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挿話 カヤの日常

本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。

 

 わたしはアウアマン男爵家の末娘、カヤと言います。


 とは言っても、家の名前を出すと他の貴族の方からからかわれたりすることが多いので聞かれない限り答えないようにしていますが……。


 わたしの家は代々、王都の魔法研究棟で働く魔法研究者だったのですが、今は故あってお城で働く文官補佐として、会議の議事録や様々な書類仕事、周辺の街への視察からその他雑務もろもろ、腕力などを必要としない範囲で上級貴族様のお手伝いをするような仕事をしております。


 まぁ、魔法研究者でも文官補佐でも、地位的な大きい枠組みとしてはあまり変わらないのですが、周囲の人からは『研究棟から追い出された』というように見え、細かい経緯を省くと実際にその通りなので、家の名前を出すと笑われてしまうのです。


 末娘であるわたしが貴族学科ではなく魔法研究学科へ入学したのも、小さいころからそんな風に虐げられる家族を見て、子供心に、そんな現状を変えたいと思ったからで……。


 お父様やお母様が今も心に宿している『魔法で国民の生活を守りたい』という願いを、わたしもしっかりと受け継いでいるからで……。


 もちろん、入学する年齢が近づいてくるにつれて、幼いころの感情は、社会に適応するための建前で塗り固められていったので、今は、少なくとも小さい頃のやるせない感情がそのまま表に出てくることはなく、ただ『子供のころの夢』として、なんとなくそのまま魔法研究学科へと入学しただけなのですが。


 それでも、両親はそんなわたしを笑うことなく、家の存続という面では特に必要とされない末娘という立場もあったのでしょうが、好きなように生きなさいと、そう言ってわたしの背中を後押ししてくれました。


 わたしは恵まれています……。


 貴族の中では、たしかに少々居心地の悪い、下っ端の貧乏貴族ではありますが……飢えることもなく、高い壁に守られた場所で生活できているのですから。


 だったら、そんな環境に身を置けていることに感謝して、他の貴族と同じように、わたしたちの生活を支えてくださっている国民の皆さんに対して、少しでも、何か恩返しをするべきでしょう。


 たとえ周りの貴族から期待されていなくとも……わたしの背中を押してくれた両親の気持ちが、期待よりも優しさの方が大きかったとしても……わたしは、わたしにできる範囲で、周りの人の力になるため、魔法研究学科で、魔法を学び、研究するのです。


 だからわたしは、そんなわたしの事情や家柄など関係なく、色々な垣根や、しがらみを飛び越えて普通に接してくださる、アーリーさんやグリィさんなどの周りの人たち……何よりも、そんな人たちとめぐり合わせてくれたオースさんには、とても感謝しています。


 友達……と言っていいのでしょうか。


 そんな家庭事情のせいで、オースさんをはじめとする異性の方はもちろんのこと、アーリーさんやグリィさんなど同年代の同性とも親しくなることは無かったので、わたしには今の関係を友達と呼んでいいのか分かりません。


 ですが、わたしの弱い部分を蔑まず、励まし、助けてくれて……それどころか、こんなわたしに対して、力を貸してほしいと頼ってくれるような場面さえある……そんな人たちを、わたしが個人的に、心の中で、友達のような存在だと思うくらい、許してもらえないでしょうか。


 うーん……ちょっと調子に乗りすぎですかね? 乗りすぎですね……すみません。


 わたしはオースさんに冒険者パーティーというグループに引き入れられて、一緒に仲間に迎え入れられたアーリーさんと出会い、部門は違えど、研究好きというところで気が合って、彼女と共に過ごすうちに、少し調子に乗ってしまうことが多くなったような気がします。


 その冒険者パーティーという仲間がわたしのことを手放しに誉めてくださるからでしょうか……?


 確かにわたしは、どこからその発想が生まれるのか分からない、オースさんの口から飛び出してくる無限の知識に触れて、魔法研究学科の生徒としては周りより一歩先に進めているかもしれません。


 でも、それはオースさんがすごいからで、わたしひとりでは成しえなかったことです。


 わたしは、グリィさんのように大型の魔物を片手で持ち上げることは出来ませんし、アクセルさんのようにAランク級の魔物の攻撃を受けたら、たとえ頑丈な盾を持っていたとしてもつぶれてしまう自信がありますし……。


 既存の魔法陣を細かく分解するのは得意ですが、分解された知識を組み合わせて新しいものを生み出すということにおいては、アーリーさんほど豊かな発想力はありません。


 わたしなんて全然たいしたことない……。


 それは分かっているのですが、なぜか皆さんと一緒にいると、そう考えるよりも先に『皆さんと一緒なら何でもできる気がする』と……そんな思考が頭を巡ってしまうのです。


 だから、わたしは今、ここにいる……。


 皆さんと出会う前のわたしであれば、遺跡の出口に強い敵がいるから協力してくれと言われても、頷くことはなかったでしょう。


 遺跡の出口が崩壊して、簡単に戻ることが出来なくなったとしても、皆さんのお手を煩わせて瓦礫を掘り起こしていたかどうかは分かりませんが……少なくとも、退路が立たれたことで背中を押されるような感覚には陥らず、皆さんの旅に付いていくなんて言う発想すら出ないまま、その場に残っていたでしょう。


 そして……。


「大丈夫ですか、しっかりしてください! 今、治癒魔法をかけます!」


 わたしが自ら街の人たちを助けたいと申し出て、教会の方よりも率先して怪我人の治療に当たるなんてこともなかったでしょう……。


 でも、後悔していません……。


 ……魔法で国民の生活を守りたい。


 両親から受け継いだその子供の頃の夢の欠片が、今、少しでも叶えられているのですから……。


「カヤ姉ちゃん! また怪我人を運んで来たぜ!」


「カイさん、ありがとうございます、こちらへ寝かせてください」


「はいよー」


 —— ドスン ——


「ちょっとカイ! もうちょっとゆっくり下ろしなさいよ! その人の怪我が悪化したらどうするのよ!」


「別にこいつは男だからいいんだよ! 師匠もきっと『男なら怪我をしたからってメソメソシテないで、さっさと治してむしろ他のやつの助けに行くべきだ』って言うぜ?」


「はぁー、まったく、あんたも師匠も、自分の考えを人に押し付けるんじゃないわよ」


「姉ちゃんがそれを言うのか!?」


「あはは……」


 わたしは、ここに怪我人を運んでくるたびに何か違うことで言い争う姉弟にどう反応していいか分からず困りながらも、運ばれてきた怪我人の手当てをします。


 ロシーさん、カイさん、そしてヴィーコさんは、旅の途中で同じ冒険者パーティーに加わった仲間ではありますが、この旅の間だけの一時的な仲間という認識だったり、まだ出会ってから日が浅かったりすることもあって、元々人見知りなわたしは、まだ三人との距離感があまりつかめていません……。


 三人とも、出会った時から口調が強かったり、主張が強かったりして、ちょっとわたしの苦手なタイプだということもあるのかもしれないですけど……。


「それでカヤ、こっちで何か不足している物資はある?」


「ヴィーコの兄ちゃんに頼まれて、これから倉庫に魔力回復ポーションを取りに行くから、ついでにこっちでも何か必要な物があればとってきてやるよ」


「あ、えーと……魔力回復薬も含めて、ポーション系はアーリーさんの鞄の中に、騎士団のポーション貯蔵量と同じくらい入っているらしいですけど、骨折を支える添え木とか包帯とかが少ないので、ありそうだったら持ってきていただけますか?」


「わかった」


 でも、何となく、悪い子ではないんだろうな、とは思います。


「あの、ヴィーコさんの方は大丈夫そうでしたか?」


「ふんっ、まぁね……公爵家の権力だか、現地の騎士に対して偉そうに指示を飛ばしているのは気に食わないけど、被害が大きくなっていないところをみると、あいつの指示は的確みたいだし、あいつ自身も川に飲み込まれそうになっている人を魔法で助けたりして、まぁまぁ頑張ってたんじゃない?」


「はーん、その助けられた張本人が、ずいぶんと偉そうだなー、いっしっし」


「ちょっとカイ! それは誰にも言わないって……」


「おっと、資材を取りに行かなきゃだった、またな、カヤ姉ちゃん!」


「もう! 待ちなさい!」


 いいえ、悪い人ではないどころか、きっと、本当は良い人なんでしょうね。


 ヴィーコさんに関しては、ちょっと他の貴族の方と似た雰囲気を感じることもあって怖いですが、アクセルさんやグリィさんのような方が特別なだけで、貴族が貴族らしい振る舞いをするのは当然のことですから。


 わたしは、人見知りな性格的に、まだちょっと、新しく入った三人と親しくなるのには時間がかかりそうですが、そのうち、他の皆さんと同じくらい仲良くなれたらな、と思います。


「おーい! 誰か手を貸してくれー!」


「はい! 今行きます!」


 今、少しずつ、変われているように……。


 これからも、少しずつ、わたしが好きになれるような、そんなわたしになっていけたらいいなと思います。


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