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25 イサリオンの手紙 Ⅲ

 これが、お前の出生の真実だ。

 遠い異国の王家に生まれ、神話と言ってもいい黎明戦争の邪神の復活と世界の希望に関わる運命を背負っている。

 そしてミュート。


 驚くのも無理はない。

 あの幻のような数か月は私の中でも理解しきれないことが多々あったのだ。

 里に戻ると、長は連れ帰った子供については何も言わなかった。

 ただ、私の派遣されていた都市国家が滅びたとだけを告げられた。


 国王は……なにより王女はどうなったのか、知るすべはない。独自に調査しようにも、王女の願いを考えれば、私が再びあの地を訪れる危険を冒すわけにはいかない。

 すべては御子のため。

 

 王女に託された子を、私は自分の子として育てることを決意した。




 カイよ、お前はザグレムの里に暮らして、里の常識と自分の性格に違和感を覚えたことが多々あろう。人を欺き、ただひたすらに目的のみを重んじる。私はそんなスメクランの常識に囚われぬように、お前を育ててきたつもりだ。

 それは、王女から預かったお前がスメクランの因習に染まらず、誇り高く育って欲しかったからだ。そのために苦労したこともあったろう。つらい思いもしたはずだ。


 しかし、それは恥ずべきことではない。


 お前はもうスメクランとして生きる必要はない。

 そのことについては、アーライルが相談に乗ってくれよう。




 お前がザグレムの里にやってきてからのことを伝えておこう。


 私は里の役のすべてを降りて、黎明戦争、ケルーン、ミュートのことについて調べて過ごすことにした。私がかの国の国王から得た情報は断片的で漠然としていた。やがてお前が成長し、すべてを伝えるときのために知っておかねばならないことは多い。


 隠居状態になった私を見て、里の人々は私が長の命令をしくじったと噂していた。誠に好都合なことだが、ひょっとすると長のルイドが流した噂だったのかもしれない。


 私が調査したことは三つ。


 一、黎明戦争の詳細、とくに邪神について可能な限り調べ上げること。

 二、ケルーンの動向と、なぜ王族まで動かしてお前を狙ったのか。

 三、ミュートが忌み嫌われるようになった理由。


 一つ目の黎明戦争については、大きな都市に出向いては資料を集めた。ときには図書館に忍び込み、関連書籍を盗み出したりもしたものだ。

 その間、長のルイドがお前を預かってくれた。幼いころからガラたちと過ごすことが多かったのはそういうことだ。


 分かったことは、邪神が世界の狭間を超えてやってきたこと。黎明戦争において倒されたのではなく、一時的に封印されたこと。そして復活の機会を狙っていたということだった。


 かの国の王の言葉によれば、お前の誕生の際に邪神の封印は一部解き放たれたが、未だ完全に復活していないという。その言葉に希望を託そう。

 また、ごく限られた地域の古い記録に黎明戦争においては八人の英雄の手によって邪神は封印され、その後八人の英雄は人知れず世界中に散っていったという逸話を発見した。今伝わっているのは七人の英雄の伝説だ。何故一人欠けたのか分からないが、これも何かの参考にはなるかもしれない。


 二つ目のケルーンの動向については、お前を発見できずにいることは間違いない。見つかっているのならば、今頃私やお前の命はないはずだ。


 国王が預言を与えられたように、彼らにも邪神復活の鍵になる子の誕生を察知する能力があったらしい。どういう理屈かは分からないが、お前の誕生する以前にも彼らは疑わしいと思われた子を殺している事実があった。しかし、王族自ら出向くというのはお前の時が初めてだったらしい。


 三つめはミュートに関わることだ。

 紋章が現れたり消えたりするという事実はどの文献に見つけることはできなかった。その後もお前がひどく夜泣きするときなどは、額に現れた紋章が明滅し、家鳴りが起きたりすることがあった。


 その謎を究明すべく私は様々な文献を当たり、ラドルを始め他の友好的な里のミュート使いにも接触した。

 しかし、分かったのはミュートが稀に異能を持つこと、身体のどこかに紋章があることなどといった誰もが知る程度のことばかりだった。スメクラン以外はミュートと関りを持とうとはしないし、スメクランとて道具として有効だから使役しているに過ぎない。

 お前が持つミュートとしての力を朧気ながらも理解したのは、今から九年ほど前、お前が六歳のころのことだ。


 その日、私は訓練のためにお前をバグレストの森に連れ出した。

 長い冬が明けて、ようやく春の兆しが見え始めた森を駆け、出会う危険や生い茂った木々の間を駆け抜ける足捌きを教えていると、近くで大型の獣の鳴き声がした。

 冬籠りから目覚めて餌を漁る凶暴な獣、デルワースの咆哮だった。まずいことに、近くに里の仲間の気配があった。


 私はお前を近くにあった木の洞に隠し、仲間に危険を知らせるために走った。しかし、一足遅く、見つけたのは里の薬草調合師ウルマスの無残な死体だった。その傍らにはウルマスの息子ルーサーの姿があった。お前と同じ歳のルーサーは父の死に我を失い、デルワースに突っ込んでいこうとしていた。


 ウルマスは間に合わなかったが、せめて息子だけでも助けてやりたい。私はルーサーの前に飛び出すと、小さな身体を引っ掴み、横っ飛びに回避した。


 完全にやってのけたと思った。ところが長く実戦から退いていたために勘が狂ったのか、背中をデルワースの爪で抉られてしまった。

 朦朧とした意識の中で、倒れた私は腕を振り上げたデルワースを見上げた。


 こんなところで死ぬわけにはいかないのに……。お前を立派に育て上げるという王女との約束を果たし切っていない。私は悔しさに歯噛みした。


 死を目前にすると時間がゆっくり流れるという。

 私の耳にルーサーのものではない泣き声が届いた。木の洞に隠れて決して動くなと命じたはずなのに、泣きながらお前がこちらに近づいてくる。


 春の日差しを受けて輝く金髪がさらに輝きを増した。額のミュートの紋章が凄まじい光を発していたのだ。

 次の瞬間、目の前に落雷にも似た閃光が迸った。


 デルワースが動きを止めた。

 閃光とともに現れたのは、見たこともない存在だった。体長は三メルをゆうに超える光の巨人、背中には二対四枚の眩い翼を持ち、目も鼻も口もない顔は複雑な文様が渦巻いている。


 《馬鹿な……なぜこんなことに》


 その存在が戸惑ったような声をあげた。いや実際に声を出しているのではない。頭の中に直接意味が浮かぶようだった。


「お父さんを助けて!」


 お前がその者に向かって、喉も張り裂けんばかりに叫んだ。

 瞬時にその者が腕を振るい、デルワースの首を刎ねた。


 《まさか、こんな小さき者が……我を呼び出し、使役するだと》


 輝く巨人の思念が届くと同時に、お前はその場に倒れ伏した。すぐに駆け寄ると幸い気絶しているだけだった。


 《そなたは、小さき者の保護者か?》


 白き巨人の思念が尋ねた。私はお前が自分の子であると伝えた。


 《ふん、まあよかろう。我はレイワルド界、天の十六使徒の第四位ツォイラキシス。こことは違う世界に属するもの》


 一体何を言っているのか理解できなかった。過去に知られているどんな魔物とも違う。しかも高度な知性を持っているらしい。さらに何気なく手を振っただけで猛り狂うデルワースを屠る力がある。


 《現状を理解できていないと見える。我はこの子の降魔の力によってこの世界に呼び寄せられたのだ。

 それにしても、まさか十六使徒である我がこんな弱き者の招請に曳かれるとは……》


 降魔の力とは何だろう。私はただ白い巨人を見上げることしかできなかった。


 《ここでは降魔の力は知られておらぬと見える。……しかし、彼の邪な者の存在を感じ取れる。彼の邪な者まで……この少年が?》


 邪神のことを思っているらしい。白い巨人の思考によれば、この者は異界の高位の存在で、それを呼び出したのが、お前の力だというのだ。


 《屈辱ではあるが、招請に応じてしまったからには、契約をせねばならん。ただ、この子供には我の力は過ぎたるもの。自我が定まるまで、そなたが仮契約者となるがよい。我はここからすれば異界の神族に連なるものゆえ、過剰な介入は戒めねばならん。そのことをよく心得よ》


 白い巨人は私にそう伝えると消えた。


 つまり、お前のミュートとしての力は異界より何者かを呼び寄せる、白き巨人の言葉を借りれば『降魔の力』なのだ。




 お前は、夏至祭の日にこの者を目にすることになるだろう。そして、恐らくは仮契約は破棄され、本来のお前との契約が効力を発揮するはず。

 気まぐれで謎めかした助言しか与えてくれないが、頼りになる存在ではある。

 ただし、周囲に決して気取られぬ環境でのみ呼び出すことを忘れてはならん。

 ケルーンの追手を避けるため、お前は何があっても噂になってはならん者なのだから。




 さて、この長い手紙も終わりに近づいた。

 実はつい先ほど、白い巨人の声が届いたのだ。明日、お前は邪神の先触れと対峙することになろう。

 白い巨人はある程度の予知の力を持っている。どうやらその混乱の中で、私の命運は尽きるようだ。

 名残惜しいが、明日の夏至祭でお前は立派に成人となる。王女に恥じぬ若者に育ってくれた。その点だけは満足している。


 後のことは、アーライルを頼るがいい。

 準備もしてくれているはずだ。

 この手紙を読んだ時から、ザグレムの里のスメクラン、カイは消え去ることになる。


 お前は、別の者となって、力をつけよ。


 いずれ運命がお前を導くだろう。

 それは厳しく苦難の続く道かもしれない。でもきっと乗り越えてくれるものと信じている。




 最後にひとつだけ伝えておきたい。


 お前の父であった間、私はこの上なく幸せだった。


 ありがとう。




 イサリオン

お読みいただきありがとうございます。

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