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挿話 ヴェルンヘルの日常

本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。

 

 俺はヴェルンヘル・ジェラード、この国の第三王子だ。


 周りからはよく「王族には見えない」とか「もっと王子としての自覚を持て」とか「せめてもう少し大人っぽい振る舞いをしろ」とか色々言われるが……俺は俺でしかない。


 真面目で面倒な仕事はそういうことが得意な兄貴たちに任せて、俺は俺にしかできないことをやればいいだろ。


 俺が得意なことは、誰かと対面で話したときに、そいつがどんな仕事に向いてるやつか何となく分かったり、その延長で、戦闘中に誰がどんな行動をすると状況が有利になるか直感的に分かったりすること……まぁ要するに、仲間を集めて集団戦で暴れるのが得意だ。


 つっても、簡単なポジションと役割を指示したら、あとはそいつの裁量に任せて自由にやらせるような感じだから、傍から見たら、テキトーな指示をテキトーに聞き流してただ好き勝手暴れているだけの暴走集団に見えるらしいけどな、ハッハッハ。


 だがまぁ、それでも、俺の第三騎士団は、実際に戦わせたら、兄貴たちの近衛騎士団とか第一騎士団にも勝てると思ってるし、ちゃんと地形を把握してしっかり作戦を練れば、姉貴が率いる魔術師の多い第二騎士団ともやりあえると思ってる。


 俺の騎士団には、兄貴たちの命令に逆らって騎士団を辞めさせられかけたやつとか、不真面目な態度で衛兵をしていて給料を下げられることはあっても上げられることのなかったやつとか、それどころか、盗みとか喧嘩とかの軽い犯罪で牢屋に入れられてたやつもいる……というか、そんな奴らしかいない。


 けど、だから何だってんだ……兄貴の命令に逆らった騎士は、連携とか統率がどうであれ、その行動でより多くの市民を助けてたし、衛兵だった奴は勤務態度こそ悪かったが、異常事態が会った時は誰よりも早く適切な対応をしてたし、盗みをしていたやつは病気の家族を思ってのことで、喧嘩をしていたやつは子供が大人にからまれていたから助けただけだ。


 俺は、そんな世間的に悪者にされる、本当はいい奴ってのを放っておけねぇ。


 本当の悪人かどうかなんて、そいつの目を見れば分かるんだ……心が腐ってなくて、仕事ができる奴なら、仲間に引き入れて仕事をさせるべきだろう?


 その方が俺も楽になるからな、ハッハッハ。


 そんなわけで、俺はそれくらい、俺の集めた仲間を信頼しているし、あいつらも、俺に似て口が悪かったり騎士っぽくなかったりするが、俺を信頼してくれている。


 今は俺たちが得意な魔物退治や盗賊退治から離れて、遺跡調査をする学者の警護とか、発掘品の管理とか……加えて今日から学生の御守りなんて仕事をさせられてるが……。


 何だかんだ子供好きなやつも多いからな……基本的に口が悪いから表では何て言ってるか分からねぇが、なんだかんだ面倒見もいいだろうし、もしかしたら仕事を放り出して一緒に遊んでたりするやつもいるかもな……まぁ、俺が仕事してんのに遊んでやがったら頭を思いっきりぶん殴るが。


 —— コンコン ——


「あん?」


 俺が今日の挨拶で見た王立学校の生徒たちを思い出しながら、山のように積みあがった発掘品の報告書類に目を通していたら、そんな仕事部屋のドアがノックされた。


 ここは遺跡の入り口にある比較的大きめの建物をそのまま利用した騎士団の拠点で、地上からこっちに指示を伝える騎士とか、遺跡を見回りしてる騎士とか、来客があるのは当然なんだが……今はもう夜中だぞ?


 この部屋にいる騎士の交代時間はまだだから、なんか突発的な用事だな……あー……これは面倒ごとの予感だ……俺の勘がそう言ってる。


 そんなことを思いながら、怪訝な顔を隠そうともせずに、ドアの隙間から来客に対応する騎士を眺めてると、状況を把握して振り返ったそいつと目が合う。


「あー、団長……まぁ、お察しの通り面倒ごとっすけど、オレを睨んでも解決しませんぜ?」


「分かってるよ……ただの八つ当たりだ」


 こっちは早く寝たいってのに、人手が急に増えた影響で上がってくる報告書の枚数も増えて大変なんだ……誰だってこれ以上の面倒ごとは持ち込まれたくないだろう。


 この数でも爺やが殆ど処理した後の、管理責任者の承認印が必要な書類だけだってんだから……学生と言えど、人手の数の力ってのはすげぇよな……。


 まぁ、その学生って人手が増えたせいで、どこの区画には秘匿レベルの高そうな発掘品が多く眠ってそうだから学生を近づけない配置にした方がいいとか、無料だからって一人で飯を何人前も食うやつがいるから食料の供給が追い付かなそうだとか、そんな特殊な報告も増えてるわけだが。


「んで、その客人ってのも、殿下が面倒に思ってる学生のうちの一人なんすけど……まぁ、予想通り来ましたね……ソメール教国の王子が……今、応接室で待たせてるそうです」


「……はぁ……まぁ、このタイミングで来る面倒ごとって言ったらそれしかないよなぁ」


 ソメール教国の第三王子……アクセル・ソメール。


 予想はしてた……というか、事前に親父から聞かされていた。


 一応、迎賓館にいるそいつの家臣から、心配ないって書かれた手紙をもぎ取って、それを騎士から手渡しているが……急に遺跡から出られない状況になったら、そんな手紙を渡されたところで問い合わせや訴えがあるだろうと……。


 なんならその手紙だって、検閲で問題ない内容だと確認はしてあるらしいが、俺たちの分からない暗号が含まれてる可能性だってあるからな……王立学校の全校生徒をわざわざ遺跡調査なんてものに参加させることになった本当の目的を考えても、家臣がその状況を伝えるような内容を書いていたっておかしくない。


 はぁ……こういうのは二番目の兄貴の仕事だろ……状況的に他の仕事で忙しいのは分かるが、だからって俺にこんな役割を任せるかねぇ。


 俺は溜息を吐いて、八つ当たりついでに、扉の外で見張りをしていた騎士に、俺が後で見やすいように報告書類の分類をするよう言いつけてから、隣国の王子が待つ応接室へと向かった……。



 ♢ ♢ ♢



「……先に言っておくが、俺はあまり詳しい話を聞かされていないから、何か問い詰められても答えられないぞ?」


 ソメール教国の王子が待っていた応接室に入って、軽く挨拶を交わしてからテーブルを挟んで向かい合うように設置されたソファーの片方に座ると、俺は一言目でいきなり、自分が持っている情報は完全ではないことを伝えた……。


 相手が何をしに俺を訪ねてきたのかも分からないところだし、こっちにとってはこの王子に少しでも情報が渡るのを防ぐ必要があるから、本当なら、こちらが何か情報を隠しているということすら隠すために、その話題自体を避けるようにのらりくらりと何の変哲もない雑談だけをするのが正解なんだろうが……俺にそんな芸当ができるわけがない。


 このソメール教国の第三王子であるアクセルという男とは、過去に城で挨拶をしたことくらいはあるが、それは本当にお互い顔を見せるくらいの、会話という会話がない挨拶だったから、こうして落ち着いて話すのは初めてだ。


 だが、部屋に入ってから挨拶を交わし、お互いソファーに座るまで、こいつの挙動ひとつひとつは、俺が苦手なマナー講座で教わる王族や貴族としての上品な立ち振る舞いそのものだったし、顔つきも俺と違って真面目そうな印象を受ける。


 その真面目さや所作の丁寧さは、なんとなく一番上の兄貴に似てるんだが、こいつは兄貴よりも澄んだ目をしてるな……。


 きっと第一王子と第三王子じゃ背負ってるものの大きさとか重みが違うってのが理由の一つで、その点だけをみれば同じ第三王子である俺と近いのかもしれないが……だがまぁ、逆にそれ以外は俺とは似ても似つかない、全然違うタイプの奴だ。


 頭も悪くなさそうだし、俺が無理に話題をそらそうと思っても、きっとうまいこと元の話題に戻されるか、その話題のまま知りたい情報が聞きだされるのが落ちだろう……。


 だったら、最初からあまり情報を持っていないことを伝えて、余計な詮索をされないようにした方がずっといい……主に、俺のストレスとか気力の問題でな。


 ……まぁ、親父や兄貴たちも、それを見越して俺にあまり多くの情報を持たせていないんだろうし、この方針で間違ってないだろ。


「少しでもいい……ジェラード王国の王子、貴殿の知っていることを全て教えてくれ……今はとにかく地上で何が起きているのか少しでも情報が欲しいのだ」


「あー、一応聞いてみるんだが、お前の家臣から預かってきた手紙にはなんて書いてあったんだ?」


「そうだな、手紙の内容としては、きっと目を通してあると思うが……こちらは任せて授業を楽しむように、と、ただそれだけの内容だった……そして、裏のメッセージも、まぁ、ある意味では同じ内容だったな」


「へー、やっぱり何か暗号が隠されていたのか」


 状況が状況だからな、何も隠されたメッセージがないって方がおかしいか。


「いや、別にそれほど大したものではない……ただ、僕がソメール教国の者とやり取りするときの手紙には必ず国章の飾り枠が描かれた紙が使われていて、その飾り枠に使われているインクの色が簡単な指示になっているんだ……そして、今回の手紙で指示された内容は『そのまま潜伏』だった」


「はーん、飾り枠の色が隠されたメッセージになってるなんてなー、そりゃーいくら暗号が隠れてないか探したって見つからないわけだ……ってか……それは俺に話してよかったのか?」


「ああ、これは別に隠せと言われてない内容だからな、隠せと言われていないなら、別に言っても構わないということだろう」


 いや、隠せと言われていなくても隠した方がいい内容はあるだろう……そして、頭の悪い俺でもこれがその類の内容だと思うんだが……ソメール教国ではそうじゃないのか?


 分かんねぇな……こいつ目を見る感じ、偽の情報で俺を騙そうとしている雰囲気でも無さそうだし、つい口が滑ってしまったという焦りも感じない……。


「へー、そういうもんかねー……でも、メッセージが『そのまま潜伏』だったなら、なんでわざわざ俺のところを訪ねてきたんだ? しかもこんな夜中に……ただの挨拶なら俺が生徒の前で挨拶した後にでもすぐに訪ねれば良かっただろうし、さっきの口ぶりからして、最初から何か聞き出す目的で訪ねてきた雰囲気だっただろ」


「まぁ、そうだな……もしかしたらただの考えすぎかもしれないが、メッセージのパターンの中には『任務続行』とか『任務中断、次の指示を待て』とか、特に内容を含ませない、もっとシンプルな物がある……」


「ほう……けど、今回のメッセージには、少なからず意味があるものが使われていたってことだな」


「ああ、この状況で『そのまま潜伏』が選ばれるということは、『こちらのことは気にせず任務を続けろ』という意味ではなく、『しばらく連絡が取れない状況が続くが、目立たずに隠れていろ』……つまり、地上では何かが起こっているが、合流するよりもこちらにいる方が安全だ、という意味だと解釈した」


「なるほどなー、だからそれを探るために、俺に他の用が無くなって、確実に直接話せるだろうこのタイミングで訪ねてきたってわけか」


「そういうことだ……まぁ、もし寝ていたら明日の朝に改めるつもりだったのだが、取り次いでもらえたので助かった……失礼はしたくないものの、出来るだけ早く状況を把握しておきたかったからな」


 うーん、ますます分からん。


 メッセージの小さな違いから、もう正解と言ってもいいだろう状況を把握できるほど頭も回るし、相手の状況やマナーも汲み取った上で、最善の手を最適なタイミングで打ち出すところなんか、うちの二番目の兄貴にそっくりだ……。


 服装的にも清潔感のある服をビシッと着ていて、なんか賢そうな眼鏡とかかけてるし、手紙に隠されたメッセージの秘密とか、堂々と自国の機密情報を漏らす奴だとも思えねぇ……。


 それもこれもカモフラージュで、本当は何か言葉巧みにこちらの手の内を探ろうとしてるとか言い出したら、それこそ俺の分野じゃなくて兄貴たちの分野だぞ……? 俺には手に負えねぇ……。


 あー、くそっ、全く状況がつかめねぇが、元から俺がそんな細かいことを気にして何か出来るわけでもないからな……親父から言われた仕事をこなすだけだ。


「そうか……まぁ、そんじゃ、とりあえず聞かれたら答えてもいいって言われてる内容から……」


 —— コンコン ——


 そうしてソメール教国の王子に地上で何が起こっているかを話そうとしたタイミングで、応接室のドアがノックされる。


「あん? 今度はなんだ……今から、俺にしては珍しく重要な話をするところなんだ、親父や兄貴以外の客人なら明日に回せ」


 誰だか知らねぇが、今日はもうこれ以上の頭を使う案件は勘弁だ……。


 親父や兄貴からくる指示とかじゃなければ、別に対応は明日でもいいだろう……俺は控えている騎士に、重要でない内容なら後に回すよう指示をして、そのノックに対応させる。


 騎士はドアを薄く開けて、その向こうにいる騎士と何か数事会話をした後、しかし要件を聞くだけ聞いて帰らせるという素振りはなく、何かを睨みつけるような真剣な表情になったあと、急いでこちらに駆け寄ってきて、俺にその内容を耳打ちする……。


「巡回していたニックが、この部屋の会話を盗み聞きしていた怪しい生徒を捕らえたらしいです……」


「なに!?」


「ニックが言うには、そいつは外からこの部屋の壁に耳を当てて、何やらブツブツと喋り続けていたと……」


「おいおい、そいつが学校の生徒なら、割り当てられた宿舎にも見張りがいたはずだろ? そもそもなんでこっちの建物まで来てんだよ」


「さぁ? 窓とかからうまいこと抜け出したんじゃないっすか?」


 いやまぁ、確かに、王子以外の生徒に対しては宿舎にしている建物につき一人の騎士しか当ててないから、正規の出入り口以外から抜け出せば簡単に抜け出せるとは思うが……。


 わざわざそんなことをして、しかもこの騎士がわらわらと巡回する管理拠点まで来て、壁に耳を当てて話を盗み聞きしていただと……?


 その行動はどう考えてもただの生徒ではなく、そう身分を偽って潜入した、どこかの諜報機関のスパイか何かだが……だったら、そんな諜報活動の場面を見張りの騎士に目撃されるようなヘマをするか?


 ……いやまてよ?


 ずいぶん前に、城で親父が同じような報告を受けていたことがあったような……。


「あー……その生徒ってのは、どこのどいつだ?」


「えーと、見た目は黒髪、黒目で、おそらく成人したてくらいの年齢……所属している学科は冒険者学科で、名乗っていた名前は……」


 俺はそいつの特徴と名前を聞くと、頭をかいて、ため息をつき、この部屋に通せと指示を出す……。


 その指示を聞いた騎士に、本当にここに通すのかと再確認されたが、構わず通せと返答する……。


 一緒に城下町でふざけ回って、教会の神父や親父を困らせるのは楽しかったが、困らせられる側の方になってみると、あの時の自分の行いを反省してもいいかもしれないという気持ちが湧いてくるな……。


 俺はただ毎日テキトーに楽しいことをして、国のために頑張る仕事も適度に肩の力を抜きながらやりたいだけなんだが……そんな風に不真面目に過ごしていると、何か一つ問題が発生したときにこうやって次から次に追加の問題が発生するんだよなぁ……まぁ、それが普段の行いのツケなのか……。


 だがまぁ、間隔をあけていくつもの問題がまとめて訪れるのも疲れるが、ずっと真面目に仕事をするのは疲れるからな……俺はこのテキトーさを止めるつもりもないし、かといって問題から逃げるつもりもない。


 だから、また、のんびりと楽しい時間を過ごすために、目の前の問題をさっさと片付けよう……それが俺の生き方で、これが俺の日常だ。


 俺はそう意気込んで、すり減ってきた集中力を取り戻すと、ドアから入ってきたその問題児の対応を考え始めた……。



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