第百三話 サバイバル術の実技で検証 その一
ジェラード王国から南へ進み、ウィートカーペット村を抜けてさらに南……商業都市アルダートンで東に折れて、ウェッバー村まで進んだところで、あとはひたすら街道から外れた道なき道を南へ進んだ先……。
王立学校、冒険者学科の生徒たちは現在、学校から徒歩で四日かけた、ウェッバー村の南にある森へと来ていた。
今回の授業はサバイバル術の実技……。
あれから、サバイバル術の座学を含む様々な授業の中で、食べられる植物の見分け方から、その場で怪我の応急処置に使える薬草の見分け方……開拓済みの土地でよく出会う獣や魔物の種類から、その対処方法など……。
駆け出しの冒険者がサバイバルをする上で、最低限必要となるであろう知識を、徹底的に頭に叩き込まれた自分たち冒険者学科の生徒たちは、ついに、その教えられた知識を存分に発揮する機会が訪れた。
しかし、その授業内容は、一通りの冒険者道具と二日分の食料を持った状態で、この比較的安全な森の中で、一週間だけ過ごすという……呆れるほど簡単なものである。
この森は普段、猛獣や魔物と戦う能力があるわけでもない、ウェッバー村の村人たちも訪れて、シカやイノシシ、ウサギやキツネなどの狩りをするような、本当に安全な場所であるし……。
そこまで巨大な森でも高い山があるわけでもないので、いくつかのグループに分かれて班行動をするといっても、この人数の生徒が活動すれば、各グループがそれぞれかなり近い位置に陣取る可能性が高いのだ。
一応、サバイバル術の課題として、指定の薬草を採取するだとか、動物を狩って自らの手で解体するだとか、夜になると不定期で訪れる盗賊に扮した先生を撃退するだとか、そういった授業らしい活動内容が用意されていないことは無いのだが……。
フランツ殿の冒険者パーティー〈爆炎の旋風〉の四人全員が総出で引率しているのだ……。
何か非常事態が起きても、叫べば誰かしらが助けてくれるだろうし、治癒の魔法が使えるセイディ殿がいるので、よほど大きな怪我をしないかぎり命は助かるという状況……果たしてこれで本当にサバイバル術を実践的に鍛えることができるのだろうか……。
いや……そんなことが無理なのは、周りにいるクラスメイト達の雰囲気を見れば察することができる。
冒険者学科の生徒たちは、服装こそいつもと違って学校指定の外套の内側に革鎧などを着ているものの、その大半が友人たちと教室でいつも過ごしている時のように談笑しており、今日も真面目なアクセル殿がそういった生徒たちに注意を促すが、森に入る前の注意事項を話しているルノー先生の声に耳を傾けようともしない。
アクセル殿は普段から王族であることをアピールしている割に、その権威を見せつけるようなことはしなかったり、何事にも寛容で、話してみれば意外と同じ目線に立って会話をしてくれたりするので……入学してから二週間ほどで、最初は距離を置かれていたクラスメイト達にいつの間にか溶け込んでいたのだが……。
王子、王子と呼ばれているものの、敬語すら使われなくなったこの状況は、少し溶け込み過ぎではないだろうか……まぁ、口調はともかく、一応、敬意は払われているというか、授業で分からない部分があったりしたときに気軽に聞ける友人として、頼りにされてはいるようなのだが……その雰囲気は何というか、王子ではなくクラス委員長といった感じだ。
うーむ……【社交術】スキルとは、それほどコミュニケーション能力に効果のあるスキルなのだろうか……。
アクセル殿がこの様子なのに、自分は未だに他のクラスメイトと親しくなれておらず、何故か声をかけようと近づいただけで「げっ……」と言われてしまうからな……そんな自分に対する周りからの反応が改善するのであれば、早くそのスキルを習得したいものである。
「我がクラスメイト達にも困ったものだな……いつもの教室でのならもう少し注意に従ってくれるのだが、今日はどうも浮かれているようで、僕の言葉も右から左だ」
「まぁ、しゃあないやろ……有名なBランク冒険者パーティーに連れられて近所の森に数日泊まるなんて、自分の国の観光地を現地の情報屋に案内してもらって過ごすようなもんやからな……」
なるほど、言ってしまえば、これは遠足や修学旅行のようなものなのか……確かに、それなら生徒たちの浮足立った雰囲気も見覚えがあるものだな……。
その過去の修学旅行などでも、自分は真面目に授業を受けていたはずだが……確か、その時はこれを課外でも授業であると真面目に捉えていたのは自分だけで……事前にグループを組んでいたはずのクラスメイトとも気が付けばハグれ……自由行動の時間、何故か自分だけ先生と一緒に歴史的建造物を見て回っていたような気が……。
と、そんなことはどうでもいいな……今回は学校行事とはいえ、デバッガーとしての仕事を全うするため、信頼できる仲間と共に検証に来ているのだから。
自分は逸れた思考を戻し、今回のサバイバル実技の授業を検証する仲間……自分を含めて四人の活動グループを見渡す……。
といっても、それは自分がパーティーリーダーを務める〈世界の探究者〉の三人に、いつも色々な情報を提供してくれるウィル殿を加えた四人という、クラス内で作られたグループの中では少人数のパーティーなのだが……【鑑定】で改めて確認してみても、他のどのグループよりも能力値が高い。
アクセル殿は言うまでもなく、王族らしい魔力量の持ち主で、そのスキル内容も近接戦闘面では自分より少し劣るが、まだ本人が使っているところを見たことはない魔法系のスキルも多少持っているようなので、バランスを考えると確かにパーティーリーダー、勇者ポジションなのかもしれない。
……なるほど、そう考えると、フランツ殿が何故か、自分を班長として申請したグループの申請用紙をその場で勝手に修正して、アクセル殿を班長に変更してしまったのも、まぁ頷ける。
対する自分は、自己強化系のスキルと近接戦闘系のスキルをかなり極めている、戦闘面で考えると戦士タイプといった能力だからな……。
しかし、アクセル殿が戦闘技能と社交技能以外をほとんど持っていない、王族魔法剣士タイプなのに対して、自分は斥候に使えるスキルや、生産系のスキルも所持しているから、幅広い範囲を一人で堅実にこなせる……ふむ、なんというか見返してみると……オンラインゲームでソロプレイをするときのような割り振りかもしれない。
そして、スキル構成的には、自分から生産スキルをとって、代わりにアクセル殿の社交系スキルを少し加えて、それを十で割ったようなグリィ殿と、その劣化版になってしまうウィル殿だが……このリアルが追及された世界での実力は、ステータスやスキルだけでは決まらない。
そのスキルをどう活用するかの発想や、事前に把握している知識から立てられる作戦によって、その人物の能力は大きく変わるのだ。
なので……。
「まったくっすね……ちょっといつもと違う場所で授業をするからって、みんな浮かれすぎっす」
「それはその通りだが、グリィ君……その口の周りのヨダレを拭ってから発言した方がその言葉は重みを増すと思うぞ?」
「おっと、これはしっけいっす……じゅるり」
野外のキャンプ料理を期待してヨダレを垂らしているグリィ殿はともかく、授業外でも様々な知識を集めているらしいウィル殿は、きっと自分たちの手の届かない分野で活躍してくれるだろう。
「よーし、説明は以上だ、聞いてなかった奴は知らん、各自、グループごとに分かれて、とりあえず拠点を決めるところから始めろ……解散!」
「「はーい」」
ルノー先生の号令で、森の手前で集合させられていた生徒たちが一斉に森の中へと駆け出していく……。
元気で危なっかしい様子ではあるが、拠点として良い条件の場所を確保するのが重要だと授業で言っていたからな、そういった場所を誰よりも早く確保するという行動に走っているのであれば、一斉突撃という選択も決して間違ってはいないだろう……まぁ、クラスメイト達がその授業を真面目に聞いているかは分からないが。
「んじゃ、わいらも拠点にする場所を探しに行きまっか? 班長のアクセルはん?」
「ああ、授業で習った通り、近くに川や泉などの飲み水が補給できる場所あって、大型の野生動物が縄張りにしている痕跡がないような立地で拠点を構えるところからサバイバルは始まるというからな……他のグループにそういった場所を取られてしまう前に、早めに行動しようか」
「了解っす! 美味しそうな動物を目指して、レッツゴーっす!」
「うん、グリィはんは何も了解しとらんな……」
そして、このグループも行動を起こし始める……。
こちらは今までの授業で習った内容を理解した上で、適切な拠点をいち早く確保しに向かうため……。
このパーティーメンバーは、知能的にも技能的にも、とても優秀である……なので、おそらく自分が何かアクションを起こさずとも、この授業の課題は滞りなくクリアし、最優秀の成績を収めるだろう。
一般的なプレイヤーであれば、こんな楽勝この上ないイベントに遭遇したら、真面目にプレイする気を無くして、早く次の展開に進めようと、何も考えずにサクサクと課題の進捗率だけを見てプレイしてしまうかもしれない……。
だが、自分たちはそんな一般的なプレイヤーだろうか……いや、違う。
臨時参加しているウィル殿が除かれたとしても、自分たちは世界を検証し、探求するもの……〈世界の探究者〉だ。
だったら……まずはこの、どう考えても今のレベルに合っていない低難易度過ぎるイベントが発生しているという今の状況について、もう少し考えを巡らせるべきだろう。
際どい手を使ったとはいえ、一国の主催する武闘大会で優勝する実力を持ったプレイヤーが、Bランクの魔物だったらしい洞窟の巨大トカゲを一緒に倒した仲間と一緒に、イノシシやシカくらいしか現れない安全な森で、保護者同伴のキャンプを一週間……?
他の生徒たちがそう認識しているように、ただ普通にクラスメイト達と友好を深める遠足だと考えれば、それは学校生活の一部として楽しいイベントなのだろうが……ゲームのストーリー進行で発生するイベントとして考えると、なんと今更感が強く、ハラハラ感の少ないイベントだろうか……。
何故、そんなイベントが、今になって発生するのか……。
それを考え、推察し、導き出される答えは……。
おそらく、このイベントが、冒険者ルートで最初の方に通るはずだった、チュートリアルイベントだからだ。
自分は、冒険者ルートをプレイしている途中で、何かのフラグを回収してしまい、王族ルートのストーリーに寄り道をして、武闘大会という区切りのイベントのようなところまで進めてしまっている……。
だから、本来、このイベントを行うための適正レベルをかなりオーバーした状態で、このイベントに挑めてしまっているのだろう。
新たに加わる仲間や、一度離脱して改めて戻ってきた仲間など、主要キャラクターの強さがプレイヤーの現在レベルによって補完されるのは、RPGではよくあることだ……。
絶対にメインストーリーに絡んでくるであろう要素しか持っていないアクセル殿や、冒険者ルートで最初に仲間になったグリィ殿が、このイベント限定のパーティーメンバーであるウィル殿と比べて、かなり強くなってしまっているのは、その影響だと思われる。
そう考えると、おそらく、このイベントを普通に冒険者ルートだけでプレイした場合の適正レベルは、ウィル殿が基準……。
いや、もし、ウィル殿がこのイベントで大活躍する、お助けキャラクター的な存在だったとしたら……それよりも下という可能性だってある。
そんなイベントに、今のステータスで挑めてしまっているのだ……まぁ、これがオープンワールドゲームだと考えるのであれば、こういったことはよくあることなのだが……まぁ序盤で回収するはずのイベントを後で回収すれば、それは楽勝で当たり前なのだ。
広い世界にある、大量のイベントを、どんな順番で発見して、どの順番で挑戦してもいい……そんなオープンワールドゲームであるなら、これは不具合ではない……不具合ではないが、このままでは設計者に意見を出して、改善を検討してもらってもいい箇所になってしまう可能性はある……。
だが……自分は、それで報告を出して終わりにしてしまうような、入社したての一般デバッガーではない……その意見が通らないことも見越して、その想定でも検証を進める、一流のベテランデバッガーだ。
プレイヤーのレベルによって敵の強さを変えるだけならそれほど難しくはない……だが、イベント自体の難易度を上げたり、それに合わせて一時的な仲間やモブNPCの強さまで変えたりすると考えると、それは現実的な実装でもない。
だから自分は、このイベントが、今の難易度のまま、このレベルのプレイヤーたちに降りかかることを予想して……だったら、そんな明らかに楽勝なイベントに遭遇した人たちが、いったいどんな思考で、どういったプレイスタイルを選択するのか……と、そう考えるわけである。
そして、その考えでたどり着く、おそらく一番可能性が高そうな選択肢……それは……。
「ふむ……なるほど……よし」
「ん? 急に立ち止まってどうしたんや? オースはん」
「うっ……このオースさんの雰囲気は、何か嫌な予感がするっすよ……」
キャラクターのスキルや、プレイヤースキルが上がりすぎてしまった人たちが、まずやりそうな行動……それは、縛りプレイだろう。
だったら、その縛りプレイで不具合が出ないか検証するのが、一流のデバッガーではないだろうか。
「とりあえず、全員、冒険者道具をここに全て置いていこう」
自分はそう結論を出すと、仲間たちに縛りプレイの検証を提案した……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔力応用】:自分の魔力を思い通り広い範囲で精密に操ることが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
▼アイテム一覧
〈水×34,000〉〈枯れ枝×400〉〈小石×1,690〉〈倒木×20〉〈布×100〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×2000日分〉〈保存食×100〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×706〉〈獣生肉(上)×993〉〈鶏生肉×242〉
〈獣の骨×720〉〈獣の爪×270〉〈獣の牙×258〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×64〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライムの粘液×949〉〈スライム草×100〉
〈木刀×1〉〈着替え×20〉〈変装セット×10〉〈宝飾品×100〉
〈調合セット×1〉〈調合素材×100〉〈空き容器×99〉〈本×100〉
〈上治癒薬×6〉〈特上治癒薬×3〉〈魔力回復薬×8〉〈上解毒薬×4〉〈猛毒薬×5〉
〈筋力増加薬×3〉〈精神刺激薬×3〉〈魔力生成上昇薬×8〉
〈掃除道具一式×1〉〈茶道具一式×1〉〈絵画道具一式×1〉〈手持ち楽器一式×1〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×0〉〈銀貨×0〉〈大銅貨×0〉〈銅貨×3〉