第百七十九話 教都の門で検証
【工芸の都】パルムから、南へ。
小さな町には寄らずにそのまま通り抜けて、大きな街で宿泊するというペースで旅を続けて、五日ほど進み続けた自分たちは、ついに、教国の首都へと足を踏み入れようとしていた。
ソメール教国は、首都の面積が膨大な代わりに、他の国で王直轄領と区分されるような街は首都のみとなっていて、パルム領と王直轄領の間、ちょうど今も馬車を走らせているこの道は、フォーブス領という、また別の領地となっている。
ここまでの道中で印象に残っている点を上げるのであれば、何と言っても、街と街の間に荒野や草原などがあまり長くは広がっておらず、視界には常に何かしらの人工物が見える点だろう。
開拓時代ということで、ソメール教国も他の国とそれほど文明に差はないのではないかと思っていたのだが、流石は人類が初めて降り立った土地に近いだけあって、発展のレベルが他の二国とは頭一つ抜けているようだ。
一応、街の間に牧場や農村地帯などは広がっていたりするので、現代日本の都会のように延々と建物が連なっているわけでは無いが、それでも、他の国に比べたら、この国の生活圏は圧倒的な密度を誇るだろう。
他にも、【魔法と芸術の国】と言われているだけあって、街のいたるところに生活を楽に、豊かにする魔道具が散見され、他の国では首都や領都でしか見られなかった上水道設備も各町で整っているらしく、他国の町ではまだ現役で使われていた井戸も、この国では本当に小さな村でしか使われていないようだったし、やはり文明レベルは高いらしい。
そして、これだけ開拓が進み、道中に荒野や草原、森などが少ないということは、旅の途中で魔物に襲われる心配もないわけで、武器を持った人物が視界に殆ど映り込まないというのも、他の国とは異なる光景かもしれない。
ただ、そんな、戦闘という行為から、生活的にも精神的にも離れている街の中を進むということで、それまでは人のいない場所を探しては行っていた、アクセル殿主催の戦闘訓練が出来なくなり、ロシー殿やカイ殿、ヴィーコ殿のスキル成長が止まってしまったという点に関しては、個人的には非常に残念ではある。
いや、残念ではあるのだが、結果的にはちょうど良かったのかもしれないな……。
「……」
「……」
……うむ、今日も空気が重い。
パルムの宿屋で、ヴィーコ殿の発言に対して、ロシー殿とカイ殿が落ち込み、アーリー殿が怒った件について、彼らは、あれから五日経った今でも、ずっと気にしているようで、お互いに話そうするどころか、顔を合わせようとすらしない。
この空気感を気にしたアクセル殿がヴィーコ殿に、悪気はなくとも言い方がきつかったと諭して謝らせようと試みたりはしたのだが、「ふんっ、ボクは事実を言ったまでだ」と取り合わず、それを聞いたアーリー殿がさらに怒るだけという結果になってしまった。
当のヴィーコ殿に関しては、その後も特に気にした様子もなく、それまでと同じように、偉そうに腕を組んだ状態で大人しく馬車に揺られているのだが、アーリー殿はそんな澄ました態度も気に入らないのか、何も言わないものの、時々そんなヴィーコ殿の方へ睨むような視線を向けては、イライラした様子で顔を逸らしている。
ロシー殿とカイ殿は、今までは暇があればグリィ殿と一緒に何かしら賑やかに会話したり問題を起こしたりして場を盛り上げていたのだが、今は二人とも膝を抱えて大人しく馬車に揺られているだけとなり、二人にかまってもらえなくなったグリィ殿は、今やいびきをかいて寝ているだけの存在だ。
……ふーむ、ケチらずに、馬車をもう一台用意した方が良かったか?
今になってそう思ったものの、既にこの旅の目的地である教都は目の前……今さら新しい馬車を買うのもどうかと思うし、そもそも、この辺りに冒険者向けの馬車は売っていないだろう。
ここは諦めて、イベントの成り行きに身を任せるしかないか……。
自分はそう結論を出して、大人しく馬車を走らせ続けた……。
♢ ♢ ♢
「止まれ」
教都を囲う外壁の北門まで辿り着くと、関所を通る時や、外壁や柵に囲われた大きな街に入る際に必ず発生する身分確認イベントに歓迎された。
門の手前も農耕地帯などではなく、普通の街並が広がっているので、別に街を隔てる外壁など無くても良いのではないかと思うのだが、そういう仕様なら仕方ない。
「ここから先は教都だ、入るのであれば、来訪の目的を告げ、身分証を提示してもらう」
「来訪の目的は、検しょ……」
「おーっと、すまない、特に目的があるわけじゃなく、ただ僕が友人を連れて帰ってきただけなんだ」
「アクセル殿下!?」
身分だけではなく、来訪した目的も提示するように言われたので、正直に検証だと言おうとしたところを、幌から出てきたアクセル殿に止められてしまった。
まぁ、自分がグラヴィーナ帝国で散々検証した結果から、こういった門では王子の身分を利用して通過するのが一番効率的だと分かっているから、アクセル殿もそれを実践することにしたのだろう。
「おい! 誰か、箱舟に連絡して送迎用の馬車を寄こすように伝えてきてくれ!」
「いや、そこまでしてもらわずとも、僕たちはこの馬車でそのまま父上の元に……」
「いいえ、殿下! 一国の王子が、そのようなボロ……一般的な馬車で、教都を往来するというのは、あまりにも品がな……外聞がよろしくないかと思われます!」
「そ、そうか……?」
「はい、では、そちらの馬車は係りの者がお預かりいたしますので、お連れの皆様もご一緒に、迎えが来るまでどうぞこちらへ」
なるほど、ここで発生するイベントも他の門と一緒で、ただの身分確認イベントだけだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
このメインストーリーに関わるのであろう大規模長期クエストも、いよいよ佳境に差し掛かってきたということかもしれないな。
自分たちは、門番に案内されるまま、ソメール教国の砦から奪ってここまで乗ってきた馬車を降りて、案内人の後をついていく……。
砦にあった馬車の中でも、一番どこにでもありそうで、年季の入った馬車を選んでいたこともあってか、強奪したものだとは気づかれていないようで、特にその点についての言及はなかった。
しかし、流石は教国の首都と言ったところか……。
他の大きな街や関所なども含めて、門番や街の見回りといった仕事は、民衆から採用された一般的な兵士に任せることが多いようだったのだが、【鑑定】で確認する限り、ここでその仕事を任されているのは、貴族階級……それも爵位持ちの騎士が担当しているらしい。
突然の来訪にもかかわらず、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのようにスムーズな対応であるし、やはり、よく訓練された騎士はこういった例外的な対応にも慣れている……という設定なのだろうか。
もしくは、事前に用意されていたストーリーイベントのひとつとして、固定のキャラクターが決められた行動を取っているだけ、といったところだろう……。
ふむ……例外的な対応が得意なキャラクターなのか、あらかじめ決められていたイベントが走っているだけなのか、検証しておいた方がよさそうだな。
「ささ、どうぞこちらへ……今、お飲み物をご用意いたしますので……」
「ふむ、そうだな、なら、飲み物を要望してもいいか?」
自分はこのイベントの流れからここで行っておくべき検証内容を導き出すと、それを実行するために、案内の騎士に飲み物の指定を要求する。
「はい? ええ、まぁ、ご用意出来るものであれば、構いませんが……」
「よし、では、皆、好きな飲み物を注文しようではないか」
突然の飲み物を要望したいという提案を受け入れる……第一段階はクリアだな……これは、例外的な対応が得意なキャラクターという線が近づいたか……。
「だったら、私は何か冷たくて甘い飲み物が飲みたいっすね、この国、ジェラード王国とかと比べて暑すぎるっすよー、あと、何かお菓子とかもあったら嬉しいっす」
「冷たくて甘い飲み物、ですか……そうですね、門の待機所には用意しておりませんので、少々お待ちいただくことになるかもしれませんが、係りの者に近くのレストランで果実のジュースなどを買ってこさせましょう、何か手軽な焼き菓子と一緒に」
「じゃあ、アタシもそれで」
「オレも同じやつで」
最初に注文したのは、やはり食い意地なら誰にも負けないグリィ殿……好きな飲み物を注文するという場面でお菓子まで頼むとは……流石は我が検証チームのエースである。
ロシー殿とカイ殿も、甘いものが口にできると聞いて少しは元気を取り戻したのか、にこやかにグリィ殿と同じものを注文するようだ。
うむ、しかし、甘くて冷たい飲み物、のような、漠然とした注文にも対応できるのか……自分が現実世界でプレイしてきたゲームの基準で考えれば、なかなか優秀なAIを積んでいるように感じるが、このゲーム内ではこの程度の柔軟さは一般的なモブキャラクターでも持ち合わせているからな……まだ分からないぞ。
「そうね、だったらあたしは、貴族の間でしか手に入らないような、この国で一番高級なお茶が飲んでみたいわ、そういうのはお土産に買って帰れなそうだし」
「この国で一番高級なお茶、ですか……うーん、申し訳ないのですが、ここは貴族街から離れた場所ですので、この国で一番、というのは、難しいですね……ご用意できる中で一番高級なお茶、ということでどうでしょう?」
「まぁ、用意出来ないものは仕方ないし、言ってみただけだから、あたしは別にそれでいいわ」
「じゃ、じゃあ、わたしもアーリーさんと同じもので……」
「そうだね、僕もそれでいいかな」
「ふんっ、まぁきっと他の飲み物を出されるよりはマシだろう……ボクもそれでいい」
続いて案内人に注文を伝えたのは、現実的な範囲で確実な検証を進めることを得意とするアーリー殿……それに続く形で、カヤ殿とアクセル殿、ヴィーコ殿も同じものを注文する。
突拍子もない、荒唐無稽な注文はしないものの、現実的に手に入りそうなものの中で一番手に入れるのが難しそうなその絶妙なチョイスは、普段から錬金術の限界に挑戦している彼女らしい選択だ。
お茶というジャンルを選んだのも、おそらく、その成分を分析することで、何か錬金術に活かせる情報が得られるかもしれないという考えがあってのことなのだろう……常に効率の良い最善手を求めるその姿勢も、デバッガーとしては重要なスキルであるな。
そして、その注文に対して、要望されたものが用意できない際の代替案を提供する案内人もなかなかのものだ……今まで出会ったキャラクターの中には、それは出来ないと否定することは出来ても、その代わりとなる案を出すところまで出来ていない者がいたので、そういった者たちと比べて優秀なAIが積まれていることは間違いないようだ。
……うむ、素晴らしい。
今回のジェラード王国からソメール教国までの旅で、仲間たちは、戦闘能力や魔法技術が上がっているのはもちろんだが、検証スキルも上がっているようだな……。
流石にゲーム内でゲームの検証スキルを取り扱うことはないようで、【鑑定】で自分を含めたパーティー面々のステータスを見ても、【検証】のようなスキルは記載されていないが、自分には分かる……彼らには、きちんと検証スキルが備わっていることを……。
時々、自分が思いもよらない検証を実行するときもあるし、やはり、大きなゲームにはそれなりのチームを組んで検証にあたるべきだろう……そして……自分は、そんな優秀な検証チームを率いる、検証リーダーだ……。
……ここで、他の仲間に劣る検証をするわけにはいかないだろう。
「ふむ……なるほど……よし」
「自分は、カレーライスを所望する!!」
実際には、特にカレーが食べたいわけでは無く、むしろ気温が高いことを考えると、冷たい飲み物を所望したいところだが……このゲームでカレーが飲み物と分類されているのかを検証しておかなくてはならないだろう。
懸念点として、他の国にカレーという食べ物が普及していなかったことを考えると、この国にもカレーが売り物として存在しない可能性もありえるが、その材料となるスパイスがこの国から輸出されていることを考慮すると、この国にだけカレーが存在するという可能性も大いにあり得る。
これは、カレーがこのゲーム内に売り物として存在するかどうかと、それが飲み物として分類されるのかどうかという、二つの検証が同時に行えるいい機会なのだ……。
自分は検証リーダーとして、仲間が気づかなかったその検証の可能性を高らかに指し示すと、明らかに周囲が処理落ちで固まっている空気の中、グリィ殿だけが「ずるいっす! だったら私もそれにするっす!」と叫ぶ姿を視界の隅で捕らえながら、案内人が無事に状態復帰して返答してくるのを待った……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【冒険術】:冒険に必要な行動を高い水準で実行することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【舞踊】:あらゆる条件で思い通りに踊ることができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
【奪いし者】
【獣を操る者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,710〉〈木×20〉〈薪×820〉〈布×89〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,910日分〉〈保存食×20,000〉〈飼料×4,290〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×470〉〈獣生肉(上)×420〉〈茶蕎麦×500〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×1,000〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈睡眠ポーション×11〉
〈教国軍の消耗品×200,000〉〈教国軍の装備品×20,000〉〈教国軍の雑貨×100,000〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×1〉〈銀貨×11〉〈大銅貨×135〉〈銅貨×84〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚