第百六十二話 仲間とグラヴィーナ帝国で検証 その二
オーレンドルフから南東、村を挟んで一つ隣の街、グリーンティス。
この街を含めここから東はしばらくオーレンドルフとは別の領、レンシル領となっていて、この領地は領面積の大部分が緑茶畑になっている緑茶の名産地らしい。
ジェラード王国からグラヴィーナ帝国のオーレンドルフ領都に入った自分たちは、そのまま砦で一泊、領都で一泊、途中の村で一泊して、この先にあるソメール教国へと通じる砦を目指して進み、現在、このレンシル領、グリーンティスの街へと訪れていた。
南東に進むと砦があり、その先はソメール教国、西へ進めばオーレンドルフ領を経由してジェラード王国へと続くため、ここは、街並みも含め、他の貿易の盛んな商業都市と似たような一面も持ち合わせてはいるが、どちらかというと行商人や旅人に向けた憩いの場という側面が強い。
街の雰囲気が落ち着いているから住人が落ち着いているのか、逆に住人に穏やかな人が多いから街の雰囲気が穏やかなのかは分からないが、この街は他の商業都市と比べてとても落ち着いていて穏やかな雰囲気の街である。
通りに簡易的な屋台などを広げて露店商売をしている商人がいないということも、おそらく静かな印象を受ける要因のひとつなのだろうが、だからと言って、店自体が少ないというわけではなく、通りには昔からそこにあるのであろう茶屋や工芸品店が、ずらりといくつも立ち並んでいるし、その店の看板娘などが呼び込みをする姿も見受けられる。
だが、店の従業員も、その店を訪れる客たちも、どこか声が穏やかで、茶屋や食事処から漏れる笑い声の中にも、街の雰囲気を壊すような酔っ払いの馬鹿笑いなどは含まれていない。
それは今が昼時だからで、もしかしたら夜になれば活気が生まれ賑やかになるののかもしれないが、やはり現状を見る限り、この街に住んでいる住民も、旅の途中で立ち寄ったのであろう旅人も、この街の雰囲気を楽しむように、どこか落ち着いていて穏やかなのだ。
「うん、聞いていた通り、【旅人の休憩所】とも呼ばれるのがよく分かる落ち着いた雰囲気の街だね」
アクセル殿も街を眺めて自分と同じ感想を抱いたのだろう、誰に話しかけるわけでもなく、思ったことが口から漏れ出たというような口調でそんな呟きを零した。
「ああ、そうだな、ドワーフというのは声が大きくて頭に血が上りやすい種族だという印象があったが、この街を見る限りどうやらそういった者だけではないようだ」
「うーん、まぁそりゃあそうだけどな、だいたいはヴィーコ兄ちゃんの印象であってると思うぜ? どちらかと言えばこの街のやつらが特殊なんだよ」
「そうね、アタシはハーフだし、落ち着きのあるセクシーな大人の女性だけど、純粋なドワーフはだいたい暴力的でうるさいわ」
「……なるほど、ハーフでもこうだと考えると、確かにこの街のドワーフが特別なのかもしれないな」
「ん? ちょっと! それってどういう意味よ!」
「まぁまぁ姉ちゃん、落ち着けって」
ヴィーコ殿とロシー殿、カイ殿が話しているように、この街はグラヴィーナ帝国にある他の街と同じように住人も旅人もドワーフばかりで、きょろきょろと見回せば人間もちらほらと見受けられるが、エルフに関しては一人も見当たらない。
そんなドワーフばかりの街で、こんなに静かで落ち着いた街というのは、確かに、しばらくグラヴィーナ帝国で王子として過ごしていた自分から見ても珍しいかもしれない。
あまりに和やかなので、ここから南東に進んだ場所で本当に戦争が始まっているのか疑い始めているほどだ。
「確かに、これはすぐ近くで大きな争いが起こってるとは思えない落ち着きようっすね」
「まぁ、あたしも急に戦争が起きているって言われても、大昔に人間同士の争いや人間と魔族の争いがあって、その出来事を戦争って呼んでいるって歴史の知識として知っているだけで、実際の戦争がどういう物か全くイメージわかないし、この街の人たちもそうなんじゃない?」
「そうですね……歴史の勉強では、多くの死傷者が出るとか、負の連鎖が始まるから、戦争は起こしてはいけないと習いますけど……今も開拓地では魔物と戦って多くの人が命を落としてしまったり怪我をしてしまったりという出来事が起こっていますし、人間同士の争いであれば、今も盗賊から被害を受けたり討伐したりはあります」
ふむ、そういえばこの世界は、今の人類がこの大陸に流れ着いてから、ずっと戦争らしい戦争が起きていないという設定だったな。
写真や映像を残す技術も発展していないことを考えると、確かに、アーリー殿の言う通り、この街の住人だけでなく、世界中の人間が、戦争の鬱々とした雰囲気というものが想像できないのかもしれない。
旧人類が残した書類にはもしかしたら写真や映像がついているかもしれないが、この世界にはそういった旧人類が残した資料が閲覧できる博物館といった類のものが存在せず、それが閲覧できるのは王族や王族に許可された研究員のみらしいからな……。
うーむ……グラヴィーナ帝国にも昔からそういった資料を蓄積しておくという考えがあれば自分にも見る機会があったと思うのだが……残念ながら、先代までの王は何を思ったのか、そういった資料の類は全てジェラード王国かソメール教国へと渡してしまい、代わりに金品を受け取っていたそうだ……実に惜しい。
魔法も習得したことだし、いつかジェラード王国の城内で厳重なカギがかかっていたせいで入ることが出来なかったエリアを検証してみてもいいかもしれないな……マップ的にはまだ探索できていないのはそこくらいだし、きっと遺跡の探索でも集められている旧人類が残した資料などはそこに仕舞われているのだろう。
「それで、この街でも情報収集をするのか?」
自分がそうして、ゲームの進行度やプレイヤーキャラクターの成長によって、過去に進めなかった場所に進めるようになるというRPGらしいワクワク感に思いを馳せていると、ヴィーコ殿がアクセル殿にこの街での行動方針に関して質問をしていた。
情報収集というのは、この国とソメール教国の争いに関する現在の状況などを街の人に聞いて回るというものなのだが……これが、ジェラード王国の街でも集まらなかったように、この国に入ってからも殆ど集まらなかったのだ。
この争いが始まった原因として非があるのは、他国の住人を誘拐しているソメール教国である……ソメール教国は新しい芸術とやらを生み出すのに忙しいので、年中武闘大会を開いているグラヴィーナ帝国が負けるはずがない……この国の軍ならきっとすぐに勝って、誘拐された国民を取り返してくれる……。
街に住む一般的な住人たちからは、そういった、既に自分たちが知っている範囲でのこの争いに対する背景と、グラヴィーナ帝国の強さに対する絶対的な自信しか聞き出せなかったのだ。
とは言っても、街の住人から詳しい情報を得られなかったというだけで、最終的にはいくつかの情報が得られている。
他の皆が聞き込みをしている間に、自分が一人でオーレンドルフの領主の邸宅に乗り込んで、詳しい話を聞いてきたのだ。
まぁ、情報を得るまでに、一般人に変装して、完全武装し、騎士や衛兵をなぎ倒しながら領主の部屋を目指し、暴力的な脅しによって情報が得られないか検証したり……忍者のごとく屋根裏から会話を盗み聞きし、無許可でこっそり部屋に忍び込んで書類を漁るというような検証をしてみたり……。
なんだかんだ最後には衛兵に掴まって、拘留所に連行されるパターンもいくつか確認したのだが……連行途中で逃亡したり、拘留所から脱獄したりする検証を済ませた後、最終的には王子としてアポなし突撃し、権力を振りかざすことで話を聞きだしたので何も問題はないだろう。
「うーん……いや、オースくんがもう現段階で集められそうな情報は取ってきてくれたから、ここでは明日からの活動に備えて各自自由に休息をとってもらおう……オーレンドルフではタイミングが悪かったのか、何故か街中を衛兵がバタバタしていてゆっくり休めなかったからね」
「ほんとよー、何があったか知らないけど、あたしとカヤちゃんなんか、ドワーフじゃないっていうだけで犯人じゃないかって怪しまれて、身分証の提示とか求められたもん」
「そうですね、この国では変装とか必要なかったので冒険者カードを見せるだけで済みましたけど、夜も宿屋の外から壁に頭を擦り付ける不審者が出たとかいう叫び声が聞こえてきて、安心して眠れませんでした」
「うむ……誰が何をしたのか知らないが、まったく迷惑なことであるな」
……この街の当たり判定検証は今日はやらずに後日に回した方が良さそうだな。
「ふーん、アンタたちも大変だったのね……アタシの方はハーフでもドワーフの血が入ってるからか、何かの犯人に疑われることはなかったけど、その代わりに、なんか、どこに行っても見下されるような目を向けられて、ものすごくイライラしたわね」
「だなー、王様が変わって少し良くなってきてるとはいっても、まだ昔のやつらは、ハーフは弱い人間と結ばれたドワーフの子供で落ちこぼれだ、とかいう考えで、オレたちを見るなり鼻で笑ったりするからな」
「そうそう、だからアタシ頭に来ちゃって、ゲラゲラ笑ってきたおっさんの顔面をブン殴ってやったわ」
「おいおい、気持ちは察するが、これから争いを止めに行こうというときに、争いを起こさないでくれよ」
「ま、大丈夫だってアクセルの兄ちゃん、ここではドワーフ同士の喧嘩は良くあることだし、そういう時はだいたい勝った方が正義だ……実際、姉ちゃんに殴られて伸びたやつの取り巻きも、何も言ってこなかったしな」
うーむ、なるほど……衛兵や騎士を倒すのはダメだが、喧嘩ならいいのか……。
そんな仕様があるとは知りもしなかったな……だが、今の情報だけだと境界線が曖昧なので、後で仕様確認のためにも自分も適当に喧嘩を挑んでみることにしよう。
「ほへー、私がご飯屋さんを巡ってご飯を食べながら情報収集している時にそんなことがあったんすねー、私の方はなんか急に隣に座ってたドワーフのおじさんに大食い勝負を持ち掛けられたくらいで、衛兵のバタバタとか差別とか気づかなかったっすよ」
「ふむ、グリィ殿を露店で見かけた時に、知らないおじさん何人かと仲良く買い食いをしていたのにはそんな背景があったのか」
「なに? おいグリィ嬢、腕が立つとはいえ、貴女も女性なのだから、知らない男ついて行くのは止めておけ」
「うーん、私がついて行ったって言うか、おじさんたちの方がついてきたんすけど……嬢ちゃんの食いっぷりに惚れた、とか言って、食べ物を奢ってくれたりしたっすよ?」
なんというか、どうしたらそんな状況を作りだせるのかさっぱり分からない検証をしてくれるのが、やはりグリィ殿らしいな……うむ……引き続き、グリィ殿にはそういった特殊な検証に取り組んでもらいたい。
「くっ……やはり、グリィ嬢は単独で行動するなら、変装した方が良いのではないか? あれなら辛うじて男に見えなくもないので、今よりは安全だろう」
「えー、嫌っすよー、この格好が一番楽なんすから、変装しないでいいなら変装しないで過ごしたいっす」
「ぐぬぬ……だが……」
「はいはい、そんなに心配なら、あんたが一緒に行動すればいいでしょ」
「なっ……いや……だが、それでは情報収集の効率が……」
「別にあたしもカヤちゃんと一緒に情報収集してたし、今日は情報収集も無いんだから関係ないわよ」
「うぐぐ……」
「でも自由行動かー、あたしはどうしようかなー」
「あ、あの、グリィさんではないですが、わたしも一人だと心配なので、自由時間も一緒に行動しませんか?」
「そうね、私のやることも珍しい素材とかを探して買い物する感じになりそうだし、いろいろ意見が聞けるカヤちゃんが一緒にいてくれたら嬉しいわ」
「オレはどうすっかなー、飯食うとか買い物するにもそんなにお金持ってねぇし」
「うん、だったら僕と一緒に散策するかい? 僕よりもこの国に詳しそうだし、案内してくれれば少しくらい奢らせてもらうよ」
「はいはーい! アタシもついて行っていい?」
「もちろんいいとも」
うむ、雑談イベントも終わり、そろそろ各自で街の散策になりそうだな。
話しの流れを聞く限り、アーリー殿はカヤ殿と、アクセル殿はロシー殿やカイ殿と、グリィ殿はヴィーコ殿と? 一緒に行動するらしい。
そして自分には目には映っていない……ゲーム的なUIとしても表示されていないそれが、長年のゲーム経験として見える。
……この三つのグループのうち、どのグループについて行って、どのイベントを確認するか、という選択肢が。
だが、そんな選択肢がゲームから実際には用意されていないということであれば、自分の取るべき選択は一つ……。
「ふむ……なるほど……よし」
「一人で行動して、イベントを三つとも監視しよう」
自分は心の中でそう意気込むと、馬車を宿に止めて、他の面々と別れた。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【採集】:自然物を的確に素早く採取し、集めることができる
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,800〉〈木×20〉〈薪×900〉〈布×104〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1590日分〉〈保存食×96〉〈飼料×198〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×540〉〈獣生肉(上)×490〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×2〉
〈着替え×20〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈金貨×1〉〈大銀貨×5〉〈銀貨×0〉〈大銅貨×4〉〈銅貨×3〉
▼借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚