矢的杏途龍のシリアスな確信
「いやー。順調順調♪」
写真部の部室を出て、扉を閉めた矢的先輩は、上機嫌だった。
「順調……て何がですか?」
俺は首を傾げながら聞いた。
「もちろん、捜査だよ♪」
「ああ……アレって捜査だったんですか」
合点がいった。そもそも、奇名部で『創部記念に、皆で集合写真を撮ろう』なんて話は出ていなかった。さっき、突然矢的先輩の口からそんな話が出て、内心でビックリしていたのだ。
つまり、記念写真云々は、十亀から「AOS−M10を盗まれた」という証言を引き出す為のブラフだった、という事か……。
「じゃ、部室に侵入した犯人は、十亀……」
「じゃねえよ」
あ、やっぱりそうか。
「十亀先輩が言ってた事は、本当だろう。嘘を付く理由が無いし、第一、お前らが見たフードの不審者は、かなり小柄だったんだろ? 十亀先輩は、確かに大柄ではないけどよ、かといって小柄っつーワケでも無いだろ?」
「……確かに」
十亀の身長は、大体俺と同じくらいだ。あの日見た不審者のそれとは、かなりの差がある――気がする。
「――じゃ、じゃあ、何でわざわざ写真部に行ったんですか? 十亀先輩にカマをかける為じゃ無いとしたら……」
「アレだよ。『白銀号事件』の羊と同じだよ」
「――『白銀号事件』?」
俺は首を傾げた。聞いた事があるような、無いような……。
「あれ? お前、もしかして知らねえの、『白銀号事件』?」
「……知りません」
「おいおい……。お前、ちゃんと読書しろよ~。名作だぜ、白銀号事件」
「そうなんですか……? で、どんな話なんですか?」
矢的先輩の言い草に、カチンときたものの、それを抑えて素直に尋ねる俺に、矢的先輩は舌を出した。
「教えてやんないよーだ。今度図書館ででも、本借りて読んでみな。つーか、推理モノなんだから、事前情報無しで読んでみた方がいいって」
「なんすか、ケチ。まあ、取りあえず、推理モノだって事は分かりました」
図書館で検索システム使って調べれば、出てくるかな……? ……スマホを持ってれば、すぐ分かるのになぁ……。
と、そんな事を話しながら、俺たちは、2階の奥の奇名部部室の前まで来た。
「――――ね」
「――にこれ――!」
すると、部屋の中から、何やら大きな声が聞こえる。女の声――春夏秋冬と撫子先輩?。
――何かあったのか!
慌てて、入り口の引き戸を勢い良く開けて、部屋に飛び込む。
「ど、どうしたの――て、何じゃコリャ!」
入った俺は、部屋の様子に仰天した。
壁際に並べていた棚類は、位置をずらされてバラバラに置かれており、中央に置いてあった長机は、窓際に寄せられていた。
その上にはパイプ椅子が2脚、縦に積み上げられて、その一番上からは、おむすびが生意気そうな顔で俺たちを見下ろし、呑気にアクビをしていた。
――更に、先日キレイに掃除したはずなのに、部室の中は埃まみれの状態に戻り、空中に埃の粒子が飛散していたのだった。
「――あ、シリウスくん! 見てよコレ~! また、不審者が入ってきたのかな……」
「部室の鍵は、しっかり閉まってたんだけど……」
部屋の中に居たのは、やはり春夏秋冬と撫子先輩だった。
ふたりとも、不安そうな顔で、周りを見回している。
「や、矢的先輩! こ、コレは……? まさか、春夏秋冬の言う通り、本当に――」
「あ――っ! ゴメン! それ、オレだわ!」
「「「――は?」」」
朗らかに笑って頭を掻く矢的先輩の言葉に、呆気に取られる俺たち三人。
「いやあ~。さっき、シリウスには言ったけど、午後の授業まるまるサボって、部室で色々漁ってたのよ。で、時間切れになったから、取りあえず本校舎に向かったんだけど……片付け忘れてたよ~」
ヘラヘラとした顔で言う矢的先輩。
「……いや、矢的先輩、アンタ『大掃除だ』って言ってたじゃないですか? これじゃ、寧ろ逆に散らかしてるんじゃないですか! 何をしてたんですか、一体?」
俺は、矢的先輩に尋ねた。
彼は、フフンと鼻を鳴らして、胸を張って言い放つ。
「何――って、さっきと同じ。"捜査"だよ♪」
「捜査? もしかして、この前の侵入事件の?」
「しゃあ、犯人とかもわかっちゃった感じ?」
撫子先輩と春夏秋冬の問いに、彼は大きく頷く。
「まあ、大体目星は付いたぜ。――あとは、どうやって尻尾を掴むか、だけだな」
「ま……マジですか? 捕まえる気ですか、犯人を?」
「モッチロン!」
矢的先輩は、親指を立てて言った。
「皆にも協力してもらうよ。作戦はこうだ――」
「――作戦も結構だけれど」
嬉々として、練り上げた案を披露しようとした矢的先輩に、水を差したのは、撫子先輩だった。
彼女は、ニコリと微笑うと、荒れ果てた部室の机たちを指さした。
「その前に、この部室の大掃除をしましょう、ね」




