3 『不死身』との会話
戦闘遠征隊の隊舎のベッドは予想外に心地よかった。ところが、ガラは薄い毛布を被ってまんじりともせずに時間を過ごしている。
昼間の疲れもあって、たちまち眠ってしまうものだと思い込んでいたが、眠りはなかなかやってこなかった。疲れているのだから早く眠ろうと思うほどに妙に目が冴えて、思うに任せぬいら立ちが募る。
兄やラドルの寝息は聞こえてこない。スメクランとして幾多の修羅場をくぐってきた二人のこと、寝ているかどうか分かったものではない。一方でカイが眠っている気配もない。
カイもこの日一日のことを思い返しているのだろうか。
十三歳といえば、里の子どもとしては最年長の部類になる。自分はもう大人と同じかそれ以上にやれると思っていた。それなのにガラの自信は今日の出来事でいとも容易く打ち砕かれてしまったのだ。
無様に縛り上げられ、殴られて気絶した。
暗闇の中で静かに横になっていると、その事実が鮮やかに蘇ってくる。ガラはいつの間にか目尻に溜まっていた涙を慌てて拳で拭った。
隣で気配が動いた。カイがベッドを抜け出したのだ。やはり眠れなかったらしい。足音を忍ばせて、カイは隊舎を出て行った。おそらく何かを企んでいるわけではなく、ただ単にガラやほかの者の眠りを妨げないように意識してのことだろう。どうせ眠れないのだ。ガラはカイの後を追って、こっそりと外に出た。
カイはミュートたちのいる石造りの小屋へ向かっていた。ガラは気配を消してそのあとに続く。
「ガラ、いるんだろ」
突然足を止めたカイは、振り返りもせずに小声で言った。その声には普段のカイとは違う厳しい声色があった。カイに気取られた悔しさが意識にのぼる間もなく、ガラは思わず言葉を返していた。
「気づいてたのね」
「うん、ちょっと注意してた」
「そう」
ガラはカイの横に並んで立った。
カイは夜空を見上げて黙っている。スメクランの同世代の男の中では小柄で、背丈はガラと変わらない。顔だちにも幼さが残っていたはずのカイが、どういう訳か一回り大きくなったように、ガラは感じた。
「ミュートのことが気になってさ……」
カイがぽつりと言った。こんな夜中までミュートのことを気にしていたのかとガラは驚く。ガラは戦闘遠征隊でミュートを扱うような仕事に就く気などさらさらない。好奇心は刺激されたが、これ以上深く関わりたいとは思わないというのが正直なところなのだ。ミュートなど汚らわしい異形の存在に過ぎない。
「ミュートのことなんて、さっき聞いた説明で十分じゃない」
「ガラは無理してついてくることはないよ。先に休んでて」
カイは、やんわりとした、だが有無を言わせぬ口調で言うと、また歩き始めた。ガラは仕方がないというポーズはとったものの、黙ってカイの後に続いた。
やがて微かに歌が聞こえてきた。ガラやカイよりも幼い子どもが歌うような、高く、それでいて声量のある美しい歌声だった。その声に惹かれるようにして二人はミュートの小屋へと向かった。今までに聞いたことがないような、現実感を薄れさせるどこか哀調を漂わせた旋律。
ガラは声の主は『ナイトビジョン』だろうかと思っていた。しかし、二棟並んだ小屋の前まで来ると、その声は『不死身』の小屋から聞こえてきた。二人はミュートの小屋の裏手に回った。
小屋の裏には、カイたちが何とかのぞき込める程度の高さに鉄格子の嵌った小窓があり、そこから月光が差し込んで室内を淡く照らし出していた。その様子を見て、ガラは思わず息をのんだ。
狭い石畳に座り込んだ『不死身』は鉄兜も鉄の前掛けも外していた。巨躯とはアンバランスなまでにほっそりとした顔。その顔は言葉を失うほどに美しく整っていた。兜の中に無造作に押し込んでいたのであろう長い金髪、青い目、まだ青年と呼ばれるには幼さが漂うわずかに丸みを帯びた頬。まさしく美少年と言っていい。その上品な形をした唇から静かに異国の歌が発せられているのだ。
二人はしばらく言葉もなく、その歌声に聞き惚れていた。
やがて、『不死身』は窓からのぞく二人に気づいたのか、慌てて口をつぐむと、部屋の片隅に身を寄せて、頭を覆うような仕草をした。歌を歌っていたことを咎められると思っているようだ。
「大丈夫、虐めたりしないよ」
カイが言った。
「言葉通じるのかしら」
ガラが言うと、『不死身』はゆっくりと元居た場所に戻ると、静かに頷いた。
「す、少しだけ……」
か細い少年の声だ。
「驚かせて済まない、頼みがあるんだ」
カイが『不死身』に向かって優しい口調で言った。ガラはカイの行為に強い違和感を抱いた。意思の疎通ができるとはいえ、相手は家畜同然なのだ。いや、家畜は忌むべき対象ではない。それ以下である。そんな相手に対して謝罪し、依頼している。
「お腹にある痣を見せてくれないか」
カイは言った。一体どういうつもりなのか。ガラはカイの意図を図りかねながら、カイの横顔を見守った。
『不死身』はカイの言葉に従って、月明りの元、すぼめていた広い肩を開き、腹の前から手をどけた。そこにはラドルが言った通りの五芒星の形をした痣があった。
「ねえ、あの痣がどうしたの」
食い入るように痣に見入っているカイにガラは尋ねた。
「確かに、あの紋章だ」
カイは心ここにあらずといった有様で呟いた。
「ねえ、カイ、紋章って……」
カイのあまりにも真剣な様子に、ガラの心の奥に不安がよぎる。
「あ、ああ、さっきの話を聞いていて、五芒星の紋章というのに覚えがあったんだ」
「五芒星の紋章……」
「父さんが家でいつも調べている古書の中に、あれと同じ紋章が何度も出てくるんだよ」
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