んでる方が好きなのかも。
まぁ、途中で投げ出して帰るのも、なんだかあいつに負けたみたいで悔しいから、この旅は最後まで付き合うけど……これが終わったら、しばらくは大変なことはしないで、自分の身の丈に合った楽しさで満足しようかな。
よし、じゃあ、あいつのチクチク言葉なんかに負けないで、さっさと戦争とやらを終わらせよう。
「えへへー」
「何よロシー、本当に子供に戻ったみたいに」
「いいのー、今だけー」
「……まぁ、今だけと言わず、いつでもいいけどね」
「わーい」
「ぐぬぬ……」
「……羨ましい?」
「う、羨ましくなんてないやいっ!」
「ふふふ」
この、アタシの日常を、終わらせないためにも。