田中天狼のシリアスな鈍感
「……こ、これは確かに……」
放課後、奇名部の部室の前で、鍵穴の状態を目視確認した武杉副会長は、唸りながら顔を上げた。
「ほらな。俺らが言った通りだろ?」
矢的先輩が、ドヤ顔で胸を張る――いや、偉そうに胸を張る意味が、全く分からないんですけど……。
「――これは、由々しき事態だと言うべきだろうな……」
副会長に続いて、鍵穴を確認した行方会長も、難しい顔になる。
「……どうする? 安全を確認できるまで、部室を閉鎖した方がいいかな?」
「いやいやいや! それには及ばない!」
慌てて首を振る矢的先輩。
「ほ、ほら! 中にはネコも居るんだし! 部室を閉鎖なんかしちゃったら、餓死しちゃいますよ!」
「……だけどなぁ……」
武杉副会長は、煮えきらない顔で頭を掻く。まあ、当然の事だろう。万が一でも生徒に危害が及べば、生徒会の責任問題に発展する。リスクを負いたくないのは当たり前だ。
「いや、多分大丈夫ですよ」
しょうがないので、助け舟を出す事にする。
「何でそう言い切れるんだい? 田中君」
「……前回も今回も、不審者は、他に人が居ないタイミングを狙って室内に入ろうとしています。前回は、たまたま俺たちが室内に居たのに気付かないで入ってきましたが……。犯人が俺たちを傷付けようという意思は無いんだと思いますね――それに」
俺は、キズの付いた鍵穴を指さす。
「犯人は、交換した後の鍵は持ってない様ですから……部屋の出入りの時だけに気を付けていれば、そんなに恐れる事は無いと思います」
「うん、そこら辺の推理は、さっき瑠奈君からも聞いたよ」
「……そういえば、ルナちゃんはどうしたんですか?」
と、春夏秋冬が尋ねた。この場に黒木さんの姿は無い――俺もソレは気になっていた事だ。
「ああ……黒木君は、『仕事がありますから』と言って、来なかった。……そんなに急ぎの仕事がある訳でも無いんだけどな……?」
「――いつも、こういう、謎やオカルトが絡む様な案件には、自分から首を突っ込んでくるのだが……今回は珍しい……どうしたのだろうか?」
副会長と会長は首を傾げる。
「……田中君。貴方が黒木さんに報告した時に、何かあったのかしら?」
「え……? 何かあったか……ですか?」
まあ……、あった。
「何故か分からないんですけど……ビンタされました」
「はあ?」
俺の言葉に、この場にいる全員が驚いた顔を向けた。
「な……何で? 何でビンタされたんだ?」
「た……田中! 貴様、ウチの書記に、何か不埒な事をしようとしたのではないのか?」
「いや、してませんし!」
噛み付かんばかりの、武杉副会長の迫力に辟易しながら、俺は必死に否定した。
「何で、って、ソレは俺が一番知りたいんで! ……教室でこんな物騒な話をするのもアレだなぁと思って、踊り場に来てもらって、そこで話をしただけなんですけど……そうしたら、最後に『紛らわしい事しないで下さい!』って、パーン……と」
「……え、それだけなの? シリウスくん?」
「……確かに、良く分からんな……」
「いや、単にお前の顔面が不快だっただけなんじゃねえの、シリウス?」
と、春夏秋冬と行方会長と矢的先輩は、俺と同様に首を傾げるだけだった……
……って、オイ矢的、誰の顔面が不快じゃ!
――しかし、
撫子先輩と武杉副会長は、明らかに何かを察した様な表情になった。
ふたりは、俺に非難がましい目を向けた。
「おい、田中……。それはイカンだろう……」
「田中くん……貴方、控え目に言って最低よ……」
「え、ええっ?」
ゴミを見るような目で言われて、ショックを受ける俺。
「そ、そこまで言われる様な事……俺、黒木さんにしたんですか……?」
「うわあ……無自覚かよ……黒木君……不憫な」
「……本当に分かってないの……田中くん?」
「いや、分からないから困ってるんですって! 武杉先輩、撫子先輩! 分かるなら、教えて下さいよ!」
藁にも縋る思いで、二人に懇願するが……、
「……いや、コレばっかりは、他人に教えてもらう物ではないので……ね」
「貴方が自分で気付かないと意味が無い事よ……それが青春……」
意味が分からん!
「――あの、俺も良く分かってないんですけど、良ければ俺にだけでも教えてくれません?」
矢的先輩達が、ウズウズしながら、撫子先輩に聞いてきた。
撫子先輩のゴミを見るような目が、更に厳しさを増し、まるで、床にへばり付いて取れなくなったガムを見るような目になった……。
「矢的くん……」
「は、はいっ!」
「他人のプライベートかつデリケートな事に、無闇矢鱈に首を突っ込まないの……分かるわよね?」
「……! い……イエス・ユア・ハイネス!」
覿面に怯えた顔で最敬礼する矢的先輩。春夏秋冬と行方会長も、撫子先輩の迫力に気圧されて、口を噤ぐのだった――。
 




