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13 師範の試練

 ザグレムの里の人々が、続々と里の門から溢れ出してくる。

 この里に暮らす三千人ほどの人たちの多くが、今日のこの催し物を楽しみにしている。年に一度の夏至祭のクライマックス、成人の儀だ。


 その年に十五歳の成人を迎えた若者たちが、それまでの訓練の成果を発揮し、教えを受けた教官に挑戦するである。もっとも、教官に敗れたとて成人を認められないわけではない。要は祭典の娯楽のひとつなのだ。


 たいていの見物人は近所に住んでいるなどの理由で、若者たちの誰かしらを見知っている。幼いころから見守ってきた若者が精一杯の力で戦う様子を、微笑ましい気分で見物しようという趣向である。


 カイは今、成人の儀に参加する若者たちのための控え所にいる。ザグレムの里の門前の広場には急ごしらえの闘技場が設えられていた。ぐるりと柵で囲われた、直径三十メルほどの円形の闘技場。その外周に突き出たような形で、門から遠いバグレストの森側に作られた控え所でカイたち四人は時を待っていた。柵で囲われた控え所の外を観客たちがぞろぞろと歩いていく。


「早く始まんないかしら」


 集まってくる人々を尻目に、ガラが頭の後ろで手を組んで退屈そうに呟いた。オラフは力任せに斧を素振りし、ルーサーは黙って装備の手入れをしている。


「ま、焦っても仕方ない。なるようになるさ」


「焦ってなんていないわよ、ただ、とっとと身体を動かしたいだけ」


 カイの言葉にガラが答える。たしかに焦りや気負いは見られない。それはカイも同じだった。わずか前に体験したばかりの訓練洞窟での異様なできごと。

 あの一件は得体の知れない不気味さで四人の心に残っていたが、こと戦いに関しては想像を絶する経験を積むことになった。成人のスメクランの中でもあれほどの戦いをくぐり抜けた者は多くないのではないかとカイは自問する。死ぬほどの攻撃を受けても回復されて、さらなる戦闘を強いられる。きっと単なる思い上がりではないはずだ。カイは唇を噛みしめて頷いた。


 周りには同じ歳の仲間たちが三十名ほど待機している。メンバーは普段の訓練と同様に、四人一組で七つの班に分けられている。カイたち第四班は四番目に担当教官のゴンザと戦うことになっていた。里の教官と成人したばかりのひよっ子では格が違う。四人で一人に対峙するのだ。それでも成人の儀で教官に勝ちをおさめる者はほとんどない。


「でも、今年は助かっちゃったのよね」


 ガラがカイの耳元に顔を寄せて囁く。怪訝な表情を浮かべたカイにガラは続けた。


「毎年、毎年夏至祭のたんびに屋形の広間で堅苦しい式典があるのよ。長ったらしい挨拶や眠くなるような儀式。はー、今年は外にいられてせいせいするわ」


「おいおい、里のお嬢の言葉じゃねえな」


 ガラの話を聞きつけたオラフが笑って揶揄う。


「ふん、あの退屈さはその場にいないとわかんないわよ。去年なんかあたし途中で熟睡したからね。今年はこうして成人の儀を控えてるから、式典は免除されてほっとしてるのよ」


「その割にはこっちでも退屈してるじゃないか」


「このお嬢は、よっぽどのことがない限りいつも退屈してるんだ」


 カイとともにルーサーまで顔を上げて茶々を入れた。四人が笑って控え所の外に目をやると、闘技場の周囲はすでに人で埋め尽くされていた。


「長の入場である」


 闘技場の中央に立つ教官たちの中で、ゴンザが叫ぶ。同時に凄まじい銅鑼の音が響き渡った。隠密を旨とするスメクランである。日常の合図で使用するシロモノではない。毎年夏至祭のときだけ、倉庫の奥から引っ張り出される鳴り物だ。ここぞとばかり、次第に間隔を狭めながら連続で打ち鳴らされる。


 銅鑼の音の余韻が消えると同時に、控え所の真向かい、里の門に近い部分に作られたひな壇へと、カルバリン、ケイドル、ナムルらが姿を現した。他にも里の重要案件に携わる首脳陣が連なる。去年までは、そこにガラの姿もあったが、今日は見られる側に回っている。


「この日より我らが里において、その責務を全うする義務を負う者たちを紹介する。全員、整列」


 号令一下、控え所にいた面々が闘技場へとび出し、班ごとにゴンザの前へ整列した。この日のために、それぞれが自分が持つ最も立派な防具を装備している。カイもこれまで何度か寸法を調節してもらった飛龍の胸当てを身につけている。


 割れんばかりの拍手と歓声、同時に下卑た冷やかしや口笛が若者たちを迎えた。

 再び銅鑼が一度大きく打ち鳴らされた。席を立ったカルバリンが片手を軽く上げる。とたんに会場は水を打ったように静まり返った。


「若者たちよ」


 カルバリンが、カイたちを見下ろし、その堂々とした体躯から深く響く声を発する。


「いずれも、先行きが楽しみな頼もしい面構えの者たちばかりである」


 己の娘も混じっているからだろうか、カイはカルバリンの表情に感極まったものがあるように感じた。


「今までそなたらを育んできた里の者たちの前で、自らの力を示すがいい。そして、その力がザグレムのために用いられ、我ら同胞の刃とならんことを期待する。皆の者、この若者たちに力を!」


 カルバリンが言葉を締めくくると、再びあたりの空気をどよもすような歓声が上がった。


.「これより成人の儀、師範の試練を執り行う」


 ゴンザが高らかに宣言した。

 第一班の四人を残して、残りの面々は控え所に引き返した。一方で、教官たちも一人を除いて、闘技場の片隅、長たちのひな壇の足元へと引き下がる。


「弟子たちよ、これより五分間の時間を与える。全力を尽くして我と戦い、見事土をつけてみせよ」


 最初の教官の言葉に、四人の若者が闘技場内で展開する。やや体格のいい少年が一人と少女三人のチームだ。まず少年が教官へと向かって突っ込んでいく。いわゆる壁役だろう。少女たちは散開し、教官の側方や後方へと走る。きらりと白刃が飛んだ。

 

 壁役と教官が接触する寸前に、少女のひとりが牽制の短剣を投げたのだ。タイミングを合わせて壁役がフェイントの動きをし、脇から剣で斬り上げた。壁役といえども、体格に勝れ重装の鎧を着こむ他種族とは一味違う、スメクランの基本的な戦術だ。


 しかし、教官はなんなくそれを交わし、返す刀でカウンターの一撃を繰り出す。後方にジャンプしてその一撃を少年は避ける。隙に乗じて後方に回ったメンバーが波状攻撃を開始した。教官はそれぞれの相手の間合いを見切り、攻撃をすべてはじき返す。

 どっと場内から歓声が湧き起こった。


「ふん、まずまずな連携だな」


 カイの横に立ったオラフが鼻息荒く言った。そしてカイを見て続ける。


「俺たちの番になったら、目にもの見せてやろうぜ」


 カイは無言で笑みを浮かべて、それに応じた。

 闘技場では、なおも戦いが続いていた。たしかに若者たちはよく鍛えられているが、教官を倒すまでではない。この戦いは五分間の時間いっぱい続くだろう。教官は敢えて弟子たちを倒さずに攻撃を受けている。これはあくまで祭の出し物なのだ。時間いっぱい弟子たちのいいところを見せて、観客を楽しませることに意味がある。


「そろそろ五分だな」


 ルーサーが呟く。壁役が教官に弾き飛ばされて地面に転がった。抑え手がいなくなった教官は縦横無尽に駆け巡り、次々と弟子たちに泥を嘗めさせていく。


「それまで」


 ケイドルが壇上で宣言した。教官がケイドルに向きなおり、膝をついて首を垂れる。倒れていた弟子たちも、それにならって膝をつく。悔しそうに歯を食いしばっている表情が離れていてもはっきりわかった。ただ、一方で彼らの目には成人の仲間入りを果たしたという誇らしげな色も浮かんでいた。


 次に登場したのは、少年二人、少女二人の班だ。少年たちが前衛、少女たちが後衛を務めるのは第一班と変わらない。ただ、この班は若干不利な戦いを強いられるだろうとカイは予想した。何故なら、後衛の少女のうちひとりは弓を得意としていたからだ。


 この成人の儀では、全員刃引きした殺傷力の低い――ないとはいわない――武器を使用している。この儀式のためだけに用意されている武器で、言ってみれば祭具のようなものだ。オラフの得意な斧などは刃を落としたところで鈍器としては十分致命傷を与えられるので、木製のものを渡されていた。これを受け取ったオラフは一瞬情けなさそうな顔をして見せたが、気持ちを切り替え「まあ、ガチでできるからいいか」などと物騒なことを口にしていた。


 さて、問題の弓なのだが、こればかりは刃を落としたからどうのという問題ではない。当たれば重傷確実だ。可哀想ではあるが、使用を禁止されてしまったのだ。


 などということをカイが考えているうちに、第二班は担当教官の手で見事制圧されてしまっていた。弓を持てなかった少女も仲間に肩を叩かれながら笑顔を浮かべて引き上げてくる。


 そして、第三班が進み出た。この班の構成は一風変わっている。スメクランには珍しく盾を持った少女がひとりで前衛を務め、三人の少年が後衛に回るのだ。

 盾を持った少女が教官めがけて突進していく。


「あの()はやるわよ」


 ガラが頬に笑みを浮かべ、我がことのように言った。

 少女はさほど大柄ではないが力強い走りをしている。教官の手から短剣が飛ぶ。それを腕に装備した大きめの盾で弾き返しつつも、少女の駆ける速度は落ちない。そのままシールドチャージするかと見えた瞬間に、教官が後ろに飛びのいて間合いを取ろうとした。そこへ少女の持つ細剣の連撃が繰出される。左右に交わす教官に背後から少年たちが殺到した。


 第一班よりもいい連携だ。その要になっているのは少女の実力だろう。的確な突きで教官の動きを制しつつ、盾を利用して固く防御を崩さない。教官がかなり本気を出して、少年のひとりを蹴り飛ばした。包囲の一角を崩して少女の死角へと回り込む。どうやら、まず盾持ちの少女を排除するのが得策と判断したようだ。残り二人の少年が少女を援護しようと走る。しかし、わずかに遅れ、少女と教官が一対一の状態を作ってしまう。


 激しい衝撃に盾が弾き飛ばされ、少女の身体が泳いだところへ武器が振り下ろされる。攻守の要を失った第三班が崩れ去るのは必然だった。


「いよいよね、行くわよ」


 ガラが舌なめずりせんばかりに戦意を滾らせて闘技場へと踏み出した。


「やってやろうぜ」


「ああ」


 オラフとルーサーが続く。


「……」


 カイも決然と頷いて武器を抜いた。

お読みいただきありがとうございます。

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