田中天狼のシリアスな勧誘
「……えー、取りあえず自己紹介も終わった所で、僕たちが君たちに接触した理由を明かそうではないか」
しこたまプールの濁った水を飲んだ矢的先輩が、藻を頭に乗っけたまま、蚊の鳴くような声で話し始めた。
「矢的くん、今日はやめた方がいいんじゃない? 顔が真っ青よ」
「…………」
心配そうに矢的先輩の顔を覗き込む撫子先輩にツッコみたくて仕方がないのだが、必死で口を押さえる。誰だって、命は惜しい。
矢的先輩は撫子先輩を手で制し、咳払いをして口を開いた。
「……今日、君たちに接触したのは、他でもない。勧誘だ」
「……勧誘?」
「な、何の?」
矢的先輩の言葉に首を傾げる俺と春夏秋冬。
「――もちろん、部活だ。オレたち四人で新しい部活を起ち上げるんだ」
「部活――?」
「名付けて――――――――奇名組っ!」
ばっと立ち上がり、力強く拳を突き上げる矢的先輩。
「……き」
「「キメイグミ……?」」
はあ? と、顔を見合わせて首を傾げる俺達。
「そう、奇名組! このオレ、矢的杏途龍、ご……ゴニョゴニョ……撫子、田中天狼、春夏秋冬水! この、奇妙な名を持つ四人が集まり、何かする部活! それが奇名組! どう、面白くない?」
ドヤ顔をキメてみせる矢的先輩。俺は、そんな彼をジトーっとした目で見ながら、挙手する。
「えーと……とりあえず、質問していいですか? 『何かする』って、具体的に何を? スポーツですか? それとも文化系? 『奇名組』って名前だけだとよく分からないんですが?」
「んー? 取り敢えず、未定」
「は――――?」
「まあ、あれだね。部室で世間話をしたり、たまにカラオケでもしてみたり、天気の良い日には河川敷で段ボールに乗って滑ってみたり、無意味に夕日に向かってダッシュしてみたりしながら、何をするか考える部活かな」
「へぇ、何だか面白そうだね。シリウスくん」
「――いやいや! 意味が分からない! ソレただの帰宅部とやってる事変わらなくない? 『奇名組』って名前とすこっしもリンクしてないし!」
俺は、どこぞの小学生探偵よろしく、ビシィッと左手でツッコむ。
「……むう、なかなか的確な指摘だ。シリウス……お主、中々やるな!」
「――もう、意味が分からない!」
暖簾に腕押しの意味をまざまざと理解させられながら、俺は、助けてくれと天に祈る。
――と、矢的先輩の表情が真剣みを帯び、眼鏡をかけ直し、口を開いた。
「――つーか、実は『何をするか』は、あまり関係ない。重要なのは、オレたち――珍しい名前を持つ四人が部活を作る事自体なんだから」
「――? どういう事なんですか?」
首を傾げる春夏秋冬。俺と二人で戸惑いの表情で顔を見合わせる。
そんな俺達の様子を確認した矢的先輩はにやりと笑う。
「――実は、部活の顧問候補の先生が、『部活したいなら、お前クラスの珍名を連れてこい。じゃなきゃ顧問やってやんねーよ』と言い出したから……」
「――失礼しまーす」
立ち上がり、春夏秋冬の腕を掴んで引きずるようにしながら、スタスタと足早に立ち去る 。
「ちょ、だーかーら、待てって!」
「待ちません!」
「分かってる、分かってるって! お前、せっかくのかわい子ちゃんとのスウィ~トタイムを、俺達に邪魔されてご機嫌斜めなんだろ?」
「違ぇ~よ、このパンイチ変態メガネ!」
俺は振り返り、矢的に罵声を浴びせる。先輩? そんなの関係ない!
「結局ただの人数合わせだろが! そんなアホみたいな部活に付き合うか、バーカ!」
「ああ、正真正銘人数合わせだが、それが何か?」
「開き直ってんじゃねーよ!」
「でもさぁ、お前、結局やりたい事もつるみたい友達も無いから部活に入ってないんだろ? シリウス?」
「…………ぐ」
矢的先輩の指摘に思わず言葉を詰まらせてしまう。
その様子を見て、得たりとにやりと微笑って、眼鏡をきざっぽく上げてみせる矢的先輩。もっとも、そのニヒルな笑みは、海パン一丁の姿で全く台無しになっていたが……。
「ぶっちゃけ、オレがお前に声をかけたのは、単に珍しい名前だったからだけじゃあ無い……まあ、珍名の件は丘元先生の出してきた条件だから大前提として、その上で、他にやりたい事があるのか、この高校生活を楽しんでいるのか――そこら辺を事前に詳しくリサーチした結果、『あーコイツやりたい事も楽しい事も無く、惰性で日々過ごしてるんだな~、だったら『奇名組』に勧誘しても問題ないよね~♪』となって、今に至るという訳だ!」
「――か、勝手に決めるなぁ!」
俺は、矢的先輩の言葉に顔色を変えて怒鳴る。……断じて図星だったからではない。
「お――俺だって、ちゃんとやりたい事が……えーと……まだ決まってないけど……そのうち……と、とにかく、アンタのへんてこな趣旨の『部活』なんかには入らない!」
「――そんなに入りたくないの? 後悔しないか、シリウスよ……。楽しいと思うよ〜、多分」
キッパリと断った俺に、真剣な顔つきで念を押してくる矢的先輩。俺は、若干その剣幕に気圧されながらも、もう一度ハッキリと言い切った。
「――――は、はい! 入りません!」
「……ふーん。あっそう〜? じゃ、しょうがない。ならいいや」
「――へ?」
先程とは一転して、あっさりと退いた矢的先輩に拍子抜けして、俺はアホみたいな声を出してしまった。