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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編
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奇名部のシリアスな待ち伏せ

 「あ、おっかえりー!」


 人目を忍んで、今回の作戦の為、一時的に借りた211号室(・・・・・)の天文部部室の扉を開けると、中から朗らかな声が俺たちを迎えた。


「ねえねえ、どうだった? 上手くいった?」


 春夏秋冬(ひととせ)は、目を輝かせながら、グイグイ訊いてくる。


「おう! 上々の首尾だぜ!」


 矢的先輩は、ニカッと笑って、サムズアップする。


「良かったねー! でも……あたしも一緒に行きたかったなぁ……」


 にぱっと笑った春夏秋冬(ひととせ)は、そう言うと、少ししょんぼりした。


「……アクアちゃんは素直すぎるから。お芝居とか苦手でしょ?」

「うん……そうなんだけどさ――」

「アクアには、俺たちが職員室で一芝居打ってる(・・・・・・・)間に、部室に誰か来ないか見張る、重要な任務があっただろ?それに――」


 矢的先輩は、表情を引き締めて言った。


「これまでは、タダの準備。本番は――これからだ」

「……決めゼリフで悦に浸るのは結構だが――そろそろ、どういう事なのかを、我々にも教えてほしいんだがな、矢的」


 話の腰を折るように、部室の奥から声が上がる。


「碌な説明も無しに、我々を呼び出して――。君たちと違って、生徒会は多忙なんだ。こんな所で油を売っている暇はないんだがな」


 武杉副会長は、机に広げた書類に忙しくペンを走らせながら、不満そうに言った。……こんな所にまで、生徒会の仕事を持ち込むとは、さすが生徒会副会長。


「まあ……そう言うな、武杉。タネを明かした手品など、見ても面白くないじゃないか」


 天文部の書棚から取り出した図鑑をめくりながら、微笑む行方会長。そんなさりげない仕草も、この人がやると実に絵になる。


「そうですよ。私達は、黙って見ていましょう。矢的さんも、自信満々でいらっしゃいますし……」


 窓際に据えられた天体望遠鏡を覗き込みながら、そう言ったのは黒木さんだ。


「矢的が自信満々なのが一番不安なんだよ……」


 武杉副会長のぼやきには、何ともいえない重みが感じられる……。





 奇名部(俺たち)と生徒会が、天文部の部室に集まってから数時間後――。

 6月の長い日がようやく沈み、窓の外には夜闇が広がりつつある。

 俺たちは、天文部の部室で、灯りも点けずにじっと息を潜めている。侵入者に、俺たちの存在を察知されないようにだ。

 矢的先輩が、持っていたスマホの電源を押して、画面を点けた。俺は、横から覗き込み、ホーム画面の時計を確認する――午後7時12分。


「……そろそろですかね?」

「……多分な。つーか、来るなら早く来てほしいモンだ」


 俺は、小声で矢的先輩に訊いた。A階段の踊り場で、黒木さんと話した時の推理に基づけば、侵入者は、夜闇に乗じての侵入を試みるだろう。ならば、もうそろそろ――。


「――シリウスくん。なんか、思い出すね。あの夜に、アンディ先輩を待ち伏せた時の事」


 俺の左側から、春夏秋冬(ひととせ)の声が聞こえてきた。耳の側近くでの囁き声に、俺の心臓は跳ね上がった。


「あ――う、うん。そ、そうだ……ね」


 俺は、ドギマギしながら答える。――真っ暗闇で良かった。灯りがあったら、俺の顔が真っ赤になっている事が、皆に見られてしまうところだった――。


「ドキドキして、楽しかったですよね!」

「――わ!」


 今度は、右側からの声。


「結局、幽霊や妖怪や怪奇現象に遭遇できなかったのは、残念でしたけど……」

「ルナちゃん、やっぱり期待してたんだ~」

「そりゃ、オカルトマニアとしたら、学校の七不思議系は滾りますよ~」

「七不思議って、他にはどんなのがあるの?」

「お! ソコ掘り下げちゃいますか! 例えばですね~。体育館の男子トイレの――」

「……黒木さん、その話止めて……!」


 黒木さんの声を遮ったのは、撫子先輩の声。心なしか震えている。


「……あ、ごめんなさい……」

「――私としては、続けてもらってもいいんだけどな。撫子にギュッと抱きつかれるなんて、なかなか出来ない役得な経験だし――」

「! あ……彩女さんっ!」


 撫子先輩の仰天した声と共に、激しい衣擦れの音がした。慌てて行方会長から離れた音だろうか……。

 も……もった――


「おー! 真っ暗闇なのが勿体ない……! 会長とナデシコの抱擁シーンなんて、眼福モンだぜ」


 ……矢的、俺の思考を読むな。


「ほ――抱擁! 会長と……な、な、撫子くんの――?」

「はいはーい、そこのムッツリスケベ、想像して鼻血を垂らさないで下さーい」

「だ……誰がムッツリスケベだ! 貴様だって同じだろうが!」

「残念でした~。俺はムッツリスケベじゃなくて、オープンスケベでーす♪」

「開き直るなぁ!」


 憤慨する副会長を、からかう矢的先輩。

 ――と、俺は、肩を叩かれた。


「あ……? ハイ?」

「……その声は――田中だな」


 ――副会長?


「その……つかぬ事を伺いたいのだが……」

「あ……何でしょう?」

「あの……もし持っていたら、ティッシュをお借りしたいのだが……」


 ……垂らしたんかい、鼻血。


 ――その時。


 …………コツ    コツ……コツ……


 俺たちの耳が微かな音を拾った。


「!」


 俺は、部室の扉に耳を当て、扉越しに外の様子を窺おうとする。


 コツ……コツ……コツ……コツ……


 規則正しい音が、廊下に反響している。これは――靴音!


「――来ました!」


 俺は、小声で皆に知らせて、シーッと、人差し指を口に当てた。とはいえ、暗闇の中では、俺の仕草は見えていなかっただろうが、意図するところは伝わったらしく、全員が息を殺してじっと成り行きを見守っている。


 靴音はどんどん大きくなり、そして、高かった音が低くなった。対象が、天文部の部室を通り過ぎたのだ。

 靴音が止まった。そして、微かに扉がレールを走る音が聞こえた。

 俺も、音を立てないよう細心の注意を払いながら、静かに天文学部室の扉を開ける。

 突き当たりを見ると、丁度、引き戸がそろそろと閉まるところだった。


「――入りました」


 俺は、振り返って言う。

 矢的先輩は、小さく頷いたようだった。


「じゃ、行くぞ。――生徒会の皆さんは、さっき言った手筈通りに頼みますよ」

「ああ……でも、気をつけろよ」


 武杉副会長の声に、軽く手を振って、矢的先輩は、猫のような俊敏さで廊下に出た。俺たち奇名部メンバーは、縦に並んで矢的先輩の後に続く。


「……ストップ」


 奇名部の部室の前で、矢的先輩が小声で合図した。俺たちは、扉の前で所定の位置に付き、耳を澄ませた。

 ――中からは、時折、何かを引きずるような音が漏れている。

 俺たちは、暗闇の中で、互いに頷き合った。

 あとは、合図の音を待つだけ――。


 チリン! チリリリリン!


 ――合図が鳴った!

 矢的先輩が引き戸を勢いよく開け放ち、撫子先輩と俺が勢いよく部屋の中へ雪崩れ込み、春夏秋冬(ひととせ)が扉の脇のスイッチを押して、電気を点ける。

 昼間に予め打ち合わせておいた通りの連携プレーだ。

 急に明るくなった部室。視界が真っ白に染まり、目がその明るさに慣れるのに、若干の時間を要した。


「――はてさて。こんな夜に、ウチの部室で何をしてるんすか――?」


 扉を閉めた矢的先輩が、おどけた調子で、闖入者に向けて話しかけた。

 あの日と同じく、フードを深く被った闖入者は、長机の上にパイプ椅子を置き、その上に乗って、天井の点検口から何かを取り出した状態のまま、固まっている。


「――ねえ? 原先生――」


 ――俺たちを睨む原先生の顔は、真っ青だった。

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