4 罰
早朝、カイたちはラドルに叩き起こされた。
「どうも最近はきな臭い任務が多くていけねえ。また午後から俺たちは出発だ。とっとと支度をしてくれ」
そのままラドルは外に出ると、駐屯地の守備に残っていた十数人の中から数人を選んで隊を再編成している。どうやら、また『不死身』の出番らしく、広場の片隅で鉄兜と鉄の前掛けを装備した『不死身』がぽつんと所在なさげに立っていた。
「さあ、お前たち帰るぞ。どっちも叱られることだけは覚悟しておけ」
アーライルがカイたちのもとに歩み寄ると言った。ガラはその言葉を聞いて露骨にため息をついている。
父はどんなことを言うだろう。
カイは考える。幼いころから怒鳴られた記憶ひとつない。叱られるようなことをすれば大抵の場合、その理由を理詰めで追及され、何が悪かったのか考えろと言われてきた。
しかし、今度ばかりは命に関わることだった。しかも、長の娘であるガラにも関りがある。
また、父の調べものがミュートに関することかもしれないということを知ってしまった。折角の機会でもある。父が長年家に籠って調べていることについても思い切って聞いてみようとカイは決意していた。
「だって今度のことは、アタシが自分で決めてやったことなんだから」
ガラがアーライルに食って掛かる激しい声でカイは我に返った。
「スメクランには陰謀と裏切りは付きものだ。しかし、それだけに自らが所属する里への忠誠だけは絶対なんだ」
熱くなって叫ぶガラに対してアーライルの言葉は冷たく響いた。
「どうしたの」
カイは事の成り行きが見えず、ガラに尋ねた。アーライルは言いにくそうに口を開いたが、それを遮ってガラが喚いた。
「アー兄さまったら、今回アタシが危険な目に遭ったことで、あんたが責任を問われるって言うのよ。おかしいじゃない」
カイは内心覚悟していた。まだ子どもの部類とは言え、訓練教官の指示を破り、里の若者として不注意にも長の娘を危険に晒したのだ。お咎めなしとはいかないだろう。カイはアーライルを見て力なく頷いた。
「戻ったら自宅で謹慎しているように。追って沙汰があると思う」
アーライルが静かに言った。深い色を湛えたガラによく似た褐色の瞳からはその意図を探ることはできない。
三人は戦闘遠征隊の駐屯地からの間道を下っている。すぐ左手の塀の向こうには、里の家々が軒を連ねていた。休日を楽しんでいた昨日の午前中とは何もかもが違ってしまったような気がして、カイは悄然とした。
何をやってもうまくいかない。その前日には訓練で失態を仕出かしていた。二日続けて自分の無能さ加減を思い知らされたことを考えると、なにやらいたたまれない気分に陥った。できることならば、このままどこかへ逃げ出してしまいたい。
しかし、たとえ自らを取り巻く状況から逃げ出せたとしても、自分の至らなさからは逃れることはできない。
やがて、前日カイとガラが里を抜け出した秘密の出口の前に差し掛かった。もし、昨日ここを潜り抜けていなければ、戦闘遠征隊やラドル班という名に好奇心を抱かなければ……。やり直しがきかないこととは知りながら、カイはほぞを噛む。
「カイ……」
前を行くガラが振り返ってカイを見た。掛ける言葉が見つからない様子だ。アーライルはその前を黙々と歩き続けている。
カイは自分のことを心配している様子のガラに、心のわだかまりを解くような声をかけてやりたいと思ったが、何も思いつくことができなかった。最近、ガラは以前とは変わってきたような気がしていた。訓練などのときは容赦なく相手を出し抜こうとしているが、二人になると何くれとなくカイのことを気にかけてくれている。ひょっとして、自分はそんなガラの好意に甘えていたのではないだろうか。
このままではいけない。イサリオンの言葉が、前日の出来事が、カイの心を引き締めた。まずは堂々と処分を受けよう。自分のしたことの責任をしっかりと見詰めることから始めるしかない。いつまでも出来てしまったことを後悔していても仕方がないのだ。
カイは、ガラの視線に力強く頷いて見せた。
門を入った所で、アーライルが立ち止まって言った。
「今回のことは、俺からも敵の実態やその結果を含めて報告しておこう。ただし、俺はあくまで現在この里の外部の者だ。あまり期待はするな」
「分かりました、ありがとうございます」
「それから……イサリオン殿にアーライルが宜しく言っていたと伝えてくれ」
そう言うと、アーライルは名残惜し気にカイを見詰めるガラの手を取り、優しく促して歩き始めた。
「カイ!」
ガラがアーライルの手を振りほどいて駆け寄ってきた。
「あたしも、どれだけ頑張れるか分からないけど、とにかく父様やケイ兄様に掛け合ってみる」
「ありがとう。でも、これは仕方がないことだよ。ガラはあんまり無理しないほうがいい。まあ、ガラの交渉術は知ってるけどね」
カイは笑顔を作って言った。
「ガラ」
アーライルの呼ぶ声に、ガラは渋々といった様子でカイの元を去って行った。カイは、二人の後ろ姿が人ごみに消えるまで見送った。途中、アーライルに手を取られたガラは何度も振り返った。
カイは自宅に向って歩き始めた。
途中、何度か掌の汗をズボンに擦りつけて拭った。今、カイは自分の父親に会うのに、叱られるかどうか以上の緊張感を覚えている。
問題は、昨夜『不死身』の身体に見た痣について、どう父に切り出すかだ。
同時に、何も語らない父に対して、長年の疑問をぶつけようと考えていた。
何故、父ほどの技量がありながら、隠居の身に甘んじているのか。父の実力は幼いころに仕込まれた隠密の技、戦闘の技から判断して、未だこの里で屈指の腕前であることは間違いない。
それは訓練所に通うようになり、ゴンザを始めとする指導教官を見ることで分かってきた。ゴンザとて、その実力を認められて指導教官の役目を与えられているのだ。カイなどの技量からしてみればレベルが違う。それでも、幼いころから見てきた父の技にくらべると見劣りすることを、カイは自身が成長するにつれ、実感するようになっていったのだ。
噂によれば、父は何かの失態が元で、今は何の役にも就いていないという。一体父に何があったというのか。そのことと、今何かに憑かれたように没頭している調べ物は関係しているのか。だとすれば、それは昨夜の『不死身』の痣と関係があるはずだ。
カイの頭の中を様々な疑問が渦巻いていた。
カイは自宅の扉の前に立った。その古びた木の扉が、いつもよりも大きく感じられる。
お読みいただきありがとうございます。




