春夏秋冬水のシリアスな会議
「じゃあ、始めるよ~」
春夏秋冬が、ホワイトボードの前に立って、ニコニコしながら言う。
「第387回! チキチキ! ネコちゃんの名付け会議~♪」
「お~!」
春夏秋冬のかけ声に合わせて、矢的先輩が風船のような部分を押すと鳴るラッパ? をパフパフ鳴らし、撫子先輩がタンバリンをシャンシャン振る。
……何だ、このノリ……?
「こら、シリウスくん!」
「――へ?」
「駄目だよ、ちゃんと参加しないと! ホイッスル吹いてよ~!」
呆然としていたら、春夏秋冬に怒られた。
「……あ、ああ、ゴメン……」
とりあえず謝って、目の前に転がる銀色のホイッスルを手に取る。……つーか、こんなモン、どこから持ってきたし……?
「はいっ! もう一回いくよ~!」
春夏秋冬が、手をパンパンと叩いて、仕切り直しをする。
「第452回! チキチキ! ネコちゃんの名付け会議~!」
パフパフ! シャンシャン! ピ~ッ!
……何だコレ?
――つーか、さっきより開催回数が物凄く増えてるし……。
「……つか、あんだけ苦労してホワイトボード運んできて、何を話し合うのかと思えば――ネコの名前か~い!」
それな。
矢的先輩の言葉に、俺は力強く頷く。
「何よ、大事でしょ、名前!」
「そうよ。これから飼っていくのに、いつまでもネコちゃん呼びじゃ不便よ。名無しじゃネコもかわいそうだし」
女性陣は、矢的先輩の言葉に、強く抗議の声を上げる。
「ね! そう思うでしょ? シリウスくん!」
「……も、もちろん! 名前って大事っすよ! 他ならぬ俺たちが名前をないがしろにしちゃ駄目ですよね!」
――前言撤回。ここは、陰キャ48の達人技のひとつ『長いものには巻かれよ』を発動だ。
「な――何だよ~! 分かってるよ~。別に反対してる訳じゃないって! そんなに青筋立てて怒らんでもええやんねん!」
俺たちから総攻撃を受けてタジタジとなる矢的先輩。
春夏秋冬は、今度はハリセンを取り出し、パーンパーンと机を叩く。
「ハイハーイ、静粛に! じゃあ、異論も無いようなので、会議を進めまーす」
そして、ハリセンで、ニャンニャンホイホイを指し示す。
「今日の議題は、我が奇名部の新メンバーのネコちゃんに名前を付けてあげる事でーす。まず、皆さんからの意見を集めます!」
そう言うと、ハリセンの先を俺に向けた。
「じゃ、まず、シリウスくん! 案をどうぞ~!」
「い――? い、いきなり俺ぇ?」
いや、いきなり振られても……思いつかねえよ!
俺は、目を白黒させながら、ニャンニャンホイホイの中で、丸まって昼寝をしているこのネコの名前に相応しい名前を、何とか捻り出そうと知恵を絞る。
「……えーと……く、クロ……ベエ……く、クロベエ!」
さすがに、『クロ』では芸が無いと思い、後ろに『ベエ』を付けてみた。俺としては、この短時間で頑張ったと思ったのだが……。
「えー……かわいくないよぉ」
「クロベエって……平凡な名前。――まあ、ある意味田中くんらしいけど……」
「ていうか、半分白いのに『クロベエ』って……名は体を表してねえな」
――そこまで言う事ないじゃん!
「じゃあ……クロベエね。――一応候補にはしておくね」
気のない様子で、ホワイトボードに『クロベエ』と書き込む春夏秋冬。――いや、もういいよ、書かなくて……。
「さあ……次は、なでしこ先輩。お願いします!」
「……うーん、そうね――」
撫子先輩は、少し考えた後、パッと顔を輝かせて口を開いた。
「ザクティアヌス!」
オイイイイイイッ! ちょっと待てぇええいッ!
「あ! それいいかも~! 黒いから、黒髪のザクティ様のイメージにピッタリかも~」
「ザクティア……何とかって、アレだろ? シリウスの名前の元ネタマンガに出てきた……ま、いいんじゃね?」
撫子先輩の案にいたく乗り気な二人――や、ヤバい!
「反対ハンタイ、大反対ッ!」
俺は、両手を挙げて、全身で反対の意思を示す。
「え~……何でよぉ。いい名前じゃない、ザクティアヌス。カッコイイじゃない」
「駄目だよ! 他のヤツに名前の由来を聞かれたら……芋づる式に、俺の名前の由来もバレちゃうじゃないの!」
「何だよ、シリウス。お前、まだそんな事言ってんのかよ~」
「俺にとっては重要な事なんです!」
コレばかりは看過できない。確かに以前よりは、自分の名前に抵抗はないけど、やっぱり不特定多数に、自分の名前のあの由来を知られるのは、抵抗がある……。
「まあ、そうね……。シリウスくんの事を考えてなかったわ……。ごめんなさい」
意外にも、撫子先輩が折れた。
「えー……いいと思うんだけどなぁ……じゃ、一応、候補のひとつという事で――」
春夏秋冬は名残惜しそうな顔で、ホワイトボードに『ザクティアヌス』と記入する。ひとまず、最終決定には至らなかった事に、俺はやれやれと胸を撫で下ろした。
「――じゃ、次はアンディ先輩! 張り切ってどーぞ!」
と、春夏秋冬が、矢的先輩を指す。
矢的先輩は、椅子に深く腰掛け、足を組み、低い声で厳かに宣う。
「フフフ……このオレの案で、たちまちこの会議は決しようぞ……! 俺の案は――」
矢的先輩は、そう言って、ニヤリとほくそ笑む。
ゴクリ……と、固唾を飲む俺たち。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「…………」
「…………いや、さっさと喋れえっ!」
春夏秋冬が、手にしたハリセンで、矢的先輩の頭をフルスイングした。
パ――ン! と清々しい音を立ててハリセンがジャストミートした。
「おぶぅッ!」
吹っ飛ぶ矢的先輩。
「あ……ゴメン、アンディ先輩。つい……。――でも、ツッコミって……ちょっとカ・イ・カ・ン……かも」
少し、恍惚の表情を浮かべる春夏秋冬……。
「……アクアちゃんが変な性癖に目覚めちゃったら、アナタのせいよ、矢的くん……」
撫子先輩が、テーブルにおでこを強打してノビている矢的先輩に囁いていた。
その後も、ネコの名前案を、俺たち3人で出し合った。
だが、出てくる案は、『セバスちゃん』『パトカー』『デスサイズ』『シュピーゲル』『ザニンジャ』などなど……。どれも中途半端で、決定的な名前は出てこない。というか、疲れてきていて、適当な名前しか、俺たちの脳には浮かばなくなっていた……。
「うーん、困ったよう。名前が決まらないよ〜」
頭を抱える春夏秋冬。
「……て、そういえばさ」
俺は、ふと気づいて、春夏秋冬にそれをぶつけてみた。
「春夏秋冬には、無いの? 名前の案……」
「――え? あたし?」
目を丸くする春夏秋冬。と、顔を赤くして、ブンブンと手を横に振る。
「い、いやあ、いいよ! あたしの案なんて……それに、あたしはこの会議の議長だからさ! そ、その……ちゅーりつをたもたなきゃいけないし……」
「あら、全然構わないわよ。アイデアがあるなら言ってみて?」
「そうそう! よくよく考えたら、お前一人だけラクしてるんじゃねえか! オレらはもう頭ん中はスッカラカン…だから、今度はお前が考える番だぞ!」
「え――でもぉ……」
躊躇する春夏秋冬に、
「いいから、遠慮なく言ってみてよ。春夏秋冬の案で、俺たちの頭に新しいアイデアが浮かぶかもしれないしさ」
俺はそう言って背中を押してやる。
「そ……そう?」
おずおずと言う春夏秋冬に、俺たちは力強く頷いてみせる。
「わ――分かった! じゃ、あたしが考えた名前を言うね! ……笑われるかもしれないケド!」
そう言って、春夏秋冬は目を閉じて、
「…………おむすび……」
と、小さく言った。俺たち三人は、その言葉に、思わず顔を見合わせる。
「――おむすび……」
「え……えーとね! このコ、背中が黒くて、お腹が白いじゃん。丸まって寝てると、海苔を巻いたおむすびみたいだな〜って。……だから、おむすび……。て――ダメ、だよねぇ、やっぱり……」
「「「いや、いいじゃん、ソレ!」」」
俺たち三人の声がキレイにハモった。
「可愛らしい名前じゃない。私は好きよ!」
「何か、間抜けそうな所が、コイツに合ってると思うよ!」
「変な名前だけど、奇名部のメンバーとしては、逆に相応しいな!」
――と、言う訳で。
一時間半に渡って紛糾した、『第452回ネコの名付け会議』は、「おむすび」という、議長の鶴の一声によって、無事に全会一致をみたのであった――!
ネコの名前候補に出てきた『デスサイズ』『シュピーゲル』…はい、完全に作者の趣味です。
ちなみに、一番最初に飼った、ウチのネコの名付けもソレ系統だったりします(笑)




