第百六十六話 大食いイベントで検証
「次はどこに行くっすかねー」
「あ、ああ……そうだな……次は、なんというか、もっと別の店に行かないか?」
「別の店っすか?」
グリーンティスの街、南大通り。
西門に近いお土産屋さん区画にいたアーリー殿とカヤ殿、街の中央にある一番大きな茶屋にいたアクセル殿とロシー殿、カイ殿に続いて、南門付近のエリアに、グリィ殿とヴィーコ殿の姿はあった。
この街は、一応、東西南北の全てに門があり、それぞれの門から中央に向けて比較的大きな通りが伸びているが、活気があるのは、アーリー殿たちがいた西の大通りと、今グリィ殿たちが練り歩いている南の大通りだ。
「ああ、グリィ嬢もそろそろ、こういった店ばかりを巡るのは飽きてきただろう?」
「あぁー! また呼び方がちょっと戻ってるっすよー」
「え? あ、ああ……いや、すまない……流石に淑女を呼び捨てにするのは慣れなくてな……」
「淑女って、それもまた私に似合わない言葉っすねー、まぁ、とりあえずグラツィエラ嬢って呼ばれるよりはグリィ嬢の方がまだマシっすけど」
「……」
ふむ……マップ画面を頼りにヴィーコ殿とグリィ殿がいる場所に来てみたが、特にイベントのようなものは発生していないようだな。
さっき二人が出てきた店を見ると、お茶漬けの専門店という、お茶の街らしい食事処のようなので、またグリィ殿は食事処を制覇する検証をしているのだろう。
一応、街全体にお土産屋さんも食事処も散らばってはいるが、その比率はエリアによって偏りがあり、西の大通りにはお土産屋さんが多く、南の大通りには食事処が多く、中央に近づけば近づくほど店の敷居や商品価格が上がっていく仕様のように見受けられる。
そう思うと、錬金素材となりそうなものを買い漁るアーリー殿、カヤ殿ペアが西門エリアの検証にあたり、高級なお店にも躊躇わずに入っていけるアクセル殿にロシー殿とカイ殿を加えたチームが中央エリアの検証……。
そして、無限の胃袋を持つグリィ殿と、彼女を金銭面でサポートすることが出来るヴィーコ殿のペアが南門エリアの検証についているのは、適材適所で素晴らしいチームワークではないだろうか。
「でも、別の店っすか……確かに、この辺りで一回お米から離れるのもいいかもしれないっすね」
「そ、そうだろう? だったらあっちに……」
「おぉー、美味しそうな、おはぎ屋さんがあるっすね」
「いや、その隣に珍しい装飾品店が……」
「この国ではこういう時に“善は急げ”って言うらしいっすね、美味しいおはぎが逃げないうちに行きましょうっす!」
「あ、ああ……」
中心となって検証を進めてくれているグリィ殿の思考は、なんだか色々とズレていて、お米から離れると言いながら、おはぎ屋に向かっていくのはどうなのだろうかと思わなくはないが、まぁ、これが彼女の検証スタイルなのだろう。
これで何件目の検証なのかは分からないが、彼女の後ろをついて行くヴィーコ殿が魔法鞄から取り出した金貨袋をのぞき込んでため息をついているところを見ると、既にそれなりの検証件数をこなしているのかもしれない。
—— カラン カラン ——
そんなグリィ殿たちの様子を確認して、特にイベントもなさそうだし、ここの検証は二人に任せてもよさそうだなと思って立ち去ろうとしていると、そんなプレイヤーの行動を見透かしたように、近くで何かのイベント開始を告げるような、振り鐘の音が聞こえてきた。
「さぁ! 旅人の方! 今日もこの街の名物、わんこ茶そばのイベントを開催するよ!」
そう言って茶蕎麦屋の店先で青銅の振り鐘を鳴らしながら声を張り上げる、割烹着を着た女性ドワーフ。
大きな音の出る集客は全体的に穏やかな雰囲気のこの街には珍しい気もするが、アクセル殿たちのところでも大きなイベントを行っていたし、別にあまり見かけないだけで禁止されていたりするわけではないのだろう。
ふむ、それにしても、わんこ茶そばか……。
グリィ殿チームも、アーリー殿チームと同じように、特にイベントは無いのかと思って他の場所へ別の検証にでも行こうかと思ったが、イベントが用意されているのであればしっかりと検証していかねばな。
「むももごふもふも?」
「おいグリィ待て! 淑女がモノを食べながら走り回るんじゃない!」
グリィ殿も突発イベントの発生に気づいたようで、餡にまみれた両手で一つずつおはぎを持ちつつ、口にも目いっぱいおはぎを放り込んだまま、店を飛び出してきたようだ。
それを追いかけるヴィーコ殿の、グリィ殿に対する呼称が安定しないという軽微な不具合も気になるが、彼が軽微な不具合をたくさん抱えていそうなのは今に始まったことじゃないからな、メモだけ残して置いて、今はイベントの内容説明を聞くことに集中しよう。
「小さいお椀に入れられた茶そばを十五分内に何杯食べられるか挑戦して、優勝者には食べたその美味しい茶そばのお土産を食べられた量だけ無料で進呈だよ!」
なるほど……十五分の制限時間つきで、商品は優勝者が食べ飽きているであろう茶そばのお土産か。
イベントの開始時刻も昼食時をとっくに過ぎていて、夕食にはまだ早い時間帯という中途半端な時間帯であるというところを踏まえても、このイベントを考えた店主はなかなか商売魂たくましい人物なのかもしれない。
グリーンティスの街には、この店以外にも美味しそうなお店がたくさんある。
だから、こんな時間帯に大食いイベントなんか開催されても、既に他の店でそれなりにお腹を満たしてしまっていて、十五分という宣言時間がなくともそれほど食べられないだろう。
そして、そんな状態で大食い勝負をさせられたら、いくらこのお店の茶そばが美味しくとも、暫くは食べないでいいかなと思えるほど満足してしまうに違いない……だから、商品として持たされるお土産の茶そばは、その人が消費することはなく、きっとその人の知り合いの手に渡ることになる。
お土産を手渡す時に、その人が大食い大会で優勝したんだという武勇伝でも聞かせてくれれば、その知り合いの人も家で実際に美味しい茶そばを食べながら、自分も挑戦してみようかなという気分になるかもしれない……優勝賞品がバッチリ店の宣伝にもなるという寸法だ。
なるべく店が損をしないで、最大限の利益を得るイベント……。
店が利益を求めるのは、店主が自分の家族だけでなく従業員とその家族も食わしていかねばならないのだから当然のことであるし、ここまであからさまで堂々と集客している様子を見ると、逆にすがすがしく、好感が持てるかもしれないな。
だが……店主殿……すまないが……今日は運が悪かったようだ。
今、この場には、その胃袋にバグを抱えているのではないかと思える淑女がいる……そして……。
「さぁ! 挑戦金額は銀貨五枚だよ! 大食いに自身のあるやつは乗った乗った!」
「「乗った!」」
店員の煽るような投げかけに対して、自分とグリィ殿の声が重なる。
ふむ、それにしても銀貨五枚か……この街の物価を見る限り、おそらく普通に茶そばを一人前で頼んで銀貨一枚程度だろうから、五人前……一人前が二百グラムだとすれば、一キロほど食べれば元が取れる形だな。
多くの人には厳しいだろうが、体格のいい冒険者なら、他のお店を巡って食べ歩いたりしておらず、お腹が空いている状態であれば、それくらいは食べられそうな、なんとも絶妙な価格設定である。
「……って、あれ? オースさん、いたんすね……というか、オースさんも挑戦するんすか?」
「うむ、おそらくグリィ殿には勝てないだろうが、自分にも少々検証してみたいことがあるのでな」
「ぬっ、オース! 貴様! 単独行動をすると言っていなかったか?」
「ああ、まぁ確かにそうであるが、途中で合流しないとは言っていなかっただろう?」
「ぐぬぬ……確かにそうだが」
「それよりも、ヴィーコ殿は挑戦しないのか?」
「ふんっ、公爵家の長男であるこのボクが、このようないかにも平民が好きそうな催しに参加するわけが……」
「じゃあオースさんと一対一で勝負っすね! 色々と恩があるパーティーリーダーとは言え負けないっすよー! なんなら、私が用意できるものを何か賭けてもいいっす!」
ふむ……店が提供する賞品とは別に、参加する仲間同士での賞品も用意されているイベントだったか……これはますます検証しがいがあるな。
「それは面白い、勝てる見込みは全くないが、せっかく検証するならその勝負も検証させてもらおう」
「ふっふーん、後悔しても知らないっすよー? じゃあ、私が勝ったら、今度はオースさんが一緒に街を巡って一日中ご飯を奢ってくださいっす!」
「なっ……」
「うむ、望むところだ」
「ちょ、ちょっと待て! グリィ嬢、別にそんなこと、こいつに頼まなくとも……」
「ちっちっち、頼んでるんじゃないっすよ、これは、賭けをしているんす……ただ頼んで奢ってもらったご飯より、勝負の末に勝ち取った権利として奢ってもらったご飯の方が美味しい気がしないっすか? まぁ、賭けから逃げちゃうヴィーコには関係ないっすねー」
「なっ……くっ……くそっ、分かった! そこまで言われたら男として引き下がれようものか! おい貴様! ボクも勝負に参加するから、ボクが勝ったら一つ何でも言うことを聞くと誓え!」
「ふむ、まぁ、ヴィーコ殿には負ける気がしないので、何を賭けてもいいだろう……その検証をするためにわざと負けてもいいが、今はちょっと別の検証を優先したいから、それはまた今度だな」
「くっ……なめた口をっ……」
よく分からないが、たまたま発生した大食い勝負は、キャラクター同士の掛け合いも豊富な、なかなか検証しがいのあるイベントのようだ。
先ほど言った通り、この勝負で優勝したら、逆に最下位だったら、それぞれどんな派生イベントに繋がるのかも気になるが、自分が参加しない場合や、逆に自分しか参加しない場合……他の仲間と一緒に参加する場合のイベント進行も気になるな……。
そして、きっとグリィ殿が参加するこのイベントで、彼女に勝って優勝するという挑戦は、周回プレイ前提のやり込み要素というやつに分類されるだろう……今の実力では勝てる自信は全くないが、いつかはそれも検証してみせよう。
「三人ともお仲間のようだけど、さて、もう参加者はいないかい? いないようだね……じゃあ、新規三名様、ご案内―!」
グリーンティスの街で発生した、二回目の突発イベント……。
大食いは得意というわけではないが、先ほどのリズムゲームイベントで体力も魔力も消費してそれなりに空腹だからな、強化系スキルも駆使すれば、グリィ殿以外には負けることはないだろう。
まぁ、どうせ周回するのだから、今回は観戦者としての検証をして、挑戦者としての検証は優勝できそうなまたの機会に回すという選択肢もあるのかもしれないが……。
……今回の検証で結果を確認しておきたいのは、この勝負の結果ではない。
「ふむ……なるほど……よし」
参加する仲間が三人というのは少々心もとないが、今回の検証で底が見えなければ、次の周回で仲間全員を引き連れて再挑戦すればいい。
挑戦するのは仲間との勝負でもなく、店が提供する勝負でもない……。
ゲーム開発者が蕎麦の提供数に限りを設けているかどうか……その仕様に挑戦するのだ。
「とりあえず今回の目標は、提供される蕎麦を品切れにさせることだな」
自分はそう意気込んで、グリィ殿とヴィーコ殿と共に、茶そば屋さんへと踏み込んだ。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【採集】:自然物を的確に素早く採取し、集めることができる
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【舞踊】:あらゆる条件で思い通りに踊ることができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
【奪いし者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,800〉〈木×20〉〈薪×900〉〈布×104〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1590日分〉〈保存食×96〉〈飼料×198〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×540〉〈獣生肉(上)×490〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×2〉
〈着替え×20〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈金貨×1〉〈大銀貨×2〉〈銀貨×4〉〈大銅貨×1〉〈銅貨×2〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚
▼ アクセルからの借金
金貨5枚