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始まった異世界生活③

 創世神ル・アルル、ええと何だっけ。一応塾講師として働いてきた身なので記憶力にはそこそこ自信があったのだが、異世界のネーミングには発揮されないようだった。口の滑りが悪すぎて覚えるに覚えられない。


 そんな俺をさておき、ローブ姿の賢者の講義は続く。


「創世神はこの世界を作る前、いわゆる神界にいたのじゃが、ヤツはその神界でも特別に秀でていたのじゃ。何をするにも周りの誰よりもうまくいき、戦えば猛々しく勝利を収めた。至高の存在だった、と言っても良いじゃろう。だが」


 ーーヤツは精神に重大な欠陥を抱えていたのだ、と老人は言う。


「ヤツはな、挫折を知りたくなったのじゃよ。いや、己よりも優れたものに嫉妬してみたかったのだろう」


 自分の知り合いにそんな奴がいたらたぶんわりかし本気で肩パンしてるね、俺だったら。


「しかし、ヤツ自身は本当に優れていた。だから、素のままの自分に勝てるものなどいないと確信を得ておったから、諦めていたのじゃが」


 じゃが?


「自分以外の神を見ていて、ヤツは気づいたのじゃ。追い詰められてからの逆転劇、逆境をはね返す存在がいることを。ただ、今の神界で自分が負けることはあり得ない訳じゃから」


 そこで老人はひと呼吸おいて、生徒3人の目を見る。いや、この老人ずっとフードをすっぽりかぶったままだから実際見てるかはわかんないんだけどね。メイクしていない自分を見られたくない、お肌が曲がり角な年齢だから顔を隠してるのかな? 不信感しか抱けないので顔を晒してほしいね、まったく。その年でレディー気取りとかほんと萎える。


「作ろうとしたのじゃよ、自分を負かす存在を」


「へえ」と魁くん。「どこの世界にも頭のネジが緩んでいるのっているんだね。それでどうなったの?」


「無論失敗じゃ。自分の全てをそそいでも、出来上がるのは自分と同じことができる存在が増えるだけじゃったのだ」


 正直な話、創世神ル・アル、えーと、ルなんとかは気づくべきだったと思う。自分はすでに挫折していて、できないことがちゃんとあるのだと認識すればよかった。


「次に目をつけたのが、自身に打ち勝てる存在ではなく成長力そのものじゃった」


「でも、神様たちの中に、創世神様に敵うほど成長できそうな神様はいなかったんですよね?」


 凪ちゃんが恐る恐る言う。フード姿の不審者(男)と会話をする女子高生という絵面。地球だったら即通報する案件だよなあ。そんな怪しい老人が、この世界では賢者様なわけである。そのローブの下、裸だったりしないよね? いきなりガバッと前をはだけさせるとかないよね? ね?


「そうじゃ。だから今度は逆に」何が逆にかはわからないが、ルなんとか様は逆転の発想を得たらしい。「余計な能力を持たないが、際限なく成長する可能性だけを持った無力な存在を生み出したのじゃ。つまり、この世界の人間である」


「ふーん」と魁くん。「生まれるかどうかわからない、自分よりも強い人間を待つことにしたの? さすが神様、気の長い話だね」


「そうだね。わたしもちょっと待てないかも」


「無論、創世神もただ待つだけではなかったのじゃよ。少しでも早くそういう人間が生まれるように、ヤツは場を整えることにした」


「場を整える?」


 勇人くんが質問する。


「うむ。ヤツはまず神界の手が入らぬよう、この星を作った。そして、人間が強くなり続けるような環境を考えたのじゃ」


「モンスターとか?」


 鼻で笑う魁くん。彼の中で創世神様(笑)の株は大暴落中なのだろう。むべなるかな。


「ああ、そうじゃ。ヤツはまず自分のもつすべての戦闘技能を13に分けてそれぞれ一つずつ持ったモンスターを作った」


「なんで分けたんですか? 分けない方がいいと思うんですけど」


「そこはわからぬ。おそらく、ヤツは自分自身が負けたかったのじゃろう。初めから自分と同じ戦闘能力を持ったモンスターがいたとして、それが人類に破られたのだとしたら、己自身が戦う前に負けが決まったようなものじゃからな。結果の見える戦いはヤツの本懐ではなかったんじゃろ」


 本懐はぼくは挫折をしりたいんだーとかそんなんじゃなかったっけ? まあ、大昔の創世神話なんだろうし、細かいところはいいか。そもそも俺の目的は徹頭徹尾地球に帰ることなわけであり、この世界の事情とかあんまり興味がない。


「とりあえず、この世界が生まれた経緯は分かってくれたかの?」


「はい」と異口同音で子どもたちが答えた。


 つまり、この世界は創世神にとっては牧場みたいなものなんだろう。苦しみの中、本来なら勝てるはずのないモンスターをすべて跳ね除けるほど強く成長した美味しい人間が育つのを今か今かと待ち望んでいるわけである。マジはた迷惑な神様である。なんなら本当に神様なのか疑わしいまである。


 この世界の人間はほとんどが廃棄予定の野菜くらいの存在なのだろう。美味しくない野菜は魔物に食べさせちゃえー的な? 胸糞悪いわ。人類滅亡を企んで世界征服しようとする邪神の方がまだ好感が持てる。


「では、創世の話は終わりじゃ。続いて現状の話なんじゃが、始まりがそう言うこともあって、この世界にはモンスターがウジャウジャおる。もちろん、すべて人間を積極的に襲ってくるわけじゃ」


「ということは」と勇人くん。「俺たちはその13体のモンスターを倒し、その創世神を倒すために呼ばれたのですね?」


 キリッとした表情である。いまだ幼さの残る彼ではあるが、今は精悍な顔つきをした、勇者らしい雰囲気を醸し出していた。すてき、だいて。


「うむ」と賢者。「違いますぞ。わしはそんなことは望んでいない」


「えっ」と戸惑う勇人くん。


 は? 昨日の話と違うぞ。何を考えているんだこいつ。昨日の夜、創世神を殺し、この世界に永遠の平安を、とか人任せにほざいていたのはどの口だ、こら。


「すみませぬ、先生。昨日は大臣たちの手前ああ申し上げたのじゃが、わし自身の望みは違うのです」


 嘘をついたわけではないと賢者は言う。いや、まあ、俺も大人だし? いきなりブチ切れたりはしないよ? 大人しく続きを聞きますよ。


「無論、この世界に住むものたちの悲願は昨晩お話した通りですじゃ。なにせ経緯が経緯、悲願というよりもなんなら本能と言ってもよいでしょう。なぜなら人間とはそのためだけに作られたのですから」


 ひどい話だが、創世神目線で言うとそうなるだろう。自分の好敵手が現れさえすればいいんだろうし、そこまでに何人人間が死のうが構いやしないんだよね、きっと。牧場と言うよりも、星を使った盛大な蠱毒に近しいのかも。


「だったら」と勇人くん。「なおさら創世神様を倒すべきなんじゃないんですか? そんな神様の身勝手で人が苦しんでいいはずがない!」


「その先は?」と老人は勇人くんに質問を投げる。


「えっ? その先、ですか?」


 そんなことを聞かれるとは思わなかった勇人くんは答えられない。


 そのままなんか楽しみを見つけて好きに生きればいいのでは、と俺は思う。


「そちらの世界はどうなのですか? なぜ人間は生まれたのか、分かりますか」


 どことなく老人の口調が刺々しくなったように感じる。地球の進化論を教えてあげればいい場面ではないと思うので黙っていることにする。さすがのダーウィン先生の研究結果も異世界にまでは通用しないよね。


「すみません、わかりません」


「そうですか。しかし、この世界はそちらとは違って人間が作られた目的が明確なのです」


 深く追求するつもりはないのか、老人は勇人くんの返事の後、すぐに語り始める。


「よって、創世神を殺す、ということを成し遂げてしまえば、この世界の住人は存在意義を失ってしまう。その先に待っているのは虚無ーー人間は絶滅するしかない」


 まるでその光景を見てきたかのような口ぶりだった。未来予知でもしたのだろうか。実際体験したわけでもなくこういう口調で話せるなんて声優に向いていると思う。賢者なんかやめて転職すればいいと思うよ。


「そっ、そんなの極論ですよ!」


「このことについて、わしは議論するつもりはありませぬ。“時読みの賢者”として、視たことを避けるのが、今のわしが生きる理由なのじゃから」


「ぅぐっ」と勇人くん。


「おじいさんの言いたいことはわかったけどさ、それじゃあ結局ぼくらはどうすれば良いわけ?」


 え、わかっちゃったの? 俺はいまいち納得できていないんだけど。人間、目的とか存在意義とかなくてもわりと生きていけると思う。今の俺がそうだし。


「それはまだ、時がきていないので話せないのじゃ。すまないな、少年よ」


 なんじゃそりゃ、ふざけるのもたいがいにしておけよ。


「なにそれふざけてるの? ぼくってばいまどきのキレやすい若者だからなにするかわかんないよ」


 後半は君が言うと冗談に聞こえないのでやめてくれ。暗殺とか平気でしそうでおそろしい。ちょっと妖精、この子がうかつなことをしそうだったら時間稼ぎをして俺を呼んでくれ。


「すまぬ。それでも話せない。わしとしては現状、君たちにはここで普通に過ごしてこの世界のことを知ってほしいのじゃ。そしてこの世界の人と交流を持って、君たちの世界のことを話してくれればそれでいいと思っておる」


 そうすることで、神殺ししか頭にないらしいこの世界の人々に異なる世界の価値観、ひいては生きる理由とやらを考えさせでもしたいのだろうか。このクソジジイの目的が分からない。


 本当に普通に過ごすだけでいいのなら、地球に帰る確実な方法を探り当てるまでの俺の計画とさほど変わらないので強く文句を言えないのが困る。なんならそのためだけに、今はお茶を濁しているのではないかと警戒心が強くなったまである。


 妖精100人でこの老人の動きは監視しよう。なにを企んでいるのか皆目見当もつかない。


 その後、授業終了まで老人はこの国の貨幣制度やおいしい郷土料理の話をしてくれたが、子どもたちは聞いているのかいないのか、口を開くことはなかった。俺にとっては都合の良いことだが、3人ともすっかりと不信感を抱いたようである。


 異世界初の授業は、実に後味の悪いものとなってしまった。このジジイに教師の才能はない。


 先生の説明がわかりにくいので担当を変えてください。


 まさか保護者から言われて困るセリフを自分が言う羽目になるとは人生わからないものだ。本当ならこんなこと言われないように必死に教員は努力すべき。俺もそうならないように指導準備には時間をかけているからね。


 さて。


 次は基本的に子どもたちの好むところである実技の時間である。俺も学生のころは体育の時間が待ち遠しいと思っているタイプであった。


 今? 最寄りのコンビニに行くのにも車で行きますけど、何か? 運動不足のためか健康診断で脂肪肝判定されてますけど、何か?


 そんな俺のお腹のお肉事情はさておき、いつ魔物が襲ってくるかわからないのが現状だ。自衛のためにも戦闘訓練っぽいものは必要だろう。俺はどうやらパッシブスキルみたいなので必要ないけども、子どもたちには自分が与えられた能力を知り、それを扱う術を会得してもらわなければならない。


 ただその前に、まずは彼らには動物の解体を経験してもらおうと思います。動物の肉を裂く感触に少しでも慣れてもらいたい。いざ魔物と戦って斬り殺した時その感触に震えて動けなくなって別の魔物に殺されるとかは避けたいからね。


 うちの近所の肉好きのおっちゃんも、マタギの親方が獲ってきたイノシシとシカをいっしょに捌いた後はしばらく肉が食えなくなったらしい。捌いているときにシカと目があったらしく、何度か夢にも出てきたらしい。好奇心はネコを殺すのだ。


 一番の狙いは肉を裂く感触を知ってもらって、魔物と戦ってこの世界を救うとか言い出すの避けるためだったんだけどね。老人の語りのおかげで俺の班には必要性が薄れてしまった。


 まあ、地球人初! 異世界青空解体教室での食育授業みたいなていで良いよね。他の2班の先生役の人が賢者と同じことを言っているとも思えないので、残りの6人への牽制を念頭にがんばるとしよう。

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