第百二十八話 仲間集めで検証 その二
「カレー!!!!!」
ふむ、来たか……。
ジェラード地下遺跡内の、宿舎がある区画から程よく離れた場所にある、昨日の昼間に自分たちが探索していた建物のひとつ……。
その屋上で、魔道コンロで大きめの鍋を火にかけて、中のカレーを木製のレードルでかき混ぜているところに、常人ならざる形相をした何者かが、常人ならざる跳躍力でやってきた。
何者かも何も、そんな行動を起こすのは一人しかいないのだが、自分はその正体が見知った人物であることを視界の隅で確認すると、用意していた木製のボウルにカレーを注ぎ、それをパンと一緒に彼女へと手渡した。
「三階建ての屋上にジャンプひとつで届くとは、グリィ殿も成長したな」
「ガツガツ、もぐもぐ、ん? まみふぁいっふぁっふふぁ?」
「いや、なんでもない、ゆっくり食べてくれ」
「ふぁいっふ!」
自分は作りたてのカレーにがっつく彼女に、慌てなくてもグリィ殿の分しかないから誰も取らないと言って落ち着かせながら、一緒に沸かしたお湯で淹れたハーブティーを一口飲み、明るくなってきた朝日を見て目を細める……。
出会った時にはスライム一匹ろくに倒せなかったグリィ殿が、今や身体強化系のスキルを使いこなして何メートルもの高さを軽々と跳躍し、Dランクの大猪や大猿を相手に無双するほどの成長をしているのだから、時が経つのは早いものだな……。
魔力の制御方法を学んでも、大量の魔力放出による空腹が影響していたとみられる大食いは治らなかったようだが……まぁ、食べた分だけ活躍しているし問題ないだろう。
「ふぅー……ごちそうさまっすー……」
「うむ、お粗末様だな」
自分は彼女が鍋に入っていた四人分のカレーを平らげたのを確認すると、食べ過ぎなどに効果のあるレモングラスティーを淹れて、彼女へと手渡す。
「あ、どうもっす」
「熱いからゆっくり……」
「熱つつっ!」
「……」
相変わらず自ら進んで身体を張った検証をしてくれるし、やはり彼女は自分の検証チーム……もとい、冒険者パーティーに必要な人材だな。
「……それで、オースさんはこんなところで何をやってるっすか?」
「ふむ、まぁ、グリィ殿を待っていた、という感じだろうな」
「私をっすか? はははっ、こんなところで待っていたって、呼ばれてないと来ないっすよ?」
「うむ、だがここにいるではないか」
「確かに……なんでっすかね?」
「うーむ、本当に何故こんな仕様にしたのか……開発者にしか分からないな」
「オースさんにも分からないっすか」
「分からないな」
「ほへー、不思議なことってあるもんすねー」
まぁ、ゲーム上の仕様はともかく、その仕様を使ってグリィ殿をここに呼び寄せたのは自分なのだが……それがこうして実際に成功するとは、本当に自由度の高いゲームである。
あの場でグリィ殿を起こしてしまったら、周りの生徒まで起こしてしまう……そして男子生徒が女子生徒の宿舎に乗り込んでいる場面に遭遇したとなれば、おそらくリアル志向のこのゲームであれば助けを呼ばれて騎士がかけつけるであろう。
その検証もしてみたかったが、今はこの先でそれよりも重要な検証が待っているからな……こんなところで再び拘置所に戻されて、スタート地点からやり直しになる検証をしているわけにはいかない。
なので、遠方から彼女を……グリィ殿だけを、呼び出す必要があった。
そして彼女を呼び出すという目的を達成するには、食べ物で釣るのが一番だと思い……そこでカレーという料理を選択したのは、ただ肉を焼くだけでは、もしかしたら学校側が朝食の準備をしているだけだと思われたかもしれないからだ。
カレーでも食欲をそそる匂いであることには違いないので、一般生徒や騎士は、同じように朝食の準備が始まったのだと思うだろうが、彼女は前にこの料理を食べており、それが特殊なスパイスを何種類も使用する高価で珍しい料理だと教えていたからな……。
こうしてその作戦が成功したように、一般生徒や巡回の騎士に気づかれず、グリィ殿だけを呼び出す、ちょうどいい料理だったというわけである。
「それで、グリィ殿を待っていた理由なのだが……」
自分は今回の作戦を振り返り、その検証結果に満足すると、グリィ殿がハーブティーをフーフーと冷ましながら飲んで落ち着いてきたのを見計らって、ここへ呼んだ理由を話し始める。
「ソメール教国に出向いて戦争を止める!? っすか!?」
「うむ……まぁ、時間的に戦争の開始に間に合うかどうかは怪しいが、始まってしまったとしても早い段階で止められれば被害は少なく済むだろう」
「それはそうっすけど、ちょっといきなり話が大きすぎるっすよ……しかも、オースさんが伝承に出てくる勇者って、どういうことっすか?」
「それは自分もまだよく分かっていない」
「うーん……」
グリィ殿に自分の今の状況を伝えると、彼女はその話の内容を疑っているというよりも、話が大きすぎてそれが現実のことであると認識しきれないというような反応を示した……。
まぁ、それも当然だろう……ちょっと友達の喧嘩の仲裁をしてくるというような軽い内容でもなければ、普通のサラリーマンをやっている裏でゲームの実況者として動画投稿をしていたというようなありえそうなカミングアウトでもない。
自分だって、元の世界で知り合いがいきなり「自分は百年後からやってきた未来人で、世界の滅亡を止めようとしているんだ」のような現実感のない話を言い出したら、とりあえず臨床心理士にカウンセリングを受けることを勧める。
「それで、グリィ殿にはそんな現実味のないことをする冒険者パーティーの一員として一緒に来てほしいのだが……どうだろうか?」
「え? 私がそれに参加するっすか?」
「うむ」
「うーん……なんというか、急に色々言われ過ぎて、考える頭が真っ白なんすけど……」
ふむ……グリィ殿には一度に渡すべき情報量が多すぎたか……。
人が脳で処理できる情報量には限度があるからな……何かを選択するためにある程度の情報が必要だったとしても、選択のタイミングで一度に大量の情報を渡されると、その情報を整理するために脳のリソースが割かれて、選択するまでに至れなくなる。
考え慣れていれば、思考に優先順位をつけて競合を回避し、情報の整理を素早く済ませてから選択を導き出すことができ……それがこの世界の知力強化系のスキルに繋がるのだと思うのだが……ふむ? グリィ殿は確か【知力強化】スキルを持っていたような……。
……うむ、確かに【鑑定】すると彼女のスキル一覧に表示されている。
グラヴィーナ帝国へ行く前に【実力制御】スキルも取得させたから、それで自分と同じようにスキルをオフにしているのだろうか……うーむ、謎である。
「そうだな……では、分かりやすくシンプルに自分からの提案をまとめるので、一度、今までの事前情報はすべて忘れてもらってもいいか?」
「OKっす、もう忘れたっす!」
「早いな……では、言うぞ」
「はいっす!」
「……」
「……」
「一緒に遺跡を出て、ソメール教国まで冒険しよう」
「了解っす!」
「……」
「……」
「うーむ……簡単にまとめ過ぎたのか、返事もえらく簡単だったな……」
「ん? そうっすかね?」
情報を忘れろと言えば一瞬で忘れたし、情報を減らしたら反射といっていいほど素早く結論が出たし……やはり【知力強化】スキルはオフにしていないのだろうか。
いや、NPCであればただ単にスキル獲得状況や経験値など関係なく、ストーリー上で決まっている選択結果をただ話しているだけという可能性もあるが……。
どちらにせよ、先ほどのシンプルな質問内容に対する返答……というよりも返事だけでは、グリィ殿が本当に状況を理解しているのか怪しいな。
「ふむ……グリィ殿はこれからやることを本当に分かったのだろうか」
「うーん? そうっすねぇ……どこの国で何が起こってるとか、オースさんが何者だとかはよく分からないっすけど、とりあえず私がやることは変わらないっすよね?」
「……というと?」
「飽きてきた遺跡の授業を抜け出して、行ったことのない色々な街を通って、冒険者ギルドの依頼で稼いだお金で美味しいご飯を食べながら、ソメール教国を目指す! ……違ったっすか?」
「……いや、やることとしてはあってるな」
「そうっすよね! それって何だか、私のあこがれてた冒険者っぽい生活っす! まぁ、家族とかヘルガさんに許可を取らないでそんな旅に出るのは気が引けるっすけど、冒険者でいられるうちに冒険者っぽいことを満喫したいっすから、手紙でも書いて報告だけしておくっすよ」
「……そうか」
なるほど……確かに世界がどんな状況であれ、グリィ殿がそこで行うであろう冒険の内容としてはあまり変わらないだろうし、彼女なりに自身の身の回りのことはきちんと考慮出来ているようだな。
まぁ、彼女が貴族であることや、冒険の危険度が分からない点など、心配事が無いと言えば噓になるが……どちらもいざとなれば自分が身代わりになることで少しは問題解決に役立つだろう。
「ふむ……なるほど……よし」
「では共に行こう、グリィ殿」
「おー! っす!」
こうして、自分はソメール教国への旅路に加わってくれる強力な助っ人をひとり仲間に加えることができた。
あとはアーリー殿と、カヤ殿……ついでに、今回の遺跡探索で同じチームになったロシー殿とカイ殿……それと、ついてこないとは思うが、一応ヴィーコ殿にも声をかけてみよう。
せっかく長く放置していたメインストーリーに触れるのだ……仲間は多い方がいいだろう。
自分はそう思考をまとめると、「何か難しいことを考えたらお腹が減ってきたっすねー」と呟くグリィ殿を連れて、次の仲間を探しに向かった……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【採集】:自然物を的確に素早く採取し、集めることができる
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
▼アイテム一覧
〈水×26,000〉〈薪×110〉〈小石×1,070〉〈布×116〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1626日分〉〈保存食×110〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×640〉〈獣生肉(上)×615〉〈鶏生肉×48〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×64〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×2〉
〈木刀×1〉〈着替え×20〉〈宝飾品×90〉〈本×110〉〈遺物×10〉
〈体力回復ポーション×9〉〈魔力回復ポーション×5〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×10〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈金貨×11〉〈大銀貨×6〉〈銀貨×7〉〈大銅貨×4〉〈銅貨×3〉