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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編
59/73

田中天狼のシリアスな暇潰し

 結局、生徒会と協議した結果、「取り敢えず保留」という事になった。……というか、生徒会側は当面の部室閉鎖を薦めてきたのだが、矢的先輩がその提案を頑として拒否し、最終的には、生徒会も俺たちもそれに押し切られた感じだった。

 心配顔で、行方会長と武杉副会長が去った後、俺は椅子に座ってボーッとしていた。

 何せ、活動方針未定の我が奇名部。基本的にやるべき事が無いのだ……。その事に今更気づき、俺は愕然とし、途方に暮れた。

 だが、待て。まだ慌てる時間じゃない。

 俺は、周りを見回す。

 ――春夏秋冬(ひととせ)は、猫じゃらしをブンブン振って、楽しそうにネコと戯れている。

 撫子先輩は……何故かテーブルから離れた入り口のすぐ近くで、パイプ椅子に掛けながら、膝の上でノートを開いて、宿題をしている様だ。


「……何でそんな所で? テーブルの方が……」

「……放っといて」

「……え? でも……」

「…………アレ(・・)が出たら直ぐに部屋から逃げ……出られる様に……だから、放っておいて(・・・・・・)……」

「……了解しました」


 撫子先輩の声色に、剣呑なモノを察した俺は、すぐさま戦略的撤退に移る。……君子危うきに近寄らず、だ。


 ――矢的先輩は? と、視線を映すと、彼は長テーブルの上にだらしなく足を乗せて、山積みにした茶色いカバーのマンガ本を読んでいた。


「何、学校にこんな大量のマンガを持ち込んでるんですか……」


 俺は呆れながら言った言葉に、矢的先輩は、マンガに落としていた視線を上げて、抗弁した。


「……違う。俺は、今回の事件(・・)参考資料(・・・・)を読んでいるだけだぞ」

参考資料(・・・・)って、アンタ……『ショーテン』が、何の参考になるって言うんですか……」


 俺は、呆れながら言った。

 矢的先輩が開いているマンガは、

『名探偵の俺が遊園地で敵に毒殺されたら、巻き込まれ属性持ちの小学生に転生した件』

という、やたら長ったらしいタイトルの推理マンガだった。長ったらしすぎて、世間ではもっぱら『ショーテン』と略されている。

 テレビアニメ化もされており、毎週土曜日夕方の団欒の場に、情念と怨念に満ちた、凄惨な殺人エピソードを提供し続けている……。


「いや、色々参考になるんだぞ、『ショーテン』。『青酸カリは舐めると分かる』とか、『1万円札でタバコを買う奴は犯人』とか、『モーニングセットがあるのに、単品で頼む奴は怪しい』とか……」

「いや、青酸カリもタバコもモーニングセットも、今回の事件に全然関係無いっすよね!」

「……うるさいなぁ。首筋に毒針打ち込むぞ、コラ」

「…………」


 毒針を打ち込まれてはたまらないので、それ以上矢的先輩に構う事は止めた。


(……さて、俺はどうしようかな……)


 ……こういう時、俺の長年の陰キャ経験が役に立つ。ぼっちと悟られないさり気ない時間潰しには自信がある。

 一番基本なのは、『絶技・狸寝入り』だが、硬いテーブルとパイプ椅子では、身体を痛めるリスクがある。

 ならば……と、俺はしゃがみ込み、パイプ椅子をガタガタと揺すってみる。

 ――予想通り、一つガタツキの酷い椅子があった。俺は、ニヤリと微笑(わら)い、わざとらしい声を上げる。


「あれ〜。この椅子、ガタつき酷いなぁ〜。ちょっと直してみようかな〜?」


 そう、周りに聴こえるボリュームで呟きながら、パイプ椅子を、尤もらしくいじくり回し始める。

 もちろん、本気で椅子のガタつきを直そうとは思わない。というか、パイプ椅子の構造自体もよく分からない。

 あくまで、モノを直すフリをして時間を経過させる――これぞ選ばれし陰キャの奥義『昇技・欺瞞の勤労(レイバー・フェイク)』なのだ!


 ……………………10分経過。


「あ……あれ〜、おかしいな〜……なかなか上手くいかないぞ〜……」


 相変わらずパイプ椅子の修理に格闘する(フリの)俺だったが、早くもいじくり回すネタが尽きてきた。……そもそも、パイプ椅子なんて単純な代物、直すにしろ直せないにしても、すぐにハッキリ判るものなのだ。

 ……つまり、碌な時間稼ぎにならない……。

 「『欺瞞の勤労(レイバー・フェイク)』は、構造が複雑なものを前にしてのみ有効」――俺は、その奥義の発動条件を失念していたのだ……!

 な、何という事だ……。


「あ! みんな! あたし、大事な事に気付いたよ!」


 その時、苦境の俺を救うかの様な女神の福音が、部室の静寂を破った――!

 三人の視線が、春夏秋冬(ひととせ)に集まる。

 春夏秋冬(ひととせ)は、頬を上気させながら、興奮した口調で言った。


「みんな! あたし達、肝心な事をまだ決めてない!」

「肝心な……事?」


 春夏秋冬(ひととせ)の言葉に、俺たちは首を傾げる。


「そう! だから、これから緊急会議を始めます! ……て、アレ? そういえば、ホワイトボード無かったっけ?」


 春夏秋冬(ひととせ)は、そう言いながら、キョロキョロと室内を見回した。


「あ、ホワイトボードは、この前に体育倉庫の方に持っていったはず……」

「え〜っ! 会議するのにホワイトボードが無いと、カッコがつかないよ〜!」


 春夏秋冬(ひととせ)は頭を抱え、それから、決然とした顔で立ち上がった。


「取ってくる! アンディ先輩、行くよ!」

「え――? なんでオレ? シリウスが居るじゃんかよ……!」

「シリウスくんは、今イスを修理してるじゃん! アンディ先輩はマンガ読んで、ヒマしてるじゃん!」

「えー、めんどくさい……」

「ブツブツ言わないのー! 行くよっ!」


 そう言って、春夏秋冬(ひととせ)は、矢的先輩の腕を引っ張って、強引に連れ出していった。


「あ……お、俺も行くよ!」


 俺も、パイプ椅子を放り出して、後を追おうとするが……、


「田中くんは、行かないで」


 入り口の前で、撫子先輩が立ち塞がった。


「え……でも、力仕事だし……男手が――」

「行・か・な・い・で」


 俺の言葉を、一音区切りの「行かないで」で、有無を言わせず遮った撫子先輩は、ニッコリと、凄みのある(・・・・・)微笑みを浮かべた。


「私を一人にしないで」

「……あ、あの……」

「私をこの部屋でひとりにさせたら……赦さない(・・・・)


 その瞬間、俺は、死神の鎌が自分の首筋に当てられている錯覚を……いや、錯覚では無い。

 自分が生死の狭間にいる事を確信した。


「……わ、分かりました」


 ――いのちをだいじに。

 俺のコマンドウインドウには、そのめいれいしか無かった……。

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