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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編
52/73

田中天狼のシリアスな再会

 それから、俺たちは、順番で歌った。


「……あ、無くなった……」


 何ターン目かの熱唱後に、ストローを啜った俺は、グラスのカルピスウォーターを飲み干した事に気がついた。


「すみません、ちょっとおかわり持ってきます」


 そう言って席を立つと、


「あ、シリウス〜! オレのも頼む〜」


 片手でデンモクを操作しながら、矢的先輩が、空のグラスを押し付けてきた。

 内心でイラッとしながら、黙ってグラスを受け取り、受付近くのドリンクサーバーに向かう。

 ドリンクサーバーで、先ず自分のグラスに2杯目のカルピスウォーターをなみなみと注ぎ、それから矢的先輩のグラスを手に取り……

 ……あ、矢的先輩のドリンク、何にするのか聞き忘れた。

 ――あれだけ力説してたんだから、2杯目もメロンソーダかな……でも、「2杯目は種類変えるのがジョーシキだろうが。分かってねえなぁ〜」とか言われそう……いや、絶対に言う……。

 と、しばし熟考した結果、


「……水でいいか」


 と決断する。正直、『撫子ブレンド』にしてやろうかとも思ったが、そこまでは流石に憚られた。

 ドリンクサーバーの横の飲料水に、水を注ごうとした時――、


「あれ? 田中じゃねーの?」


 背後から、声をかけられた。


「え……?」


 不意を衝かれ、驚いて振り返ると、見覚えのある、そして、あまり見たくなかった顔が……。


「おー! やっぱり田中じゃねーの! "DQNネームのシリウス"!」

「……!」


 久し振りにそう呼ばれ、胸の中に黒いモヤモヤした物が沸いてくるのを感じる。

 ――俺に声をかけてきたのは、中学時代のクラスメイト、朝村だった……。


「おー、久し振りだなぁ! 元気だったか?」

「……ああ、うん……」

「おーい、相変わらず辛気くせえな、オマエ!」


 朝村は、ニヤニヤ笑いながら、俺の肩をバンバン叩いてくる。

 この調子で、中学時代も、俺をさんざんからかってきた。

 俺が、自分の名前に絶対的なコンプレックスを抱いた小さくない一因。――本人は、軽いスキンシップ程度に考えていたんだろうが、俺にとっては、心にキズを負うには充分なイジメ(・・・)だった……。


「オマエ確か、東総倉高校(ヒガフサ)行ったんだっけ?」

「……うん、まあ……」

「オマエらしいな、何の特徴も無い凡庸高校でよぉ」


 ニタニタ笑いを一層強くして、俺の肩を掴んで爪を立ててくる。俺は、痛みに顔を歪める。


「お! 久し振りにそのツラ見れたわ。――俺ァ高校行ってからつまんなくてよ……からかい甲斐のある(・・・・・・・・・)ヤツが居なくなっちまってさ!」

「…………」

「つか、こんな所で何やってんのよ、オマエ? ……あ、もしかして、遂に手を出しちゃったの、ヒトカラ?」


 朝村は、顔を歪めて嗤う。


「トモダチいないもんな〜、オマエ! ……そうだ。これから俺ら、チョクチョク会おうぜ! ……遊んでやるよ、有料コースだけど(・・・・・・・・)な!」

「……止めろ!」


 俺は、朝村の手を振りほどいた。


「痛ってえな! 何しやがる!」

「……もう行くから、じゃあな」

「おい! ちょっと待てや、DQNネーム野郎!」

「…………どうしたの、シリウスくん?」

「――!」


 朝村ともみ合いになった所へ……よりにもよって、春夏秋冬(ひととせ)が来た……。

 彼女の手には、空のグラスが握られている。


「お! 誰キミ〜! 可愛いじゃーん!」

「……おい、朝村。この娘は……」


 慌てて朝村を止めようとするが、強めの力で押しのけられた。


「ちょ……!」

「その制服、キミもヒガフサなのかい? コイツ(天狼)と知り合いなの?」

「う……うん、そうだよー」


 馴れ馴れしく話しかける朝村に、困り顔をしながらも、ニコリと微笑う春夏秋冬(ひととせ)


「あなたも、シリウスくんの知り合いなのー?」

「ま、そんなもんだね」


 朝村は、横目でじろりと俺を睨むと、ニヤリと嘲笑った。


「ねえねえ、キミ。こんな冴えないヤツなんかより、俺とカラオケしないかい?」

「えー?」

「あ、自己紹介が遅れたね。俺は、朝村貴之。正徳学院高校の1年。バスケ部! ……て聞いてる?」


 朝村の戸惑う声。


「え――? あ、ゴメン。あんまり聞いてなかったー。アカムラくん」


 春夏秋冬(ひととせ)は、ドリンクサーバーから烏龍茶を注ぎながら、気の無い調子で答える。


「……いや、朝村なんだけど……」

「あら、ゴメンねー」


 そうニッコリ笑う春夏秋冬(ひととせ)に、気圧されながらも、朝村は再びアタックを試みる。


「……で、でさ、一緒にカラオケしようって話なんだけど……」

「あー、別にいいよ〜」


 あっさりと承諾する春夏秋冬(ひととせ)

 ……え? 俺は耳を疑った。


「お! いいの? じゃあ、早速――!」

「たーだーしっ! コレが読めたらね♪」


 春夏秋冬(ひととせ)は、そう言うと、ポケットからメモを取り出し、ペンで何か書いて、朝村に渡す。……あれ、デジャヴ?


「ん? な、何だよ、コレ。『しゅんかしゅうとう』……『みず』?」

「ブッブー! 違いまーす!」


 ニカッと笑って、指でバッテンマークを作る春夏秋冬(ひととせ)


「因みに、それがあたしの名前だからね! DQNネームでゴメン(・・・・・・・・・・)ね〜!」

「え……名前……マジか……」 

「――じゃ、行こうか〜、シリウスくん」


 春夏秋冬(ひととせ)は、そう言うと、朝村に一瞥も無くスタスタと立ち去り、俺は、慌てて彼女の後を追う。


「お、おい! ちょっと待てよ!」


 慌てて声を掛ける朝村に、振り返る春夏秋冬(ひととせ)


「どうしたの? マサムラくんだっけ?」

「アサムラ! ――お、お前、ひょっとして、シリウスのカノジョなのか?」


 んん? ちょっと待て!


「な、何を言って――」

「――カノジョじゃないよー」


 春夏秋冬(ひととせ)のハッキリとした否定の言葉に、地味にダメージを負う。……が、


「カノジョじゃなくて……天狼(シリウス)()とあたしは、あたしのカタオモイ……て感じかな?」

「「⁉」」


 春夏秋冬(ひととせ)の言葉に、朝村と――俺が仰天した。

 彼女は、踵を返すと、もう朝村の方に振り返らないで、歩いていった。




 カラオケルームの扉の前で、俺は思い切って口を開いた。


「あ……あのさ、春夏秋冬(ひととせ)……?」

「んー? どうしたの、シリウスくん?」


 無性に、『さっきの"カタオモイ"って、どういう意味?』と聞きたい衝動に駆られながら……


「あのさ……あ、ありがとうな」


 理性を総動員して、さっきの礼を伝えた。


「んー? 何の事?」

「あ――いや……とにかく、色々、さ」


 逆に聞かれて、ドギマギしながらごまかす。


「――でも、朝村くんて、変な人だったねぇ」

「……え? へ、変って、何が?」


 いきなりの言葉に、首を傾げながら聞き返す俺。


「だってさ、急に『天狼(シリウス)様のカノジョなのかー』ってさ。……カノジョになんか慣れる訳ないじゃんねぇ。二次元と三次元の区別くらい、さすがにつくわー、ってカンジ?」

「は――――?」


 ――繋がった……! 繋がってしまった……!

 唐突に、俺は理解した……。


「……春夏秋冬(ひととせ)……」

「ん、なーにー?」

「…………俺、やっぱり『炎愛の極星』、キライだわ……」

「えーっ! 何よいきなり〜!」


 春夏秋冬(ひととせ)は、ブゥと頬を膨らませた。

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