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始まった異世界生活⑥

「大丈夫ってなにがー? 王様だし何とでもできるんじゃないの?」


 なにが、と聞かれるとそれはそれで困る反応だった。俺が不安に思っていることなんて先輩のバストサイズほどあるわけで、それを一言でこのかわいらしい妖精に説明するのは難しかった。かと言って、大丈夫だよ王様、とか言って慰めてほしいわけでもないし。


 何だよ俺、これじゃメンヘラじゃないか。異世界には人をメンヘラにする何かでも存在しているのではなかろうか。本当に最悪だ。早く家に帰らせくれよ。


「いや、何でもない。それより、あのくそじじいは今何してる?」


「んーとね、水晶玉を見てるよ」


 あのくそ迷惑なじじいは占い師みたいなことをしているらしい。“時詠み”と呼ばれる賢者は水晶玉を通して未来予知をするのだろう。特に怪しい動きはしていないっぽい。いや、夜な夜な水晶玉から目を離さないじじいは充分怪しいんだけどね。


「そうか。じゃあ、異世界への扉を開く道具、もしくはそれがわかりそうな本は見つかった?」


 あの召喚部屋にはそれらしい道具は見当たらなかったが、少なくとも異世界人を召喚するための方法を記した書物は存在するはずである。そうでもないとこいつらが異世界召喚の儀式は行えないからね。それを記した書物を俺たちが見つけないよう隠しはしたとしても、焚書することはないと思うので妖精たちに探させていたのである。


「んん、あ、見つけたって」


「え、まじ? どこどこ?」


 思ったより早く見つかったのでテンションが上がる。やっぱり妖精は最高だぜ! 今度からはすこし下品なことをしていても許してやろう。


「ちょっと遠いよー。持ってこれるのは明日の夜くらいになるかも」


「そうか」


 テンション下がるわー。さっきの瞬間の俺の目の輝きを返してほしい。訪問販売みたいなものだからクーリングオフが使えるはず。


「あ、あと王様の子分の2人」


 子分とはおそらく生徒のことだろう。


「背の大きな方がお外を歩き回っててー」


 大きな方って誰だ? 名前を覚えさせておくべきだったと後悔する。


「女の子はベッドで泣いてるよー」


 はい、残業確定。労働局は異世界のことも考えて労働者の働く環境を調査すべき。


 で、泣いているのは誰なわけ? 凪ちゃん以外なら他の先生に任せられるので、ほかの子だといいなー。



 ☆ ★ ☆ ★ ☆



 もちろん凪ちゃんでした。妖精曰く、ベッドの上に体育座りをしてすすり泣いているようだった。小学生のころ、給食にニンジンが出たときはよくこうやって泣いていたのが凪ちゃんである。何がめんどくさいって給食のときのことを放課後、塾に来てまで引きずって泣き始めることだよね。なにかにつけて後から感情の歯止めが効きにくくなるのだ。


 その都度、あの手この手を使って俺は凪ちゃんを泣きやませてきたのだった。中3のときは模試の結果が来るたびに情緒不安定になったので大変だったなあ。そんな凪ちゃんなのでこんな異世界に来ちゃったのならそりゃ泣いちゃうよね。なんなら昨日は泣かなかったのを褒めてあげたいレベル。


 エアリに案内され、凪ちゃんの部屋の前に到着する。こんな夜更けに女子高生の部屋に独身貴族の男が1人で行くのはモラル的にどうかとは思うが、仕方ない。俺が光源氏とは違うということをわかってもらうしかない。女講師に任せれば良いのかもしれないが、凪ちゃんとあの2人って相性が悪いので任せられないのもある。


 すぐに泣いちゃう子はちょっと、ということらしい。子育て適性皆無の発言を2人ともかましていた。あいつら絶対婚期逃すにちがいない。


「凪ちゃん」とノックしながら俺。「返事は聞かないけど入るよー」


 宣言通り、返事を聞かずに部屋に侵入する。部屋の鍵は妖精の手によって開錠されてます。俺の能力、犯罪に便利すぎて泣けてくる。


 部屋はうす暗くちょっと見えにくかったが、俺の部屋と内装は同じようだった。


 妖精の情報どおり、ベッドの上で泣いている女の子がいる。いつのまにもらったのか、この世界の寝巻きみたいな服をきていた。もっと色気あってもいいんじゃねえかな。


「で、今回はどうした?」


 ぼふ、っと遠慮なくベッドに腰かけて言う。数え切れないくらい泣いている凪ちゃんの相手をしてきたので、声のかけ方も雑だった。フェミニストからはきっと怒られると思う。社会人の嗜みとしてハンカチは常に持っているが、差し出すつもりはなかった。ちゃんと洗ってはいるが臭いと思われたら嫌だしね。


「昔からずっと言ってるけど」ひっくひっくとしゃくり上げながら凪ちゃん。正直聞き取りにくいのでさっさと泣きやんでほしい。「先生は、デリカシーなさすぎ。だから結婚できないんだよ」


 まがりなりにも慰めに来た人に対して辛辣すぎない、この子? この子の先生はまず何よりも礼儀を教えた方がいいと思うな。


 あと、俺は結婚しないだけだから。仕事終わって家に帰って誰かいるとか冗談じゃないし。おかえりとか言われるのを想像しただけで発狂しそうなんですけど。


 帰宅した俺を出迎えていいのはペットだけである。ネコが至高だね。今のアパート、ペット禁止なのが悔やまれる。


「なにそれヒドイ。俺も泣いていい?」


「なにそれキモい」


「それも凪ちゃんから言われすぎて聞きなれちゃったなあ」


 この子はなにかとすぐに俺のことをキモいというのである。


「それで、ちょっとは落ち着いた?」


 いつものように俺を罵倒することでちょっとは落ち着いてきたように感じる。


「まあ、ちょっとは」


 なんでこの小娘は不本意そうなんだろう? とりあえず泣きやんだみたいなのでそろそろ自室に戻りたい。


「ねえ、先生」

 

 そうは問屋が卸さないらしい。知ってた。


「ん?」


「なんでこんなことになっちゃったの?」


 それは俺も知りたいところだ。本当に何でこんなことになったんだよ、って思う。ホントにこの世界にいきなり来ちゃった感じだもんな。


 この世界に来てしまう前、俺たちは普通に塾にいたのである。


 たしかその日も勉強を教えるついでにどうでもいい与太話を凪ちゃんたちとしていた気がする。最近の女学生は話すネタが恋愛系とジョニーズ系と学校の先生などの悪口くらいなので相槌を打つのも一苦労なんだよね。


 共感するのもウザがられるし、今興味なさそうにしてると先生の何億倍も魅力的な人だから見習った方が絶対いいとか言われるし、説教まではいかないけど小言を言えばうざがられるし、構わずほっておくとちゃんと仕事してとか言われるし。ていうか、テレビに出ているようなアイドルと俺を比べるなって話。


 そんで授業が終わり、生徒たちを見送るため、教室を出ようとドアを開けたら、いきなりそのとき教室が真っ白に染まったのである。ちなみにドアを開けたの俺です、ごめんね。


 面食らって訳もわからず黙っていると、神を名乗る怪しいやつが出てきて語り始めたのである。


「はい、どうもみなさんこんにちは、神さまですよ。君たちにはこれから異世界に行ってもらいます。本当ならこんなイレギュラーな事態は起こりえないんだけどね。起こっちゃったものは仕方ない。なのでいってらっしゃーい」


 最初からぴかぴか光っていたが、そのときは一瞬もっとピカーっと光っていた。いかにも超能力使ってますって感じだった。急展開すぎてそのときは言葉を失っていた。


 子どもたちの姿が徐々に透けていく。もう異世界転移が始まっているっぽかった。


「さて、君たちが完全に転移するまで少し時間がかかるから、大人3人とお話ターイム! このまま君たちを異世界に送っても、無駄に終わるので、1つだけ能力を授けます、はいシンキングタイム! 質問は今のうちにどうぞ!」


 光っているだけあってテンション高い明るいトークである。こういうときに明るいと逆に迷惑。


「私たちに能力をくれるのはわかったんですけど」意外にもいち早く口を開いたのは同期の女であった。「子どもたちに能力はないんですか?」


 この女はなぜこんなに冷静なんだろうかとビックリ。ただのショタコン、言い換えると犯罪者予備軍ではなかったのか。


「ご心配なく。彼らには彼らに合わせたふさわしい能力が自動的に割り振られるからね。若者には無限の可能性があるからね!」


 俺らには可能性がないみたいな言い振りだった。


「いや、そもそも異世界に行きたくないからやめてほしいんですけど。というよりも、人選間違ってません?」


「間違ってないし、止めるのは出来ませんねー! ここまでは確定事項なのでむりむり! もっと前向きに考えたまえ。君にしかできないことがあるのだよ!」


 そんな大層な人間になったつもりはない。というか、こちとら仕事がやっと終わる気分でいたのである。異世界にいく気分ではなく、家に帰って寝たいんです。


「お、女性2人は欲しい能力が決まったみたいだね。これはデンジャラスだ、こりゃ二の舞いになりそう。それはさておき、はい付与ー」


 2人の先生はもう能力が決まったらしい。早くない? なんであの2人もうこの事態に適応してる感じなの? もしかして異世界にはよく行ってるの?


「で、君はどうするの? このまま能力なしで行っても死ぬだけだよ? それじゃあ困るんだよね、こっちも」


 俺も今困っているのでおあいこだろ!


「そんな危ない世界に行かされるのかよ」


「そりゃあ危ないさ。逆に、そもそも平和だったらわざわざ異世界から人呼ぼうなんて考えないでしょ」


 そりゃそうだよな。俺も常々世界に対して口の多いプライベートを過ごしているが、さすがに異世界から人を呼ぼうなんてとち狂ったことを考えたことはない。ただ、誘拐実行犯のこいつには言われたくない。


「ーーーー異世界から、こっちに帰って来る方法は? いや、なんなら俺がほしい能力は異世界から地球に帰ってこれるやつだな。はい、決定。俺にも能力ください」


「君、態度雑すぎない? ぼくは神さまなんだけど。しかも、人間の願いをわりと叶えてあげる方の珍しいタイプの」


 俺目線だとただの犯罪者でしかないのわかってないのかな、こいつ。さては頭悪い?


「あ、あとこれはいやがらせでもなんでもないけど、その能力は上げられないよ、さすがにね」


 これは当然の返事だろう。俺が言った能力をホイホイあげられるなら最初から異世界召喚などしないだろうし。


「ちなみに、能力なしで地球に戻る方法はあるの? ーーあるんですか?」


 機嫌悪そうにピカピカ光るので丁寧な口調にする。心が狭いやつだな。


「もちろんあるとも。もし君が向こうに行って、地球に帰りたいと望むなら探すといい。ただ、大変だよ。なにせ異世界は神の数ほどあるーーとまではいかないが、自分の世界を作った神は結構いるからね、その数ある世界の中から君の地球を特定して戻るのは至難のワザだねー」


 心折れそう。何だよそれ。行くときは特定の異世界に送れるくせに、帰るときはそうはいかないってクソすぎでしょ。いや、向こうの世界からしたらわざわざ呼び出したのに速攻で帰られる状態になったら困るってのは理解できるけどね?


「じゃあ、誰にも怪しまれず情報を集められる能力が欲しい、と思います」


「うん、まあ、それなら、いいかな。よし、君に授ける能力は“妖精王ルーラー”にしよう。この能力は異世界にいる妖精を従えるものだ。この妖精は人には見えないから隠れて何かを調べるのに役立つし、魔法も使えるからきっと便利だよ。死なれると面倒だから上手に使いなよ。それじゃ、ばいちゃ! いってらっしゃい」


 そう言うと、謎の光る人型はすうーっと消えていった。現れるのが急なら、消えるのも一瞬だった。


「えっと」


 周囲に目をやる。子どもたちはほぼ消えかかっていて、異世界転移が今にも終了しそうだった。反対に先生側の3人はまだ異世界に移動するにはまだ時間がかかりそうだった。体の透け具合が生徒ほどではない。


「これ、夢じゃないのよね? え、現実?」


 先輩がポツリと言う。個人的に、そこはどうでもよかった。いや、夢なら万々歳、さっさとこの悪夢から覚めてほしいってところだけども。


 それよりも、俺たちが考えるべきことは、これが本当に現実だとして、どう動けばあとあと問題が出ないか、ということである。そのほうが無難だと思われる。


 たとえばの話、夢なら万引きしようがなにしようが問題ではないが、現実で万引きしようものなら、それは立派に犯罪である。それと同じで今この状況を夢だと思って好き放題したとしよう。あとから夢じゃなくて現実だと確定したときに絶対困るよね。


 俺としてはそんな事態は是が非でも避けたいところである。


 だから、現実だと考えた上で、社会人として真っ当な行動に専念したほうがいいと思う。


「現実だと思って堅実に行きましょう。そうじゃないと、地球にもどれたときに、大変な目に遭うだろうし」


 なにせ子ども9人とその先生3人が神隠しにあったようにいなくなっているわけなんだから、おおいにニュースになるだろう。そうすると、まず最初にバッシングの対象になるのは教師3人でしょ? 地球に帰ってきたとき、子どもが1人でも怪我をしていようものならさらにバッシングされるでしょ?


 たぶん仕事もクビになるだろうし、再就職もきっと難しいだろう。


 あれ、暗い未来しか見えないんだが?


 それでも、よくわからん異世界よりは地球の方が遥かに平和で穏やかに暮らせると思うので、全力でそういう方向にしたらいいと思うんですよ。


「なんにせよ、異世界に行ったら、子どもたちを守ることに違いはないよね」と同期の先生。守る子どもとはショタっ子のことだと思われる。「無事に地球に帰れるようにしないと」


「全面的に賛成。それで、異世界の重鎮いると思うけど、それの相手は俺で良い?」


「うん、いいよ。私、そういうの苦手だし」


 おまえが苦手なのは大人の男と話すことだよね? 別にいいけど。


「先輩もそれで大丈夫ですか?」


「え?」


 何を考えていたのか、先輩は話を聞いていないようだった。


「うん、それでいいと思う。あなたに任せるわ、その方がうまくいくんじゃないかしら」


 それを隠すかのように、ただ賛成の意だけを示しているように思えた。まあ、高校生の頃からこの人はこういうところがあるので、いつも通りといえばいつも通りか。下手につっこんで文句言われるのもめんどくさいし。


 異世界に転移するまでの流れを思いかえし、


「なんか訳わかんないまま、ばあーっと来ちゃったよね。怒濤の勢いっていうか。ほんと、なんでこんなことなってんだろ」


「何で先生人ごとだし。先生も当事者なんだけど?」


「いや、実感があんまり湧かないんだよ。異世界っぽさが足んないっていうか」


 今のところ、この城に引きこもって色々やっている段階なので、何というかいまいち危機感を覚えていないのが現状である。それが問題なのはわかっているが、こう、スイッチが入りきらないというか。妖精の情報収集能力があれば、いろんな事態にすぐ手を打てそうという安心感もある。


「えー。なにそれ。午前中、解体とかやらせたじゃん。あの動物? わりとファンタジーだと思うけど。う、思い出したら気持ち悪くなってきた」


 いや、確かに見た目は地球では見たことないような動物ではあったけど、捌いていみたら、そんなにイノシシと変わらなかったし。

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