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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編
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田中天狼のシリアスな報告

 俺は、焦れていた。

 俺はずっと、廊下側の前から三番目の席を見ていた。その席に座る、長い三つ編みの頭が、時折動く。

 黒木さんからは、窓側の後ろから二番目の席に座る俺が、彼女を見ている事は気付かれない。


(これじゃまるで、俺が黒木さんの事を意識してるみたいじゃないか……)


 いや、意識しているのは確かだ。彼女に伝えなければならない事がある。――朝に発見した、部室の鍵穴の新しい傷……。

 それを、生徒会書記である黒木さんに、報告しなければならない任務を背負った俺は、何とかチャンスを窺っていたのだが、なかなか好機が訪れないまま、授業が始まってしまった……。


「……はぁ……」


 自然と溜息が出てしまう。……もう、面倒臭い。基本コミュ障の俺が、クラスの女子に自分から話し掛けなきゃならないって、どんな罰ゲームだよ……。

 しかも、どこに出しても恥ずかしいレベルの陰キャの俺なんかが、黒木さんに話しかける所を、他のクラスメイトにでも見られた日には、黒木さんにも迷惑が掛かってしまうのでは……。そう考えてしまうと、どうしても二の足を踏んでしまう……。


「じゃ、この問題は……田中! アナタが答えて頂戴!」

「――へ? お、俺?」


 いきなり先生に当てられて、俺は狼狽えた。しまった……全然聞いてなかった……。

 しかも、今は英語の授業……よりによってヒスハラ……もとい、原先生の授業だった……。


「すみません……聞いてませんでした」


 俺は立ち上がって、頭を下げる。


「聞いてなかった、とは? アナタは、学校に何をしに来ているのかしら? あの矢的と一緒に、フザケた部活作って遊び回るのが目的なのかしら!」

「……いえ、勉強をしに……来てます」


 きたよ、ヒステリー……。俺は内心イライラしながら、もう一度頭を下げた。


「あら、そう? じゃあ、何で勉強しに来てるのに、大切な授業を聞いていないのかしらねぇ?」

「…………」


 まだ、引っ張るのか……。しつこいな……。


「……もういいわ。授業を聞きたいなら、キチンと座って、集中してなさい! ……全く、名前と同じでフザケた態度ね!」

「……っ!」


 フザケてるのはお前だ! 名前は関係無いだろがっ! 俺は、ギロリと、教卓の上の原先生を睨んだが、彼女は既に黒板の方に向き直り、必要以上に大きな音を立てながら、新しい例文を書き始めていた。

 俺は、怒りのやり場に困り、机をガンと拳で叩いてから、着席する。

 周りの視線が俺に集中して鬱陶しい……。

 俺は大きく舌打ちすると、ノートを開いた。




 「おう、田中。……さっきは災難だったな」


 英語の授業が終わって、原先生が教室から去った後、教科書を仕舞っている俺に、突然声が掛けられた。

 目を上げると、斜め前の席の西藤(さいとう)が、哀れむような顔で立っていた。


「……あ、ああ……うん」


 滅多に話しかけられる事も無い俺は、陰キャ丸出しのリアクションで、対応してしまう。


「なーんか、最近、ヒスハラのヒスっぷりが酷くなってる気がするよなぁ……」


 西藤は、辟易した様子で言う。


「一昨日もさあ、オレが廊下をちょっと走っただけで、ブチ切れ金剛状態よ。30分くらい、延々と罵倒され続けたわ……」

「……そ、それも酷いな……」

「だろ〜! 酷えよなぁ!」


 西藤は、うんざりした顔で言う。


「でも、何だろうな、ヒスハラの奴……。4月の頃は、あんなにヒスヒスヒスヒスしてなかったと思ったけどな……」

「……何か嫌な事でもあったんじゃないの?」

「か〜ッ! まだまだだなぁ、田中よ!」


 西藤は、大袈裟に肩を竦めてみせた……何かコイツ、どことなく矢的先輩と同じモノを感じる。

 西藤は、俺の耳に顔を寄せて囁いてくる。


「……そういう時はよぉ〜、顔をイヤらし気に赤らめながら、『アノ(・・)――」

「あ……あの、田中さん――?」

「ファッ!」


 背中越しに、女子からいきなり声を掛けられた西藤は、ビックリ仰天して、机に蹴躓いた。


「あ……ごめんなさい、西藤さん!」

「く……黒木さん」


 黒木さんは、何故か顔を赤らめながら、立っている。


「あ……あの。私に、何か、用でしょうか?」

「――へ?」


 いきなりそう切り出されて、言葉に詰まった。


「あ、あのですね! 金子さんが、『田中さんが、ずっと私の事をチラチラ見て、溜息吐いてた』……って教えてくれて……。そ、それで、何かあるのかなぁ〜……と思って、お伺いしたんですけど……」

「え? あ! ゴメン! 気を悪くした……って、するよな……とにかく、ゴメン!」

「あ……いえ! 全然! 全然、大丈夫です!」


 黒木さんは、ブンブン首を左右に振る。


「な、何も無いなら……大丈夫です! し、失礼します……」

「あ! あの、違う! 何も無くない!」


 慌てた様子で、自分の席に戻ろうとする黒木さんを呼び止める。

 話しかけるチャンスを窺っていた相手が、向こうから来た。このチャンスを、逃してはならない。コミュ障の俺に、自分から女子に話し掛ける度胸など無い!

 黒木さんは、メガネの奥の目をまん丸にして、振り返った。

 俺は、必死で捲し立てた。


「じ、実は、ちょっと、黒木さんに伝えなきゃいけない事があって……」


 何故か、黒木さんの顔が、逆上(のぼ)せた様に真っ赤になった。


「伝えなきゃいけない事……って、何ですか?」


 俺は、言葉に詰まった。こんな衆人環視の場で、『不審者による部室侵入未遂』なんて物騒な話をするのはマズイんじゃないだろうか……。


「……ちょ、ちょっと、ここでは……話せない……」

「え――? ここでは話せない……は、話……って、も、もしかして……!」


 黒木さんの顔が、茹でダコの様に、更に真っ赤に染まった。


「わ、わ、わか……分かりました。――じゃ、じゃあ……お昼休みの時に……A階段の踊り場で……!」

「あ……うん。分かった。しゃ、その時に……」

「は、は……はい。そ、それじゃ……」


 そう言うと、黒木さんは、フラフラとしながら、自分の席に戻っていった。


「……やれやれ」


 俺は、肩の荷が下りて、ほっと息をついた。これで、昼休みに黒木さんに朝の件を伝えれば、あとは生徒会が動いてくれるだろう。

 これで、授業にも集中できる――。と、俺は、次の授業の準備を始める。


 ――に、しても……。と、俺は疑問に思った。


 ――何で、クラスの奴らは、俺と黒木さんに向かって拍手したり、口笛を吹いたりしてくるんだろう――?

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