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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編
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矢的杏途龍のシリアスな依頼

 写真部の部室は、部室棟の2階、204号室だった。

 俺たち奇名部の部室と同じドアの表面には、朝日が富士山の山頂から頭を出して、放射状に光っている写真が、ポスターサイズに引き伸ばされて貼り付けられていた。


「これって、ダイヤモンド富士ってヤツじゃね?」

「ああ……テレビで良く取り上げられてるアレですね……」


 写真の右下には小さなプレートが貼り付けられており、それには『2月11日 平野湖畔にて撮影 撮影者・十亀敦雄 使用機種・AOS-M10』と記されている。

 まるで、実際に湖畔に立って、富士山を目の前にしているかのような、クリアな風景写真に、俺はドアの前で圧倒されていた。


「すごくいい写真ですね……。十亀先輩の写真の腕って、自慢ばかりじゃ無かったって事ですかね……」

「いや~、そんな事は無えよ。殆どは、撮影したカメラの性能の賜物だろ」


 矢的先輩は、皮肉げに嘲笑って、プレートの『使用機種・AOS-M10』の文字を指さす。


「そのAOS-M10……って、確か……」

「そ。写真部が、去年の文化部対抗リレーで優勝した時に、賞品として獲得したカメラだよ」

「ああ――」


 確かに、以前『去年優勝した写真部は、新しいカメラ一式を導入したらしいわ……確か、クワンオンのAOS―M10とかいう……』――そう撫子先輩が言っていた。

 そう言われれば、確かに超高性能一眼デジカメの画素やズーム性能があれば、これくらいの写真は誰でも撮れそう……というか、十亀のあの性根で、こんなキレイな写真を撮れるはずも無いから、多分矢的先輩の言う通りなんだろう。


「じゃ、行くかね」


 そう言うと、矢的先輩は、ドアを強めにノックした。


「ちわーっ! 十亀センパーイ、あーそーぼっ!」


 そう言いながら、中の応答も聞かずに、勝手に扉を開けて、部屋の中に入る。


「! 何だよ、勝手に入ってくるんじゃないっ!」


 部屋の中には、ローテーブルとソファが置いてあり、ソファから立ち上がった男子生徒が、慌てて矢的先輩を押しとどめようとする。


「おう、中崎。お前んとこの部長はいるか?」

「……何だよ、ヤマトかよ」


 矢的先輩が、近づいてきた男子生徒に、気さくに声をかける。知り合いのようだ。


「……何の用だ? いきなりぶしつけに」

「まあ……ちょっとした野暮用だよ。――十亀先輩は?」

「……居るよ。……ちょっと待っててくれ」


 部屋の奥から声がした。部屋の奥の隅っこでこちらに背中を向けて、PCのマウスを細かく動かす十亀先輩の姿があった。


「――待ってろよ。もう少しでトリミング終わるから……」

「あー、作業しながらでいいですよ。すぐ済みますから」


 矢的先輩が、にこやかに微笑んで言う。


「ちょっとお借りしたいものがありまして、お願いにあがった次第です」

「お願い……オマエが?」


 背中を向けたままの十亀先輩の声が、怪訝そうな響きを含んだ。

 それに気付いたのか気付かないのか、矢的先輩は話を続ける。


「いやー。晴れて、ウチの部は部室をゲットしたじゃないですか? せっかくだから、部員全員で記念写真でも撮ろうかという話になりましてね。――で、どうせならいいカメラで撮りたいじゃあないですか?」

「…………」

「なので、お借りしたいなあと思って。――AOS-M10(・・・・・・・)を」


 カメラの型番を聞いた瞬間、十亀先輩の背中が、ピクッと動いた。


「……AOS-M10(そのカメラ)は無いぞ。――確か、部長がカメラ屋にオーバーホールに出している最中だ」


 矢的先輩の傍らに立っていた、中塚という男子生徒が口を挟んだ。矢的先輩は、中塚……たぶん、先輩――の方を向くと、わざとらしく首を傾げた。


「あれ~? でも、おかしいなぁ。確かに、十亀先輩もこの前そう言ってたけど、それって、もう1ヶ月近くも前だぜ? たかがオーバーホールで、そんなに時間が掛かるモンか?」

「え……。ま、まあ……。箇所によっては……」

「オーバーホールだよ? しかも、発売1年経つか経たないかの最新モデル……」

「おい! ヤマト、お前何が言いたいん――!」

「中塚。――お前は、ちょっと外に出てて」


 言葉を荒げた中塚先輩を遮ったのは、十亀だった。十亀は、作業する手を止めて、PCチェアごとこちら側に向き直った。

 中塚先輩は、十亀の言葉に戸惑った様子で、


「で――ですが、部長――!」

「いいから。後は、ボクがコイツ(矢的)と話するから」

「ど……どうかしたんスか……ぶちょ――」

「いいから出てけって言ってんだろうが!」

「――!」


 顔色(がんしょく)を失った十亀の剣幕に、中塚先輩は青ざめ、「はい……分かりました」と、小さな声で言って、そそくさと外へ出て行った。


「……あーあ。十亀先輩、ダメっすよ。アイツは、顔に似合わず気が小っさいヤツなんですから……。あんな強い調子で怒鳴ったら――」

「そんな事はいい」


 十亀は、矢的先輩の軽口を厳しい口調で遮った。

 彼は、顎に手を当てて、上目遣いに矢的先輩を睨み付けた。


「……何が言いたいんだい、君は?」

「……だから、言ってるじゃないですか。AOS-M10をお借りしたい、って」

「――だから、AOS-M10(あれ)は、今オーバーホールに出していると……」

「だから、何でたかだかオーバーホールでそんなに時間が掛かるんですか? って聞いてるんですよ」

「……知らないよ。業者に聞いてくれ」

「じゃあ、聞いてみます。どちらに修理に出しました? ビックリカメラ? ヒトツバシカメラ? シマダデンキ? それとも――」

「いい加減にしろ! どこに出そうが、どの位時間が掛かろうが、お前には関係無いだろう!」

「ま~た怒鳴る……」


 激高する十亀先輩に、物怖じする事もなく、ニヤニヤと薄笑みを浮かべる矢的先輩。

 十亀は、矢的先輩の態度にたじろぎ、椅子を回して背中を向けた。


「……とにかく、お前にあのカメラは貸せないし貸さない。だから、さっさと帰ってくれ――」

「“貸せないし貸さない”じゃなくて、“貸したくても貸せない(・・・・・・・・・・)”んじゃないんですか?」


 矢的先輩が、一変して鋭い口調で言った。――十亀の背中が、またビクッと動いた。

 ニヤリと笑って、矢的先輩は続けた。


「本当は、失くしたんじゃないんですか? ――AOS-M10(・・・・・・・)を」

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