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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編
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十亀敦雄のシリアスな完落ち

 「……な、失くしただって……? そ、そんな訳――ないじゃないか!」


 矢的先輩の言葉を一笑に付した十亀だったが、心なしか、その声は震えているような気がする。


「……じゃ、オーバーホールに出した時に受け取った、引換証や控を見せて貰えます?」

「――だから、お前に見せる理由がないって――」

「見せられないんじゃないですか? オーバーホールになんか出してないから」

「出してるって言ってるだろ! しつこいな!」


 十亀は、苛ついて、大声で怒鳴った。

 それを見た矢的先輩は、やれやれと肩を竦める。


「……やれやれ。これでは埒があきませんね。……分かりました。じゃあ、AOS-M10をお借りするのは諦めますよ」


 あれ? あっさり退くの? と、俺は拍子抜けした。矢的先輩に「行くぞ」と声をかけられ、首を傾げながらも踵を返した矢的先輩の後に続く。

 矢的先輩は、ドアに手を掛け、背中を向けたままの十亀に言った。


「――では、失礼します、十亀先輩――。ああ、そう言えば」


 ふと、思い出したかのように、言葉を継ぐ。


「何か武杉副会長(スギ)も、AOS-M10を使いたいとか言ってたので、伝えておきますね。『今のカメラ部にAOS-M10無いらしいから、借りられないぜ。何かすごく怪しい(・・・・・・・・)けれど』――て」


 次の瞬間、PCチェアが倒れる金属音がした。振り向くと、血相を変えた十亀が、こちらに早足で近づいてくるところだった。

 ――な、殴られる! 俺は思わず目を瞑った。


「……それだけは……勘弁してくれ。……正直に話すから――」


 恐る恐る目を開けると、俺を素通りした十亀が矢的先輩の脇に手をつき、腕で覆うように顔を接近させていた。


「……やだ。コレって、いわゆる壁ドン?」


 ……顔を赤らめるな、矢的(アホ)




 「お前の言う通りだよ、矢的……」


 PCチェアに深く腰を掛けて、十亀は口を開いた。俺と矢的先輩は、ソファに腰掛け、彼の話に耳を傾ける。


「あれは――ゴールデンウィーク明けの――5月10日くらいだったと思う……。ボクは、放課後にAOS-M10を持って、テニスコートに向かった」

「何故、テニスコートに?」

「……テニス部の練習する姿が、魅力的だったからね――いや、そういう変な意味じゃないぞ! 彼女たちが、青春真っ盛りという感じで生命力に溢れていて、写真家としてのインスピレーションを刺激されたというか……」


 ……彼女たち(・・・・)――って、思いっきり女テニ狙いじゃねえか。

 あたふたと言い訳する十亀に、俺たちは生暖かい視線を贈ってあげる。

 十亀は、ゴホンと咳払いをすると、話を続ける。


「……で、コートの隣の雑木林から、撮影をしていたんだが――」


 完全に盗撮ですねありがとうございます。


「――急に、腹が痛くなってしまってね……。やむなく、カメラをその場に置いて、校舎のトイレに駆け込んだんだ」


 そう言うと、十亀は頭を抱えた。


「今でも思い出して後悔するよ……何でカメラを持ってトイレに行かなかったのか……ってね」

「じゃあ……その時に……」


 俺の言葉に、十亀は力なく頷く。


「戻ってきたら、カメラバッグは残っていたけど、その上に置いておいたカメラは無くなっていた。カメラに付けていたレンズも一緒にね……」

「あ、バッグは残っていたんすね。じゃあ、充電器とかは――」

「無事だった。充電器だけじゃなくて、予備バッテリーや、バッグに入れてあったマクロレンズとかも手つかずだった……。盗られたのは、AOS-M10本体と、取り付けていた18-300mmのズームレンズだけだよ」

「……警察には届けなかったんですか?」


 俺は、浮かんだ疑問を率直にぶつけた。


「警察には……ちょっとね……色々アレで……」


 十亀は、目を逸らしながら言葉を濁す。


「でも、変ですよね」


 矢的先輩が口を開いた。


「せっかくカメラバッグが横にあるのに、何で犯人は、カメラバッグごと持っていかなかったんですかね?」

「――確かに。その方が持ちやすいし、転売目的の窃盗なら、バッグの中のマクロレンズや充電器も一緒にして売り払った方が、儲けが上がりますよね……」


 俺も、矢的先輩の言葉に同意した。


「犯人の目的は、転売じゃないのかも……」

「――もう、分からないし、どうでもいいよ。犯人が何を考えてようが……」


 十亀は、頭をふるふると力なく振る。

 矢的先輩は、人差し指を立てて、十亀に聞く。


「最後に一つだけ、いいっすか? トイレに行って、戻ってくるまで、何分くらいでしたか?」

「……確か、20分くらいだったと思う」

「いや、長いっすね……」


 矢的先輩が、呆れたように言う。


「いやあ、前日に食った、激辛煉獄ラーメンが効いてきたみたいで、なかなか出られなかった……」


 恥ずかしそうに言う十亀。つか、激辛煉獄ラーメン……名前だけでケツが痛くなる……。


「――大体分かりました! 十亀先輩、ありがとうございます。参考になりました!」


 そう言うと、矢的先輩は立ち上がった。

 ――と、彼の目が、部屋の隅に置いてある、ガラス張りの箱に留まった。

 小さい冷蔵庫ほどの大きさの箱の中には、数台の一眼カメラとレンズが、並べて収められている。


「――それって、ショーケースか何かですか?」

「え? ――ああ、それは防湿庫だよ」

「……防湿庫」

「ああ。一眼カメラのレンズに、湿気は天敵だからな。放っておくと、すぐにカビが生えてしまうからね」

「ああ、よく言いますよね……。ところで、保管って、防湿庫じゃないとダメなんですか?」

「……? いや、それ以外にも、ドライボックスに乾燥剤と一緒に入れたり、とかあるけど……」


 十亀の答えに、大きく頷く矢的先輩。そして、十亀に質問を重ねる。


「もしかして、この質問を、他の人に聞かれた事あります? ――ここ最近で」

「え――? …………そ、そういえば、この前……」


 十亀は、戸惑いながら言った。


「授業中……英語の時に――」

「――なるほど、ね」


 十亀の答えに、矢的先輩はそう呟き、


 ――ニヤリと笑った。

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