第百四十七話 ボリー殿の服飾雑貨店で検証
「いらっしゃ……って、あらーん、オースちゃんじゃなーい! もーう、久しぶりねぇっ、元気してた?」
「うむ、ボリー殿、久しぶりである」
皆と合流して向かった先は、街の中央付近にある服飾雑貨店〈鋼の乙女心〉。
もうこの街の中なら安全だろうと、全員変装を解いたままの状態で仲間を連れて店に入ると、他の店員たちと一緒に挨拶をしながらこちらに視線を向けた店主のボリー殿が、自分に気が付いてすぐに声を掛けに来てくれた。
相変わらず服や装飾品こそ女性用のものを身にまとっているが、どうあがいても隠すことのできないムキムキの筋肉が、服から悲鳴が聞こえてくるのではないかと思えるほど布を押し広げてパツパツになっている。
そして、おそらく自分の【変装】スキルを使ったとしても隠しきれないであろう、青髭の良く似合う男らしい……いや、漢らしい顔には、今日も真っ赤な口紅が色鮮やかに輝いており、本人の意図とはきっと別の意味で、周囲の視線を集めているようだ。
「あらやだっ、後ろの子たちは新しいお友達かしら? なによなによ、この子も、この子も、随分イケメンじゃなーい……いやーんっ、こっちの子も可愛いわねぇー」
「「ひぃっ」」
そして彼は自分と一緒に店へ入ってきた仲間に目を向けると、アクセル殿、ヴィーコ殿、カイ殿の順で急接近していく。
確かにアクセル殿もヴィーコ殿も、王族や貴族だからか、かなり高い水準で容姿が整っているということには同意するが、ほとんど変わらない見た目をしているロシー殿をスルーして、隣にいるカイ殿を可愛いと評するのは、彼にしかできない芸当だろう。
突然触れるか触れないかという距離まで顔を近づけてきた彼に対して、接近された方の三人は短い悲鳴を上げているが、悪い人ではないので許してほしい。
「それで、今日は何を……あっ、まさかあたしに会いに……? やだーん、もう、オースちゃんたら、こんな昼間っから照れちゃうわーん」
「まぁ、ボリー殿に挨拶に来たのもそうなのだが、これから旅に出るので、必要そうな装備を整えに来たのだ」
「えー、本当にあたしに会いに来てくれたのー? 嬉しいわー、もういっぱいサービスしちゃう! でも……せっかく来てくれたのに、もう行っちゃうなんて、この前も王都に行ったり隣の国に行ったりしたみたいだし、冒険者ってのはやっぱり忙しいのねぇ……」
「うむ、そうだな」
ボリー殿にはグラヴィーナ帝国に行っている時も、変装用の化粧品やウィッグを注文したりして交流を持っていたからな、余計に忙しくしているよう感じさせるのだろう。
化粧品と言えば、ファンデーションが、自分でクリームを塗った上に粉をつけるようなタイプで、パウダーやスティック型が無いのはもちろん、クリームファンデーションですら無かったり、ペンシルやマスカラ、ビューラーのような道具がなく、サイズ違いの刷毛や筆、自身の指で対応しなければならなかったりなど、現代との違いが大きかったな。
色も白と赤と黒くらいしかなく、それらの塗布量を調整したり、その場で自分の手で調合したりしなければならないなど、思った通りの色を出すのが難しかったり手間がかかったりした。
何かしらの理由で変装をしたいとなったときに今のままだと効率が悪いし……次にアーリー殿に研究してもらう課題はペースト状の歯磨き粉にしてもらおうと考えていたが、そちらは錬金術師の研究分野ではない歯ブラシも同時に作りたいから後回しにして、メイクの道具を研究してもらおうか。
今流通している歯磨き粉は、除菌効果のある薬草を乾燥させて粉末状にしたものに、歯を白くするための願掛けか骨粉を加えただけのものではあるが、効果としては特に不満があるわけでは無いし……歯ブラシの方も、ただ木を細長く切っただけのもので、咬んで柔らかくした一端で磨くという、多少不便なものではあるが、使えないわけではない。
美しさの追求に余念がない世の中の女性たちや、個人的にも変装の手段として……そしておそらく、身体をくねくねとさせて、本人は誘惑しているつもりなのだろうが、対象とされているアクセル殿たちは寒気で震え上がっている、ボリー殿にも需要があると思われるので、次に開発するのはファンデーションあたりでいいだろう。
と、自分がそんなことを考えながら、新たな仲間の男三人がパーティーの壁役としてそのSランク級ボスを見事に引き付けてくれている間に、他の仲間と一緒に買い物を進めていると……。
「ん? んん? いや、まさかな……」
ヴィーコ殿が、ふと、何かに気づいたようにボリー殿を見つめ、何やら訝しげな表情を浮かべていた。
「あら、なに? そんなに見つめちゃってぇー、まさか、あたしの美貌に惚れちゃった? やだもうー、あたしったら、つ・み・な・お・と・め」
「ひぃっ(ゾクゾクゾク)……いやっ、そうではなくてだな! 貴殿が……」
「ああん?」
「あ、いや……貴女が……」
「うんうん」
「貴女が、なんとなく、ヴェルンヘルが騎士団長になる前まで、第三騎士団を率いていたラコンブレ伯爵に似ているような気がしたんだが……」
「え? あらやだ、あなた、昔のあたしを知ってるの?」
「いやすまない、まさか、あの戦闘の功績だけで男爵から伯爵にまで上り詰めて騎士団長まで務めたラコンブレ卿が、このような……」
「……」
「……え?」
「このような、なんだって?」
「え、えーと……このような、素敵な店で働いているなど……思ってもみなかったので」
「あらどうも」
「……」
「……」
「……本当にラコンブレ卿か?」
「そうだけど、まぁそんなの昔の話よ……って、あなたよく見たら……もしかしてカルボーニ公爵のところのヴィーコぼっちゃん? あらー、大きくなってー」
「あ、ああ……そ、その節は、せ、世話になったな……」
ふむ……。
よく分からないが、何やらヴィーコ殿とボリー殿は知り合いだったようだ。
しかし、そうか……本当は出会った時から【鑑定】で家名があることが分かっていたし、服飾雑貨店の店主にしては強すぎるステータスだと思っていたのだが、元騎士団長だったのか。
グリィ殿を始め、こういった本来の身分を隠して生活しているキャラクターは目につく範囲だけでも大勢いるので、気になってもそれに纏わるイベントが起こるまでは触れないようにしているのだが、やはりそのキャラクターの真実が分かるとスッキリするな。
まるで、ずっと再現方法が分からず、長い間ステータスが進行中のまま動かなかった不具合のチケットをやっと捌けたような達成感だ。
「でも、今のあたしは、ただの服飾雑貨店の店主よ? 変にかしこまらないで、気軽に『ボリーちゃん』って呼んでねっ、うふっ」
「あー、いや、すまない……流石に昔とはいっても戦闘の訓練をしてもらっていた元教官を相手にそのような呼び方は気が引けるのでな……せめてボリスさんで許してほしい」
「んもうっ、気にしなくてもいいのにっ、照屋さんねぇー」
「あ、あははは……」
ほう、あの誰を相手にしても見下した態度を取っているヴィーコ殿が、爵位も下の人物を相手に頭が上がっていないなんて、ボリー殿はよっぽど信頼された教官だったのだな。
自分はそんな二人のやり取りを遠目に見ながら、彼が話し込んでくれているおかげで今日こうして静かに買い物が出来ていることを喜びつつ、旅に必要な物を揃えていった。
最終的にこの店で買ったアイテムは、新しく入ったメンバーの中でまだ持っていない仲間の分の〈魔法鞄〉〈風のブーツ〉〈治癒のアミュレット〉〈集音のイヤーカフ〉〈水のブレスレット〉……それから、アクセル殿に使わせてもらってこれからも必要になりそうだと思った〈音信のイヤリング〉を人数分だ。
魔法鞄は、収納魔法の効果が込められていて、重さを感じることなく大量の者を収納できる鞄型の魔法道具で、既に買っているメンバーの元と同じく、店で売っている中で一番容量が多く、値段も高い、ひとつで小さい馬車一台分くらいは収納出来るものを買った。
風のブーツは、走るときに風魔法の補助が働いて移動が楽になる、現代で言うところの電動自転車の歩行者版というような効果を発揮する、ブーツ型の魔法道具で……治癒のアミュレットは、売り払うまでは自分もその効果に助けられることがあった、身に着けているだけで少しだけ怪我の直りが早くなる、首飾り型の魔法道具。
集音のイヤーカフは、遠くの音を拾いやすくするという効果を持った、耳に着けるタイプの魔法道具で、こちらは自分が持っていたとしてもまだ意味があるかもしれないが……水のブレスレットに関しては、一日に一リットルくらいまで綺麗な水を出せる腕飾り型の魔法道具で、亜空間倉庫も水魔法も使える自分には殆ど不要の品だな。
まぁ、魔法が使えなかったりする一般的な冒険者であれば、何かと必要になるのに現地で確保するには手間がかかる水をすぐに出せるそれは、他の魔法道具全てと比べても一番欲しいものかもしれないし、魔法使いでも手を洗ったりするためにわざわざ魔力を消費するのはもったいないだろうから、それなりに需要はあるのだろう。
そして、今回新たに全員分を買い揃えた、短い距離ではあるものの対になる二つのイヤリング同士で離れた場所から声を届け会話ができる、音信のイヤリング……。
これは店に展示されていなかったのだが、ヴィーコ殿と楽しそうに話していたボリー殿に聞いたところ、信頼できる客にしか売れない品なので店に並べていないが取り扱っているということなので、頼み込んで売ってもらった。
遺跡の中で仲間集めをしている時に、遠くからグリィ殿に指示を出して女子生徒用の宿舎からアーリー殿を連れ出すというような使い方をしたそれは、きっとソメール教国についてからも似たような使用方法で力を発揮してくれるはずだ。
「またいらっしゃいねー、オースちゃん、ヴィーコちゃん、みんなー」
そうして一通りの装備を整えた自分たちは、ウインクや投げキッスと主張の激しい見送りをしてくれるボリー殿に手を振り返しながら、アクセル殿が他の荷物を預けているという馬車の乗合所へと歩みを進める。
ちなみに、ここでの支度にかかったお金に関しては、今回の旅が終わっても冒険者活動で使うものだということで、戦争を止める旅のためにアクセル殿が出してくれる個人資産の方からではなく、彼が仲間に入ってから冒険者パーティーの共有資産として貯めてくれていたお金と、少しオーバーした分を自分が出した。
アクセル殿が冒険者パーティーに入ってから貯金や共有資産の管理をしてくれているのをすっかりと忘れていたが、そのおかげで自分が思ったよりも出費が少なく済んだ。
それなりにかかると思っていた防具の作成もトルド殿のご厚意でむしろ素材の購入費をもらってしまったから、結果的には、何故か準備を始める前よりも金銭的に余裕があるというほどだ。
ボリー殿もサービスと称して、商品の値段を負けてくれるのはいいが、リップサービス(物理)ということなのか、執拗に口づけをしてこようとしてくるので、アクセル殿とヴィーコ殿、カイ殿に関しては終始鳥肌を立てて青ざめていたが、その対象にならなかった他の女性メンバーに関しては、彼に対して特に不評は無かったようだ。
むしろ、自分が変装に使った化粧品はボリー殿伝いで仕入れたものだと話したら、彼女たちも同じものが欲しいといって、ボリー殿と姦しく情報交換をしていた。
ヴィーコ殿も、そのやつれた表情から本心を読み取ることは出来ないが、久しぶりに昔の教官だという彼に会えてきっと喜んでいるに違いない。
「うむ、これで心置きなく出立……む? いや、まてよ……?」
「うん? どうしたオース君、まだ何か足りないものがあるのか?」
急に足を止めた自分に対して、アクセル殿が疑問を投げかける。
「そうだ、新しい街へ旅立つのであれば、その前にひとつ、絶対にやっておかなければならないことを忘れていた……それは……」
「それは……?」
「……セーブだ」
自分は首をかしげるアクセル殿に、はっきりとそう言い放つと、進んでいた足を教会の方へと方向転換させた……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【採集】:自然物を的確に素早く採取し、集めることができる
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
▼アイテム一覧
〈水×50,000〉〈薪×83〉〈小石×1,040〉〈布×110〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1605日分〉〈保存食×96〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×619〉〈獣生肉(上)×600〉〈鶏生肉×41〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×2〉
〈着替え×20〉〈宝飾品×90〉〈本×110〉〈遺物×10〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈金貨×31〉〈大銀貨×11〉〈銀貨×22〉〈大銅貨×5〉〈銅貨×3〉