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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編
60/73

撫子先輩のシリアスな回想

 ……気まずい。

 撫子先輩と二人っきりの部室。まるで、鉛でも含んでいるかの様に空気が重い……。

 彼女は、相変わらず、ドアの前に陣取って、黙々と膝の上のノートに数式を書き込んでいる。

 俺は、パイプ椅子に腰掛けて、ボーッと窓の外を見ている……。

 ……………………

 …………息が詰まる。

 考えてみれば、俺と撫子先輩が二人っきりでいるのは、コレが初めてでは無いだろうか。

 ……もう、限界だ――。


「……あ、あの……撫子先輩?」


 沈黙に堪えきれず、俺は撫子先輩に話しかけた。


「――何、田中くん?」


 ノートから目を上げる事も無く、素っ気なく撫子先輩が答える。


「……あ――あの、その……いい天気ですね」

「――ええ、そうね。日の射さない曇り空を、いい天気(・・・・)と言うのなら、だけど」

「……」


 俺は、窓越しに空を見上げる。嗚呼……なんて青空一つ無い曇り空なのでしょう……。


「……お、遅いですね。ふたり……」

「――そうね、体育倉庫って言ってたから、まだ時間がかかるんじゃないかしら?」

「あ……そうっすね……」


 再び沈黙……。

 ……だ、誰かぁ~! 酸素を! 俺に酸素と、盛り上がる話題を下さい~ッ!


「……な、撫子先輩と矢的先輩って……、い、いつ頃からのお知り合いなんです……か?」


 そう、苦し紛れに思わず口にした瞬間、とてつもない後悔が俺を襲う。踏み込みすぎた質問じゃあないのか、コレは――?

 せめて、撫子先輩の耳に届いてませんように……、


「――私と、矢的くん?」


 俺の願いも空しく、撫子先輩がノートに落としていた視線を上げて、俺の顔を見る。 

 あー! 聞こえてたよ……。

 俺は、心の中で嘆いたが、しょうがない。この話題を膨らませていこう……虎の尾を踏まないように注意しながら――。


「い……いや、ちょっと気になっただけなんですけど……。少なくとも、小学校の頃からのお知り合いですよね? 矢的先輩と……武杉副会長も?」

「そう。矢的くんとは、小学3年生の時に一緒のクラスになってからの付き合いね……。武杉くんとは幼稚園の頃からの……いわゆる幼馴染ね」

「あ、副会長との方が長いんですね……」


 それは意外だった。


「……何か、副会長とより、矢的先輩との方が、親しげな感じですけど……」

「知り合いでいる期間と親密度は、必ずしも比例する訳じゃないのよ。――そうね、私が矢的くんに、より親しみを感じているのは……」


 撫子先輩は、そう言うと、遠い目をした。


「矢的くんに――私は助けられたから」

「――助けられた? 矢的先輩に?」


 目を丸くする俺に、撫子先輩は優しい顔で微笑んだ。


「――私は、小学校の低学年の頃は、いじめられっ子だったの」

「え――? 撫子先輩が……いじめられっ子?」


 信じられない……。撫子先輩をいじめる事が出来るなんて……その小学生、世紀末覇者か何かですか?


「何よ、その顔――。小学校低学年()の頃は、まだ天真鬼倒流柔術も習っていなかったから、力も弱くて……」


 撫子先輩は、哀しげな顔でフゥと息を吐いた。彼女にとっては、あまり思い出したくない時代なのだろう。


「私は、入学してからすぐにいじめられるようになったわ。……どんな理由(・・)かは、貴方なら(・・・・)解るわよね?」


 俺は、無言で頷く。


「武杉くんが、気付いたら庇ってくれてたんだけど、ずっとついていてくれる訳でも無いから、目の届かない時にやられたりして――私は、校舎の裏とか、トイレとかに逃げ込んで、毎日泣いていたわ」


 その時の気持ち……俺には分かる。名前なんて、自分ではどうしようも無いモノが原因で不当に虐げられて……。


「三年生に上がって、クラスが変われば、状況が良くなるかと思ったけど、そんな事は無くて……。いつものように泣いていたら、声をかけてくれたのが……矢的くん」


 そう言って、撫子先輩は、微笑んだ。その笑みは、その時の事を思い出したのだろう――、これまで見た、どの撫子先輩の笑みよりも輝いていた。


「矢的くんは言ってくれたの。『お前は悪くない。名前も悪くない。悪いのは――』」

「『お前の友達運だ』――ですよね」


 俺は、撫子先輩の言葉を遮って言った。合っている確信があったから――。


「――そう。よく分かったわね」

「俺も、つい最近、誰かさんに言われましたから」


 俺と撫子先輩は、顔を見合わせて笑った。


「何だよ……あの説教、使い回しだったんですか」

「……でも、心に、染みたでしょう? 小学三年生(あの時)の私みたいに」


 撫子先輩の言葉に、照れながら俺は頷いた。


「それからね……。私は天真鬼倒流柔術の門を叩いて、心を鍛えようとして……。学校でも、矢的くんが隣にいて、自分がからかわれるのも構わず、私を守ってくれたから、目立ったいじめは少なくなったわ。――あの人がいなかったら、今の私は居なかったと思う」


 撫子先輩は、目を伏せた。――その頬は心なしか紅い。


「私にとって、矢的くんは……恩人なの。出来れば、これからずっと――」


 と、言いかけたところで、撫子先輩は、目をクワッと開いて、口を押さえた。

 「危ない……」と小さく呟くと、ギョロリと、俺を見る。


「……忘れて、今の」

「……忘れるって……何を、ですか?」


 撫子先輩の突然の豹変に、狼狽えるばかりの俺。――あれ? こんな展開、前にも……?


「――いいから! 忘れて! ……忘れないというなら、力づくで記憶を……」


 そう呟きながら、撫子先輩は、ユラリと椅子から立ち上がる。

 ――ヤバいヤバいヤバい! 何だかよく分からないが、命の危険を感じる殺気を感じる――!


「ちょ、ちょっと待って……忘れるってホントに、何を――!」

「おーまたせ~!」


 俺の絶体絶命の窮地を救ったのは、ドアから飛びだしてきたホワイトボードだった。


「ホワイトボード、持ってきたよ~!」


 元気いっぱいの春夏秋冬(ひととせ)の声……マジで天使の福音(エンジェルボイス)


「ゼエ……ゼエ……。ホワイトボード担いで、階段を昇るとか、マジ無理ゲー……。って、ど、どうしたの、ナデシコ? 怖い顔して……」

「……何でもないわ、矢的くん。ただ、田中くんとお話ししてただけ」


 汗びっしょりの顔で聞いてくる矢的先輩に、微笑みを向けながら、撫子先輩は、俺にだけ聞こえるトーンで囁いた。


『……さっきの話は、忘れてね……お願い』

『……ら、ラジャーっす……』


 背中が冷や汗でぐっしょりと濡れるのを感じながら、俺は親指を立てて撫子先輩に応えた。


 ――何の話を『忘れろ』と言われているのかは、全く判らなかったが。

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