第百二十五話 大きな分岐で検証 その二
「なぜ……どうしてそんなことに……」
「ソメール教国のやっていることを考えれば当然だろう?」
ジェラード王国……夏……。
……どうやら戦争が始まるらしい。
「何を言っている! 父上は常にこの世界のことを第一に考えているのだ! たとえ宗教的に価値観が合わなくとも、ジェラード王国に戦争を起こさせるようなことをするなどありえない!」
「……勇者探しもか?」
「ああ! 確かに、王子を見つければ、たとえそれがグラヴィーナ帝国の王子だろうと、ジェラード王国の貴族だろうと連れて帰るつもりだったさ……だが、それはこの世界のことを思って……」
先ほどから応接室でソファーから立ち上がって口論しているのは、ソメール教国の王子、アクセル殿と、ジェラード王国の王子、ヴェルンヘル殿。
自分はその光景を、アクセル殿が座っていた側のソファーに腰かけて眺めている……いや、見せられているのだが……うむ、居心地が悪すぎる。
この光景をテレビ画面やPCモニター越しに眺めていたのであれば、なるほど、喧嘩イベントか、と、冷静に二人の会話を聞くことが出来たのであろうが……やはりこう自分のアバターがあるすぐ隣で、立体音響な怒鳴り声が響くというのは、臨場感がありすぎて普通に委縮してしまうな……。
それでもゲームだという意識はあるので、特に止めることもせず、そのイベントの展開を眺められているが……自分のコミュニケーションが苦手な部分が顔を出し、なんだかソワソワとした感情になるのは仕方ないだろう。
「はんっ、少しは話が分かりそうなやつだと思ったが、やっぱりお前も宗教を盾に強引な政策を推し進める国の王族か……」
「なんだと!」
「……勇者探しのためだといって、他国の民を不法に捕え続ける国のな」
「な……何を言っている……?」
そして、そんなリアルで白熱した口論イベントは、ヴェルンヘル殿のそんな言葉によって少し展開を見せた。
「は? 何って……お前の国が……って……おい、まさか……お前……自分の国が今どんなことをやってるか知らされてないのか?」
「本当に何を言っているんだ……? 僕はちゃんと父上たちから今回の作戦内容を聞いている……各国に僕のような密偵を送り込んで、勇者を見つけ次第、ソメール教国へと連れ帰る……と……」
「ああ、そうだ、それのことだ……世界各地で誘拐が多発する、正常な人間の判断だとは思えない作戦だよな……」
「なっ! いや、待て! そんなことはない! だって、勇者はここにいる……オース君が勇者なのだろう? 他の場所で誰かがいなくなったとしても、それは我が国がやったことでは……今回の作戦と何も関係……」
「いや……お前、オースに魔道具を使った時、『これが勇者の証か』って言ってただろ……それって、勇者を判別する方法がハッキリとは分かっていなかったんじゃないのか?」
「そ……それは……いや、そうだとしても……手荒なことはしないようにと言われている! きっと家族や所属機関に交渉をして了承を得て、穏便に招待……」
「してるやつもいるだろうし、していないやつもいるだろうな……」
「……」
「……」
「……」
しばらくの間、部屋に静寂が訪れる……。
なるほど……今回の戦争発端の背景はだいたい分かった。
つまり、アクセル殿が自己紹介をしていた内容通り、ソメール教国から各地に彼と同じく勇者探しの任が与えられた密偵が派遣されていて……。
出会った瞬間に自身が密偵であると告白してしまうアクセル殿はともかく、他の担当者は、勇者らしい人物を見つける度に手あたり次第自国へと招待していたわけだな……手段を問わず。
うーむ……アクセル殿があまりにもオープンで誠実な青年であることと、自分自身がその探されている勇者で間違いないだろうという情報があったせいで、そのことに思い至れなかったな……。
アクセル殿は確かに国を挙げて勇者探しをしていると話してはいたが、自分がその勇者で、魔道具を使ってスキル欄に【輪廻の勇者】と現れるのは自分なのだから、被害にあうのは自分だけだと、勝手にそう思い込んでいた……。
だが、言われてみれば、自分はスキルにその文言があることを知っていたが、勇者を探している彼らは、神からステータスを表示する魔道具の作り方を教わったとしても、肝心の、勇者であるという証拠の現れ方についてまでは聞いていない、という可能性は十分にあった。
迂闊だった……。
他の検証もやっておきたいから、メインストーリーを進めるのは後回しにしようと、そんな考えで自分が勇者であると早めに開示しなかったことが、ここにきてそんな影響を生んでいようとは……。
ヴェルンヘル殿もアクセル殿も自分に対してそのことを責める様子は無いが、おそらく心のどこかではその思いもよぎっているだろう。
誰よりも多くの情報を持ち、持っている情報だけでも十分にこの展開を予測できたはずの自分が、そのことに気づかなかったのは、人としてもデバッガーとしても悔しいな。
これはゲームだ……その考えは今でも変わらない。
自分はデバッガーである……その思いは変わるはずもない。
……だが、頭の隅で、このゲームをプレイヤーとして楽しんでいる自分もいる。
ゲームのデバッグ作業という仕事中に、そのゲームを楽しんだり、プレイヤーとしての感想を抱いたりすることは、決して悪いことではない。
自分が開発に携わっているゲームをプレイヤーとしても楽しめることは、それは作品に対する愛の表れだし、その作品をもっと良いものにしようという想いにもつながる。
このUIは操作感が今一つでストレスになりそうだな、とか、このボスの強さのはやりごたえがあっていいが、突破口の選択肢が少なかったり、そこにたどり着くためのヒントが少なかったりするのは良くないな、というプレイヤーとしての感想は、ゲームをより良いものにするために必要な気づきとなる。
だから、そういったプレイヤーとしての視点も、デバッガーに必要な条件ではあるのだが……今回の自分は、それに甘えすぎたな。
殆ど完成しているゲームに対して、仕様書を見ずに、フリーデバッグするだけという仕事が久々だったというのもあるだろう。
だが、このゲームを始める前の、普通に会社に通勤していた頃の自分であったなら、そんな状況であっても決して受け身にならず、イベントが発生したらそのイベントの内容を検証するのではなく、どんな行動をしたら発生して、あらかじめどんな行動を取っておくことでどんな影響があるのか、というところもリスト化して検証していたはずだ。
今まで触れたことのない、全く新しいゲームだから、つい楽しんでしまった……というのは、デバッガーとしては最低の言い訳だろう。
これは、一流のデバッガーであると自称する自分の誇りと尊厳をかけて、今一度、デバッグとは何たるかを心に刻み込む必要がある……。
そして、そう決心を新たにしたことで、このイベントに関して、自分の中に、ある一つの可能性が浮かび上がってきた……。
「……もしや……勇者は一人ではない……?」
「は……?」
今まで二人の口論を黙って聞いていた自分が、急にその一言だけではよく分からない内容を話し始めたからだろうか……それを耳にしたヴェルンヘル殿が怪訝そうな顔をこちらへ向ける。
「いや、ソメール教国から各地に派遣されているアクセル殿以外の密偵が、勇者と呼べるようなステータスを持つ人物がいれば一般人だろうとかまわず手当たり次第に連れ去っている可能性もあるが……その人たちが全員、自分と同じように本当に【輪廻の勇者】のスキルを持つものだという可能性はないだろうか?」
「そんな……いや……だが確かに、勇者と魔王がこの世界に顕現した、という神託だとは聞いているが、それぞれが何人いるのかは聞いていない……」
自分が詳しく、その今までの情報を持ってたどり着いた考えを説明するように言葉を発すると、アクセル殿が驚き、しかし否定する材料がないというような反応を見せる。
「おいおい……ってことはまさか、一緒に現れた魔王って奴も複数人いる可能性があるということか?」
「まぁ、その可能性も出てくるだろうな」
そして、その自分の考えに追従するように、ヴェルンヘル殿が続けて自分が話そうとしていたもう一つの可能性の話を口に出してくれた……。
そう……自分は、勇者が一人だけだという伝承も神託も聞いていないし、それと同時に魔王が一人だけだという話も聞いていないのだ。
今まで、勇者という単語を聞いたことですぐにRPGの王道展開をイメージして、一人の勇者が仲間を引き連れて一人の魔王を倒すストーリーなのだと考えていたが……ドラゴンをクエストする某有名RPGだって、ナンバリングの二番目で既に勇者は三人いる。
まぁ、正確には勇者ではなく、勇者の子孫という設定だった気もするが、それでもそのポジションに収まる人物は一人ではなく、三人いたはずだ。
魔王という存在だって、形態がいくつもあって連戦させられるような魔王もいれば、倒したと思ったら真の魔王が現れたり、それを倒したら裏のボスが現れたりと、必ずしも悪の元凶と呼べる存在が一体だけの構成ではなかった。
それに、最近のRPGは最初から勇者として選ばれた人物が複数人いたり、逆に魔王や悪神という存在が作品紹介のトレーラー時点で何柱も出てきたりすることもある。
自分が最初から勇者という名のついたよく分からないスキルを持ち、物語の視点が第三者視点に切り替わらない主観的なストーリー展開だったので今まで考えが及ばなかったが、このゲームがそういった主人公やボス的な存在が複数人いるタイプのゲームという可能性も、誰もが主人公になれるオンラインRPGである可能性だって残っているのだ。
ふむ……これは、改めてメインストーリーをきちんと検証しなければならないな……。
—— ドスン ——
と、自分がストーリーに関する考えを改めていたところで……ヴェルンヘル殿が立っていることに疲れたのか、ソファーに勢いよく腰を下ろして足を組む。
「あー、もうなにも分からねー……輪廻がどうとか、勇者がどうとか、まだ神様に直接会えたらしい、大昔の時代の話だろ? そんなの今の俺が分かるわけないし、魔王なんていう存在に至っては、伝承でも聞かされたことねぇぞ……そんなことをゴチャゴチャ言われたって、俺には何もわからねぇ」
そして、大きく息を吐きだすようにそんな言葉を零すと、背もたれに思い切り寄りかかりながら、目を瞑って天井を仰ぎ……。
「……だから、俺は今わかる内容だけで判断する」
寄りかかるのをやめたかと思うと、今度はグイと顔を前に出しながら、そんな言葉を発した……そして……。
「お前たち二人は今から拘置所行きだ」
そう続けるや否や、振り向きもせず右手を上げて下ろすような合図で後ろに控えていた騎士に指示を出し、彼の指示によって扉の外からも現れた何人もの騎士たちによって、自分とアクセル殿は拘束されることとなった……。
展開が早すぎて気持ち的にはついていけないが、どうやら自分がアクセル殿によってソメール教国に連れていかれる展開ではなく、ヴェルンヘル殿下に捕まり、どこかに連れていかれる展開のストーリーらしい。
まぁ、ソメール教国が連れ去っている人たちが、本当に勇者だったとしても、たんなる勘違いだったにしても、このジェラード王国の住民を不法に連れ去っているという点は逃れようのない真実らしいからな……。
今回の会話で、ソメール教国のやっていることに完全には反対しきれていなかったアクセル殿を、ここで解放せずに拘束するという選択は、間違った対応ではないだろう。
自分が勇者だと判明したわけだし、このままではアクセル殿が使命のままに自分を連れてソメール教国へ帰る可能性は高かった……というか、もしアクセル殿からそう提案されていたら、自分は喜んでついて行っただろうからな……。
もしそうなってしまったら、ヴェルンヘル殿は、ジェラード王国の学校に留学しに来てくれたグラヴィーナ帝国の王子を、目の前でソメール教国に引き渡した悪人になってしまう。
だから、この場でアクセル殿を拘束するという選択は、ジェラード王国の王子としてはきっと最善の判断だ。
だが……なぜ自分まで捕らえられるのだろうか……。
今後の展開もストーリーとして気になるので、今はひとまず大人しく捕まっておくが、アクセル殿が捕まる理由は分かっても、自分がついでに捕まる理由はいまいち分からない……。
うーむ……まぁ、いいか。
「ふむ……なるほど……よし……」
「事情を把握したらすぐに脱獄して、途中で途切れてしまった、当たり判定の検証をキリの良いところまで終わらせよう」
自分はもう、ストーリーに流される受け身なデバッグは卒業したのだ……。
これからはイベントにとらわれず、やりたいときにやりたい検証を進める。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【採集】:自然物を的確に素早く採取し、集めることができる
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
▼アイテム一覧
〈水×26,000〉〈薪×110〉〈小石×1,070〉〈布×116〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1627日分〉〈保存食×90〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×640〉〈獣生肉(上)×615〉〈鶏生肉×50〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×64〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉
〈木刀×1〉〈着替え×20〉〈宝飾品×90〉〈本×110〉〈遺物×10〉
〈体力回復ポーション×9〉〈魔力回復ポーション×5〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×10〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈金貨×11〉〈大銀貨×6〉〈銀貨×7〉〈大銅貨×4〉〈銅貨×3〉