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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな日常・奮闘編
32/73

矢的杏途龍のシリアスな計算外

 「これはこれは。先輩方じゃないですか~」


 矢的先輩が、ニヤニヤ笑いを浮かべて三馬鹿トリオに応対する。


「いやー、将棋部も科学部も写真部も予選会通過できてたんですねぇ。おめでとーございまーす。いやー、俺らは、自分の後ろなんか眼中になかったんで、知りませんでしたわ~」

「んだと、コラ!」


 気色ばむ科学部部長の小槻(ツリ目メガネ)


「言わせとけよ、ツッキー。決勝で捲ってやればいいんだよ」


 矢的先輩に詰め寄ろうとする小槻部長を、将棋部部長細山田(デブ)が、その巨漢で押しとどめた。


「あれ? でも、将棋部って、確か予選落ちしてたんじゃなかったっけ?」


 と、春夏秋冬(ひととせ)が首を傾げる。


「え? マジ……? ――ああ~、そういえば、アンカーの部長が足を引っ張りまくって、途中棄権で予選落ちしてたんでしたっけ。今思い出しました~。何か、ずっこけてアケボノみたいなカッコでノビてましたよね、細山田セ・ン・パ・イ?」

「てめえ、しっかり覚えてんじゃねえかよ、この野郎!」


 顔を真っ赤にして殴りかかろうとする細山田を、小槻と十亀が羽交い締めにして押さえる。


「気持ちは分かるが、公衆の面前で暴力沙汰はマズいぞ! 堪えろ、タクヤン!」

「キャ~、ヨコヅナに張り倒される~! た~す~け~て~!」

「ちょ、矢的先輩……」

「お前もイチイチ煽るな、矢的っ!」

「この野郎ッ! マジでぶっ飛ばしてやる! 面ぁ出せ!」


 怒り心頭の細山田が、身体にしがみつく二人を引きはがして、矢的先輩に突進しようとしたその時、


「…………じゃ、正当防衛という事でいいかしら?」


 穏やかな声に、一同が凍り付く。撫子先輩が、優しく微笑みながら、足元を固め、一分の隙もない構えで拳を握っている。


「…………あ、あはははは。冗談だよジョーダン! 男子特有のスキンシップってヤツよ、これ! 本気にしないでよ、撫子さん(・・)っ」


 冷や汗をダラダラかいた真っ青な顔になって、細山田は笑ってはぐらかし、


「じゃ、ボクは席で応援してるから、せいぜい頑張ってくれ給えよ……ハハハハ……」


 と、小走りで去っていった。


「……ま、まあ、アイツん所(将棋部)は置いといて」


 十亀(ロン毛)が、こちらに向き直る。


「予選で一位通過したからって、あんまり調子に乗ると、思わぬ所で足元を掬われるよ、矢的」

「おやおや、センパイらしいご忠告ですか? ご配慮痛み入りますが――」


 矢的先輩は、思いっきり見下した態度で、薄笑みを浮かべる。


「無用な心配ですよ。俺たちのチームワークの良さと足の速さは、昨日の予選会でお分かりでしょう?」

「それが調子に乗ってるというんだよ」


 矢的先輩の挑発にも、十亀は先輩風を吹かせた余裕の態度を崩さない。


「まあ、お前らの実力は、昨日の予選会で確かに思い知ったよ。正直、今年の俺たち(写真部)や、他の部のメンツでは、お前達(奇名部)には勝てないだろうね……単なるかけっこでは(・・・・・・・・・)


 十亀は、意味深にそう言うと、ニヤリと笑った。


「……………………?」

「俺が言った『足元を掬われる』っていうのはさ――」


 彼は、グラウンドを指さす。


「ああいう事さ」



「――ああいう事……? って、何だあいつら?」


 指さされた先を見た俺たちは、グラウンドの異変に気が付いた。

 多数の用具委員達が、机やネットやマットを持ってグラウンドに現れたのだ。

 彼らは、些か戸惑った様子で、実行委員の指示の元、トラック上にそれらのオブジェクトを配置していく。

 そう、それはまるで――


「障害物競走……?」


 俺たちだけじゃない。入場門前に集合していた文化部対抗リレーの参加選手達も一様に戸惑っている。


「あれ……? 次の競技が『文化部対抗リレー』じゃなかったっけ?」

「プログラム変更かな……?」

「というか、障害物競走なんて、今年のプログラムに無かったよ?」


 周囲は、そんな声でザワザワしている。


「アンディ先輩……? 何か聞いてる?」

「――いや……全く聞いてない。何だろう? オレも分からないな」

「サプライズの教員レクリエーション競技ですかね……?」


 俺たちも、思いついた事を言い合ってみるが、腑に落ちない。

 入場門に集合している、文化部対抗リレー参加者達の頭上に、一斉に「?」マークが浮かぶ中、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべているのは――写真部のメンバーだけだ。


 ピ~ン ポ~ン パ~ン ポ~ン


 その時、スピーカーから、チャイム音が鳴る。運営本部の放送だ。


『え~。こちら、東総倉高校大体育祭運営本部です~。突然ですが~、生徒の皆さんに~、連絡がございます~』


 ひび割れた音響で、スピーカーから、武杉副会長の声が流れてきた。


『え~。次の競技は~、『文化部対抗リレー』という事でしたが~、一部生徒より~『ただのリレーでは味気ない~、つまらない~』とのクレー……もとい、意見がありました~』


「……何?」ざわつく会場。


『よって~。行方会長をはじめとした~生徒会~、及び~体育祭運営本部が~協議し~、校長先生のご意見も~勘案しました結果ぁ~……急な話ですが~、『文化部対抗リレー』を~『文化部対抗障害物リレー』に~変更する事に~決定しました~。参加者の皆さんにおきましては~、突然の変更となりました事を~お詫び~致します~~~』


「「「「「「はああああああああああああああっ?」」」」」」


 その放送が流れた瞬間、入場門前はどよめいた。


「ふざけんなぁ~!」

「何、急に変更しやがるんだよぉ!」

「いきなり言われても困る……」

「てゆーか、何言ってるのか、訳が分からないんですけど~!」


 俺たちの周囲は、怨嗟と怒りと嘆きと、そして困惑の声で包まれた。

 俺も、突然の事に理解が追いつかずに、


「や……矢的先輩……! 要するに……どういう事なんで……すか……って」


 矢的先輩の方を振り向いたら――そこに矢的先輩は居なかった。


「あれ? ドコに行った……矢的先輩?」

「アンディ先輩……アッチだよ」


 春夏秋冬(ひととせ)が指さした先を見ると――!

 血相を変えた『ケイドロの矢的』が、運営本部のテントに向かって爆走していた。

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