矢的杏途龍のシリアスなQ.E.D.
「……えと、話を戻します」
収集がつかないので、しょうがなく俺がパンパンと手を叩いて、全員の注意を集める。
「……改めて、生徒会の皆さんです」
「こんばんは、原先生。妙な所でお会いしましたね」
「…………」
行方会長が、爽やかな笑みを浮かべながら挨拶すると、原は目を逸して沈黙した。
「早速ですが、貴女がこんな時間に何をしようとしていたのかを、正直にお伺いしたい」
「…………」
武杉副会長の言葉にも、沈黙を以て答える。
「――あ、因みに、先程奇名部の皆さんとお話していた内容は、副会長のスマホと通話状態にしていた矢的先輩のスマホ経由で、私達も把握していますので悪しからず。……もちろん、録音済みで――」
「……なら、わざわざアタシから聞く事はないでしょ? さっき言った通りよ! 奇名部が写真部から盗んだこのカメラを、手紙を受け取ったアタシが取りに来たの! それだけよ!」
原は、黒木さんの言葉を途中で遮ると、ヒステリックに喚き散らす。
原は血走った目で俺たちを睨み、人差し指を真っ直ぐ伸ばして突きつけた。
「捕まえるのは奇名部よ! 早く捕まえなさい!」
「……アンタ、最初は自分のカメラだって主張してなかったっけか?」
矢的先輩が、呆れた顔でツッコむ。
「……アレは、つい動転して口走ってしまっただけよ!」
「……往生際が悪いっていうのは、この事を言うのよね」
撫子先輩が、ため息混じりに呟く。
……正直、こうまで全ての事に対して開き直られると、こちらの攻め手が無くなってしまう……。状況証拠は十分だが、決定的な物的証拠が無いと、この人を完全に屈服させる事は出来ないだろう。
何か、勝算はあるのか……俺は、矢的先輩を見た。
「……しょうがないなぁ。じゃあ、決定的な証拠をお見せしましょうかね……」
矢的先輩は、頭をぼりぼり掻きながら呟いた。
「じゃあ、原先生、ちょっとそのカメラをお預かりしていいですか?」
「……嫌……アナタなんかに渡す訳ないでしょ! この泥棒が!」
原は、ヒステリックに叫んで、カメラを固く抱き締める。
というか、泥棒って……まさにおまゆう……。
「――でしたら、私にお預け下さい。生徒会の私なら宜しいでしょう?」
行方会長が一歩進み出て、ニコリと微笑んだ。非公認ファンクラブのメンバーが見たら、尊みのあまり卒倒しそうなイケメンスマイルだった……。
「あ……はい……」
「ありがとうございます」
……あれ? さっきとは打って変わって、あっさりと手渡したぞ、原……。顔まで赤らめて……?
「……ひょっとして、原先生も、ファンクラブの会員なのかもね……」
春夏秋冬が、くすくす笑って俺に囁いた。
「ご協力あざーっす、会長。……証拠は、この中のファイルなんですよね〜」
軽い調子でヘラヘラ笑いながら、会長からカメラを受け取ると、矢的先輩は電源を入れようとする――
「む……無駄よ! 電池が切れてるもの! 点かないわよ!」
原の金切り声が部室に響く。
矢的先輩は、右上のダイヤルを回す……が、原の言う通り、液晶画面には「Low Battery」と赤文字が表示されている。
「あー、確かに仰る通りですねぇ……でも」
矢的先輩は、言葉を切ると、上目遣いで原を見た。
「……何で原先生は、このカメラのバッテリーが切れてる事を知ってたんでしょうねぇ……?」
「!…………そ、それは――」
「あー、いいっすいいっす。どうせ何を言っても、口から出任せなんですから。――安心して下さい。こんな事もあろうかと、ってヤツです。――クロちゃん!」
「あ、はい! あれですね! 先程、写真部からお借りしてきた……」
矢的先輩に呼ばれて、嬉々とした様子でポケットをまさぐる黒木さん。……というか、クロちゃん呼び……いいのか、黒木さん?
黒木さんは、ポケットに手を入れたままニッコリと笑って、
「てけててってけー♪ よびばってり〜!」
と大声で言いながら、何かを取り出した。……というか、それはアレか。未来から来たタヌキ型ロボット的なアレのマネか?
「……矢的先輩! ちょっとスベりましたよ! 恥ずかしい……」
黒木さんが、顔を赤くしながら、矢的先輩に取り出した物を渡す。直方体の黒くて小さい物だった。
それを受け取った矢的先輩は、「ご苦労ちゃ〜ん」と声をかけると、カメラの底面の電池ブタを外して、中に入っていたバッテリーと入れ替えた。
再度ダイヤルを回し、レンズを繰り出すと、液晶画面が明るくなる。
「さてさてさーて♪ 再生モードにして……と」
鼻歌交じりにダイヤルを回す矢的先輩。俺たちはその周りに集まって、小さな液晶画面に注目する。
そして、液晶画面に映し出されたのは――
画面を覆い尽くす、肌色!
「は――?」
「キャッ!」
「……ほほう」
それを見た俺たちの反応は様々だった。男子は困惑の表情を浮かべ、女子は目を覆い、行方会長は、興味津々の様子で覗き込んだ……て、あの、会長?
カメラに記録されていた写真は――
何と、豊満な男子が互いに組んず解れず、汗まみれになって絡み合う――淫靡なドアップ写真だったのだ!
「――いや、ただの相撲部のぶつかり稽古の写真だよ!」
……失礼しました。
「そう。これは、ウチの相撲部の練習風景を隠し撮りしたモノなのです!」
「な……何だって? キバ○シーッ!」
一斉に驚愕する俺たち。……つか、キ○ヤシって誰だ?
「そ……それも、このアングルは……。ちょうどこの部室から奥の砂場を映すと、こうなるな……」
武杉副会長が、窓から外を見下ろしながら呟く。
「確かに、ここなら砂場で稽古する相撲部が撮り放題だし、逆に相撲部側からは気付かれにくい……隠し撮りするには絶好の穴場だな……」
「なんとなく見えてきたわね……動機が」
撫子先輩が頷きながら言う。
「犯人は、盗撮目的の為に、望遠レンズの付いたカメラを十亀先輩から盗み、この部室で相撲部を隠し撮りしてから、カメラを天井裏に隠していたのね……」
「そういう事」
撫子先輩の言葉に頷き、矢的先輩が言葉を続ける。
「さて……ここで気になるのは、『誰がこの写真を撮ったのか?』という所です」
「そんなの……誰が撮ったか、分からないじゃないのよッ!」
原は、半狂乱で叫ぶ。でも、確かにこれだけでは、原が相撲部を盗撮していた証拠にはならない……。
「――分かるんだな、これが」
だが、矢的先輩は怯まなかった。ニヤリと嘲笑うと、カメラのボタンを操作し、モードを変える……『動画再生』モードへと。
矢的先輩は、一つの動画を選び、再生ボタンを押した。
――ドアップで映る相撲部部員のふくよかな肢体……それを映す画面が小刻みに揺れる。
『……あら? シャッターが切れない……どうなってるのかしら……?』
突然、撮影者らしき声が入り、画面が激しく動く。そして、撮影者の顔が映り込んだ所で、矢的先輩がストップボタンを押す。
そして、ウインクして、口の端を歪めて、カメラの液晶画面を突きつけた。
「――まだ、言い逃れなされますか? 原先生――?」
「…………」
それを見た原は、無言のまま、力無く崩折れた。
――カメラの液晶画面には、原の顔が高画質で画面いっぱいに映り込んでいた。




