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5 報告

 夜遅くになって里に帰りついた。

 ゴンザは訓練生たちを解散させ、自宅で装備を解くと、長の屋形へと向かった。


 重厚な屋形の扉を開いて広いホールに入る。衛兵が背筋を伸ばして敬礼をしてきた。ゴンザは以前の教え子に答礼をして階段をのぼっていく。

 これから長に報告しなければならないことが、ゴンザの胸中に渦巻いていた。現状を完全に把握し、確実な提言ができるのであれば落ち着いていられるのだが。


 ゴンザはザグレムの里において、隠密や戦闘術など実践技能に関してはトップクラスの実力をもっている。一方で、陰謀や術策に関しては同じレベルの実力者に及ばない。数々の経験によって平均的なスメクランよりははるかに優れてはいるが、元々の性格が比較的単純にできているのだ。


 ロゲスの巣窟での出来事はゴンザの頭をひどく悩ませていた。一体何事が起っているのか分からない。目の前で起きたこと自体は理解できるのだが、それが何を意味するのかを考えると漠然とした不安感に包まれるばかりなのだ。

 あの場での判断は本当に正しかったのかも疑問だった。想定外の事象に対して的確に行動できたのだろうか。どうも今回の一件は自分の手に余る。


 帰り道で誰とも話すこともなく、憔悴しきっていたカイの顔がゴンザの脳裏に蘇った。

 ゴンザはひとつため息をつくと頭を振った。

 とにかく事の次第を細大漏らさず正確に告げるだけだ。胸をチクリと刺す想いを振り払い、長の執務室の扉をノックした。


「ゴンザ・リスト、参上いたしました」


 扉を開くと、剥き出しの石造りの床が広がる部屋の奥にカルバリンの姿があった。いつものように大きな書斎机の向こうに腰かけている。その向かって右にはケイドルが、左にはナムルが同様に椅子に座って控えている。


「ロゲスの棲み処への偵察に関して報告に参りました」


「うむ、ご苦労」


 カルバリンたちの表情は暗い。すでに伝書小龍によって事の概略は伝わっているのだ。


「では、詳細を伺いましょう」


 ナムルが白い髭をしごきながら言った。


「はっ、訓練中に渡し場の警備主任ジグからロゲスの棲み処に異変があったようだとの報告を受け、現場判断で偵察に向かいました」


 ゴンザはその時のことを脚色するでもなく、できるだけ客観的に報告した。現場指揮ならばともかく、情報を分析し、それを元に判断することに関して、ここにいる顔ぶれには遠く及ばない。命令に従いつつ最大限に有効な行動をとるのがゴンザの本領なのだ。


 報告がラグトールについてのことに及ぶと、カルバリンの表情が一層曇った。ケイドルは腕組みしたままじっと目を閉じ、ナムルはただゴンザの眼を見詰めている。


「結果として、渡し場のスメクラン一名を失い、ラグトール一頭を仕留めました」


 ゴンザは報告を締めくくった。


「ロゲスどもが船着き場から子どもを攫ったのは、ラグトールを恐れて生贄にしようとした、というところか」


 ケイドルの眉間には深い皺が刻まれている。


「ロゲスの棲み処の火災は、放火ではなく食事時にラグトールに襲われたことから発生したものなのですね」


 ナムルが尋ねた。


「はい、放火の形跡は一切ありませんでした」


 ゴンザは即答する。


「何か気になる遺留物はありませんでしたか」


 ナムルがゆったりとした口調で問いを発した。その眼には鋭い輝きがあった。


「少人数での捜索ですし、周囲の警戒を厳にしておりましたので、徹底的に検証できたわけではありませんが、取り立てて目につくものはありませんでした」


 そう答えたゴンザの脳裏に疑問が浮かぶ。ナムルには何か心当たりでもあるのだろうか。


「ケイドル、この会議が終わり次第、十分な護衛をつけた捜索班を編成してロゲスの棲み処へ送れ」


 長の顔には隠しきれない憂慮の色が見られた。


「はい」


「ナムル、どう思う」


 カルバリンはナムルに向き直ると言った。


「ラグトールがイルドウィン川を越えてまで侵入するというのは妙ですな。泳ぎは得意とするので川を越えること自体は可能でしょうが、ヤツらの生息地はずっと南方の熱帯地方ですから普通は考えられません。そうなると、何者かが介在したのではないかと。暴龍の行動を制御できる者がいるとすれば……」


 ナムルが険しい表情になった。


「ラシュメニアの龍兵か」


 カルバリンが唸るようにして答えを引き取る。


「しかし、それは考えにくいでしょう。ラシュメニアとの国境は遥か南方、我々の里は諸国同盟でも国境から最も遠い北西の外れです。前線からは数千ケムもあります」


 ケイドルが反論した。


「それほどの距離があるだけに、南方、とくにラシュメニアに棲息するはぐれ暴龍が迷い込んだ可能性も低くなるのでは」


 ナムルの答えには、どこかケイドルを試すような響きもある。カルバリンの子どもたちは全員ナムルを家庭教師として育っていた。


「いずれにせよ、現状では確実なことは言えまい。捜索班の帰還後にまた会議をもとう。ご苦労だった」


 カルバリンが会議をまとめた。


「どうした、ゴンザ。下がってよいぞ」


 その場を動こうとしないゴンザにカルバリンが言った。


「今回の偵察任務でジグの部下をむざむざと死なせました。責任者として、その咎を受けなければならないかと」


 ゴンザが答えた。


「任務に犠牲はつきものだ。これまでの報告を聞く限りでは、お前に咎はないと思うが」


「しかし……」


「カイのしでかしたことを言っているのであれば、お前が成人までの間に鍛え直してくれればいい。今回のミスは咎め立てするほどのものではない。下がれ」


 屋形を出て家路についたあとも、ゴンザの心は晴れなかった。ただ、自分の教え子でいる間に、カイにできる限りのことをしてやろうと心に決めて、夜空を見上げた。

お読みいただきありがとうございます。

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