挿話 ジェラード地下遺跡でのお話
本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。
「なにぃー!! 拘置所に捕えていたはずの王子二人に逃げられただと!?」
ジェラード王国、王直轄領の地下に広がる、ジェラード地下遺跡。
その遺跡を管理する騎士たちが駐在所として利用している建物の一室で、扉越しに騎士からその報告を受けたヴェルンヘル殿下が、寝衣のまま、まだ寝癖がついている状態で部屋の扉を勢いよく開く。
仮にも王子であるヴェルンヘルが、同じ騎士団の部下とはいえ、そのような姿で人前に出るのはどうかとは思うが、事態がそれほど深刻なのか、これがいつものことなのか、彼の着替えを用意して髪を整えていたお付きのメイドたちは慌てているが、報告に来た騎士は特に気にする様子もなく話を続ける。
「ああ、朝食の時間になったから二人の食事を拘置所に持って行ったんだけどよ、扉の前で見張りについていたやつが気絶させられてて、ソメール教国の王子から押収してた魔法鞄と一緒に二人の姿も消えてたって感じだ」
騎士の方も騎士の方で、上司どころかこの国の王子である彼に対して、身分の違いをあまり感じさせない軽い口調で話しているが、ヴェルンヘル殿下が気にしている様子は無いところを見ると、それもいつものことなのだろう。
「建物の窓のどこか、施錠が漏れていたのか?」
「いや、あの建物は元からソメール教国の王子を閉じ込める予定だっただろ? だから学生連中が来る前から念入りに準備して何度も確かめたし、実際に王子を連行する前もしっかり確かめたはずだぜ?」
「だったらなんだ? 〈抑制の首輪〉をしっかり施錠してなかったのか?」
「まぁ、可能性としてはそっちだな……そっちもしっかり確認したはずなんだが、ドアにかけられた施錠魔法を内部から解錠されたような魔力の痕跡が残ってた」
「くっ……」
「今、手の空いている奴ら総出で行方を追ってるところだから、とりあえず着替えてきたらどうですかい? その間に何か追加の情報を掴んだやつを作戦会議室に集めておきやすから」
「ああ、そうだな、わかった……なるべく急がせろ」
「うぃっす」
脱走の状況を聞いたヴェルンヘルが、悔しそうな顔で頭をクシャクシャと搔きむしって寝癖を悪化させながら部屋に戻ると、お付きのメイドたちはそんな彼を椅子に座らせ、櫛や水の入った霧吹きで寝癖を直しつつ、いくつかの服の中から今日着る服を選ばせる。
メイドたちのテキパキとした対応は、寝起き姿だったヴェルンヘルをあっという間に王子らしい姿に整え、少なくとも見た目だけは誰が見ても高貴な一族のものだと判断できるものになった。
しかし、今日着る服を尋ねられた時も、特に考える様子もなく、ただ最後に見せられたものに対して「それでいい」とだけ答えたことからも、当人は整った容姿を持っているにもかかわらず、そういったことに興味がないのか、着替え終わった自分の姿を鏡で確認することもなく部屋から出て行く。
部屋に残りそんな彼へ頭を下げながら見送るメイドたちは、それでも自分たちの仕事に誇りを持っているのか、ただ純粋に彼の装いを整えるのが好きなのか、ヴェルンヘルが部屋を出て行った後、お互いに顔を見合わせながら、今日もいい仕事をした、とでもいうように、満足げな顔で頷き合っていた……。
「……それで、あいつらは見つかったのか?」
外見だけは寝起きとは別人となったヴェルンヘルは、作戦会議室に入ると、既に待っていた騎士たちに向かって状況の説明を求める。
喋り方や仕草などは特に変わっておらず、王子らしくない口調や振る舞いのままだったり、ここにいる騎士は寝起き姿も見慣れていたりするので、彼らの態度にも特に変化は見られないが、もしここに若い女性がいれば、雰囲気だけは立派な王子となった彼に目を奪われたことだろう。
「脱走した二人の王子は、どうやら仲間をつれてもう遺跡の外に出たようですぜ?」
「何? 仲間をつれて、だと? しかも、もう遺跡から出たのか! いったい何がどうなってる、順を追って説明しろ」
「へぇ、それが……」
まとめ役の騎士の報告に、ヴェルンヘルが詳細な情報を求めると、それぞれの痕跡を発見した騎士たちが順番に説明を始めた……。
アクセルが、どうやら共に脱獄したオースを含む同じ冒険者パーティーの仲間や、昨日の授業でオースが同じチームになった、カルボーニ公爵家の長男や、職人学科に所属するハーフドワーフの双子を連れて行ったらしいこと。
それぞれの宿舎に見張りとして立っていた騎士たちは、王子二人が拘束されたことを知らされていなかったので、訪れたのが妙な時間だったとしてもあまり気にせず彼らを通してしまったこと。
遺跡の奥、北東に向かって、まだ調査されていない家数軒に荒らされた跡があり、しかし、おそらくその家で盗られたであろう貴重でも無さそうな物品の数々は、何故か北東の端でもう必要なくなったとでも言うように散乱していて。
その近くには、この遺跡の二つ目の出入り口であろう、自分たちが見張りをしている出入り口と同じような場所があったが、階段を登ってみると地上付近が瓦礫で埋まっていたこと……。
騎士からの報告は、色々と頭の痛くなるようなものも紛れていたが、情報をまとめると、おそらく、彼らはその新たに発見された北東の出口から既に脱出し、追手を足止めするために遺跡の出入り口を破壊したという想像を促す。
「脅してなのか、騙してなのか、純粋に協力を仰いでなのか……なんにせよ、あいつらのところに冒険者としてソメール教国に辿り着けそうな人員が集まっちまってるのか……しかも、ヴィーコのやつまで……まぁ、あいつは敵の仲間になるようなバカじゃないし、きっと人質として攫われてるってところだろう……学校での前例もあるしな」
ヴェルンヘルは騎士たちの報告を聞いて、状況を分析し、自分の考えをまとめるようにひとり言を話し始めると、続いて、遺跡の出入り口を発見した騎士に向き直る。
「んで、この遺跡には出口がもう一つあったのか? そして、そこから脱出された挙句、足止めのために瓦礫で道が塞がれてる、と……」
「はい、瓦礫を退かそうにも、どれだけ積みあがっているか分からない上に、場所が階段を登り切るあたりですからね……こっち側からじゃ、単純に力技で引っ張っても、瓦礫が崩れて怪我人が出るだけだと思いやす」
「くっ……誰の考えか分からないが、うまく考えたものだな……」
「今、こっち側の出口から向こう側の出口までの距離を測って、地上で出口がどのあたりになるか調べてる……その報告を待って、改めて地上から探し出すしかないな……」
「それしかないか……地上からそのもう一つの出口が見つかった頃には、ずいぶん距離を離されているだろうがな……とりあえず計測を急がせろ」
「うっす」
「あと、このことを父上たちにも報告して、街の門番とか、冒険者ギルドとか、国境の警備兵にもあいつらを指名手配にするよう伝えろ……その伝令があいつらの足の速さに追いつけるかは分からねぇけどな……」
「了解」
それからも、ヴェルンヘルの指示で、手の空いている騎士たちが動き始める。
夜勤だった徹夜明けの騎士も、今日が非番だった騎士もいるが、そんなのは関係ない……彼らは文句を言うどころか、むしろ、やっと面白い仕事が回ってきたと、今も学生たちの相手をして遺跡の探索を担当している仲間を哀れみ、この新しい仕事を喜んでいるようだ。
ヴェルンヘルが率いる彼ら第三騎士団は、元無法者も所属する、有象無象が集まった遊撃部隊……。
何も起きない安全な場所で警備をしたり子守をしたりしているよりも、あちらこちらを走り回って身体を動かしている方が好きなのだ。
そして、それが国の安全を揺るがしかねない逃走者を探す仕事とくれば、元逃走者だった騎士も過去の知識や経験を活かして大いに活躍することだろう。
グラヴィーナ帝国と、ソメール教国の第三王子が組んだ逃走パーティーと、ジェラード王国の第三王子が率いる遊撃騎士団……国の命運をかけた三か国の王子の追いかけっこで勝利を手にするのは、果たしてどの王子となるのだろうか……。