挿話 ヴィーコの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
ボクの名はヴィーコ・カルボーニ、ジェラード王国で公爵位を持つカルボーニ家の長男だ。
父上は現国王の弟で、ジェラード王国の開拓事業を取り仕切っている、この国に……いや、この大陸の未来のために無くてはならない人物であり……当然、将来的にその仕事を引き継ぐこのボクも世界に必要とされている人物だと言えよう。
だから、この国でボクは貴族からも平民からも敬畏を持って接してくるし、それが当たり前のことだった……この男に出会うまでは。
「……と、そういうわけで、このパーティーの仲間になってほしいのだ」
ボクは今、ジェラード地下遺跡のどことも知らぬ建物の屋上で、その人生を狂わせる悪魔ともいえる男と対面していた……。
……両手を胴体と共に縄でしっかりと縛られた状態で。
「……」
「ふむ、またフリーズか……? このキャラクターは本当によく固まるな……」
この男は何を言っていて、ボクに何をさせたいんだ? というよりも、いったい何者なんだ?
……いや、言っている内容が言語として理解できないわけではない。
現在、ジェラード王国とソメール教国が戦争一歩手前の状況で、王立学校の生徒は安全のために遺跡に匿われているということは、他の生徒は知らないだろうが、ボクは事前に聞かされているので、この男が説明した内容が出まかせの偽情報でないことは分かる。
このような緊迫した状態になっている原因がソメール教国にあると……彼らは勇者探しというわけの分からない理由で、貴族も含め多くの人間を攫っているのだと。
ボクの耳にはそこまでの情報も入ってきているし、王立学校に留学していたその国の王子が、それを止めるために帰国するという流れも、まぁ理解できなくはない。
だが、それで何故このボクが、寝ているところを拘束され、問答無用でこの場所へ連れてこられ、旅に同行しろと脅迫されるという状況に繋がるんだ……?
遺跡には国に仕える騎士や学者、学校の生徒しかいないとはいえ、安全に気を配り、宿舎の最上階に、鍵付きの一人部屋を用意させていたというのに……まさかそんな状況をものともせず、地上から何メートルも離れたその部屋に窓から侵入してくる誘拐犯が現れるとは夢にも思わないだろう。
この世界の将来を担う屈強な精神力を持ったボクだからこそ、拘束されて担がれた状態でそんな高さから飛び降りるという体験をしても、少しちびっただけで済んでいるが、並の人間だったら盛大に漏らして気を失っていたに違いない。
平民にも貴族にも敬服されるべきこのボクに対してそんな扱いをするなど、やはりこの男は人間ではなく、人間の皮を被った魔族なのだろう。
そんな魔族が、この国やソメール教国の被害を抑えるために、教国の王子と共に戦争を止める旅に出る……? ふんっ、そんな戯言、たとえ他の誰が信じたとしても、このボクだけは騙されない……。
きっと被害を止めるどころか、その被害を大きくして人族を破滅させるために、周囲を幻惑魔法か何かで騙し、この形だけの救世主パーティーを結成したのだ……くっ……こざかしい魔族め……。
他のやつらはまぁいいだろう……。
ソメール教国の王子はこの戦争の元凶ともいえる一人だし、ハーフエルフもハーフドワーフも平民だ……。
そして、カヤとか言ったか……旅には同行しないと言っていたが、聞くところによるとどうやら貴族らしい彼女が仮について行ったとしても、ボクの目の届く範囲にいない下級貴族の娘だ……いなくなったところでさして問題はないだろう。
だが、グラツィエラ嬢……彼女だけは失うわけにはいかない。
今は冒険者の真似事をしているらしいが、彼女は、北東の開拓地、フェルゲン領の騎士団長を務める、セヴェリーニ伯爵の娘だ。
ボクが将来、開拓事業を引き継いだ時、共にこの国をより良くしていく仲間となる存在であり……。
グラツィエラ嬢を含む彼女の姉妹とは、年齢が近いということで幼少期からヴェルンヘルやその兄達と共によく一緒に遊んでいた、いわば幼馴染。
そんな彼女を、こんな魔族の策略によって失うわけにはいかない……!
「……ひとつ聞きたい、ボクが旅に同行するという条件で……そこの彼女、貴様たちが馴れ馴れしくグリィと呼んでいる、グラツィエラ嬢をパーティーから外すことは可能か?」
「ふむ? 何故であるか?」
「貴様がこのボクを仲間にしたい理由は、交渉の際にこの国の代表となれる貴族が欲しいからということだっただろう? 保険として伯爵位の彼女を連れているのかもしれないが、ボクが行くのであればその役目は必要ないだろう」
「なるほど、そういう捉え方もできるか……だが、すまないな、グリィ殿は交渉のために仲間に加わってもらっているわけではない、主に戦闘能力の高さを買ってパーティーメンバーに入れているのだ……だから、その条件は飲めない」
「くっ……だったら、なおのこと、ボクがパーティーに入れば事足りるだろう? これでも王族・貴族学科では一番の剣の腕を持っていて、流石に王子たちにはかなわないが、騎士団に所属する騎士たちとも一対一であれば対等に戦える!」
「うーむ、そうなのか? だったらその戦った騎士たちが弱いか、それなりに手加減されているのだろう……ステータス的には貴殿よりもグリィ殿の方が強いぞ?」
「なにっ!」
ステータスというのはよく分からないが、騎士団長レベルの剣の達人であるこのボクが、グラツィエラ嬢よりも弱いだと? そんなわけがない……この男はボクを騙そうとしているのだろう。
彼女は昔から少々お転婆なところがあり、ボクがヴェルンヘルと剣の稽古をしているところに度々乱入してきたが、今まで一度も彼女に負けたことはない。
魔力量も王族に近いボクの方が圧倒的に多いし、毎日この国の騎士を相手に稽古を続けていて、たまに騎士団に同行して危険な魔物を退治しに行くことだってある! 彼女と僕の力の差が広がっていることはあっても、逆転されていることなどあるわけがない!
「で、どうするのだ? 仲間になってくれないのであれば……まぁ、交渉で少し心もとないが、今のパーティーで旅に出ることにする」
「くっ……」
グラツィエラ嬢の実力はともかく、こいつは魔族の特性で異常に力が強いのか、成人男性をひとり抱えて遺跡の中を縦横無尽に駆け回るような男だ……忌々しいが、こいつが今のところボクよりも力を持っていることは事実……。
ボク一人では敵わないだろうし、こいつは周りの人間に偽の情報を信じ込ませる特殊能力を持っているようだからな……騎士を集めれば抑え込めるかもしれないが、その騎士たちに幻惑の魔術を使われたら敵が増えるだけになる可能性だってある……。
「ふむ……そろそろ遺跡の脱出を始めないと、騎士や生徒たちが起きる時間だな……では、ヴィーコ殿は同行しないということで……」
「待て!」
「む?」
「……行く」
「同行してくれるのか?」
「ああ、戦争を起こす旅でも、止める旅でも、このボクが同行してやろう」
「いや、普通に止める旅であるが……」
グラツィエラ嬢が、この男と共に旅に出るのを止めることは出来ない……しかし、ボクの将来のためにも、彼女をここで失うわけにはいかない……。
だったら、ボクが旅に同行して、彼女を帰国まで守り抜くしかないだろう。
そのせいで、この国の未来を背負うボク自身が命を失うわけにもいかないが、もしどちらか一つの命を選ばなければならない未来が訪れたとしたら……その時は……。
……愛する者を守るために、ボクはこの国の未来を捨てるかもしれない。
ボクはヴィーコ・カルボーニ……グラツィエラ嬢に恋心を抱く、ただの男だ。