不審者のシリアスな侵入未遂
「え……これ、何?」
春夏秋冬が、困惑した顔で聞いてくる。
無論、尋ねられても、俺にも分からない。
「……昨日、ごごを閉めだどきには、こんなに傷だらけじゃながった……はず」
「……ああ。確かに」
矢的先輩は、俺の言葉に頷き、もう一度鍵穴の回りの傷を調べる。
指で、傷を触ると、ポロポロと屑が落ちた。
「……この傷の幅だと……。鍵、かな」
「どういう事?」
「よっぼどあわででだんだな……」
慌てるあまり、手が震えたりしてなかなか鍵が鍵穴に入らない。――ホラー映画で、車で脱出しようとする時に、運転席で良くやるアレだ。
それで、鍵の先端を鍵穴回りの金属部分にぶつけたり擦ったりして、傷つけてしまった痕――そう見えた。
「いや、目がよく見えてなかったのかも」
矢的先輩の推測も、アリかもしれない……。
「――鍵穴自体にも傷があるな……」
矢的先輩が、そう言って指で指し示す。鍵穴の上端が僅かに、削れた様に丸くなっている。
「――合わない鍵穴に、無理矢理鍵を挿し込んで、回そうとしたんだろうな。シリウス、交換する前の鍵って、新しい鍵と同じタイプだっけか?」
「……確か、同じだっだと思いまず」
「……多分、この前来たっていう不審者だな。鍵を替えた事を知らなかったんだろう」
そう呟くと、矢的先輩は、部室の鍵を鍵穴に挿して開錠する。
「……恐らく、不審者は室内に入れていないだろうから、大丈夫だと思うけど……。念の為に、用心はしとけ――」
俺は、ゴクリと唾を飲み込み、武器兼楯として、カバンを身体の前に掲げた。そして、さりげなく、春夏秋冬の前に位置を取る。
「――開けるぞ」
矢的先輩が一声掛け、俺たちが頷いたのを確認してから、思いっきり引き戸を開ける。
「わあああっ!」
俺は、間の抜けた雄叫びを上げながら、部室の中に飛び込んだ。
「シャ――――――――ッ!」
「うわっ! ……て、ネコか……」
いきなり、威嚇の声を上げられてビックリした。
黒白のネコは、部室の机の下に隠れ、ヒゲをピンと上げ、尻尾を膨らませて、前足を踏ん張って、今にも飛びかかりそうな勢いで、俺を威嚇している。
「あ――っ! ネコちゃ~ん、無事だったぁ~?」
「フ――――ッ!」
春夏秋冬が近づこうとするが、ネコは戦闘態勢を解こうとしない。
「怯えてるな……」
「やっぱり、誰かが……」
俺たちが、カラオケに行く為に部室の鍵を閉めてから今までの間に、あの日と同じように、フードを被った不審人物が、部室への侵入を試みた――それは確実だろう。
そして、その間、このネコは神経を逆立たせて、今の様な威嚇姿勢で、ずっとドアの前で唸っていたのだろう……。
俺は、えもいわれぬ衝動に突き動かされ、カバンの中から猫の餌のパウチを取り出し、餌皿の上に盛り付けた。
「おい……エサだぞ……沢山食え」
「おーい、ネコちゃん、もう大丈夫だよ~。こっち来て食べて~」
ネコは、エサを一瞥したが、こちらを警戒しているのか、寄ってこようとはしない。ただ、視線は餌皿に釘付けだ。
「……もう行ごう、春夏秋冬。俺だちがいるど、落ち着いて食えないって……」
「……そうだね」
「――矢的先輩も……って、何やっでるんすか?」
矢的先輩は、部室の床に四つん這いになって、真剣な顔で何か探している様だった。
「あ――いや、何でもないや。――行くべ行くべ」
そう言うと、矢的先輩は、テーブルの上に置きっ放しになっていた自分のカバンを手に取って、部屋を出た。
三人が出た後、閉めたドアに耳を当てて、中の様子を窺う。
…………カリ……カリカリ……
部屋の中から、ネコがエサをかみ砕く音が聞こえて、俺たちは胸を撫で下ろした。一人になったら、安心してエサを食べ始めた様だ……。
俺たちは、確実に鍵を掛け直し、無言で階段を降り、部室棟を出る。
「……矢的先輩」
「……ん? 何?」
「……今朝の事、生徒会には報告しますか」
「えー……。スギに言うのは癪だなぁ……」
苦い顔で言う矢的先輩。
「言うのが癪って……」
「じゃあ、会長は?」
「うーん、あの人は、なかなか捕まらないからなぁ……。放課後以外は、誰かしらが常にひっついてるからな……。内密に話すのは難しいんだよ」
「あ、じゃあ、ルナちゃんはどう? ね、シリウスくん」
「え……ルナちゃんって……黒木さん?」
意外な名前が出て、俺は不意を衝かれた。確かに書記の黒木さんとは同じクラスだから、話はしやすい……って、俺から話しかけなきゃならないんじゃないのか? クラスで浮いてる俺が、女子に話掛けるとか、迷惑じゃないか……?
そんな俺の心中を知ってか知らずか、
「あー、あの文学少女っぽい外見だけどオカルトマニアの子か~」
「そうそう! ルナちゃんはB組だから、シリウスくんと同じクラスだし」
「お! なら、丁度いいじゃん! じゃ、頼んだぞ、シリウス!」
「あ……ちょっと、ちょっと待っ……ゴホッ、ゴホゴホゴホッ!」
案の定の話の流れになり、俺は慌てて流れを止めようとしたら、盛大に咳き込んで、何も言えなくなってしまい――。
結局、俺が、黒木さんに今朝の件を報告する事に決まってしまった。




