13 アーライルの仲間たち
ほぼ同時刻、ザグレムの里の場末の居酒屋は普段通りの活況を呈していた。とくにこの店は近所に宿屋が多いことから、よそから訪れた旅人が集まる。旅人と言ってもスメクランの里に立ち寄る手合いだ。上品な旅行を楽しむ上流階級とは縁がない。無宿人や冒険者といった得体の知れない連中の吹き溜まりとなっている。
今またドアが開き、喧騒の中、粗末なマントにフードをかぶった長身のスメクランが店内に入ってきた。男は店主に目礼をする。店主はさりげなくカウンターの中を移動すると、奥に続く扉を開けた。男は素早く戸を潜り抜けると、扉を閉めた。
室内は小ぢんまりとした個室になっていた。壁の一方には厨房とつながる窓口があり、注文の品は直接この部屋へ届くようだ。中央の丸テーブルに二人の人物の姿がある。
「おう、やっときたなアーライル」
一方の大男が胴間声を張り上げた。すでにかなりでき上っているようだが、それは顔色からは伺えない。身長二メルを軽く超えるこの男は獣人なのである。全身を覆うダークグレーの毛皮。頭頂から突き出した三角形の二つの耳。目鼻口の周りだけはかろうじて肌の色がのぞいている。口元から鋭い牙がはみ出しているが、その眼には知性の光が宿っていた。
「さあ、早くエールでも頼んでこっち来いよ。待ちくたびれたぜ」
この獣人が座ると居酒屋の椅子が極端に小さく見える。テーブルの下に足をしまうのも狭苦しいのだろう。脇をテーブルに預けるようにして足は長々と投げ出している。身につけているのは粗末なズボンのみ。これは普段も変わらない。戦闘時であってもこの格好で重い鉄鞭を両手に装備するだけだ。
アーライルは苦笑いすると、窓口でジョッキのエールを受け取ると、仲間たちの席へ歩み寄った。
「今回は済まんな、せっかく休暇で来てもらったのに付き合わせて」
アーラアイルは席に着くと言った。
「ま、我らがパーティーのリーダー様の頼みだからな、いいってことよ。って俺は結局なーんにもしてねえんだけどよ」
獣人が高笑いした。
「ザイアスは、まあいてくれるだけでありがたいんだ。別の展開になっていたら一肌脱いでもらうことになっただろうしな」
エールに口をつけてアーライルが笑う。
「へへ、いざってときに頼りになるのが俺様よ。とはいえ、今回の立役者はこいつだがな」
そう言うとザイアスは、椅子に腰かけたはいいが、床に足が届かずぶらぶらと揺らしている小柄な人物を指し示した。
「アーライルさんが故郷に遊びに来てみないか、って言うもんだから来たのに、せっかくの休暇が台無しですよ。汚いところに潜り込んで、大変な目に遭ったのです」
憤懣やるかたないという様子で答えたのはモモだった。
モモは小さめのコップに入れてもらったエールをぐいと呷った。白い泡が口元に髭を作ったのをぺろりと舐めとる。
「いや、本当に助かった。モモには感謝している。あんなところに行かせて悪かったよ」
「三流魔術師を装い、サルデア窟に潜入してあの二人を見守るお仕事。契約外の個人依頼ですから、きちんと形にして感謝を示してほしいのです」
モモが小さな掌をアーライルに突き出した。
「はは、済まん済まん。もちろんちゃんと用意してあるさ」
アーライルはポケットから革袋を取り出してその手に乗せた。モモはそれを軽く手の中で弾ませた。
「わあ、金貨五枚に、半角金貨一枚。おまけしてくれたのですね。モモ嬉しいですっ」
袋を開けることもなく中身を言い当てたモモにアーライルは苦笑いした。こうした金銭感覚の把握に小人族は長けているが、中でもモモはずば抜けていた。
「それで、例の件だが」
アーライルが表情を引き締めてモモに言った。
「あんなことが普通にあるものなのか」
「ううんと、ホントならゼパールやレーメルにも相談してみたいところなのですけれど、モモの知る限りでは聞いたことありません」
「ああ、魔法の暴走のことか」
ザイアスが口を挟む。
「そいつは初めてマジックアイテムを使ったんだろ。今までは気づいていなかっただけで魔術師の素養があったとか……」
「ザイアスさんは狂戦士だから詳しくないでしょうけど、そういう問題じゃないのですよ。魔術師の素養があったって、きちんと契約をしてなきゃ魔法は使えません。だからやっぱりアイテムの暴走なんでしょうけれど……」
「必死になるあまり、何らかの形で一気にすべての魔法力を解放してしまった……というところか」
アーライルが腕を組んで唸った。
「たしかにとっても大きな穢泥貝の雫ではあったのですけれど、それにしても普通はあんな魔法は発動しないのです。硬い水晶に覆われた狭い洞窟だったので被害規模は限定されましたけど、モモが防御系上級魔法を使う羽目になったのですから」
モモはそのときのことを思い返したのか、ぶるりと身を震わせた。
「ほう、『B+ランク魔女』のモモちゃまをビビらせるほどの魔法だったってわけだ」
ザイアスは混ぜっ返すとエールを一気に喉に流し込んだ。
「そうですよ、『B』ランク狂戦士のザイアスさん」
「なんだよ、俺は昇級査定がメンドクサイからBランクのままなだけだぞ、このクソガキ」
「ガキじゃありませんてば、もうっ。そのばっちい毛皮剥がして足ふきマットにしてあげましょうか」
「んだとぉ!」
「まあまあ、落ち着けって」
またかと言わんばかりの表情でアーライルが二人をなだめた。
冒険者の階級はSランクからFランクにまでに分かれており、一定の実績をあげるとランク昇級査定を受けることができる。Bランクともなれば二人のように狂戦士や魔女といった上級職への転職が可能になり、腕利きの冒険者と認められて引く手あまたとなる。しかし、その数は冒険者全体の一割に満たない。
アーライルのパーティーのメンバーは全員がBランク以上であるだけでなく、皆がパスファインダーの称号も得ていた。
「帰ってからほかのメンバーとも話し合ってみよう。今日のところは慰労会だ。俺が奢るからゆっくり楽しんでくれ」
アーライルがその場を取りまとめた。
「そういや、今回はアーライルも何かとちまちま動いてたよな」
ザイアスが窓口にエールの追加を頼むと、ふと思いついたように言った。
「スメクランというのはそういうものなのです。いつも何か企んでるんですから」
モモがアーライルを睨むようにしていった。その表情には面白がっている様子がある。アーライルは、矛先がこっちに向いたか、とでもいうようにため息をついた。
「飛龍の胸当てをあの子たちに売らせるように、裏から手をまわしてたでしょ。素直にプレゼントすればよかったのです」
モモが続けた。
「ああ、あれか。本当はそうするつもりだったんだが……ある人に頼まれてな。はたから見ても、たまたま彼らが見つけて買ったという事実を作っておきたいって言うんだ。それで店主のハイカルに適当に理由をつけて、金をつかませたわけだが、聞く話によれば、誘導するまでもなく勝手にカイが目をつけたそうだ」
「でもよ、ほかにも店はいくらもあるだろうに、よくあの店に行くと読めたな」
ザイアスが鼻を鳴らす。
「一緒にいたのがガラだからな。少しばかり自尊心をくすぐってやれば、ああいう展開になるのは予想できる」
アーライルが頬を緩めて言った。
「その『ある人』って、なんでそんな面倒なことを考えたんでしょうね」
モモは軽く首をかしげると言葉を続ける。
「たしかに飛龍の鱗にはちょっと変わった魔法耐性がありますけど」
「さあな、それに関してはよく分からないんだ」
アーライルは椅子の上で身体をそらし両手を後頭部に当てて天井を見詰めた。
「へへ、スメクランの天才策士にも読めないヤツがいるってか」
ザイアスがその背中を平手で叩いた。咳き込むアーライル。ザイアスはすでに酔って力の加減がなくなっている。
「ま、気にすんな。いずれ分かるときもくるだろうよ。それより料理が冷めちまうぜ」
ザイアスが愉快そうに笑った。
※※※
しばらくの間、三人はうまい酒と料理に舌鼓を打ちつつ、過去の迷宮探査での笑い話に興じた。もう何度も語り尽くされた話題ばかりだったが、酒が入れば同じことだ。
ザイアスが十二本足の洞穴スクゥウラの巣に引っ掛かり、自慢の毛皮がベトベトになったときのことを、アーライルが冷静に評論しているとき、モモは二人の会話からふと意識を逸らして、サルデア窟での出来事を思い返した。
(あれは、どう考えてもあり得ないことなのです)
モモの頭の中にカイが穢泥貝の雫を拾い上げる場面が再現される。振り上げられた大剣、タルベルトの邪な色を漂わせた表情、そして……唱えられた呪文。白い光。
(あのとき、カイさんは呪文を間違えたのです。本来ならば絶対に魔法は発動しません)
モモはザイアスがアーライルに抗議する喚き声に反応したかのように見せて、ニヤリと笑った。
(このネタは、しばらくモモだけのものにしておきましょ。どんな面白い話に繋がるか分かりませんからね)
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