ダンナに浮気されたので実家に出戻りしたら、幼馴染みの女子高生に押し倒された件。
ジョッキを傾けて、残ったビールを一気に飲み干した。
「……ぷっはぁ! これのために生きてるぅ!」
いろいろ……ホントにいろいろあった……こういう時はやっぱ酒に限る!
「維織ちゃん、おやじっぽい……」
冷たい目でツッコミ入れてくれたのはあたしの7つ下の幼馴染み……才川夜空。
涼しげな面立ちに、名前負けしてない深い色の黒髪をセミロングにまとめており、その容姿は硬質の美貌。
そのうえ表情筋がサボタージュでもしてるのか、あんまり顔色が変わらないもんだから、同級生なんかからはかなり恐れられているらしい。
スラリと背が高く、なかなかのモデル体型っていうのもそれを助長しているようだ。
ただあたしからすれば、いったいどこに目をつけてるんだ、ってことになる。
なにせ……。
「よぞらぁ、おかわり」
「全くもう、飲みすぎだよ維織ちゃん……ほんとにもう……」
そう、夜空はあたしの前では口うるさい年下の幼馴染みに過ぎないのだ。
ぶつくさ言いながらも、かいがいしく追加を注いでくれる。
表情は確かに変わりにくいけど、それもよく見ればそのうちわかってくる。この子はこの子なりに感情を表現してるんだ。
ま、世話焼きの妹みたいなもんだ、あたしにとっては。
「維織ちゃんはほんと駄目なんだから」
「いやははは」
辛辣なのも夜空なりの親愛の現れ。親しくない相手にはこれ以上なく丁寧なのだ、この子。ホントに女子高生か? ってぐらいに……。
でも夜空はいい子である、実際。
今だって、おつまみがなくなれば何も言わなくてもすぐ用意してくれるし、なんだかんだ優しいのだこの子。
ホント、なんであたしみたいなのにこんなになついてくれてるのかねぇ。
あたしは夜空とはまったく違う。
中途半端に染めた栗色の短髪(昔ちょっとヤンチャしてたなごり)。
吊り目がちの瞳を始めとした可愛げのない顔。
背は女にしてはかなり高くて、今でも夜空よりは大きい。
性格はガサツで、ちょいと乱暴で。
夜空と並ぶと、まんま『よくできた妹と、だらしない姉』みたいになる……、っていうか昔、両親によくそう言われていた。
んでも夜空はなんでかこんなあたしを慕って、なんだかんだ立ててくれる。
本当になぁ……ただ幼馴染みってだけなんだから、とっくに縁が切れててもおかしくなさそうなもんなんだけど。
ま、ともかく夜空はかわいくてよくできた自慢の妹……のような幼馴染みなんだ。
ほーんと、あの野郎とは大違い……っていけね、忘れようと思ってたんだっけ。
まあそううまくいくはずもないか。
腐っても、元夫婦だ。
「……維織ちゃん、これ以上は流石に」
どことなく心配そうな夜空。
自慢じゃないが、あたしは夜空の感情を読み取ることにかけてはおじさんおばさん……夜空の両親にだって負けてない。
「あ〜ん? いいじゃねえか。……今日ぐらい」
「維織ちゃん……」
「んーな顔すんなって。……今晩はとことん付き合えよ、飲めとは言わねえからさ」
そう、あたしは今日、実家に帰ってきた。
……離婚して。
「……その、旦那さんのことは」
ものすごく言いづらそうな夜空。
「いいよいいよ気にすんな、あんなクソ野郎に騙されたあたしがバカだっただけさ」
あいつに対して思うところはある、けど結局のところあたしの自業自得。
「ま、とりあえずグチでも聞いてくんな」
「それは……うん、もちろん」
こういうことを話せる相手は貴重だ、夜空には悪いけどいろいろ吐き出させてもらおう……。
それから、あたしは夜空にすべて話した。
つってもたいして長くもない。
事実だけ言えば、あたしはダンナに浮気されて、離婚した。それだけだ。
まあでも女子高生に聞かせる話じゃなかったかなぁ……。結婚に幻滅しなきゃいいけど。「私は一生、結婚しない」とか言い出したら、おばさんたちに申し訳が立たんぞ……。
でも夜空は、あたしのグチを黙って聞いてくれた。
「――でさぁ、浮気相手と連絡取ってな? 2人で奴をとっちめてやったわけよ。向こうさんもあいつには愛想つかしたらしくてな。結婚してることを知らなかったんだってよ!」
「……そう、だったんだ」
「で、がっぽり慰謝料ぶんどったんだ。貯金もろくになかったから分割で勘弁してやったけどな!」
夜空はときどき暗い顔になりつつも、あたしの話を最後まで聞き届けてくれた。
……ゴメンなぁ、やっぱ結婚への幻想が崩れちまったかもしんない。
まあともかく、話したらノド渇いたんでまたビールをグイっと。
すると、夜空マイスターのあたしにも読み取れぬ表情をした夜空が……、
「……それで、維織ちゃんはこれからどうするの?」
と尋ねてきた。
「そうだなぁ、とりあえず金はあるし、しばらくは実家でゴロゴロしようかねぇ。……母ちゃんには小言を言われそうだけど」
そう、父ちゃんはわりと気をつかってるのがわかるんだけど、母ちゃんは良くも悪くも遠慮がない。しかし、今はその態度がありがたかったり……。
「でも今すぐ仕事探す気にもなれねーしなぁ」
ま、こんなでも傷心なのだ、あたしも。
今さら愛なんてない、むしろ今となってはなんであんなのと結婚したのか、自分でも理解できないぐらいだ。
けど、仮にも家族だった相手が、そうじゃなくなるっていうのは……。
ガラにもなく物思いにふけっちまった。
酒もなかなかのハイペースで消費していて、ビール瓶がかなりの数、並んでいる。
こんだけ飲むのはひさびさだな……。
あたしは強いほうとはいえ、さすがにだいぶ酔ってきたのを感じる。
と、こちらも何やら考え込んでいたらしい夜空がまた声をかけてきた。
「ねえ、維織ちゃん」
「ん?」
「維織ちゃん、しばらく暇ってことだよね?」
なにげない質問、けどあたしにはわかる。
夜空のこの表情、今まで見たことがないくらい……本気だ!
なぜこんな質問を本気でしているのかはわからない、けどなんかマズそうな気がする……!
頭が全力で警報を発する。なんでか知らないけど、肉食獣にロックオンされた草食動物の気分ってこんななのかな……ってわけのわからないことを思う。
けど、無視するわけにもいかない。
夜空の意図をはかりかねつつ、慎重に答える。
「あー、え〜っと、まあ、ヒマ、かな?」
すると夜空はたたみかけるように、
「てことは、明日も暇だよね?」
と重ねて聞いてきた。
マズいマズいマズい、なんかものすごくマズい気がする!
「ま、まあ、予定は、特にない、かなぁ〜?」
あたしがかろうじてそう返すと。
夜空は。
「じゃあ、少しぐらい夜更かししても……大丈夫だよね?」
と言いながら。
あたしを押し倒してきた。
「え、ちょ、夜空?」
見上げた夜空は……なんか興奮してる? なんでこの状況で?
「維織ちゃん……」
夜空はあたしの足にのしかかり、あたしの腕も押さえこんで、グイッと顔を近づけてきた。
夜空はけっこう体格もよくて、なんちゃってヤンキー(しかも元)のあたしじゃなかなか押し返せない、というか混乱していてそれどころじゃない!
「よ、夜空……なにを……!」
間近の夜空は、フーッ、フーッ、と鼻息が荒い。
そしてなんか目が怖い……!
「私さ……ずっと考えてたの」
「いや、ちょっとまずどいてもらっていい?」
「やっぱりおかしいんじゃないかって。私のわがままに維織ちゃんを付き合わせちゃいけないんだって」
ダメだ聞いてない!?
夜空はあたしを見ていない。この顔をしているところは記憶にないけど、なんかひじょーにヤバそうなことはわかる!
「ちょっと夜空、落ち着いて? ね? ね?」
あたしの必死の説得にも構わず、夜空は独り語りを続ける。
「ずっと……。そう、ずっと。あんな奴なんかよりずっと長く……」
夜空の独白は止まらない。
「それでもね? 維織ちゃんが幸せなら、それで良かった。けどそうじゃない、今の維織ちゃんは誰の物でもない、そうだよね?」
「え……? 夜空、あんたいった」「もしかして別の相手がいたりするの? ねえどうなの?」
早い早い早い、質問が食い気味だよ!
けど、さっきよりさらに近づいてきた夜空の顔は紅潮していて、場違いにもキレイだ、って思ってしまった……。
ちょっと瞳孔開いてて怖くもあるけど!
「い、いやそんな相手いねーよ」
「本当に?」
疑り深いねぇ、まったくもう……。
「夜空ならよぉ~く知ってるだろ、あたしはそんなに器用じゃないって」
そ、けっこう誤解されがちだけど、あたしはそこまで尻軽じゃない。
「夜空にそんなこと言われるなんてなー、お姉ちゃんショックー」
あえておちゃらけてみせた。
とりあえずこの空気感をなんとかしたい……!
が、夜空にはあまり効果がなかったみたいで……。
「………………じゃあ、いい、よね?」
夜空は、今まであたしに見せたことないような真剣な目で。
あたしに、キスをした。
「…………? …………!?」
一瞬、なにをされたのか理解できなかった。
遅れて気づく、唇の感触。
夜空のそれは、今まで触れてきたなによりも柔らかくて。
あたしの思考は真っ白に染まってしまう。
夜空の香りはどことなく甘い。
目を閉じたその表情はいつになく必死で。
あたしはされるがまま――。
「……ぷはっ!」
あ、あやうく息切れするところだった……。
そう考えたところで、息を止めていた自分に気づく。
どれだけ動揺してるんだ、別に処女でもあるまいし……。
そう思いながらも、動悸が止まらない……!
「……ふふ。ついに、維織ちゃんの唇、もらっちゃった」
夜空は自分の唇をペロリと舐め、あたしを見下ろしてくる。
その目はゾクゾクするほど艶っぽい……。
「あ、な、ちょ、なに」
感情が揺さぶられ、言葉が出ない。
でも夜空はそんなあたしに構わずしゃべり続ける。
「ずっと我慢してたの。子供の時はいけないことだと思ってたから。維織ちゃんの結婚が決まってからはもっと駄目だって、自分を抑え込んでたの。でももう、限界」
いけない、これより先は聞いちゃダメだ、脳内のなにかが警鐘を鳴らす。けど今のあたしには夜空を止める手段がなくて……。
「……………………維織ちゃん、好き」
その決定的な一言に。
あたしの脳はブラックアウトした……。
なんとか衝撃から立ち直り、口を開く。
「よ、よぞら、なんで」
「なんでって、好きだからだよ?」
いやでもあたしたちは女同士で……。
「あ、女同士なんていけないことだと思ってる? 大丈夫、愛さえあれば問題ないから」
いや待ってそういう問題じゃ……。
「……じゃあさ、維織ちゃん。……維織ちゃんとあの男の間に愛はあったの?」
「…………!」
不意の質問が胸を射抜く。
そして……。
「どうせ維織ちゃんのことだもの、あの男にもこうして押し倒されて、流されるまま結婚までいっちゃったんじゃないの?」
ギク!
な、なんでそのことを……!
「あ、やっぱり。維織ちゃん、昔から押しに弱いもんね」
さ、さすが幼馴染み……! 完全に見透かされてる!
「もっと早くこうしておけば良かった……。そうすれば、維織ちゃんは私だけの物になったのに……」
な、なんか今、聞き捨てならない発言が……!
「ま、悔やんでも仕方ないか。大事なのはこれから、だもんね?」
そう言うと夜空は、再びあたしの唇を――。
「…………」
……悔しいことに、たった2度のキスで、あたしは息も絶え絶え。
そして、夜空は。
「んふふ、維織ちゃんとのキスはやっぱ最高……!」
ご満悦だった……。
「よ、よぞらぁ……。もう、ここでやめ」
「やめないよ? そんな可愛い顔されて我慢できるわけないじゃん。……約束通り、今晩はとことん付き合ってあげるよ?」
「いやちが……! そういういみじゃムグッ」
あたしはまたまたキスで口を塞がれ、そして。
夜空の手があたしの服を……。
「…………やっちまった」
翌朝。
満足気な顔をした夜空と2人、布団の中。
……お互いに裸。
ゆうべはまあ……そういうことだ。
夜空はなんというか……野獣だった……。
本当に一睡もさせてくれなかったし……。
おじさんおばさん本当にごめんなさい、あたしお宅の娘さんと……。
罪悪感でいっぱいのあたしを尻目に、夜空はご満悦。
「んっふっふ〜」
……これほど嬉しそうな夜空を見るのも初めてだ。
「あにさ、そんなにご機嫌で」
「ん〜? だって、ついに念願叶ったんだもの、それは上機嫌にもなるでしょ」
ね、念願って……!
「よ、夜空……それって」
「だって、私の初恋の人は維織ちゃんだもの」
……はい?
あまりの事態に処理が追い付かない。
「いつから好きだったのか、憶えてないくらい。ひょっとしたら、赤ん坊の頃からかもね」
「へ……?」
「全く維織ちゃんはにぶいんだから……」
「は、はぁ、なんかすみません……」
わけもわからず、とりあえず謝ってみる。
「いいよ別に、分かり切ってたことだし。……これからは遠慮しないけど」
なんかまたヤな予感がする……!
「あ、あの、遠慮しないとは具体的に……?」
「ん? 維織ちゃんの全てを私に染め上げようと思って。……覚悟しておいてね、あんな男のことなんかすぐに忘れさせてあげる」
予想外のセリフが飛び出した……!
「大体、昨日ビールばっか飲んでたでしょ。……炭酸は嫌いなはずなのに」
「う、それは……」
ビールはあいつの好物で……。
その、付き合っているうちになんというか……。
別に今でも好きではないんだけど。
「でもいいの、それはもう維織ちゃんの一部。……けど、私も維織ちゃんに何か影響を与えようと思って。……ああ、拒否権はないから。もう2度と、維織ちゃんを手放してなんかあげない」
「いやでもあたしたち女」
「いいでしょ別に。……それに昨夜、あんなによがって」「わー! わー! それは言わないで!」
いやほんとに……夜空はなかなかねちっこくて……あたしは何度も……。
って思い出してる場合じゃない!
こうしている間にも夜空は……。
「ああ、働きたくないとも言ってたよね。しばらく待っててくれれば、維織ちゃんを専業主婦にしてあげるよ? 永久就職だよ?」
やっぱりすごいとこまで話が飛んでる!
夜空は……夜空は1度決意するとあとは一直線で、なにがあっても止まらない……!
それを誰よりもよく知るあたしは。
「もうどーにでもして……」
諦めて白旗を上げるのだった……。
その後、夜空は持ち前の行動力でガンガンあたしの外堀を埋めまくり、なんだかんだあたしは流されていくことになるんだけど、それはまた別の話……。
お読みいただきありがとうございました。
実は後日談↓も書いていますので、よろしければどうぞ。
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