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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編
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矢的杏途龍のシリアスな紛失

 「な……失くしただって――?」


 放課後、職員室前の廊下で、丘元先生の素っ頓狂な叫び声が響く。


「しーっ! 声が大きいっすよ、丘ちゃん……!」


 慌てて口を塞ぐ矢的先輩。そして、愛想笑いを浮かべる。


「いやいや。失くしたなんて人聞きの悪い。ちょっと鍵ちゃんがかくれんぼしている最中なだけで……」


 矢的先輩が、ヘラヘラした顔でとぼけた事を言う。――と、背後から、撫子先輩が薄笑みを浮かべながら、彼の肩を叩いた。


「……矢的くん?」

「はっ! いえ! 失くしましたッ! 申し訳ございませン!」


 慌てて背筋を伸ばし、軍隊式敬礼をして報告する矢的先輩。


「おいおい……。新しい鍵渡して何日目だよ……」


 頭を抱える丘元先生。


「まったく……俺の管理不行き届きになっちまうじゃねえかよ……。やっぱり、気安く奇名部(オマエら)の顧問なんて引き受けるんじゃなかった……」

「……で、モノは相談なんですが……」


 苦悩する丘元先生に、顔を近づけて、耳元で囁く。


「……何だよ? つうか、気持ちワリいから離れろ……俺は、男に顔を近付けられて喜ぶシュミは無え」

「あら、そうっすか? じゃ、ナデシコに代わってもらお――」

「矢的くん、内臓破裂ってどの位の痛みなのかしらねぇ?」

「――申し訳ございません!」


 顔を蒼白にして、90度に身体を折って謝罪する矢的先輩。

 その一方で、丘元先生は「……撫子も、そんなに全拒否する事ないだろう……」と、地味にダメージを負っていた。


「……話を戻しますね」


 しょうがないので、俺が口を挟む。

 俺は、声を顰め――かつ、顰めすぎないように(・・・・・・・・・)注意しながら、言葉を継ぐ。


「――丘元先生には、俺たちが鍵を見つけるまでの間、鍵が無くなっている事をナイショにしておいてほしいんですよ……」

「は――?」


 丘元先生は、思わず口をあんぐりと開ける。口の端に咥えた禁煙パイプが、床に落ちた。


「そ――そんな事、ハイ分かりましたと言える訳――」

「いやぁ、それが一番ベターなんですって! 鍵が無くなったって表沙汰になれば、せっかく獲得した部室を取り上げられかねないし、そこまではされなかったとしても、鍵の複製代で5万円なんて出せないし……。それに」


 矢的先輩は、顔を苦々しく歪めて、言葉を続けた。


「――何より、生徒会副会長(スギ)の野郎に紛失の報告をしなければならないのが、イッチャン嫌なんすよ!」

「……最後の理由はともかく――」


 俺は、矢的先輩に続けて口を出す。


「多分、すぐに見つかると思うので、その間だけ、目を瞑っていてほしいんです……」

「すぐに見つかる……って、目星は付いているのか?」

「…………多分」

「何だ、その()ァ!」


 言い淀んで目を逸らした俺に、鋭くツッコむ丘元先生。

 と、今度は、撫子先輩が前に出る。


「……じゃあ、先生は、正直に報告なさるので? また、色々言われてしまいますよ、原先生あたり(・・・・・・)に」

「う――……」


 撫子先輩の言葉に絶句する丘元先生。

 彼女は、穏やかな笑みを浮かべながら、追い打ちにかかる。


「私達に、3日間……いえ、明後日まで時間を下さいませんか? ――よろしくお願いします」


 そう言って、美しい姿勢で、深々と頭を下げる撫子先輩。俺と矢的先輩も、慌てて彼女に倣う。

 丘元先生は、黙って何やら考えて、ボソリと呟くように言った。


「つうかよ……。それって、部室の鍵が開いたまま(・・・・・・・・・・)だって事じゃないのか?――大丈夫なのか? この前の不審者がまた……」

「部室の中には、昼間にだけ居るようにします。万が一侵入されても、盗られて困るモノも無いですし……。おむすび(ネコ)は、ちょうどいい機会なので、健康診断と去勢手術を受けさせます。今夜は動物病院に入院させるので……鍵が開いたままでも大丈夫だと思います」

「まあ、いざとなったら、ウチには最終兵器ナデシコがい――グファッ!」

「――人をロボットアニメみたいに呼ばないでももらえる? 矢的くん」

「ず――ずびばぜん……」

「……まあ、大丈夫か……」

「――あの、先生? どこで大丈夫だと判断されたのかしら?」

「撫子先輩! 先生に掌底は止めてっ!」

「――――何の騒ぎですか!」


 職員室の前で騒ぐ俺たちの後ろから声がかかる。

 俺たちは、職員室の扉に視線を巡らす。

 ――開いた扉の向こう側に、不機嫌そうな中年女性教諭の姿があった。


「――あ、は、原先生……」


 丘元先生が、狼狽える。


「……また、貴方たちですか。矢的……」

「は~い、スミマセーン。反省しまーす」

「…………」


 原先生は無言で、ギロリと矢的先輩を睨み、「フンッ!」と鼻を鳴らしてから、今度は丘元先生に視線を移した。


「……丘元先生。何のお話をされていたんですか?」

「い……いえ。別に――」

「――何か、鍵がどうのという話が耳に入ったんですが」

「……え、ええと……」


 原先生に睨み付けられて、冷や汗をダラダラ流す丘元先生。


「――あ、それは、シリウスのヤツがチャリの鍵を落として困ったな~って話ですよ!」


 矢的先輩が口からでまかせを言い、俺に横目でアイコンタクトを送る。

 ええ……俺、アドリブ苦手なんですけど……。


「あ……あの~――そ、そうなんですよ! ス、スペアも無いんで困っちゃって……でも、ウチは近いから、そこまで困るって訳でも、な、ないかな……?」


 しどろもどろになりながら誤魔化す俺を、細い目でジッと見ていた原先生は、もう一度「フンッ!」と鼻を鳴らしてから、ドスドスと足音を立てて、無言で立ち去っていった。


「「「ふぅ~……」」」


 角を曲がって、原先生の姿が完全に見えなくなってから、俺たちは大きく安堵のため息を吐いた。


「ふぅ~……心臓に悪い」

「見たかよ、あの目……蛇みてえな冷たい目しやがって……」

「……おまえら、ホントに勘弁してくれよ……」


 丘元先生が、額の汗を拭いながらぼやく。


 ――その様子を見ていた俺たち三人は、目を見合わせて、小さく頷く。

 矢的先輩はニヤリとほくそ笑んで言った。


「――細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げをご覧じろ……ってね」

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