第百四話 サバイバル術の実技で検証 その二
「あー草が邪魔やー……なぁ、アクセルはん……ナイフくらいは持ってても良かったんとちゃいます?」
「ああ、そうだな……あの時はオース君の熱意に押されて思わず頷いてしまったが、身の安全を考慮した授業内容を考えてくださっている先生方の好意も汲み取るべきだったかもしれないと少し後悔している」
ウェッバー村の南にある森の中……。
自分たち冒険者学科一年、アクセルチームは、木々の枝や葉、高く生い茂った雑草を、そのあたりに落ちていた手ごろな木の枝でかき分けながら、奥へ奥へと進んでいる……。
本来、こういった藪を刈り払いながら進むような場面では、マチェーテやマシェット、日本では蛮刀や山刀と呼ばれる大ぶりのナイフが活躍するところではあるが、きちんとそういったものを用意していた自分たちも、他の冒険者道具ごと先生方がキャンプを張っている森の入り口に置いてきてしまっているので今は手元にない。
……まぁ、自分に限っては、その冒険者道具を元から何一つ持っていなかったので関係ないのだが。
「そんなことより食料っすよー! 道具は別にいいっすけど、食料は別に元々二日分しか用意してなかったんすから、それをわざわざ他の班にあげちゃうことはなかったんじゃないっすかー!」
「せやせやー! 道具もなければ食料もないなんて、これじゃあ授業やのうて、ほんまのサバイバルやないかー!」
「いやだが、そう考えると逆に、確かにオース君の言っていた通り、より実践的な環境で授業の内容を復習することができるという面では、間違ってないのかもしれない」
「騙されちゃダメっすよアクセルさん! オースさんは検証っていうわけの分からないことしか考えてないっすよー!」
ふむ……グリィ殿もその検証チームのメンバーだというのに、わけが分からないとは、よく分からない発言であるな。
まぁ、だが、とりあえずそんなわけで……。
今、ウィル殿が言った通り、自分たちは、食料も道具も持っていない、本当にサバイバルを実践するような持ち物で森の中を進んでいるという状況だ。
森の入り口に置いてきた道具は、おそらく今頃フランツ殿が回収してくれているだろうし、食料に関しては、アクセル殿が用意してきたそれなりに高価なものもあったからな……途中で自分たちに出会って、いきなりそれを渡されたクラスメイト達は、きっと修学旅行気分がよりいっそう高まり、大いに喜んでいることだろう。
その代わりに、グリィ殿の士気が著しく下がり、先ほどからプンスカと不機嫌な様子で、たまに思い出しては自分の方をジロリと睨みつけてくるが、まぁ、直接的な害はないので放置しておくことにする。
店で買った食料や調味料がなくても、森でとれるハーブや木の実を使えば、割と美味しい料理は作れるのだ、きっとそれを食べればすぐに機嫌は直るだろう。
今は、まだ少し冬の名残がある肌寒い気温ではあるが、季節は春……村の人たちが踏み込まない奥の方まで進めば、森ではこの時期にしか採れない美味しい山菜がそれなりに生えているからな。
……と、そんなことを考えていると、先頭を歩いていたアクセル殿が立ち止まったようで、続いて二番目を歩いていたウィル殿、三番目を歩いていたグリィ殿も立ち止まり、しんがりを務める自分も立ち止まることになる。
「……どうやら進めるのはここまでのようだな」
「なんや? あー……こんなとこまで進んで来たんやなー」
そう言って立ち止まった先を確認した二人の視線の先には、地面が突然切れ落ち、続く大地はそこから百メートル近く下という、それなりに高い崖……。
迂回すれば下に降りられなくもなさそうだが、それは結構な労力になるだろう。
近くを流れる川の音がこのあたりで滝のような音に変わっていたので何となく察してはいたのだが、崖の下を眺める視線を少し左にずらすと、そこには川が途切れて水が自由落下し、崖下にあるちょっとした湖のような場所で白い水しぶきを上げているのが見えた。
自分たちが通ってきた道中、ちょうどこの崖と森の入り口の中間あたりだろうか……そこにも広めの湖があったのだが……アクセル殿を説得したり、冒険者道具を置いたりして、森への突入が遅れたのもあって、自分たちがそこにたどり着いた時には、湖の周りを取り囲むようにどこもかしこもテントが張られていて、入る隙間がなかったのだ。
「ふむ……もう少し頑張れば、ここから降りて、滝を見ながら過ごせる場所に拠点を構えられそうではあるな」
「まぁ、確かに、下の方が空気も澄んでいて眺めもよく、食料となる野生動物も多く見つけられそうだが……拠点を作る作業を降りてから始めるのでは、暗くなり気温が下がってきている中で行うことになる……今日はここまでにしておいた方がいいだろう」
「賛成っす! もうお昼も過ぎてるっすよ、お腹が減ってこれ以上動きたくないっす」
「せやな……それと、じゃあ明日になったら滝の下に移動してみようって考えとるんなら、それも止めておいた方がいいかもしれんなぁ」
「む? まさにそれは今考えていたところだが……何か問題があるのか?」
「あー、いや、絶対にダメかって言われると、わいも分からんのやけど……一応、この崖から先は隣の領やからな……冒険者なら自由に行き来できる言うても、あっちの領で依頼を受けてこの森に入っとるわけやないさかい、行くなら先生に確認してからの方がええやろ」
「何? この崖が領の境界なのか? だったらウィル君の言う通り下へ降りるのは止めておいた方がいいな……むろん、他領で許可なく動物を狩るなんて以ての外だ……近くに川もあることだし、先生方がいらっしゃって、きちんと確認が取れるまでは、このあたりに拠点を構えるとしよう」
自分たちはそうして、このあたりに拠点を構えることを決め、その後も役割分担などを軽く話し合うと、班長であるアクセル殿の指示で、各自各々の仕事に取り掛かった……。
とりあえず、直近の役割としては、主に二つで……片方は、クラスの誰よりも授業を真面目に受けているアクセル殿と、授業外の知識も豊富なウィル殿による拠点づくり……もう片方は、冒険者としての活動がそれなりに長い自分とグリィ殿による、食べ物の採取だ。
拠点づくり組は、あたりを探索して、雑草が不自然に途切れている獣道や、動物のフンが落ちていないかなどの状況から、拠点にしたい場所が野生動物に荒らされる可能性がないかを判断するところから、木の枝を拾い集め、それを組み合わせて骨組みを作り、枯葉や草で覆って屋根を作るところまで……。
食料調達組は、食べられる野草や木の実などの位置をマッピングし、余力があれば何か動物を狩って、血抜きや解体などを行い、見つけておいた野草などと一緒に持ち帰ること。
まぁ、そんなことをしなくとも、食料だったら亜空間倉庫に大量にあるのだが……せっかく、いつかやろうと思っていた、道具や食料なしのサバイバルを検証できる機会が訪れたのだ……今回はその時に決めていた通り、ステータスも限界まで下げた状態で、亜空間倉庫やスキルも禁止した上で進めてみようと思う。
自分の知るサバイバル要素のあるゲームでは、アイテムを手に入れてさえしまえば、その名前や効果は分かるので、【鑑定】だけはあってもいいかと思っているのだが……ローグライクにサバイバル要素を足したゲームが大流行する可能性もあるからな……とりあえず今のところは封印して、いざとなった時に使うかどうかは保留中だ。
「オースさん、この草は食べられるっすかー?」
「分からんな……食べてみれば分かるのではないか?」
「あー、それもそうっすねー、じゃあ、食べてみるっすー……むしゃむしゃ……ぐっ……うぅーっ、ぺっ、ぺっ! とんでもなく不味いじゃないっすか!」
「うむ、まぁ、どうみてもただの雑草だからな、そりゃあそうなるだろう」
「って、知ってたんなら教えてくださいっすよ! 何させるっすか!」
どうやらグリィ殿は空腹具合が限界のようで、いつも以上に思考が回ってないようだ……。
このやり取りも、森を探索すること、かれこれ四回目で、そのおかげで見つけた草を手当たり次第に食べてみるという検証が捗ってはいるのだが……毒のある草に当たったらどうするべきだろうか……。
アクセル殿がグリィ殿に使用した【鑑定】魔道具の結果を思い出してみるが、確か彼女の直近のステータス的には、病気耐性は持っていたものの、毒耐性は持っていなかったはず……。
自分はその二つのスキルをほぼ同時に取得したので、その二つの違いがいまいち分からないのだが……前者が腹痛などの内科系、後者が傷などの外科系だとしたら、そのうち無防備に毒のある葉に素手で触れて、手がかぶれたりしそうであるな……。
「って、うぎゃぁあああ!! イタイ、イタイっすー! 唇が、唇がぁぁああ!!」
と、思っていたら、その時は想像以上に早く訪れたようであるな……しかも、手ではなく唇だったか……。
まぁ、今、いつもと変わらない普段着を着ている自分以外は、冒険者らしい格好で手には手袋をしているので、そうなる可能性もなくはないだろうが……普通、そうならないためにいきなり口に持っていかずに手で触って確かめたりするだろう?
それをあえて、何故か今度は自分に確認を取ることもなく、発見していきなり口に持っていこうとするとは……全く、グリィ殿は本当に優秀なデバッガーであるな。
「どうしたグリィ殿、何を口にしたのだ?」
「コレ、コレっすよ……これ、前にオースさんが料理に使ってた、なんか独特の香りがする美味しい葉っぱじゃないっすか?」
「ふむ……? あぁ、なるほど」
見ると、それは一見、大葉や青じそと呼ばれる、薬味や天ぷらとして使われる葉に似た、背の低い植物だった……確かに、大葉は香りがいいので、何かの料理で薬味として使ったことがあったな……だからグリィ殿はそれを食べられる植物だと思っていきなり口にしたのか……。
なるほど……そういう理由であれば、それは他のプレイヤーも取る可能性のある行動……つまり、検証するべき項目である。
だったら、グリィ殿の行動は何も間違っていないな……うむ、流石、我が検証チームのエースである。
「うぅー……なんかビリビリしびれる感じで、超痛いっすー……」
まぁ、その代償はそれなりに大きかったようだが……。
「もしかすると……それはイラクサかもしれないな」
「イラクサ……?」
大葉の旬は六月から九月だ、夏でも気温が低いこの土地で、冬が明けたばかりの春先に、それがこのような形で取れるとは思えない……。
対して、イラクサの旬は四月から六月……少々時期が早いが、見たところどの葉もまだ若いようだし、可能性としてはもっとも高いだろう。
「ふむ……だとすると、おそらく近くに生えているであろうドック・リーフを使えば、その痛みは引くかもしれないな」
「ドック・リーフ……っすか?」
「というか、おそらくグリィ殿がさっき口にして不味いと言っていたのが多分それである……試しにそれを患部に擦り付けてみるといい」
「分かったっす」
「うむ」
イラクサは、食用としては大葉ほど有名ではなく、主に東北地方で、ミヤマイラクサという種類のものが食べられている山菜だが、ヨーロッパではセイヨウイラクサという種がネトルという名で親しまれており、イギリスではネトルに触れてしまったらドック・リーフを患部にこすりつけるという、誰もが知る民間療法が存在するらしい。
そのドック・リーフは、和名で言うところのエゾノギシギシにあたり、こちらは食用とされていなかったはずだ。
聞くところによると、抗ヒスタミン成分が含まれているから、棘についているヒスタミンの成分が痛みの原因になっているイラクサの症状を抑えると言われているものの……。
しかし実際には、それは別に科学的に証明されてはいないとのことなのだが……。
「おー! 凄いっす! この葉っぱを擦り付けたら、確かに痛みが引いたっす!」
うむ……まぁ、グリィ殿には効いたようなので、一回目の検証結果としてはこれで良しとしよう。
「とりあえず、これは食べられる植物だ……できるだけ持って帰るか」
「えー! このトゲトゲの痛い葉っぱを持って帰るんすか? 食べるたびに痛い思いをするなんて私は嫌っすよ!」
「いや、茹でるとその棘は溶けるのだ、そして、お浸しや炒め物にすると美味しいらしい」
「うーん、まぁ、棘が無くなって美味しいなら……」
「うむ、では、自分はそのあたりの丈夫な葉と茎で簡単な入れ物を作るから、グリィ殿は四人が食べる分だけ集めてくれ」
「了解っす」
そうして、自分たち食材チームは、最初の食材を集めだした。
ついでにドック・リーフもいくつか摘んでいって、耐性の低そうなウィル殿でこの民間療法が果たして効くのかどうか試してもらうことにする。
まだ、サバイバル要素の検証は始まったばかり……これから一週間、まだまだ野性的な検証を思いつく限りにやっていこう……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔力応用】:自分の魔力を思い通り広い範囲で精密に操ることが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
▼アイテム一覧
〈水×34,000〉〈枯れ枝×400〉〈小石×1,690〉〈倒木×20〉〈布×100〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×2000日分〉〈保存食×100〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×706〉〈獣生肉(上)×993〉〈鶏生肉×242〉
〈獣の骨×720〉〈獣の爪×270〉〈獣の牙×258〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×64〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライムの粘液×949〉〈スライム草×100〉
〈木刀×1〉〈着替え×20〉〈変装セット×10〉〈宝飾品×100〉
〈調合セット×1〉〈調合素材×100〉〈空き容器×99〉〈本×100〉
〈上治癒薬×6〉〈特上治癒薬×3〉〈魔力回復薬×8〉〈上解毒薬×4〉〈猛毒薬×5〉
〈筋力増加薬×3〉〈精神刺激薬×3〉〈魔力生成上昇薬×8〉
〈掃除道具一式×1〉〈茶道具一式×1〉〈絵画道具一式×1〉〈手持ち楽器一式×1〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×0〉〈銀貨×0〉〈大銅貨×0〉〈銅貨×3〉