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始まった異世界生活②

 翌朝、目覚めた俺は我が目を疑った。お約束の知らない天井がどうとかそんな話ではない。


 昨日の夜、俺は1人で寝たはずだ。それは間違いない。だと言うのに、ええと、この状況はどういうこと? どうしてシングルサイズのベッドに大量の妖精がうじゃうじゃ寝てるの? なんなら1人は俺の顔面で横になっているまである。視界にちょろっと腹を掻いている姿がうつっていた。


 頼むから地球の妖精のイメージを汚さないでほしい。下品な妖精とか需要ないと思う。


「全員どいてくれ」


 邪魔すぎるから。お前らのせいで夢見が悪かったんだけど。なんで今さら10年前、高校生だったころに付き合っていた女から振られた夢見なきゃいけないんだ、ふざけんな。

 しかもその元カノが俺をフった理由というか原因はサッカー部のエースかつ校内有数のイケメンに告白されたからなわけで、いや、それで言うと1番ふざけてるのは元カノなんだけどね。まあ、その元カノは現在、会社の先輩講師として働いているわけで。マジ仕事つらい辞めたい。


 妖精どものせいで朝からげんなりする。


「おい、エアリ」


「なにー?」


 俺の側付きの妖精は可愛らしく小首をかしげていた。


「次からはこういうのも止めてくれ」


「? はい、かしこまりー」


 どこで見たのか知らないが、見ごとな地球スタイルの敬礼だった。異世界にも同じのあるのかな?


 まあどうでもいいや。さて、先生2人と昨日の国際会議の内容を共有しなきゃいけないし、生徒たちに伝えなきゃいけないことがそこそこある。


 無事に地球に戻ったときバッシングを食らって職を失って再就職もできないとか笑えないからね。頑張らないと。


 あと、これって残業代とか出るの? なんなら危ない異世界に来て子どもたちを守るわけだから危険手当とかも欲しいレベル。出ないなら日本政府は今すぐ突然異世界に放り出されてしまった社会人の保障を整えるべき。



 ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ざっくりと俺たち講師3人と塾生9人の今後のスケジュールをおさらいしようと思う。タスクマネジメントは社会人には必須なのである。


 まず、塾生にはそれぞれ相性というものがあるので常に12人で行動するのは避けたかった。喧嘩されたら困るからね。そんな訳で先生1人生徒3人でフォーマンセルを組み、3班に分けることになった。


 俺としてはシンプルに男女に分けたかったんだけどね? ほら、俺のところに女子がいたら月一のアレとかのとき対応困るし、ぶっちゃけめんどくさい。この世界にはうちの会社にある生理休暇システムとかないのである。もちろんこんなことは言えないし、いろんな人から反対され、前述の組み分けに決まった次第である。


 そして俺たち先生と塾生の今までの付き合いを考慮し、召喚部屋にいたローブのおじいちゃんが大いに口を出してきて決まった俺の受け持ちの生徒たちが、目の前に並んで座っている3名である。おい、妖精、しれっと並んで座ってまざんな。


 ざっとその3人を確認する。


 1人目。高1男子。サッカー部期待のホープで、次期エースと噂されている。普段は先輩講師が英語を教えていた。異世界召喚モノ基準で言うと、イケメン正統派勇者である。この子なら魔王だったらあっさり倒してしまうにちがいなかった。名前は勇人はやとくん。マジまんますぎてウケる。


 2人目。高1女子。袴姿と胸当てがかっこいいからと言って弓道部に入った娘である。俺が入社した時から担当していてかれこれ5年くらいの付き合いになる。基本的に真面目な子なので風紀委員長タイプである。ちなみにそう言ってからかうとすごく拗ねてめんどくさくなるのでオススメしない。異世界召喚モノ的には、騎士っぽい感じかな。名前は凪ちゃん。


 3人目。中2男子。こういう世紀末な世界で頭角を表しそうな傑物の子である。現代の地球基準で言うとサイコパスぎみ。この異世界に馴染んで地球に帰りたくないとか言いそうですごく不安。普段は同期のショタコンが数学を見ている。あの女教師はこの子がすごくお気に入りらしい。俺から見たこの子は、覇王って感じなんだけど。名前はかいくん。


 テンプレものなら、この3人が主人公の場合なんの苦難もなく世界を救うことになるだろう。そしてその世界で英雄として生き続けいくんだと思う。それはもしかしたら地球に戻ってうだつのあがらないサラリーマンになるよりは、当人たちにとっては幸せなのかもしれない。


 けど、そうなると、地球に帰りたい俺としてはすごく困るわけで。そうならないように全力を尽くす所存です。大丈夫、この子たちなら地球でも上級国民になることも難しくないだろうし、殺伐とした世界で戦いに明け暮れる必要なんてないんだから、地球で得られる幸せで満足できるよ。


「さて」と俺。「それでは歴史の授業を始めます。起立、礼、着席」


 地球に戻ったとき、普通の生活が送れないようになっていたら困るため、子どもたちの1日の流れが学校っぽくなるように俺はお願いした。つまり、45分授業10分休憩のサイクルで動いていくわけである。座学よりも体育的な実技が多くなる予定なので生徒たちもきっと喜んでくれるよね。ははっ。


「ねえ、先生」と凪ちゃん。「質問して良い?」


 それこそ小学生からの付き合いなのでタメ口である。注意しても直らないので諦めた。薬剤師はタメ口の子に敬語を話させる薬を開発しても良いと思う。


「いいよ。なに?」


「その」ちらりと、授業参観風に立ってるローブの人を一瞥して言う。「先生のいつもの意味不明な茶番にはツっこまないけど」


 茶番てなにかな? よくわからないけど起立礼着席のことだろうか。日直が決まってないから代わりに先生が号令をかけたのに誰も反応しなかったし。なんならまた始まったよ、みたいな目で見られていた。


「あの人も授業? に参加するの? なんで?」


 地球人の中に潜り込んだ異世界人が気になるらしい。ちょっとだけイラつきもしているようだ。誘拐犯がしれっとこちらを監視していることにイラッとしているのか、それとも俺のくそ茶番にイラついるのか判断が難しかった。


「歴史の授業の先生役だからいるんだ。むしろ、どうやって俺がこの異世界の歴史の授業するの? 無理だってば」


 そんなの教科書にも参考書にも載ってないからね。なんなら俺も生徒側だし。


「ああ、まあ、よく考えたらそうだよね。先生だし、なんか出来そうな気がしてた、ごめんね」


「ぼくとしては」と魁くん。「こんなことしてる暇があったらさっさと戦いの訓練とかしたほうがいいと思うよ。先生の考えに反対するつもりはないけど」


 こんな時間稼ぎに意味はあるのかとでも言いたげだった。年齢に似合わず、勉強以外は察しのいい子なので俺の考えはある程度想像がつくのだろう。


「俺は、魁くんよりの考えです。この世界の人たちは自分たちではできないことで困っているわけだし、はやくそういった人たちのために動きたいです」


 実に勇者ムーブを見せる勇人くん。今までも、多分これからもそうやって頭で考えるよりもまず行動し、様々な人を魅了していくのだろう。


 俺は動くよりもまずは考える派だった。自分に何ができて他の人は何ができるのか、その上でどうやって人任せにしていくか。その脳内段取りができて初めて動き始めるのが俺である。勇者とは真逆のセコい小市民なのが俺だった。


「んー、2人の意見はもっともだよ。けど、それでも先生はこの授業が必要だと判断したわけで」


「あれ、子どもの考えなんて必要ないって? 先生はそんな人じゃないと思ってたんだけど」


「ちょっと魁くん、先生に対して失礼だよ」


「大丈夫ですよ先輩。別に先生はこれくらいのことは気にしませんし。ね、先生?」


「気にはしないけど、この授業はちゃんと聞いてね」


「わかった」やれやれとでも言いたげな魁くん。「先生がそこまで頑なに話を聞かせたいのはなぜなのかは興味あるしね。勇人先輩もそれでいいですか? この先生がここまで言うのって相当だと思いますよ」


 魁くんの小生意気さも相当だよね、最初から大人しく話を聞いておけばいいのに。彼も異世界に来て少し興奮しているのか、普段よりも口数が多くなっていた。


「ほっほっほ、大変仲がよろしいですな。良いことです」


 とおじいちゃん。45分という尺が気になり始めたのか、するっと話に混じってきた。これで今まで和気あいあいと話していたメンツが急に一言もしゃべらなくなるのが日本の学校では散見されている。なにそれ、辛そう。強く生きてほしい。


「すみません、ぐだぐだと長話をしてしまいまして。これがここだけの話、異世界流緊張ほぐし術になんです。内緒にしててくださいね」


 と謝りたいのか煽りたいのかどっちつかずの俺が言う。もちろんこんな緊張ほぐし術は地球にはない。ないけど、この異世界人にはわからないからそれっぽく言っておけば問題ないだろう。


「でた、先生の意味不明なセリフ。先生は本当のこと言っているときと嘘ついているときとで声のトーン変わらないからたまに騙されるし、やめてほしいんだよね」


 はい、そこ、私語は慎むように。


「いえいえ、これも先生の愛嬌というものなのでしょうな。昔のわしはそれが分からなかったのじゃが、今ではそれがとても懐かしくうれしいと感じてしまうのですぞ」


「は、はあ、そういうものなんですかね?」


 まだ28歳の若造なのでわからないですけど。勝手に昔を懐かしむのはやめてほしいんですけど。異世界人の老人の若かりしき頃の話とか興味ないし。なんなら日本の老人の「むかしはな」から始まる話とかもっと嫌いです。つまり、俺は老人の自分語りが好きくないということである。


「うむ」と老人。


 咳払いをしたのでそろそろ本格的に講義を始めるのだろう。


「まずは改めて謝罪を。わしのーーいや、こちらの世界の都合で君たちをこんなことに巻き込んでしまって本当にすまないと思っておる。ただ、それでもわしには君たちの力が必要だった。世界を守るには、どうしても不可欠だったのじゃ」


 悲痛な声で老人は言う。世界を救うのに異世界人の力が必要とか、世界の成り立ちがそもそもおかしいと俺は思う。


「あの、よろしいですか?」と凪ちゃん。「たぶん他のみんなも聞きたがっていると思うんですけど、本当に私たちにこの世界を守れるんでしょうか?」


 できればこの質問は勇人くんにしてほしかった。


「できる」と老人は断言する。「なんなら君たちしか、この世界を守ることはできないのじゃ。このわしーー“時詠みの賢者”が保証しよう。この世界を滅ぼさないために、君たちが必要なんだ、どうしても」


 浸りすぎて口調が変わってますけど。大丈夫かな、喉つまらせていきなり亡くなるとかないよね?


「お、おほん。失礼した。その未来が視えたから、君たちを、この世界に召喚したわけなのじゃよ」


「と、時詠みの賢者」


 ゴクリと勇人くんは唾を飲む。


 将来、タチの悪い詐欺に合わないように気をつけてほしい。その自己申告ワードだけでいろいろ納得するのは話が早くて助かるけど、この子の将来が心配だった。こういう子が成長して老人になったときオレオレ詐欺に引っかかるんだと思わずにはいられない。


 凪ちゃんはこちらを見る。君は君でなんでもかんでも俺にすぐ聞くのはやめようね。大人になったとき自分で考えて判断できないと困るから。


 いや、でも困ったら相談するのも大事だよね。わからないのに勝手に判断して暴走されるのはもっと困るし。お前のことだぞ、去年辞めた菊川め。問題起こして急にいなくなりやがって。絶対に許さないかんな。


 去年のことを思い出してどんよりな俺。ちなみに魁くんは大人しく話を聞いていた。時詠みの賢者は中2の心をくすぐらなかったようである。


「そこで、君たちにはまず、この世界の成り立ちを知って欲しかったのじゃ」


 ようやく話が本題に入る。


「話は、クソッタレな創世神ーー」


 お、思ったよりも過激な枕詞がついていた。あの、子どもたちの教育に悪いので綺麗な言葉遣いをしてほしんですけど。凪ちゃんはドン引きしていたし、勇人くんも若干困っていた。そりゃそうだよね、“時詠みの賢者”とかいう大層な肩書きのある人がクソッタレとか、しかも創世神相手につかったらビビるよね。


 ただ、この先の話を知っている俺はうんうん頷く他なかった。なにせここの創世神、やっていることが物語の邪神よりもひどい。この世界ほど創世神を憎んでいるところはないだろう。


「ーーリ・アルレリ・ゾロアフィル・タルクがそもそもなぜこの世界を作ったのかから始まるのじゃ」


 リ・アルレリ・ゾロアフィル・タルク。倫理のテストで書かされそうな名前だった。名前噛みそうだし、長すぎて覚えられる気がしなかった。

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