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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな日常・奮闘編
31/73

田中天狼のシリアスな痛Tシャツ

 「シリウスくん! 100メートル走見てたよ!」


 午後に入り、「文化部対抗リレー」に備えて、入場門に集まった俺に、春夏秋冬(ひととせ)が笑顔で話しかけてきた。


「凄く速かったね!」

「そう……? あ……ありがとう」


 ……いかん。あの日、母に変な事を言われて以来、妙に春夏秋冬(ひととせ)を意識してしまう……。彼女に対してそういう感情は抱いてないと思うんだけど……。

 春夏秋冬(ひととせ)は、そんな俺の内心も知らずに、ニコニコと暢気に笑っている。


「ホント、最初の頃とは見違えたよ〜。ぶっちゃけ、はじめはフォームがバラバラで、陸の上で跳ねる魚みたいなカッコで走ってたもん!」

「え……そんなにヤバかったの? 俺の走り……」

「うん!」


 力強く頷く春夏秋冬(ひととせ)。……そんなに目一杯肯定されても……辛み。


「あたしの教え方が良かったおかげだね!」

「あー……はいはい。ありがとーございまーす」

「何よそれー。誠意が籠もってなーい!」


 ぷぅと頬を膨らませる春夏秋冬(ひととせ)


「おう、いたいた! シリウス、アクア、気合入ってっか〜?」


 そこへ、矢的先輩と撫子先輩がやって来た。


「はい。二人とも、これを着て」

「へ? 何ですか、コレ」


 撫子先輩から、服を手渡される。

 首を傾げながら、畳まれた服を広げ――、


「な、何じゃこりゃ!」


 俺の声は裏返った。

 それは、何の変哲もない白いTシャツだった……絵柄以外は。

 Tシャツの背面には、墨書で『空前絶後のおおぉ! 超絶怒涛の15さああぁいッ!』とデカデカと書かれ、

 前面には、『その名はああぁ 田中 天狼‼』と同じ様に大書されていて……まあ、それはまだいい。

 問題は、腹の部分にフルカラーで描かれた――もうひとりの天狼(シリウス)のイラストだった――!


「うわああああっ! いいなぁ! シリウスくんのやつっ!」


 俺のTシャツの柄を見た瞬間、ただでさえ高かったテンションが5段階くらい上がって、食いついてくる春夏秋冬(ひととせ)


「凄いだろ〜。文字はオレの直筆だぜ!」


 えへんと胸を張る矢的先輩。彼の胸には、『その名はああぁ 矢的杏途龍‼』とデカデカと書かれ、腹には、ドコかで見た事があるような無い様な、ブロンド髪で顎ヒゲを蓄えた白人の中年男性が、笑顔でサムズアップしている似顔絵が描かれていた。


「何ですか、そのおっさん……」

「え? 知らないの? ハリウッド俳優だぜ?」

「え……そうなんですか?」


 こんなおっさん、見た事無い……。


「オイオイ、アンドリュー・ボカチカを知らないとか、モグリかよ〜? 『デストロイ・ウォリアーズ 最後の転進』で、爆発した城壁の壁に圧し潰された、門番役Bを演じた名俳優だぜ?」

「いや、何そのB級丸出しのタイトル! しかも、役名無いんかい! それタダのモブ役だろうがっ!」


 思わず、手の甲でビシッとツッコむ。


「つ、つーか、そんな事はどうでもいいんですよ! 何なんすか、この名前入りのダサいTシャツは?」

「あら、可愛らしくていいじゃない」


 と、撫子先輩が口を挟んだ。因みに、撫子先輩も同じ様なTシャツを既に着ている。もっとも、撫子先輩のシャツには、『その名はああぁ、   撫子‼』と、不自然な空白が空けられていた。

 ……ま、まあ、それは致し方ない。生命は大事に、だ。

 因みに、撫子先輩のTシャツにあしらわれたイラストは、物凄くデフォルメされて、萌えキャラ風になっているが、それは紛う事なく『般若』だった……。

 撫子先輩が、このTシャツのイラストモチーフを知ってて着ているのか、それとも知らないのか……気になったが、ヤブをつついて龍を出す真似はしたくなかったので、知らんぷりを決め込んだ……。

 ……でも、流石に使うのは止めたんだな。イラストにゴリ――あわわわわ、生命を大事に、生命を大事に……!

 そんな、こちらの心中の葛藤を知ってか知らずか、撫子先輩は言葉を継ぐ。


「みんな体操服だと味気ないじゃない? だから、『奇名部』らしく、名前を全面に打ち出したオリジナルTシャツを作って目立とう、って、矢的くんが」

「因みに、イラストはシリウスの母ちゃんにお願いして描いてもらったんだ〜。ノリノリで協力してくれて助かったよ!」


 矢的先輩の言葉に頭を抱える俺。……何やってるんだ、あの人()。つーか、そんな特技があったなんて、あの人の子供として生まれて今日まで、全然気づかなかったぞ……。


「あー、だからこんなに力入ってるんだね、シリウスくんの天狼(シリアス)様のイラスト!」


 春夏秋冬(ひととせ)が、心底羨ましそうな顔で言う。

 「じゃ、シャツ交換しよう」と提案したかったが、名前入りのTシャツを女の子と交換するなんて、全校男子生徒を敵に回しかねない……というか、春夏秋冬(ひととせ)の着ているTシャツには、ちょっと古めのキャラデザの女神様(多分アニメかマンガかの、水の女神的なキャラだと思う)のイラストだ……。

 これを着こなすとなると、まんまバックパックにビームサーベル(・・・・・・・)二本差し(・・・・)で秋葉原を闊歩する人種と、ビジュアル的に同じに見られる覚悟が必要だ。

 流石に、それと天秤にかけると、天狼(シリウス)様Tシャツの方が、紙一重でマシだった……。

 やむを得ず、渋々Tシャツに袖を通す。


「……本当にこんなTシャツ着て走るんですか〜……止めましょうよ……」

「おいおいおい、何だそのダッさいTシャツはよぉ!」


 泣き言を言いかけた俺を遮って、背後から不快なダミ声が不躾にかけられた。

 …………この声。忘れようはずもない。

 振り返ると、思った通り、


 デブ(細山田)メガネ(小槻)ロン毛(十亀)が、ニヤニヤと嫌らしい薄笑みを浮かべて立っていた。

文中に名前だけ出てくる「アンドリュー・ボカチカ」は架空の人物です、為念。

ボカチカは、某プロ野球球団の助っ人外国人選手からお借りしました。

「恐怖の9番打者」…好きだったなぁ…

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