第百六十七話 砦への道中で検証
グラヴィーナ帝国、南部。
自分たちは、グリーンティスの街で半日ほどの短い休暇を思い思いに楽しむと、翌朝、南門から馬車を走らせ、ソメール教国の手前にある砦へと向かって進んでいた。
《スキル【御者】を獲得しました》
《称号【獣を操る者】を獲得しました》
《スキル【採取】【サバイバル】【御者】が、スキル【冒険術】に統合されました》
ふむ……馬車の操縦にも慣れてきたなと思っていたら、また新しいスキルとおまけの称号を獲得したか。
このゲームは、レベルアップでスキルポイントが手に入ったり、それを割り振って好きなスキルを獲得できたりするシステムではないから、スキルにどれだけの種類があるのかも分からない。
一応、周囲の人を【鑑定】して、自分の知らないスキルがあったらメモ画面へ書き留めるようにはしているが、スキル名が分かったところで獲得条件の仕様も分からない。
デバッガーとしては、それぞれのスキルの仕様をきちんと見ながら、仕様通りの条件で獲得できるか、また、逆に仕様に沿っていない条件で獲得できる不具合は無いかなどをチェックしたいところなのだが……まぁ、仕様を確認する術がない今は、獲得した時にその時の状況をメモして置いて、後で照合するしかないな。
「おい、オース……もう少し速度を……うっぷ……もう少し速度を落とせ……」
自分が獲得したスキルを確認しながらそんなことを考えていると、幌の中からいつものような威厳が全く感じられないヴィーコ殿のか細い声が聞こえてきた。
「大丈夫かヴィーコ君、一度馬車を止めてもらって休んだ方が良いのではないか?」
「ふんっ、いつも調子に乗ってるからこうなるのよ、いい気味だわ……でもアンタ、こんなところで吐くんじゃないわよ?」
「そうだぜヴィーコの兄貴、窮屈とまではいかないけど、馬車一台でこの人数だと流石に狭いんだから、ここで吐かれたら阿鼻叫喚の地獄絵図だ」
「くっ……うるさい……耳元でギャーギャー騒ぐな……本当に吐くぞ……」
「きゃー、お貴族様にけがされるー」
「ちょっとロシー、ヴィーコ君を煽るのは良いけど、標的になりながらこっちに寄らないでくれる?」
いつも強気なヴィーコ殿が、よく言い争いをしているものの何だかんだ仲がよさそうなロシー殿とカイ殿にからかわれて、賑やかで楽しそうなのは大変結構だが、本当に馬車の中で吐かれても困るので、自分は手綱を少し引いて馬に速度を落とすよう指示した。
「はぁ……なぜ貴様やグリィ嬢はあれだけ食べて翌朝平気な顔をしていられるんだ……」
「えへへー、そりゃあ、ヴィーコとは鍛え方が違うっすからね」
「いや、グリィちゃんの場合は鍛えてるとかそういう次元じゃないでしょ」
「何か新種の魔法でしょうか……ぜひ一度グリィさんのお腹を調査したいです」
「調査っすか? いいっすよ、ほら」
「きゃっ……グリィさん、こんなところでそんな……とってもすべすべです……」
「ちょっ、おいグリィ嬢! 人前で服をたくし上げるな! 淑女がはしたないぞ! って、うっ……大声を出したら吐き気が……」
「ぎゃぁああ! ちょっとアンタ、吐き気がとか言いながらアタシの肩を掴むんじゃないわよ! カイ! このバカを追い払いなさい!」
「しょうがねぇな……ヴィーコの兄貴、悪いけど地獄は一人で堪能してくれ……そりゃぁあ!」
「うぉおお! 人を物みたいに投げるなぁぁあああ!!」
何やら騒がしいまま馬車の中が大変なことになりそうだったが、カイ殿がヴィーコ殿を馬車の後ろへと投げ飛ばして事なきを得たようだ。
自分はアクセル殿の指示で馬車を止めると、皆が荷台から降りたのを確認してから、馬を引いて馬車を街道から外れた場所へ誘導する。
いつもより少し早いが、今日はここで昼休憩だな。
ヴィーコ殿の地獄を観察しながら休憩する趣味もないので、カヤ殿に土魔法で立派な衝立を作ってもらうと、自分はヴィーコ殿や衝立から離れた位置で焚火を組み上げ始めた。
「それで、話の途中だったけど、オースくんはよくグリィちゃんと大食いで競って平気だったわね」
「うむ、アーリー殿に作ってもらった胃腸薬が効いたのだろう」
「いやまぁ、確かに合流した時に頼まれて胃腸薬を作ってあげたけど、それはヴィーコくんも飲んでたし、そもそも、グリィちゃんと大食い勝負で張り合える時点で異常でしょ」
「ふむ……グリィ殿が異常なのは正常な認識なのだな……」
あれから、自分、グリィ殿、ヴィーコ殿は、茶蕎麦屋さんの大食いイベントに参加し、見事、お店で用意されていたイベント用の茶蕎麦を枯れさせる検証を完遂した。
まだその日一日の営業が終了するわけではないということで、店には通常営業分の茶蕎麦は在庫が残っていたようだが、イベントとしては、オープンして初めて、店側から十五分を待たずにおかわり提供ストップの声が上がったらしい。
結果としては、ヴィーコ殿が二百、自分が六百、グリィ殿が七百杯ほどの蕎麦を平らげ、合計千五百杯、量にして十五キロほど。
このイベントの過去最高記録保持者として、グリィ殿が一位、自分が二位として、店が張り出しているランキングに名前を載せたのは当然だが、ヴィーコ殿の二百杯でも普通にトップ十位に入っていたので、彼も頑張った方だろう。
……というか、自分は実際にはヴィーコ殿ほど食べていないからな。
自分が実際に食べたのは、最初の百杯……後の五百杯は、今も手つかずのまま亜空間倉庫に入っている。
イベントなど開催せずとも口コミだけで十分やっていけるだろうと思えるほど美味しかったので、八十杯くらいまでは苦も無く食べられたのだが、そこからはだんだんと味がしなくなっていき、九十杯を越えると、もはや口に物を入れて呑み込むという作業になった。
それなりに空腹だったこともあり、挑む前はもっと食べられるような気がしていたのだが、人間の胃袋というのは大きさが決まっていて、それは決して食欲の高さで大きくなったりはしないのだ。
あまり感情が表に出ない方なので、周りから見たら特に食べるペースも表情も変わらず余裕で食べ続けているように見えたかもしれないが、実際には誰よりも先に限界が来た。
隣を見ると、ヴィーコ殿が、そんな、傍から見たら余裕に見えるのかもしれない自分を睨みつけながら、対抗心むき出しの表情でガツガツと自分以上のペースで食べていたので、普通に勝負していたら自分は彼にすら負けていただろう。
というわけで、そこから自分は、事前に、こちらも検証しようと考えていた、食べたふりをして亜空間倉庫へ入れても、食べたとカウントされるのか、という検証に移った。
結果は、それがランキングに反映された通り、カウントされる、という仕様である。
自分はその仕様のおかげで、百杯目以降もペースを変えずに、周りの様子を見ながら、怪しまれないようにカウントを伸ばしていくことが出来たが、この量を笑顔のまま最後まで食べ続けて、イベントの後にデザートとしてその店で提供しているくず餅を注文していたグリィ殿の胃袋は、本当にバグが潜んでいるのではないだろうか……。
心の中では、二百杯目で悔しい顔をしてギブアップを宣言したヴィーコ殿に拍手喝采で称賛の言葉を送っていたほど、この戦いは自分たち普通の人間がついて行けるレベルではなかった。
合計千五百杯が提供されると、そこで十五分に届いていなくとも強制ストップとなることも分かったので、最初からハイペースで亜空間倉庫を駆使しながら戦っていればグリィ殿にも勝てるのだろうが、不正前提で組まれている難易度設定とは……仕様だとしても開発者に異議を唱える必要があるだろう。
「まぁ、アーリー殿の言う通り、自分の胃袋は正常だからな、少々不正をしたのだ」
「やっぱりねー、オースくんは本当に真面目なのか不真面目なのか分からないわ」
自分はアーリー殿に肩をすくめられると、話題を変えるため、一緒に昼食の用意を手伝ってくれているアーリー殿とカヤ殿に、自分が離れた後の彼女たちの検証について尋ねる。
少し離れたところでは、暇になったのか、身体を動かしたかったのか、ロシー殿とカイ殿が、グリィ殿とアクセル殿に稽古をつけてもらっているようだ。
今日の夜にはもう、ソメール教国が見える砦に辿り着く……おそらく、今が、気を抜いて過ごせる最後の昼休憩……。
いったい今度はどんなイベントが待ち受けているのか分からないが、どんなイベントが発生してもしっかりと検証できるように、少しでも精神と身体を休めておこう。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【冒険術】:冒険に必要な行動を高い水準で実行することができる <NEW>
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【舞踊】:あらゆる条件で思い通りに踊ることができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
【奪いし者】
【獣を操る者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,800〉〈木×20〉〈薪×900〉〈布×104〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1590日分〉〈保存食×96〉〈飼料×198〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×540〉〈獣生肉(上)×490〉〈茶蕎麦×500〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×2〉
〈着替え×20〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈金貨×1〉〈大銀貨×1〉〈銀貨×9〉〈大銅貨×1〉〈銅貨×2〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚
▼ アクセルからの借金
金貨5枚