挿話 王都でのお話 その五
本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。
「ソメール教国からの続報は来たか?」
「いえ、残念ながら……」
ジェラード王国、王都の城にある執務室で、今日も難しい顔をした男が二人……ただでさえ年相応のしわがあるその顔に、さらにしわを増やしながら話していた。
疲れた表情に出ている悩みの元凶であり、尽きることのない話題の種は、最近のソメール教国の動向だ。
「国から外に人を出そうとしない理由だけでももう少し詳しく分からないのか」
「はい、あちらの言い分としては、一貫して『機密情報を持ち出すスパイの可能性がある』とだけ」
「機密情報というのは、密偵が命がけで持ち帰ってくれた『勇者と魔王が降臨した』とかいう話だろう? 別にそれを他国に知られたからと言ってあの国が困ることもなかろうに」
「そうでございますね……ただ、それに付随して密偵が伝えてくれた『勇者を見つけ出す魔道具を開発した』という情報の、その開発した魔道具に関しては、もしかすると機密情報に当たるかもしれません」
「まぁ、あの国の言っていることがすべて真実で、その道具の効果も本物だったとすればありえなくはない話だが……」
「今のところ信憑性は薄いですし、どちらにしてもそのような理由でこの国の民を捕らえていい理由にはなりませんね」
ジェラード王国とグラヴィーナ帝国が国教としている、創造の女神リアティナ、破壊の神ストロティウス、変動の女神アメナ、循環の女神ルコナの四柱を崇めるリアルス教に対して……創造の女神リアティナのみを崇め、人間はリアティナに作られた種族であり、彼女の作った人間こそが最高の種族なのだと言い張るリアティナ聖教を掲げているソメール教国。
いったい彼らが何を思い、どうして今になって変動の女神アメナと循環の女神ルコナが伝え残した勇者という単語をめぐって暴走しているのか。
その真相は、おそらくソメール教国を動かしている王や王妃にしか分からないだろう。
「はぁ……あの国の心情も分からなければ、その暴走に対する平和的な解決法も分からないな……古代文明のご先祖様も、もう少し国家間の関係を保つ方法に関して資料を残して置いてくれても良かったのだが……」
「お気持ちはわかりますが、古代船に積める書物の数を考えると、やはり全ての知識を残すのは難しかったのでしょう」
この国……いや、この世界は、古代から受け継がれている豊富な高度文明の資料によって、技術にはおそらくゼロから考え始めたのでは到底追いつけない速度で、急速に便利で住み心地のいい世界へと発展を進められているが、その発展具合に対して各国の歴史自体は浅く、知識はあっても経験がないというようなことが多い。
ジェラード王国の現国王、オーギュスタン・ジェラードが現在頭を抱えている、国家間の関係を保つ方法などもその一つであり、グラヴィーナ帝国とは帝王が現在のマクシミリアン・ゲーバーになってからは良好な関係を築けているが、ソメール教国とは国家設立まで歴史をさかのぼってもそう思える関係になれたことがないようだ。
「種族の違いや考え方の違いで確かに相手の意見に同意できない状況があったりはするが……それでも同じ人族で、魔物や魔族という同じ脅威に立ち向かう仲間ではないか……どうしてあの国はああも協調性がなく、自分勝手でいられるのだろうか……」
「その協調性というのも、ここジェラード王国の方針ですからね……こちらが相手国の政治方針に理解を示せないように、相手もこちらの言い分を理解できないのかもしれません」
「はぁ……まぁ論理的には理解している……古代文明と比べると歴史が浅いとは言っても、国家設立時からそれなりの歴史と王の交代を重ねているからな……根本的な思考がその国の特色に傾き、他の国の考え方が理解できなくなっていくというのは分かってはいるのだが……理解ができても納得はできないというのは、こういうことを言うのだな」
「そうですな……」
国王の言う通り、国同士の考え方の違いというのは、根元から改善することは難しい問題だ。
育つ家が違うだけで、金持ちは貧乏人の、貧乏人は金持ちの気持ちが分からないというのだ……住んでいる環境が国ごと異なり、宗教という法律の元となる部分すら違う状況であれば、その考え方の差異は家の違いとは比べ物にならないほど大きいはずである。
お互いの信じている考え方が異なれば、意見が合わずに話し合いが平行線をたどり続けたりしても、ある程度は仕方がないことなのだろう。
「世界が水に沈む前は今よりも国の数が多かったというではないか……そんな文明の知識が残っているのであれば、こういった問題の解決方法が一つや二つ残っていてもいいものだが……」
「ふむ、まぁ確かに……そういった資料は、まるで意図的に残すのを躊躇ったのではないかと思えるほど残っていないですね……どの資料を探っても、戦争は解決にならないから回避しろという言葉がちらほらと見つかるくらいで」
「本当にな……まさか、これほど豊かな国を築くための技術の数々を残しながら、ご先祖様も国家間の関係についての解決策は戦争しか知らなかったわけではあるまいし……はっはっは」
「まさか、そんなことはありえないでしょう……はっはっは」
「ハッハッハ…………はぁ……いや、まさかな……」
「……まぁ、可能性は完全にゼロとは言い切れませんな」
「いやしかし、戦争の火種だと書かれている魔道兵器に関して、単語こそ出てくるものの、その作り方については、そのヒントになりそうなことすらどこにも載っていないのだぞ? そこまで徹底して戦争を回避させようとしているご先祖様であれば……」
「むしろ、自分たちがそれしか知らなかったからこそ、そういった知識を残さないことで、我々に別の道を模索してほしい……という願いが込められているのかもしれませんな」
「……」
「……」
重厚な家具が並ぶ執務室に、それらの家具よりも重い空気が流れる……。
ありえない話ではない……夢がかなわなかった親が、子供に夢を託すように……その選択しや可能性にたどり着けなかった祖先が、子孫に新しい道を探させることは。
古代文明の歴史は、神々の関わる神話を除けば、ほとんど戦争の歴史だったはずだ……文明を発展させたのも戦争で、膨大な魔力を持つ魔族と渡り合えたのも兵器の力だった。
子孫に未来を託す、最後の技術の使い方として、何百年、何千年か分からない航海時代ずっと人類を存続させるほどの高度な施設を内包した巨大船を、全人族で協力して作ってはいるが、それはあくまで結果論だろう。
今を生きる全人族は、戦争によって発展し、戦争によって生き延びた歴史を持つ古代人を祖先に持つ、戦争に特化した子孫なのだ。
「これは……本格的に、ご先祖様の知識に頼ることなく、自分たちの力で解決策を模索しなくてはいけないかもしれないな……」
「そうですな……このままでは、ご先祖様が歴史書にその悲惨な結末のみを書き記して回避させたがっていた戦争の歴史を繰り返すことになります」
「……ソメール教国は、もしかするとそれが分かっていて我が国の民を捕らえるような行動に出ているのか?」
「それは……相手国は、あえて戦争を起こそうとしている、ということでしょうか」
「……いや、考えすぎか」
「そうでしょう、流石にその結果が悲惨なものになるということは、先祖代々語り継がれているはずです」
「そうだな……それに、戦争を起こそうとしているようなタイミングで、自分の息子である王子を相手国に送り込んだりはしまい」
「あぁ……あの王立学校で自ら密偵だと主張した……確か、アクセルという名の、第三王子でしたな」
ソメール教国は人間至上主義であり、同時に魔法至上主義でもある。
人間は、肉体的な能力では、手先が器用で五感が鋭いエルフや、とにかく筋力が高いドワーフにそれらの分野で劣る平均的な種族であり……魔法的な能力でも、水と風の属性が得意なエルフや、土と火の属性が得意なドワーフにそれぞれの分野で劣る、しかしどの属性もそれなりに扱えるという平均的な種族だ。
そして、ソメール教国はそんな平均的な種族の唯一の長所ともとれなくもない、どの属性も平均的に扱えるというところを活かし、すべての属性を組み合わせた、人間にしか使えない魔法を編み出すことに執着している。
そんな国柄というのもあって、魔法研究が盛んであったり、国の様々な施設が魔法を扱うことを前提に作られていたりして、今では小さな子供も含めて国民の九割以上が身体を動かすように魔法が扱えるという魔法大国だ。
なので、その国で過ごすのであれば魔法を熱心に教えるその国の学校に通うのが自然な流れであるし、実際に過去をさかのぼっても今までソメール教国に住むもの、それも王族が他の国の学校に入学するなどという事象はなかった。
王は、それがどういう風の吹き回しなのか気になったこともあり、他の入学志願者が集団面接であるところを彼だけ個人面接に切り替え、面接官にそのあたりのことを重点的に尋ねるようにと指令を出したところ……その質問に対してあまりに正直な答えが返ってきたという流れである。
「うーむ……どうでもいいが、第三王子というのは医学的に何か問題児になる傾向でもあるのだろうか」
「……私には何とも言えません」
「まぁ、問題児ではあるが、それゆえに密偵としてはあまり機能しまい……もう一人の問題児と一緒に行動するように促したことだし、まとめて監視すれば人員も手間も少しは省けるだろう」
「そうでしょうか……私にはどうも不安がぬぐい切れません」
「その不安は、奴が道化を演じているだけで、実は優秀な密偵だという可能性か? それとも、奴ともう一人の問題児を引き合わせることで問題が悪化する可能性か?」
「どちらもでございます……」
「……まぁ、それは儂も思うがな……今はそこに多くの手を割くわけにはいかないだろう……もっと大きな問題が山積みなのだ」
「そうでございますな……では、一つずつ、問題に対する対応策を聞いて行ってもよろしいですかな」
「ああ、頼む」
そうして、執務室では引き続き、難しい顔をした二人による、難しい話が続いていく……。
何か問題を解決しても、また新たな問題が降りかかる……そんな国の、いつも通りの日常が続いていく……。