第百七十八話 今後の作戦会議で検証
ソメール教国、パルムの宿屋。
街並みと同じく、壁も屋根も白一色の外観で、窓にはステンドグラスが嵌っている。
宿屋の従業員も含め、この街を生活の拠点にしているのであろう人々は、街並と同じように、白を基調とした服に、色付きの小物やアクセサリーを加えるようなファッションで統一されているようだが、宿屋に泊まる客など、他の街と行き来する人々はその限りではないので、服装だけ見れば自分たちはそれほど目立たないだろう。
自分たちは、パルムの街を一通り観光し終わると、この街に入ってすぐに宿泊の手続きをしていたその宿屋に戻ってきて、いつも通り全員で男部屋の方へと集まり、アクセル殿を中心に作戦会議を……。
「すまなかった」
……いや、いつもであれば、アクセル殿が作戦会議を開始する号令を発するところなのだが、どうやら今日はその前にイベントがあるようだ。
自分は、皆が集まるなりいきなり頭を下げたアクセル殿の行動に首をかしげながら、いったいどんなイベントだろうと先行きを見守る。
「うん? 頭を下げてる向き的に、アタシとカイに謝ってる?」
「オレは身に覚えは無いけど、姉ちゃん、何かやらかしたのか?」
「いや、別にアタシも何もやってないけど……って、なんで謝られてるアタシの方がやらかした側なのよ!」
自分を含め、パーティーメンバーの誰から見ても、確かに、アクセル殿の謝罪はロシー殿とカイ殿へ向いているように見えるのだが、どうやら本人は全く身に覚えが無いようだ……まぁ、自分も未だに何のイベントなのかさっぱり分からないのだが。
「僕が直接何かしたわけでは無いから、僕に謝られても筋違いだと思うかもしれない……だが、この国の住人が差別的な反応を示すのは、そんな国を作り上げている王族の責任だ……すまなかった」
ふむ。
どうやら、アクセル殿はガラス工房でロシー殿とカイ殿が吹きガラス体験をした時に、職人からドワーフではないかと疑われ、怪訝な視線を向けられていたことに対して謝っていたらしい。
なるほど、あのイベントはちょっとしたトラブルだけで終わった小さなものだと思っていたが、継続イベントの伏線のようなものだったのか。
「はぁ? そんなことで謝ってるの? アンタ、バッカじゃないの?」
「ちょ、姉ちゃん! 言いたいことは分かるけど、言い方!」
だが、あのイベントが小さなものだと思っていたのは自分だけではないらしく、ロシー殿とカイ殿も、あまり気にした様子もなく、それぞれの反応を見せる。
アクセル殿の、真面目で、責任感が強く、細かいことによく気が付くところは、デバッガーとしては長所でしかないと思うが、対人関係になると、合わないという人も出てくるところだろう。
まさに今が、その合わない時のようで、ロシー殿とカイ殿だけでなく、周りを見渡しても、その着眼点に共感できているのはカヤ殿くらいのようだ。
「……それは、許してくれる、ということだろうか」
「っていうか、そもそも謝られる筋合いが無いわよ、ハーフドワーフは純血のドワーフからも嫌われてるから、人から差別的な視線を向けられるのは慣れっこだし、そもそもアタシとカイはそれが分かった上で勝手についてきてるんだから、自業自得よ」
「そうそう、それに、姉ちゃんが逆切れして変な騒ぎになる前に、オースの兄ちゃんとカヤ姉ちゃんが止めてくれたしな」
「ふむ?」
「ふむ? って、オースの兄ちゃんが止めてくれただろ? 詠唱無しで魔法を使うのは誰でもできるって」
「ああ、あの事か……いや、あれはただ、職人が無詠唱魔法の仕様の誤認していたようなので、それを正しただけだ……仕様を正しく理解しないままバグだと騒ぐのは、デバッガーであろうとプレイヤーであろうとマナーの良い行為だとは言えないからな」
「いや、言ってる意味が分からないんだけど……まぁとにかく、アタシたちも気にしてないし、検証バカも別に手を差し伸べてくれたわけではないらしいし、アンタも気にしすぎないでいいってことでしょ」
「うーん、それでは僕の気持ちが収まらないのだが……そうだな、これ以上蒸し返すのも良くないだろう」
アクセル殿は未だに納得はしていないようだが、彼が最初に自身で言っていた通り、これはアクセル殿とロシー殿やカイ殿という三人だけで収まる話ではなく、この国に根付いている問題だからな……ここで彼らがどれだけ話し合ってもスッキリする回答は得られないだろう。
「よし、では、この話は一旦心の内に仕舞い、気持ちを切り替えて、本日の会議を始める」
きっとまだ胸の内ではモヤモヤしたものを抱えているのだろうが、それが行動の邪魔になるものであれば表に出さないこともできるというのも、アクセル殿の長所だろう。
アクセル殿は自身に言い聞かせるように会議の開始を告げると、表情まで完全に切り替えて、今回の議題を発表する。
これは、戦争を止めるため、事前に、その情報を集め、整理しておくための会議……。
自分たちの目的は、戦争を止めることであって、魔王を倒すことではない。
相手は人間で、話が通じるかは分からないが、少なくとも会話が試みられる相手ではある。
もちろん、自分としては、必要とあれば、ボスを討伐するという解決方法もやぶさかではないが、このストーリーイベントのラストが戦闘であるという保証はないからな。
事前にどれだけ詳しい情報が集められているかによって勝負が決まるような、制限時間ありの連続した選択肢が急に現れる可能性もあるからな……RPGプレイヤーとしても、出来るだけ多くの会話イベントを踏んで、情報を集めておくに越したことはないだろう。
そして、今日ここで話し合いが行われるのは、自分も気になっていた、この国の外と内で、勇者誘拐事件の認識が大きく異なる点について、という内容のようだ。
アクセル殿がその議題を上げて、今日ガラス工房の前で出会った、自称勇者の商人の話を振ると、仲間たちがそれに対して各々の反応を示す。
「……確かに、王子様の前で言うのは悪いけど、あたしはてっきり、誘拐された人たちは牢屋かなんかに監禁されているものだと思ってたわ」
「そうですね、でも、実際には監禁や拘束をされていないどころか、生活費が支給された上で自由に過ごせるなんて、かなりの待遇で持て成されているようです」
「それで言うと、誘拐されているっていう部分も怪しいんじゃない? あの人、普通に招待されたって言ってたわよ?」
アクセル殿から議題の発表があり、まず初めに発言を始めたのは、アーリー殿、カヤ殿、ロシー殿たち女性陣だ。
彼女たちの言う通り、自分たちをガラス工房に招いたジェラード王国の商人は、誘拐されたなどという暗い気持ちは一切なく、きちんと招待を受けたどころか、困っていたところを助けられたというような認識さえ持っていたように思える。
「ふんっ、だが、あの商人は言っていただろう? 外部に手紙を送っても返事が届かない、と……情報の封鎖に関しては、事前に聞いていた内容通り、間違いなく行われているということだ」
「だよなー、それに、今日話を聞いたおっちゃんが、たまたま待遇が良かっただけかもしれないしなー」
そして、これも毎日の会議で出来てきた流れだが、その女性陣たちがもたらしてくれる、主観的にどう見えたかという意見に対して、ヴィーコ殿とカイ殿の男性陣二人が、今までの情報と照らし合わせた上で、俯瞰でどう見えるかを付け加える。
そんな両者の意見を、論理的に分析し、結果をまとめ上げるのが、会議の進行役もしているアクセル殿の役割で、自分は……特に何もしていない。
まぁ、後々の検証で情報を見返せるように、メモ画面に彼らの会話を書き記しているので、議事録係を担当していると言えなくも無いかもしれないが。
ちなみに、グリィ殿は、会議が始まる前……アクセル殿とロシー殿、カイ殿が言い合っていた時点でもう寝ているので、きっと彼女よりは役に立っているだろう……。
いつものことだが、出来れば勝手に自分のベッドを使わないでもらいたい……自分は別に気にしないが、何故かヴィーコ殿が後で騒いだり睨んだりと執拗に絡んでくるのだ。
「うーん、今日の会議のまとめとしては、まだ情報が足りない、というところかな」
「そうね、やっぱりこの国でそのあたりに直接関与している人からの情報も取り入れないと全容は見えないんじゃないかしら……それこそ、教皇様本人、とかね」
「ふんっ、まぁ、最終的にはそうなるだろうが、悪のトップが偽りない真実を話すとは思えないな……本人と接触する前に、もう一段階下の関係者からも情報を吐き出させておいた方がいいだろう」
「おいおいヴィーコの兄ちゃん、言い方、言い方」
「いや、良いんだ、カイ君……外の人から見たら、僕の父上は確かに悪だからね」
色々と話し合ったが、やはりまだ全容をきちんと把握するためには情報が足りないな……。
ヴィーコ殿の言う通り、この戦争ストーリーのイベントボスであろう、ソメール教国の教皇様と直接対決するまでに、もう少し情報を集めておいた方がいいようにも思える。
「よし、じゃあ、他に何も無ければ、今日のところはこれで……」
「おい、待て」
そうして、アクセル殿が、今日の会議を締めようとすると、めずらしく、自発的に発言することが少ないヴィーコ殿が、それを止める。
「? ヴィーコ君、何かまだ話す内容があったかな?」
「ああ、そうだな……まぁ、貴様らはもう納得しているのかもしれないが……」
「……と、いうと?」
「このハーフドワーフ二人組と、あとついでに、そこのハーフエルフ……ジェラード王国に帰るのは今からでも遅くはないとは思うが、本当に帰らないのか?」
「「!?」」
ヴィーコ殿の突然の発言に、ロシー殿、カイ殿、アーリー殿の三人を中心に、周りの仲間たちも驚いた様子を見せる。
「ちょ、ちょっと、何よいきなり、アンタ、まだアタシたちに帰れって言うつもりなの?」
「そうだぜヴィーコの兄ちゃん、最初は確かに気に食わなかったけど、オレたち、朝も一緒に稽古をするくらい仲良くなっただろ?」
「そうよ、この子たちも言ってたけど、あたしも人の視線とか気にしないし、それを分かった上で着いてきてるんだし、あんたにどうこう言われたくないんだけど?」
ふむ、自分もここまで来たらもう完全にパーティーメンバーだと思っていたのだが、ヴィーコ殿の中ではそうではなかったのだろうか……。
元々、ロシー殿たちに対して、どうやら差別表現らしい、まざりもの、という言い方をしていたし、もしかすると彼自身、ソメール教国の王子であるアクセル殿よりも差別的な意識が強かったりするのだろうか。
そうでなくとも彼はデフォルト仕様で人を見下したような態度と話し方であるし、自分が仲間に引き入れた時の反応から変わらず、もしかすると彼だけは今でも、このパーティーメンバーの誰のことも、仲間だとは思っていないのかもしれない。
「……」
「……」
「あの、えっと、きっとヴィーコさんはロシーさんやカイさんが差別的な視線を向けられたことに心を痛めて……」
「ふんっ、何を勘違いしている……そんなことは全く持ってどうでもいい、この三人は、ソメール教国の法律を犯しているのだぞ? 今日はうまく誤魔化せたから大事にならなかったというだけで、もしまた同じようなことがあって、今度は誤魔化すことに失敗したとなれば、その仲間ということになっているボクたちにとっても迷惑だ」
「え……」
「っ……」
しばらく沈黙が続いたのち、カヤ殿が何とか場を立て直そうと口を開くが、ヴィーコ殿はそれを否定し、己の意見を真っすぐ述べた。
間違ったことではないし、確かに、誰もが、心のどこかで分かっていても、敢えて口に出さなかったような内容ではあるのかもしれないが……ヴィーコ殿の強い口調も相まって、ロシー殿は少しショックを受けたようだ。
カイ殿に関しては、彼自身も分かっていたことなのだろう……ショックを受けたような表情をする代わりに、少し俯き、口を固く結び、どこか悔しそうな表情をしている。
「ちょっと、ヴィーコ君? そんな言い方って無いんじゃないの?」
「そ、そうですよ、それに、わたしは全然気にしないですよ、迷惑だなんて思いません」
「そうだ、僕たちはもう仲間だ、何かあったとしても、助け合えば良いではないか」
「うむ」
アーリー殿もヴィーコ殿から同じことを言われている側ではあるが、ロシー殿とカイ殿の姉役という立場があるからだろうか、二人を庇うように反論して、カヤ殿とアクセル殿もそれに続く。
そんな彼らを順番に眺めたヴィーコ殿の視線が、自分の方にも回ってきたので、とりあえず同意するために頷くだけはしておいたが、なにか気のきいたセリフなどを言った方が良かっただろうか……うーむ……せめて会話の選択肢などが表示されれば、それに沿ったセリフをいうくらいはできるのだが……。
「……」
「……」
「ふんっ、そうか……であれば、ボクからはもう何も言わない、勝手にしろ」
「ちょっと、勝手にしろって……」
「あ、あの、えっと、アーリーさん、落ち着いて……と、とりあえず、部屋に戻りましょうか」
「そうだ、さっさと戻れ、疲れているから早く寝たいのに、貴様らが居たら寝られないだろう」
「あんたねぇ!」
「まぁまぁ、アーリー君、ここは僕に任せて……ヴィーコ君も、これ以上波風を立てるようなことは言わないでくれ」
「ふんっ」
「あの、えっと、カイさんもこっちの部屋に来ますか? グリィさんがもうベッドをひとつ使ってしまっているようですし……」
「いや、オレは大丈夫だよ、ありがとな、カヤ姉ちゃん……でも、そうだな、グリィの姉ちゃんを運ぶのを手伝うよ」
「……はい、では、よろしくお願いします」
「……」
怒り心頭のアーリー殿を、カヤ殿とアクセル殿が宥めながら何とか部屋から送り出し、少し元気がなくなったロシー殿とカイ殿が二人で、未だに寝ているグリィ殿を頭上に掲げて部屋を出て行く……。
—— バタン ——
その姿を見送っていたアクセル殿が扉を閉めると、男部屋はいったん、自分とアクセル殿、そしてヴィーコ殿の三人だけになった。
ヴィーコ殿は、先ほどの宣言通り、本当に疲れていたのか、さっさと一番奥のベッドで横になり、こちらへ背を向ける。
アクセル殿は、そんな彼を見た後、こちらへ顔を向け、肩を落としながらため息をつく。
お互いに何か言いたいことはあるのかもしれないが、今日はこれ以上何も言わない、という選択をしたようだ。
うーむ……ソメール教国の首都まで、あと数日というところで、何とも暗い雰囲気になってしまう会話イベントが差し込まれたな……。
こういう時に、プレイヤーが動かすキャラクターも勝手に会話をしてくれるようなゲームであれば、自分も主人公らしく、パーティーをまとめ上げてくれるのだろうが、残念ながらこのゲームにそういう仕様はない。
そうなると、必然的に、そこをプレイヤースキルでカバーしなければならないのかもしれないが……現実世界でもコミュニケーションが得意な方ではなく、ゲーム内でも未だにコミュニケーションスキルを獲得できていない自分に、一体何が出来るだろうか……。
自分は、そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、ベッドへ横になり、目を閉じ、眠りについた……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【冒険術】:冒険に必要な行動を高い水準で実行することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【舞踊】:あらゆる条件で思い通りに踊ることができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
【奪いし者】
【獣を操る者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,710〉〈木×20〉〈薪×820〉〈布×89〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,960日分〉〈保存食×20,000〉〈飼料×4,640〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×500〉〈獣生肉(上)×480〉〈茶蕎麦×500〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×1,000〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈睡眠ポーション×11〉
〈教国軍の消耗品×200,000〉〈教国軍の装備品×20,000〉〈教国軍の雑貨×100,000〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×1〉〈銀貨×11〉〈大銅貨×135〉〈銅貨×84〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚