挿話 トルドの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
俺は鍛冶屋〈輝白の鎚〉で頭をやってる、ドワーフ族のトルドだ。
主な仕事は、契約している店に頼まれて作った武器や防具を納品したり、その店を介して依頼された武器や防具の修理に対応したり、まぁ、一般的な鍛冶屋の仕事だな。
たまに、店に置いてない特殊な武器や防具を作ってほしいと直接ここに依頼を持ってくる客もいるにはいるが、そういうのは本当に稀で、だいたいは契約してる武器屋とか防具屋とやりとりしてる。
俺が人付き合いとか接客が苦手だってのもあるが、そもそもうちの鍛冶屋にはまともな鍛冶師が俺一人しかいないから、接客までしてたら肝心の商品が作れねぇ。
そういうのを弟子とか妻に任せて、自分の店を構えてる鍛冶師もいるが、うちみたいに鍛えたり治したりの作業だけをするところも、それなりに多いんじゃねぇか?
まぁ、一応うちにも、妻はいなくとも弟子が二人ほどいるにはいるが、まだまだひよっこで一人で最初から最後までは打たせられねぇし、俺は接客する時間があったらその分を鍛冶の技術を磨く練習に充てろって思っちまうからな……きっと俺が自分で商品を並べて売るような店を持つことは今後もないだろう。
で、その未熟な弟子二人を、適正年齢になったし、掃除とか鉱石の仕入れとかちょっとした仕事の手伝いをさせながら換算していた給料が入学資金分は貯まったしってことで、今年に入ってから王都の王立学校に送り出していたんだが……。
「でさー、この鉱物は温度が何度でどう変化するとか、この鉱物と組み合わせると強度がどうで、耐食性がどうで、みたいな話を、ただ座って聞くばっかりなのよ」
「だよなー、おじさんの『見て学べ』ってのも困ったけど、だからって文字とか言葉でつらつらと説明だけされても分かるかっての、中間はないのかよ中間はー」
数時間前に、年末の休みでもないのに連絡も無しに急に帰ってきやがって、それからずっとこの調子で学校の授業の愚痴を話している。
「何でここにいるのか知らんが、いるなら仕事を手伝え……ほら、そこの防具の留め金を直すくらい出来るだろ? あと、白炭を使い切りそうだから、いつも通り在庫を見て、あまり多くなり過ぎない程度に発注しとけ」
「えー、せっかく帰ってきたのに仕事の手伝いかよー」
「そうよ、ここ数日、慣れない戦闘とかやらされて疲れてるんだから、今日くらいのんびりさせてくれてもいいでしょー」
戦闘? 職人学科では別に戦闘の授業とかは特に無かったと思うんだが、最近新しく追加されたのか?
まぁいい……作業の手を止めてチラリと二人を見ると、不満を漏らしながらも、言われた通り防具の修理をするために慣れた様子で材料や道具を用意したり、発注のために炭置き場を確認しに行ったりしてるようだしな。
しかし、王都の学校に行ったら垢抜けて帰ってくるやつがいるとは聞いていたが……。
なんだ、あの髪の色と髪型は……。
若ければ若いほど影響されるってのは分からなくもないが……口調とか仕草は変わってない者の、なんか見た目はもう全くの別人じゃないか……。
うーん、これは突っ込んでいいものか……いやしかし、下手に触れて反抗期のような態度を取られたら、もうおじさんどう対処すればいいか分からないからな……。
実の子供じゃないとはいえ、ここまでずっと親代わりに育ててきた弟子たちが、こんな風に変わってしまうとは……悪いやつに騙されたりしていないよな? はっ……まさか、学校を抜けだして帰ってきたのも、所謂、サボり、とかいうやつなんじゃないだろうか……。
あぁ……大事な愛弟子が、都会の色に染まって、不良になってしまった……。
一体誰の影響でこんな……。
「頼もう! トルド殿、それからロシー殿とカイ殿はご在宅だろうか」
「お前のせいかぁぁああ゛あ゛あ゛!!!!!」
「……ふむ? 何のことだ?」
俺は、我が物顔で仕事場に足を踏み入れながら声をかけてきた、その長髪でいかにも不良な少年が弟子たちの名前を呼ぶ声を聞いて、反射的に声を荒げてしまった……。
♢ ♢ ♢
「はぁ、なんだ……そういうことだったのか」
「うむ、すまないがそういった事情で彼女たちにも変装をしてもらっていて、この後も少しの間だけ一緒に旅をするのだ」
やってきたのは、去年の夏から冬にかけて問題児冒険者として名をはせていたオースっつう坊主だ。
俺のところにも何回か訪ねてきていて、ファビオの店の配達を手伝ってたらしいときに何故か家の壁に頭を擦りつけながら鍛冶場をぐるぐる回ってたり、そのお詫びだか何だか知らねぇが、滅多に手に入らねぇサーベルタイガーの毛皮なんか送り付けてきたり、本当にわけの分からねぇやつだよ。
そんなやつが、今度はソメール教国との戦争を止めるための旅をしてて、同行者としてうちの弟子二人を連れてるってんだから、人生何があるか分からねぇな。
つい最近、このジェラード王国がソメール教国に最後通告を出したってお触れが出てたから、もしかしたらそれに合わせてテキトー言ってるだけかもしれねぇが、とりあえず愛弟子二人が不良になったりしたわけじゃねぇってんならそれでいい。
……いや待てよ? 不良になってないってんで思わず安心しちまったが、むしろ戦争を止める旅ってのが本当だった方が安心できねぇんじゃねぇか?
今考えなおしてみたら、どう考えてもそんなゴタゴタに巻き込まれる方がやべぇだろ……なんだよ、戦争を止める旅の同行者って、俺の弟子はただの鍛冶師見習いだぞ? しかもまだまだひよっこの。
何がどうしてそんな話になってんでぇ! やっぱりこいつはうちの愛弟子をたぶらかして危ないことをさせようとしてる悪ガキじゃねぇのか?
「おい坊主、とりあえず話は分かったし、別にお前の冒険を止めるつもりもねぇがな……うちの弟子を連れて行くってのは、俺は認めねぇ」
「うーむ、それは、もし彼女たちが自分から行きたいと言ってもか?」
「あたりめぇだ……鍛冶師の仕事は、魔物や他国からの暴力の被害を抑えるために戦ってくれるやつらの武器や防具を作ることであって、自らがそれを止めることじゃねぇ……それに、あいつらはこの国の法律的には成人しているとはいえ、ドワーフの俺から見りゃぁまだまだ子供だ……そんな無茶させられねぇよ」
「ふむ……」
あいつらはまだ折れやすい剣と折れにくい剣の違いが分かってないように、危険かそうじゃないかの判断もできてねぇんだ……きっとこの旅だって、ただ学校の授業より面白そうだからって理由でついてってるんだろ……そんなんじゃ怪我しねぇで帰ってくる方が難しい。
血は繋がってねぇし、あいつらに親方と呼ばれても親父と呼ばれたことなんて一度だってねぇが、俺にとってはもう自分の子供みたいな存在なんだ……だから……。
「どうしても連れて行くってんなら、俺の屍を越えるつもりで、力づくで連れて行くんだな」
そう言って俺は、久々に、鍛冶に使う金槌ではなく、戦闘用の戦鎚を、鍛冶場の奥から引っ張り出してきた。
これが、男ドワーフ、トルド様の歩む道ってもんでい!