第百七十七話 ガラスの街で検証 その三
「はいはーい! じゃあ次はあたしがやる!」
「うん? 今度はお嬢ちゃんか、お兄さんやお姉さんに手伝ってもらわなくて大丈夫か?」
吹きガラス体験でグリィ殿が見事な失敗で終わり、次は誰がやろうという段階で、ヴィーコ殿が辞退した後。
ロシー殿が背伸びをしながら元気よく手を挙げる姿を見て、職人がまるで孫でも見るような優しく柔らかな表情を浮かべながら、諭すようにそう声をかける。
彼女の見た目は、ハーフドワーフという種族影響もあって、いつも成人しているか怪しまれている自分よりも幼い上に、今は着ている服が冒険者用の服ではなく、デリベス領都で買った普段着だからな……誰かの妹だと思われても仕方ないだろう。
「ふんっ、なによ、子ども扱いしないでくれる? アタシはこう見えても立派なレディーなんだから、これくらい一人で出来るわよ……ってか、何なら炉を使う作業もやらしてもらえる? そっちもやってみたいんだけど」
だが、彼女は予想通りのその反応が気に食わなかったらしく、いつものごとく職人に突っかかると、さらにグリィ殿にはやらせなかったガラスを炉で温めて成型する作業もやらせろと持ち掛けた。
「え……流石にお嬢ちゃんには危ないと思うんだが……」
「大丈夫よ! いいから貸しなさい!」
そして、心配そうな顔で自分たちの方を見渡す職人には目もくれず、彼の手にあった吹き竿を引っ手繰ると、会話をしている間に少し温度が低くなっていた下玉を一切の躊躇いなく炉に入れてくるくると回し、温度を適温まで上げると、続く色粒をつける作業もテキパキと、多すぎず、少なすぎない加減で進めていく……。
「……」
職人の方をチラリと見ると、彼はロシー殿を止めようと上げかけていた手をフリーズさせた状態で、あっけにとられたという言葉以外に表せない表情をして、そのまま彼女の作業を見守っていた。
ロシー殿は職人が硬直している間も、彼が一度しか手本を見せていないそのガラス吹きの作業を一つ一つ完璧にこなし、体験ではそこまでやらせないと言われていた、ポンテという竿で吹き竿からグラスを切り離し、ハシで器用にグラスの口を広げる作業まで完璧に終わらせると、ポンテについたままのその綺麗なグラスを見せてきた。
「ふっふーん、まぁ、こんなものかしらね!」
自慢げに見せてくるそれは、その自信にたがわない、素人目に見てもかなりいい出来のグラスで、それこそ店に並んでも違和感がないと思えるレベルだった。
「くっそー! 姉ちゃんばっかりカッコつけやがって、今度はオレの番ね!」
「あ、ちょっと!」
その出来に触発されたのか、今度はカイ殿がまた最初から最後まで挑戦するようで、職人の制止をスルーして、工房の隅に立てかけてあった別の吹き竿を手に取ると、ロシー殿がやっていない、下玉を作る作業から始める。
目を凝らして観察すると、どうやらロシー殿もカイ殿も無詠唱で魔法媒体も魔法陣も無く職人と同じような【加護】の魔法を使っているようで、炉に近づいても熱がるような表情を一切見せず、まるでガラスを直接操っているような自然さで整形を進めていた。
魔法陣も無しで魔法を使うのは、最近やっと自分とカヤ殿が習得した高度な技術だと思っていたが、ドワーフの血を持つ種族適正なのか、鍛冶屋の修行で身につけたものなのか、特に自分たちが教えていないロシー殿とカイ殿にも使える手法だったのか……。
「できた! へっへーん、どうだ! オレの方がカッコいいだろ!」
そんなことを考えている間に、カイ殿がグラスを完成させる。
ちなみに、ロシー殿はその作業の横で、職人から特に教わっていない、ポンテからグラスを外す作業も終えて、職人の許可を得るなんてこともせずに、勝手に自身の作品を徐冷炉に入れていた。
「ふーん、まぁ、カイにしては上出来なんじゃない? ちょっと雑さが目立つけど」
「ぐぬぬ……確かに、手先の器用さでは姉ちゃんには勝てないけど、頑張った方だろ?」
ロシー殿のグラスは、暖色系の宝石がちりばめられたような色合いで、少し丸みのあるデザインをした、綺麗であると同時に可愛らしいグラス。
カイ殿のグラスは、寒色系の荒波が水しぶきを上げるような色合いに、金型を使ってグラスの底を少し波立たせたような形にしてある、迫力がありながらもどこか趣を感じさせるグラス。
素人目ではどちらも同じくらい素晴らしい出来で、むしろ形が複雑な分、カイ殿の方が凝っているようにも思えるのだが、どうやら姉弟的には姉の方が技術は上らしい。
「ロシーさんもカイさんも、どちらもすごいです!」
「ああ、二人とも本当に素晴らしい出来だ、以前にもガラス吹きをやったことがあるのか?」
「いや、今日が初めてだよ……まぁ、鍛冶屋の修行をしてるから形が多少違っても炉の扱いは何となく分かったけど、ガラスってのは銅よりも扱いが難しいんだな」
「そうね、アタシも普段から銀細工とか金細工とかやるけど、それとは大分感覚が違ったわ」
カヤ殿とアクセル殿が褒めるように、二人とも本当に初めての挑戦とは思えないくらいテキパキと何の躊躇いもなく作業をこなしていたように思える。
まぁ、金属加工もガラス加工も、時間との勝負が必要な場面が多いだろうし、きっと躊躇いなんて持っていたら良い作品が作れないという部分は一致しているのだろう。
「はっ……って、おいおい、あんたら! 何を普通に会話してんだよ! おかしいだろ!」
と、そんな風に皆でワイワイとロシー殿とカイ殿の優秀さを褒めたたえていると、職人が長いフリーズから復帰したようで、声を荒げてこちらへ声をかけてきた。
「おかしいって何よ、こう見えてもアタシたち、鍛冶屋に弟子入りしてるし、ジェラード王国の職人学科にも通ってるのよ? これくらい出来て当然じゃない」
「いやいや、百歩譲って、炉の扱いが分かって、成形がうまいのは良いとしよう……だがな、お前ら……さっき詠唱もなく【加護】の魔法を使ってなかったか?」
「え? っていうか、【加護】って魔法だったのか? オレたちは師匠にお祈りみたいなもんだって教わったぞ? なぁ?」
「ええ、そうね、むしろ詠唱が必要なんて知らなかったわ」
「は? 【加護】が、お祈り……? もしかして、あんたら……ドワーフじゃ……」
ふむ……これは、良くないイベントの流れだな。
「職人殿、確かにロシー殿とカイ殿の師匠はドワーフだが、この二人は違うぞ」
自分は、メインストーリーに影響が出ないよう、彼女たちが異種族だと疑われるイベントを何とか回避しようと、職人にきっぱりとそう言い放つ。
この二人はドワーフではなく、ハーフドワーフだからな、嘘は言っていない。
「いやだが、ドワーフは火と土の魔法を詠唱もなく操れるってのは世界の常識だが、人間にそれが出来る奴なんて聞いたことないぞ?」
「ふむ……」
むしろ自分にはドワーフがそんな技術を持っているなんていう常識の方が初耳なのだが……ようするに、人間でもそれが可能だと説明すればいいわけか。
「カヤ殿」
「あ、はい……えっと、水でいいですか?」
「うむ」
自分はカヤ殿にそれを実践してもらおうと名前を呼ぶと、どうやら皆まで言う必要もなく彼女はお願いを察してくれたようで、自分が頷くと、手のひらを上にして前に突き出す……そして……。
「ぬぉおおっ」
職人がそれを見て驚いたように、カヤ殿は一言も発することなく、広げた手のひらの上、空中に水の球を出現させた。
実は、これは、ジェラード王国の地下遺跡で、ジェラード王国の第三王子、ヴェルンヘル殿下から、詠唱無しでも気合で剣に炎を纏わせることくらい出来るという情報を得た時から、密かに自分とカヤ殿で練習していた技術だ。
出来るという情報があっても、その方法が気合いだと聞いただけでは、実際にどうやるのか、最近までサッパリ分からなかったのだが、先日、自分が検証のためにカヤ殿の頬を突こうとして、彼女が全力で逃亡した際にそれを発揮したことで進展があった。
この技術は、ヴェルンヘル殿下が気合いと表現し、ロシー殿とカイ殿がお祈りと表現するように、細かく計算された論理的な方法では実現しない。
強いて論理的に説明するのであれば、魔法陣や、明確な魔法構造を思い浮かべず、具現化したい結果だけを思い浮かべて、そのイメージに魔力を流し込む、という感じだろうか。
自分とカヤ殿が習得に時間がかかっていたのは、魔法を魔術として論理的に解明しすぎていて、この技術もその延長だろうと、思い浮かべる魔法構造を細かく鮮明にしていく方へと研究を進めてしまっていたからだ。
難しく考えすぎて、簡単な答えにたどり着けない、なんてことは、デバッガーやプログラマーによくあることだが、まさかこんなところでもその現象に遭遇するとは、中々うまくいかないものだな……。
「詠唱も無しに水を出現させるとは……まさか、あんたもエルフかなんかじゃないだろうな」
「違いますよ、ほら、ジェラード王国のですけど、身分証もありますよ」
「え……あぁ、本当だ、種族は人間……って、男爵令嬢様!?」
「あ、その……はい、一応……」
「ははぁー、これは、いや、あの、その、すんませんでした……そうだよな、王子様のお連れの方々が普通の人なわけないよな……です」
「え、いや、その……顔を上げてください……このパーティーの中でそんな扱いをされてしまうと、逆に恥ずかしいといいますか……」
「え? ってことは……」
「先ほど一番に吹きガラスに挑戦していたグリィさんは伯爵令嬢ですし、そちらで見学していらっしゃるヴィーコさんは公爵家の御令息様ですし、こちらのアクセル殿下を差し置いて一番偉そうな佇まいをしていらっしゃるオースさんは、グラヴィーナ帝国の王子様です」
「「えぇええええっ!?」」
驚きの声が職人からだけでなく後ろからも聞こえてきたので振り返ってみると、自分たちを案内してからずっと遠巻きに見ていただけの商人も一緒に驚いていた。
ふむ、それにしても、グラヴィーナ帝国の王子、というのは、自分の事だとは思うのだが……アクセル殿下を差し置いて一番偉そうな佇まいをしている、というのは、一体どういう表現なのだろうか。
「ちなみに、私はまだ水と風しか無詠唱で操れませんが、オースさんはもう四属性とも無詠唱で操れますっ」
「「えぇええええっ!?」」
そして、その情報は必要だっただろうか?
まぁ、ロシー殿とカイ殿がハーフドワーフだという疑いを紛らわせるためには、判断を鈍らせる材料は多い方がいいか……。
……何故かカヤ殿が頬を膨らませて恨めしそうにこちらを睨んでいる気がするが、特にそんな表情をするような場面ではなさそうだし、きっとモーションのバグか何かだろう。
とりあえず、そんな形でどうにか、ロシー殿とカイ殿がこの国には法的に入ることが許されていないハーフドワーフだという事実をごまかし、その話題自体を煙に巻くと、自分たちは吹きガラス体験の続きを検証させてもらってから店を出た。
分かってはいたが、やはり、この国ではロシー殿とカイ殿、そして今回は特にボロが出なかったがアーリー殿も含めた三人は、用心しないとまずいことになりそうだな。
だがまぁ、命に関わらない限りは、そんなまずいことも含めて検証したいと思うのがデバッガーの性だ。
旅の道中でずっと行っていたアクセル殿を交えた訓練の成果もあり、ロシー殿とカイ殿も大抵の相手には負けないくらいの強さは身に着けているので、もし何かあったとしても生きて国から脱出するくらいは出来るだろう。
もしイベントの難易度が高そうであれば、ストーリー進行を中断して、前の街まで戻ってレベル上げ、というのも、RPGではよくあることだからな。
自分は頭の中でそう結論を出すと、宿屋へ向かって帰る仲間の後を追った……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【冒険術】:冒険に必要な行動を高い水準で実行することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【舞踊】:あらゆる条件で思い通りに踊ることができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
【奪いし者】
【獣を操る者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,710〉〈木×20〉〈薪×820〉〈布×89〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,960日分〉〈保存食×20,000〉〈飼料×4,640〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×500〉〈獣生肉(上)×480〉〈茶蕎麦×500〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×1,000〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈睡眠ポーション×11〉
〈教国軍の消耗品×200,000〉〈教国軍の装備品×20,000〉〈教国軍の雑貨×100,000〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×1〉〈銀貨×11〉〈大銅貨×135〉〈銅貨×84〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚