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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第五章 田中天狼のシリアスな日常・怪奇?編
44/73

矢的杏途龍のシリアスな失踪

 微かに軋む音をたてながら、部室の扉が開いていく。俺は咄嗟に、傍らに転がっていたパイプ椅子の下に潜り込み、身体を縮こまらせた。

 引き戸が全開となり、同時に眩しい光が俺の目に飛び込んできた――!

 もう……ダメだ――!


「にゃ――ん」

「あー! ネコちゃんはっけーん!」

「あー、ご飯食べてたんですね〜」


 俺の耳朶を打ったのは、キャピキャピした若い女の声だった……!

 ……あれ? この声……?


「アンディせんぱ〜い、シリウスく〜ん。遊びに来たよ〜」

「差し入れも持ってきました〜」

春夏秋冬(ひととせ)と、黒木さんかよ……!」


 俺は、思わず脱力した。


「あ、そこに居たんだ、シリウスくん。……て、何でそんな格好?」

「へ――――? ……あ、これは……」


 パイプ椅子の下で丸まっていた格好を、手にした懐中電灯で照らされて、ツッコまれた俺は……


「……あ、コレは……ちょっと……何か急にパイプ椅子の下のスペースに体が納まるのか試してみたくなってさ―――! いや、やっぱりキツいね〜! アハ、アハハハハハハ!」


 自分で言っといてナンだけど、何てヒドい誤魔化し方……。アレ? 何かデジャヴ……。


「そ、それより! ど……どうしたの、二人して?」


 俺は、追及を逸そうと、話題を変えた。


「さっきも、ルナちゃんが言ってたじゃない。お腹空いてないかな〜って思って、差し入れ持ってきたんだよ〜」

「……あ、あと、怪奇現象が起こってないかな……って気になって……」

「ねえねえ、聞いた? ルナちゃんって、物凄くオカルトが好きなんだって! いろんな怪談とか噂とか聞かせてもらったよ! 例えば――、的町交差点を午前2時に横断しようとすると、隣に――」

「……ごめん、春夏秋冬(ひととせ)。この場所とシチュエーションで、怪談話はちょっと……」


 いや、ホント勘弁して下さい。そんな百物語を披露されたら、お呼びでない何か(・・)が、本当にお邪魔しに来かねない……。


「そ……それより、差し入れって?」

「あ、はい! こんな物なんですけど」


 俺の問いに、黒木さんが手に提げたコンビニ袋を差し出す。

 中には、菓子パンやお茶のペットボトル、チョコスナックなどが、ギッシリと詰まっていた。


「おー! ありがとう!」


 俺は、思わず歓声を上げる。地獄に仏……いや女神とはこの事か!

 ……あ、でも、ポテトチップス類は、もう結構です……。


「でも、こんなに沢山……結構したでしょ? ……今は持ち合わせ無いんだけど、後で払うから――」

「あ、大丈夫です! これは生徒会予算の雑費で落としますんで!」

「彩女センパイにちゃんと言ってあるから、大丈夫だよー」


 ああ……マジで天使か、君ら。


「あ、ネコちゃんにもお土産あるんだよ〜。ほら!」

「にゃ〜ん♪」


 春夏秋冬(ひととせ)が、取り出した猫缶のフタを開けると、暗闇の向こうから甘えた鳴き声が聞こえた。

 でも、決して近づいては来ない。……まだ警戒してるのかな?

 春夏秋冬(ひととせ)が、アルミの猫皿に缶の中身を出し、ネコの目の前に置く。

 ネコは、少しの間様子を窺ってから、ソロソロと近寄ってきて、モシャモシャと食べ始めた。


「か〜わ〜い〜い〜!」


 猫皿にむしゃぶりつくネコを見て、文字通り黄色い悲鳴を上げる春夏秋冬(ひととせ)。俺は、その様子を見て、この上なく和む。――ネコと女子高生……イイネ!

 と、黒木さんが、首を傾げて尋ねた。


「……ところで、矢的先輩さんはどうしたんですか? 姿が見えないようですけど」


 ……そういえば、すっかり忘れていた。


「さっき、自販機で水買ってくるって言って、出ていったんだけど……。そういえば、遅いな……」

「自販機って、購買の所の?」

「うん。多分……」

「え……おかしいですね」


 俺の言葉に、眉根を寄せる黒木さん。


「私達、購買の横を通ってきましたけど、先輩は見かけませんでしたよ……ですよね?」

「うん……そうだね。購買に行くなら、絶対に途中でぶつかるのに……会ってないなぁ」


 春夏秋冬(ひととせ)と黒木さんは、顔を見合わせて首を傾げる。

 嫌な沈黙が広がる……。


「た……多分!」


 長い沈黙に耐えられなくなったのは――俺だった。


「多分さ、購買に寄ったついでに、トイレに行ったんだよ……た、多分……いや、そうだ! そうに違いないっ!」


 半分、自分に言い聞かせるように、早口で捲し立てる。

 (……それにしても遅過ぎる)という、不穏な考えが脳裏を掠めるが、頭をブンブンと振って、それを全力で頭の中から追い出す。


「うーん……そうか、そうかもね」

「暗くて迷子になってるだけかもしれませんね」

「かもねー」


 そう言って、お互いに頷くと、ふたりは立ち上がった。


「じゃ、そろそろあたし達帰るねー」

「え…………?」

「私達は、差し入れを届けに来ただけなんで……本当は、私も一緒に部室を見張りたいんですけど、あまり遅くなると、親に叱られてしまうので……残念ですが」

「あ……そうか……いや……」

「じゃ、シリウスくん、頑張って! アンディ先輩によろしくね〜」

「田中さん、くれぐれも気をつけて……。万が一の時には、清めの塩とファブリーズを入れておいたので、頑張って切り抜けて下さい!」

「あ――! ちょ、ちょっと待って!」


 俺は、帰ろうとするふたりを、慌てて引き止める。また、一人でこの部屋に残るのは――絶対にイヤだ!


「ね、ねえ! もう少し……もう少しだけ、ここに、い……居てくれない?」

「えーと……でも……」

「いや、ホントに少しだけ……! 矢的先輩が戻ってくるまでの間だけでいいから――!」


 必死の形相の俺を前にして、ふたりは困ったように顔を見合わせる。


「どうしようか……」

「わ、私は……うん。あと30分くらいなら残れると思います」

「あたしは……」


 と、その時、


 カツーン…………カツーン……


 廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。


「あ! 矢的先輩、戻ってきたじゃん」

「やっぱりトイレだったんですかね……?」

「ほ……」


 安心して、力が抜ける俺。

 ホッとしたら、矢的先輩に対して、フツフツと怒りが沸いてきた。――あの野郎……俺を一人っきりで真っ暗な部室に残したまま、どこで油を売ってやがったんだ! と。

 そして、俺はあるアイデアを閃いた。


「な、春夏秋冬(ひととせ)、黒木さん。……ちょっと、矢的先輩を驚かせてやらないか?」


 俺は、ふたりに切り出した。


「え? 驚かせるって?」

「どういう風に、ですか?」

「ランタン消して、俺たちは机の下に隠れて、ヤツを待ち構えるんだ。先輩が部屋に入ったら、一斉に大声あげて飛びかかる、ってのはどうかな?」

「わー! 面白そう!」


 俺の提案に、黒木さんと春夏秋冬(ひととせ)は、瞳を輝かせる。

 そう言っている間にも、足音はだんだんと大きくなってきた。

 俺たちは、三方に分かれて、机の下に潜り込み、ランタンを消した。たちまち、部室の中は漆黒の闇に沈む。

 ますます近づく足音。

 ――そして、足音は部室のドアの前で止まった。

 俺たちは、息を殺して、扉が開くのを待つ。


 …………ガチガチ……ガチンッ


 と、金属音が響く。ドアの向こうで鍵を挿して、回した音だ。

 続いて、ガキッという、開けようとしたら鍵に引っ掛かった音。――そりゃそうだ。俺たちが中にいるんだから、元々鍵は開いていたのだ。鍵を回せば、施錠される。


 ……ガチガチ……ガチンッ


 もう一度鍵を入れて回す音が鳴る。

 いよいよ、扉が開く――俺はすぐに飛び出せる様、体を緊張させる。

 その時、ズボンのポケットに手が当たり、硬い物に触れた。

 これは――矢的先輩から、持っておけと渡された、213号室のマスターキー。


 …………あれ?


 俺は、ある矛盾に気付いた。


(何で、一つしかない部室の(・・・・・・・・・)マスターキー(・・・・・・)を俺が持っているのに、矢的先輩は鍵を回せた(・・・・・・・・・・)んだろう……?)


 その矛盾に思い当たった次の瞬間、部室のドアは軋みながら、ゆっくりと開いたのだった――!

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