挿話 フランツの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
俺はフランツ、最近Bランクに上がった、それなりに活躍している冒険者だ。
今はジェラード王国王都の王立学校で冒険者学科の教師なんてものをやってっから、冒険者ギルドの依頼とか魔物退治みたいなそれっぽい活動はあんまりできてないんだが……一応、この冒険者学科の教師役ってのも冒険者ギルドの依頼ではあるから、本職の仕事ではある。
俺としては直近の拠点だったアルダートンの街が気に入ってたから、Bランクに上がってもあのままそこでのんびり冒険者活動を続けるか、そうじゃなかったら、年齢的にもあと何年かで前線で活躍するのが厳しくなってくるだろうし、今のうちに開拓の最前線に行って活躍しておいて、引退した後の生活に備えておきたいって思ってたんだがな。
……まぁ、冒険者ギルドの事情とか、パーティーメンバーの事情とか、タイミングとか……色々なことが重なった結果、今のところこの選択が最良だろうと判断した。
冒険者ギルドの事情ってのは、それこそ大人の事情ってやつで……俺たちがパーティー全員、四人まとめて一気にBランクに上がっちまったせいで、各街の冒険者の勢力バランスが崩れたとかで、冒険者ギルドのお偉いさんから異動の要望が出たって感じだな。
要望の内容の殆どは、どうしようもなく一方的な、そんな事情知るかって感じのものではあったんだが……そのうちの一つ……それなりに平和なアルダートンには、わざわざBランク冒険者四人の高水準パーティーに依頼するような大きな依頼は滅多に無い、ってのは本当のことだったし……。
見合う仕事がないからっていって俺たちがCランク以下の依頼をバッタバッタと達成しちまったら、まぁ、街の住民のためにはなるんだろうが……下位冒険者の活躍とか成長の機会とかを奪うことになるからな……。
俺たちも先輩方の応援とか心遣いでこのランクにまで上がれたんだ……そんな俺たちが後輩の邪魔をするのは間違ってるだろう。
とまぁ、あのままアルダートンに残ることは残念ながらできなかったわけだ。
そんで、パーティーメンバーの事情ってのは……。
「よう、ルノー、こんなところで会うなんて奇遇だな」
「ん? なんだ、リーダーもこんな場所にくることがあるんだな」
教師として入ったばかりの、王立学校の、屋上……。
俺はそんな場所で、夕日に向かって物思いに更けている様子のルノーに声をかける。
屋上と言っても、本校舎の最上階というわけではなく、本校舎をぐるりと囲む外壁の上、城の機能で言えば衛兵が見張りをしたり、そこから弓などの遠距離攻撃を仕掛けたりする場所なんだが、本校舎と渡り廊下でつながってたりしていてそれなりに広い。
夜には戸締りがされるものの、特に常時締め切りといった場所でもなく、かといって、生徒がもう下校しているこの時間帯では他に誰の姿を見ることもない、少し寂しくも、何か考え事をするときにはもってこいの場所だ。
「……で、あいつの様子はどうなんだ?」
「おいおい、話しかけるならちゃんと会話してくれよリーダー、そんな抽象的で漠然とした質問じゃ話が読めないぜ?」
「……」
ルノーはいつもの調子で、先ほど夕日に向けて見せていた愁いを帯びた様子を感じさせない返答を返してくる、が……まぁ、これがこいつの性格だしな……この間の武闘大会でも俺と一緒に大会に参加してくれた、ノリが良くて仲間想いのいいやつだ。
だからこそ、俺がこうして無言の返答を返しても、言いたいことを汲み取ってくれるんだろう……俺がルノーの返答に何も答えず、ただ隣で一緒になって夕日を眺めていると、ちゃんと質問に返答してくれた。
「……まだ悩んでるよ」
「そうか……」
お互いに抽象的な、他人が聞いても何を言っているのか全く伝わらない会話だったが、長年連れ添っている俺たちの間では、それだけで会話が成立している。
まぁ、こんなところで話す内容って考えたらそれしかないような、今の特殊な状況だからってのもあるんだろうがな。
「ってか、あいつのことなら実の兄であるリーダーの方が分かるだろ?」
「うーん……いや、どうだろうな……近すぎるから分からないことってのもあるんじゃないか?」
「ふーん、そういうもんかねー……」
「そういうもんだろ」
俺たちが話しているのは、共に活動する冒険者パーティーのメンバーであり、俺の実の妹でもあるアンナのことだ。
あいつは今、悩んでいる……。
いや、まぁ、悩ませてしまったのは俺なんだが、とにかく悩んでる。
俺が発した一言が原因で悩ませてしまっているっていうのは、その場にいたパーティーメンバー全員の共通認識で、その中でもルノーは特に気に掛ける問題だし、俺に何か言いたいことがあるんじゃないかと思っているんだが……こいつは何も言ってこない。
だから、バタバタとしていた異動とか、しばらく教師として活動する準備とかがひと段落したこのタイミングで、何か言いたいなら言ってくれないかと、こんなところまで探しに来たんだがな……。
「……」
「何も言ってこないのか……?」
「……何か言ってほしいのか?」
「……」
「ちなみに、セイディの姐さんは何て?」
「……後で部屋に来て、無言の平手打ちをもらったよ」
「ははは、姐さんらしいな……」
「……」
何も言われなかったって部分だけみれば、ルノーと同じだ……。
だが、あの時の平手打ちには、数時間の説教以上の言葉が籠っていた。
「まぁ、あの日からパーティーの仲がちょっとおかしくなったってのは事実だし、オレも言いたいことがないわけじゃないけどな」
「……」
「でもまぁ、いつかぶつからなきゃいけない問題だったってのも事実だろ……ちっとばかし直球すぎる問題提示だった気がしなくもないが、まぁ、いいタイミングだったんじゃないか?」
「……はぁ……お前ら、大人だな」
「まぁね」
ギルド本部から異動の要請が来た日、俺はパーティーメンバーを集めてそのアルダートンの街からでないといけないというメインの話を伝えた後、もののついでに提示するには少し大きかったかもしれない問題をひとつ、つけあわせ程度の感覚で提示した。
それは……いつまで冒険者活動を続けるのか、だ。
エルフのセイディに関してはよく分からないが、少なくとも俺とルノー、そしてアンナの三人は、人間として、若いと言われる年齢を脱しようとしている。
もちろん、年寄りと呼ばれるような年齢はまだ先で、これからさらに成熟していくとも言える若さでもあり、体力的な衰えもまだまだこないことを考えると、冒険者として戦闘もある活動を続けていくことには何の問題もないのだが……。
女性冒険者には、出産年齢の限界というひとつの大きな悩みが存在する。
それは冒険者という職業に女性が少ない理由の一つでもあり、冒険者ギルド内には、そういった問題に対して一緒になって考えてくれる専門の課が存在するほど、見て見ぬふりはできない問題だ。
だが、問題としてそういったものが存在することは分かってはいても、男の俺にはそれが女性にとってどれだけデリケートな問題なのかまでは分かっていなかったのだろう……。
俺としてはもう少し軽い、ただ、男女混合の冒険者パーティーが通る共通のどこにでもある問題という感じで話し出したのだが……俺がその話題を口にした瞬間、アンナとセイディの表情が固まって、なんだか空気が重くなった。
そして、情けないことに、そんな空気の対処法を知らない俺は、その問題の返答を聞くことなく、考えておくようにと無責任なことを言って、その日の打ち合わせを終わらせたのだ。
「はぁ……どう切り出すのが正解だったんだろうな……」
「まぁ、正解はきっと無いんだろうな……ちょっと空気は悪くなったが、あんたは冒険者パーティーのリーダーとして果たすべき勤めを果たしたよ」
「そうか?」
「ああ、だからセイディの姐さんも話し出しのデリカシーのなさに対してビンタはしても、別にいつもみたいにグチグチと怒らなかったんだろ」
「そう言ってもらえると助かる」
って……俺はルノーが何かため込んでいないか様子を見に来たのに、なんでいつの間にかそのルノーに慰められてんだ?
セイディを除けば一番年長だからって理由でリーダーなんてやってるが、本当はあんまり向いてないのかもしれないな。
はぁ……だが、まぁいい。
そんなタイミングで偶然訪れた、次の教師が来るまでの繋ぎとしてしばらく学校の教師をやるという、本格的な冒険者活動を離れるちょっとした休憩期間……。
他のメンバーにも悩む議題を与えたんだ……性分じゃないが、俺も少しは将来のことでも悩んでみるかな……。
俺はそう考えて、ルノーと一緒に夕日を眺めて物思いにふけってみる……が……。
「おい、そこの学生、もうとっくに下校時刻は過ぎて……って、お前は、今朝も問題を起こしてたやつか!」
「おっと、見つかってしまったか……しかしこれは下校時刻を過ぎていつまで学校に残れるかの検証だ……もう少し逃げて粘ってみるとしよう」
「ちょ、おい! こら! 待て!!」
そんな穏やかで静かな雰囲気を壊すように、どこからか警備の兵の怒鳴り声と、聞き覚えのある男子生徒の声……。
「……」
「……」
「はっはっはっは、ほら、出番みたいだぜ、フランツ先生」
「はぁ……そうみたいだな……って、いやいや、別に俺が行く必要もないし頼まれてもいないぞ」
「そんなことないって、あいつはお前が担任のクラスの生徒だろ? ほら、行った行った」
「あぁー、くそわかったよ、行ってくる……だいたいなんであいつは俺の行く先々で問題ばっかり……」
俺はそう自然と口をつく文句をブツブツと唱えながら、ルノーに手を振られ見送られる……。
「はぁ……どうやら俺には何かについてゆっくり悩む時間なんて無いようだな……だがまぁ……」
その方が俺には合ってるかな……。
もう一度夕日に振り向き、そんな思いを頭に思い浮かべると……俺はその悩む暇なんか無くしてくれやがる元凶にゲンコツをくれてやるべく、声のした方へと走り出した……。




