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挿話 エネットの日常

本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。

 私はエネット。


 商業都市アルダートンにある冒険者ギルドで依頼窓口の受付をやっています。


 ここに勤め始めてからまだ二年ほどしか経っていませんが、同じ依頼受付の先輩方や総合受付のミュリエルさんに優しくご指導していただいているおかげで、何とか分厚いマニュアルに書かれている一通りの業務を滞りなくこなせるようになりました。


 ただ、そんな慣れてきたお仕事の中で最近、少しだけ問題がありまして……。


「おはようエネット殿、依頼を受けに来たぞ」


「ひぃっ……お、おはようございます……」


 来てしまいました……この方が最近の悩みの種です。


 オースさんという私よりも二つか三つほど年下に見える彼は、成人になったばかりということらしいのですが喋り方はどこか大人びていて、思ったことを何でもハッキリと喋れるのは人見知りな私よりもよっぽど年上な感じがしますが、その行動は出会った時から小さな子供よりも予想外なことばかりでした。


 年齢もそれほど離れておらず、他の男性冒険者の方と違って私に変な視線を向けたりしないので、普通に話している分には男性の中でも話しやすい方なのですが、仕事のこととなるとそう言った困りごととは違った面で困らせられることが多く、彼が話しかけてくると最初はいつもとっさに身構えてしまいます。


「冒険者パーティーを組むと、自分より一つ上のランクの依頼まで受けられるとミュリエル殿に聞いたのだが……」


「はい、そうですね……あっ! そういえばオースさん、Fランク昇格おめでとうございます! 聞きましたよ、なんでも最優秀成績で試験に合格したとか」


「ああ、勉強した甲斐があったというものだな、ミュリエル殿もその点はとても喜んでくれていた……これが一回目をサボった成果ということですね、というお小言付きで……」


「あはは……それも聞きました、と言いますか……オースさん捕獲の指名依頼をミュリエルさんに手続きさせられました……同じギルド職員から個人的な緊急依頼を受けたのは初めてでしたよ……」


 そうなんです、あの時もそうでした……本当に彼が関わる殆どの事が、私が必死に覚えた分厚いマニュアルに書かれていないようなことなので、研修期間を除くと一年と少しの経験しか積んでいない私としては、間違えたらどうしようといつもヒヤヒヤしてしまうのです。


 その前の配達依頼も、受注や達成の処理自体は何も問題なく終わったのですが、その後にいたるところから「オースとかいう冒険者の教育はどうなっているんだ」という文句を言いに私を訪れる人が殺到して、そんなことを言われても何もできない私は只々お客様に謝り続けるしかできませんでした。

 でも、彼らに報酬の減額や活動休止の処分を申請するかと話すと、決まって「いや、そこまではしなくていいし、むしろその後の手伝いには感謝しているんだ……ただもう少し常識ってものをだね……」と、クレームというよりも愚痴に近い内容になりました……依頼受付はお客様の相談窓口ではあっても、街の住民の愚痴を聞く場所ではないのですが……。


「……とまぁそういうわけで、折角ランク持ちになったということで、昨日さっそく冒険者パーティーを結成したのだ」


「なるほど、それで上位の依頼を受けに来たということですね……そういうことでしたらオースさんはFランクなので、パーティーで活動するのであればEランクまでの依頼を受けることが出来ます……あ、ミュリエルさんから聞いていると思いますが、パーティーメンバーで一番低いランクの冒険者を基準にして、ひとつ上のランクまでですからね」


「ああ、もちろん分かっている、冒険者パーティーのルールに関してミュリエル殿から耳にタコができるほど聞かされたからな」


「あはは……ですよね……」


 ミュリエルさんは本当に凄い人だと思う。


 実際の年齢を教えてくれたことは無いし見た目も若くて綺麗な人だから分からないけれど、経歴からすると私よりも十歳くらい年上のベテランで、噂によると規則的な権限こそ持って無いもののギルド長の次に偉い人だとか……。


 フランツさん曰く、最近はあのオースさんの手綱を握れてきているらしくて、私からすればそれもとんでもなく凄いなと思うけど、やっぱりこの冒険者ギルドっていう無法者の集まりみたいな場所で舐められやすい女性の立場でありながらも、怖い顔の男の人にも怯まず対応して、なのに反発されるどころか逆に親しまれているっていうのが凄い。


 依頼を受けに来る親しい冒険者さんたちにミュリエルさんの事を聞いたら、「虚勢を張るくらいしか自分を主張することが出来ない俺たちに対して、真正面からちゃんと叱って褒めてくれる姉や母親のような存在」ということらしい。


 私はまだ結構な冒険者さんからセクハラまがいの言動でからかわれたり、分からないことがあると先輩に泣きついて助けてもらってしまう新米受付嬢だけど、いつかきっとミュリエルさんのように大勢から慕われる立派なギルド職員になりたいものですね。


 そのためにも、オースさんの持ってくるイレギュラー対応なんかでめげている訳にはいきません! 頑張らないと……!


「では、早速この依頼の受注処理を頼む」


「はい! 確認しますね、えーと……魔物の調査及び討伐依頼でパーティー推奨、ふむふむ……アルダートンの西にあるグレートウォール山脈で、巨大な鳥の影が確認された……? 依頼内容はロック鳥の生息確認、可能であれば討伐……」


「うむっ」


「って……Sランク依頼じゃないですかぁああぁぁ……っ」


 ミュリエルさん……私は早くも心が挫けそうです……。


 その後、私はオースさんが持ってくるA~Dランクの依頼も全て一つずつ順番に受けられませんと答えたのですが、やっとEランクの依頼を受注したと思ったら、彼はそれをすぐにキャンセルしてしまいました……理由を聞くと、別に今日は最初から依頼を受けるつもりは無かったとのことです……だったら何故ここに来たんでしょうか……いじめですかね?


 それ以外にも彼は、単独で受注した依頼を後からパーティーでの受注に訂正したり、逆にパーティーとして受けた依頼を単独での遂行に訂正しようとしたりしました……訂正自体は別に問題ないのですが、後から単独に変更しようとした依頼のランクがEランクだったので、それを間違えて受理しかけて少しだけ危なかったです……。


「ふむ、パーティーでの依頼受注検証はこんなところか……」


「うぅ……なんで私ばっかりこんな……」


 おそらくマニュアルの隅の方に小さく書いてあるような注意事項まで、一通り想定できるケースの受注対応を終わらせたのではないかというところで、オースさんはやっと満足したのか、最終的には結局ひとつも依頼を受注しておらず、ただ私が苦労しただけという結果だけ残してその作業は終わりを迎えました……。


「助かったぞエネット殿、他の依頼窓口も試してみたのだがな、やはりエネット殿が一番丁寧で分かりやすい対応なのだ」


「……え?」


「他の窓口では数パターンの検証を試した段階でもうそれ以上受け付けてくれず、カウンターに顔を出しただけで門前払いになってしまう……やりたい検証がそこで止まってしまうのも問題だが、一般的な目線でも客に対してあの態度はどうかと思う」


「そうだったんですか……?」


「その点、エネット殿はニホ……いや、自分の故郷で教育されたような丁寧な接客で、自分としては非常に接しやすい、誰よりも受付らしい人のように思える」


「そんな……私なんか先輩方に比べればまだまだ対応が甘い新人で……」


「謙遜することは無い、自分はお世辞や冗談が苦手なのだ……それに人には人のやり方がある……その先輩方のようなキッパリと拒否する対応も時には必要だろう……だが、自分のようにエネット殿の丁寧な対応を求めている冒険者はきっと大勢いる……だからどうか、その長所はそのまま変えずに立派な受付を目指して欲しい……」


「オースさん……」


 そっか……そんなこと考えたこともありませんでした……。


 私はミュリエルさんのように怖い人に押されても跳ね返せるように、先輩のようにもっと効率的にたくさん仕事を捌けるようにならなければと、ずっと誰かの背中を目指して追いかけていましたが、私の拙いながらもなるべく丁寧に対応しようとしていたこの心がけを評価してくれている人もいたんですね……。


 もしかしたらオースさんはそんな私が道に迷わないように……長所であると言ってくれた丁寧な対応がもっとうまくなるように……わざわざ違約金を払ってまで依頼対応の細かい部分を復習させてくれていたのかもしれません……。


 そう考えれば他の冒険者さんが私をからかったりするのも、拙い私の反応を見て楽しんでいるのではなく、純粋に仲良くしようと声をかけているだけのようにも思えてきました。


「そういうわけでエネット殿……」


「はい」


「……また治癒草40個の納品を頼む」


 ―― ドサドサドサッ ――


「……」


「……?」


「……み」


「……み?」


「ミュリエルさぁぁああぁぁあああぁぁぁん……!!」


 前言撤回、他の冒険者さんがそうじゃなくても、オースさんはやっぱり絶対に私をいじめて楽しんでいます……。


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