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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編
54/73

不審者のシリアスな侵入未遂

 「え……これ、何?」


 春夏秋冬(ひととせ)が、困惑した顔で聞いてくる。

 無論、尋ねられても、俺にも分からない。


「……昨日、ごごを閉めだどきには、こんなに傷だらけじゃながった……はず」

「……ああ。確かに」


 矢的先輩は、俺の言葉に頷き、もう一度鍵穴の回りの傷を調べる。

 指で、傷を触ると、ポロポロと屑が落ちた。


「……この傷の幅だと……。鍵、かな」

「どういう事?」

「よっぼどあわででだんだな……」


 慌てるあまり、手が震えたりしてなかなか鍵が鍵穴に入らない。――ホラー映画で、車で脱出しようとする時に、運転席で良くやるアレだ。

 それで、鍵の先端を鍵穴回りの金属部分にぶつけたり擦ったりして、傷つけてしまった痕――そう見えた。


「いや、目がよく見えてなかったのかも」


 矢的先輩の推測も、アリかもしれない……。


「――鍵穴自体にも傷があるな……」


 矢的先輩が、そう言って指で指し示す。鍵穴の上端が僅かに、削れた様に丸くなっている。


「――合わない鍵穴に、無理矢理鍵を挿し込んで、回そうとしたんだろうな。シリウス、交換する前の鍵って、新しい鍵と同じタイプだっけか?」

「……確か、同じだっだと思いまず」

「……多分、この前来たっていう不審者だな。鍵を替えた事を知らなかったんだろう」


 そう呟くと、矢的先輩は、部室の鍵を鍵穴に挿して開錠する。


「……恐らく、不審者は室内に入れていないだろうから、大丈夫だと思うけど……。念の為に、用心はしとけ――」


 俺は、ゴクリと唾を飲み込み、武器兼楯として、カバンを身体の前に掲げた。そして、さりげなく、春夏秋冬(ひととせ)の前に位置を取る。


「――開けるぞ」


 矢的先輩が一声掛け、俺たちが頷いたのを確認してから、思いっきり引き戸を開ける。


「わあああっ!」


 俺は、間の抜けた雄叫びを上げながら、部室の中に飛び込んだ。


「シャ――――――――ッ!」

「うわっ! ……て、ネコか……」


 いきなり、威嚇の声を上げられてビックリした。

 黒白のネコは、部室の机の下に隠れ、ヒゲをピンと上げ、尻尾を膨らませて、前足を踏ん張って、今にも飛びかかりそうな勢いで、俺を威嚇している。


「あ――っ! ネコちゃ~ん、無事だったぁ~?」

「フ――――ッ!」


 春夏秋冬(ひととせ)が近づこうとするが、ネコは戦闘態勢を解こうとしない。


「怯えてるな……」

「やっぱり、誰かが……」


 俺たちが、カラオケに行く為に部室の鍵を閉めてから今までの間に、あの日と同じように、フードを被った不審人物が、部室への侵入を試みた――それは確実だろう。

 そして、その間、このネコは神経を逆立たせて、今の様な威嚇姿勢で、ずっとドアの前で唸っていたのだろう……。

 俺は、えもいわれぬ衝動に突き動かされ、カバンの中から猫の餌のパウチを取り出し、餌皿の上に盛り付けた。


「おい……エサだぞ……沢山食え」

「おーい、ネコちゃん、もう大丈夫だよ~。こっち来て食べて~」


 ネコは、エサを一瞥したが、こちらを警戒しているのか、寄ってこようとはしない。ただ、視線は餌皿に釘付けだ。


「……もう行ごう、春夏秋冬(ひととせ)。俺だちがいるど、落ち着いて食えないって……」

「……そうだね」

「――矢的先輩も……って、何やっでるんすか?」


 矢的先輩は、部室の床に四つん這いになって、真剣な顔で何か探している様だった。


「あ――いや、何でもないや。――行くべ行くべ」


 そう言うと、矢的先輩は、テーブルの上に置きっ放しになっていた自分のカバンを手に取って、部屋を出た。

 三人が出た後、閉めたドアに耳を当てて、中の様子を窺う。


 …………カリ……カリカリ……


 部屋の中から、ネコがエサをかみ砕く音が聞こえて、俺たちは胸を撫で下ろした。一人になったら、安心してエサを食べ始めた様だ……。

 俺たちは、確実に鍵を掛け直し、無言で階段を降り、部室棟を出る。


「……矢的先輩」

「……ん? 何?」

「……今朝の事、生徒会には報告しますか」

「えー……。スギに言うのは癪だなぁ……」


 苦い顔で言う矢的先輩。


「言うのが癪って……」

「じゃあ、会長は?」

「うーん、あの人は、なかなか捕まらないからなぁ……。放課後以外は、誰かしらが常にひっついてるからな……。内密に話すのは難しいんだよ」

「あ、じゃあ、ルナちゃんはどう? ね、シリウスくん」

「え……ルナちゃんって……黒木さん?」


 意外な名前が出て、俺は不意を衝かれた。確かに書記の黒木さんとは同じクラスだから、話はしやすい……って、俺から話しかけなきゃならないんじゃないのか? クラスで浮いてる俺が、女子に話掛けるとか、迷惑じゃないか……?

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、


「あー、あの文学少女っぽい外見だけどオカルトマニアの子か~」

「そうそう! ルナちゃんはB組だから、シリウスくんと同じクラスだし」

「お! なら、丁度いいじゃん! じゃ、頼んだぞ、シリウス!」

「あ……ちょっと、ちょっと待っ……ゴホッ、ゴホゴホゴホッ!」


 案の定の話の流れになり、俺は慌てて流れを止めようとしたら、盛大に咳き込んで、何も言えなくなってしまい――。



 結局、俺が、黒木さんに今朝の件を報告する事に決まってしまった。

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